五十九話 中盤戦
ライとゼッルが戦っている場所は、既に建物が殆ど崩れていた。そして、また一つの建物が消し飛ぶ。
「オイオイ……"イルム・アスリー"を破壊し尽くす気か……? 冗談キツいぜ?」
苦笑を浮かべてライに言うゼッル。自分の街が崩れるのは嫌なのだろう。
ライは疑問に思った事を告げる。
「何を言っているんだお前は? 俺は比較的街に被害が起こらないようにしているだろ? 殆どはゼッルさん、アンタが破壊した跡だぜ?」
「クハハ、そうだったな。悪いね。ライくん?」
ライとゼッルは高速で移動しながらふざけているような話を続けており、二人が動くだけで新たなクレーターが造り出されて街が揺れる。
「ほらよ……!」
「……っと……!」
ライがゼッルに蹴りを放ち、ゼッルはそれを避ける。
そんなライの蹴りによって生じた風圧で瓦礫が吹き飛び、土埃が舞い上がる。
「"水"!!」
その土埃が視界を狭くした隙を突き、ゼッルは目眩ましを兼ねて水魔術でライを狙う。
「おっと……!」
ライはそれを紙一重で避け、ゼッルに近付こうとするが、しかし。
「"風"!!」
ゼッルは風魔術で瓦礫を吹き飛ばし、ライに向けて瓦礫の槍を放った。
瓦礫は不規則に進み、周りの建物に当たりつつライの身体を捉える。
「……ッ!」
"下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる"。という事だろう。
ライの脚と腕には瓦礫が突き刺さり、出血した。
ただの鋭利な瓦礫ならばライの身体を通さないが、風魔術によって加速を付けた瓦礫だった為にライの身体に突き刺さったのだ。
「クソ……! 今のは俺のミスだな……!」
ライは刺さった瓦礫を抜き捨て、ゼッルへ視線を向ける。
瓦礫を抜いた衝撃で更に少し出血するが、ライは気にせずにゼッルへ駆け寄った。
「どうやら俺にダメージを与える方法が分かったみたいだな!」
駆け寄りつつ、ゼッルへ話し掛けるライ。
ただの風魔術ではなく、瓦礫を交えた風魔術を使った事から推測し、ライはゼッルが自分へダメージを与える方法を見出したと考える。
「ああ、そうだよッ!」
ゼッルはライへ返しながら跳躍し、ライの攻撃を躱した。そしてライは直ぐ様ゼッルの方に視線をやり、照準を合わせる。
「それはおめでとさん!」
そして両手に熱を溜め、それを一気に放出した。溜まった熱は炎となって燃え盛り、黄色の熱が真っ直ぐ進む。
「テメ……! 魔術も使えんのか!? ちょっとぶっ壊れてねえか!?」
そんな炎魔術を見たゼッルは水で炎を消し去ったが、魔術を使用したライに驚愕の視線を向ける。
肉体的にもかなりの力を秘めているライだが、そんなライは無効化術を使う。
しかし、そんなライ自身の魔力が無効化されずにライが魔術を放てた事が気になっていたのだ。
無効化の術というモノは通常、強大な力と両立出来ない筈だからである。
そんな驚愕しているゼッルに向け、ライは言葉を発した。
「ハッ、誰も『魔術を使えない』……とは言ってないぜ?」
それは、"お前が勝手に勘違いしていただけだろ?"という意味を込めた言葉だった。
それを聞いたゼッルは高嗤いしてライへ返す。
「ハッ! 言われてみればそうだな! 勝手に思い込んでいただけだったぜクソガキィッ!!」
足から風を放出し、空中で体勢を整えたゼッルは掌から風を生み出しその風を渦巻かせる。
「じゃあ、お詫びを込めてダメージを与えてやるかァ!!」
そして、その竜巻をライ目掛けて吹き飛ばした。放たれた竜巻は瓦礫を包み込み、威力を増してライへ向かう。
「ハハ、そうかよ! まあ、そう簡単にダメージを受けたら話にならねえだろ!!」
ライはほよ竜巻を殴り付け、その拳で竜巻を消滅させる。だがしかし、消し去った竜巻の向こう側にゼッルの姿は無かった。
「……?」
ライはゼッルを見失ったと辺りを見渡す。辺りにあるのは瓦礫の山だけだ。
しかし、ゼッルが逃げたとは考え難い。恐らくまだ近くに潜んでいるだろう。
(……どこ行った……?)
辺りを見渡しているライはゼッルの姿を探すが、ゼッルの姿はどこにも無い。このまま不意を突かれたら中々の痛手を受けてしまうかもしれない。
なので──
「出てこい! ゼッル!!」
──大地を……『踏み砕いた』。
ライはその脚力を持ってして足元を砕いてクレーターを造り上げたのだ。
前は探すのが目的じゃなかったが、前にも一度やった事のある方法だ。砕かれた地面が見えている石畳の道は深く沈み、盛り上がる。そして次の瞬間には道が吹き飛んだ。
「……お」
舞い上がる瓦礫の中ライは、そこに人影を見つける。
「そこか!!」
見つけた瞬間に大地を踏み込み、その影に向かって一直線に突き進むライ。
「オラァ!」
「グハァ!!」
そのまま人影を蹴り抜く。人影は建物を貫通しながら吹き飛び、遠方に大きな土埃と砂煙が上がった。
「オイオイ……まさか街を砕くとはよ……力は抜いていたみてえだが……滅茶苦茶しやがる……」
その遠方では、吐血したゼッルが呟くように瓦礫の山で言う。そして、そんなゼッルの目の前には既にライが居た。
「力を抜いてやっただけでも感謝しろ。その気になれば街だけじゃなく、星くらいなら軽く消し飛ばせるぜ? (まあ、星を消し飛ばせるのは魔王だが……)」
「魔術無効に星を消せる実力者か。ハッ! これは良い! 支配者レベルには少し遠いが、そのレベルの奴が相手だってのが改めて理解できた! だったら……俺も本気で相手をしてやらなくちゃ悪いよな……!!」
ゼッルは笑いながら起き上がり、ライに構える。その言葉を聞く限りどうやら本気を出してくれるらしい。
「そうか。本気を出すか……じゃあ、俺も実力を少し放とう……(つー事だ、魔王……。行くぞ……!)」
【いよっしゃあ! 待ってましたァ! 久々の出番だぜ! 暴れてやるかァ!!】
ライは魔王(元)に聞く。
そう、ライは魔王(元)の無効化は使っていたが、魔王自身はまだ纏っていなかったのだ。
いや、無効化術を使ったというよりは"自動的に無効化されている"。が正しいだろう。
魔王の力は底無し。ライが意識せずとも、自動的に相手の技を無効化してしまっていたのだ。
そんなライの言葉を聞いた魔王(元)は嬉々とした話し方でライへ纏わり付き、ライは漆黒の渦に包み込まれた。
「……? 何だ? その渦は……?」
訝しげな表情でライに尋ねるゼッル。ライの雰囲気が大きく変わった。気になるのは仕方の無い事である。
そんなライは少し考え、それに応える。
「……そうだな……本気モード……じゃダサいか……まあ、さっきの俺より格段に強くなった……ってことだな」
ライは何て言おうか考えた末、適当にはぐらかす。
ゼッルは怪訝な顔付きだったが、直ぐに口角を吊り上げてライに言う。
「クハハ! そうかよ! それはありがたいぜ! じゃあ、さっさと倒さなくちゃあなァ!!」
そうしてライvsゼッルの戦いは、お互いが本気で戦い始めるの事となった。
*****
瓦礫の山に、レイとリヤンが居た。
リヤンの傷はそれほどでも無いが、ミノタウロスにやられたレイは意識を失い掛ける程の重傷だった。いや、寧ろ意識を失わないのがおかしな程である。
「……だ、大丈夫……!?」
傷が浅いリヤン。リヤンは怪我し意識を失いそうなレイに焦ったような表情で聞く。
「う……うん……大丈……夫……」
傷だらけのレイはリヤンの方を見て何とか応えた。
口では大丈夫と言っているが、大丈夫じゃないのは誰が見ても分かる状態だ。
「ごめん……私が……私が勝手に……」
リヤンは、自分がジュヌードに挑まなければレイがこんな傷を負う事も無かった。と責任を感じていた。
そんなリヤンを見て、レイは笑顔を浮かべて応える。
「ううん……。私が隙を作ったのがいけなかったんだ……リヤンは悪くないよ……」
弱々しく話すレイ。そんなレイを見たリヤンは何とか言葉を返そうとするが──
『ウオオオォォォォォッ!!!』
──刹那、瓦礫が消し飛んだ。
遠方に居た筈のミノタウロスがもうやって来たのだ。そんなミノタウロスを見たレイはリヤンを庇うようにフラ付く足取りで立ち上がって構える。
「……レイ……!」
リヤンはそんなレイの方を見て心配そうな表情をする。その表情に気付いたレイはフッと笑ってリヤンに言う。
「大丈夫……! 私がリヤンを守るから……!」
それだけ言い、レイはミノタウロスに駆け出した。
『ウオオオォォォォォッ!!!』
ミノタウロスは標的をレイにのみにし、戦斧を高々と掲げ、それを振り下ろす。
『ウオォッ!!』
そして振り下ろされた大地には巨大な亀裂が生まれ、石畳の道が大きく割れて粉砕した。
「当たらなければ、ただの虚仮威しでしかない……!」
レイは亀裂を跳躍して避け、衝撃で飛んで来る石の破片なども躱す。
「やあ!」
『……!』
そして、森を断つ剣でミノタウロスの喉元を狙った。
生き物である以上ミノタウロスと言えど、柔らかい箇所がある筈だからだ。
身体が硬いミノタウロスだが、喉元は少しだけ柔らかかったらしく少量の出血が起こる。
(よし……! これならあと四、五回で……)
刃物を完全に通さなかったミノタウロスの身体だが、喉元に少しだけダメージを与えられた事からレイはそこを中心に狙う事にした。
「はあっ!」
『ウオォォォッ!』
そして再び喉元を切り付ける。
レイの剣捌きで先程の切り傷からすぐ近くにある場所を捉えたのだ。
それを受け、ミノタウロスは初めて痛みによる悲鳴のようなモノを上げた。
『ブモオオオォォォォォッッッ!!!』
ダメージを与えられた事へ怒るミノタウロスは鳴き声が変化し、戦斧をところ構わずに振るう。
「きゃ……!」
「わっ……!」
その振動により街は揺れ、レイとリヤンの足元は砕ける。その破壊力は直接では無くても凄まじく、二人は立っているのがやっとの状態だ。
『ブモオオオォォォォォッッッ!!!』
そして足元を砕き、レイとの距離を詰めるミノタウロス。その巨体からは想像も付かない速度で近付いた、
「……!? しまっ……!」
『ブモオオオォォォォォッッッ!!!』
レイがそれに気付いた瞬間、ミノタウロスは鎧越しにレイの身体を蹴り飛ばす。
レイはそれを食らって吹き飛び、貫通痕を残して消える。
「……レイ!!」
大人しいリヤンが声を荒げて叫んだ。しかし、レイの姿はもう既に見えない。そして、
『ブルモォ……』
レイが吹き飛ばされた方を見ているリヤンの背後に、ミノタウロスが近付いて来ていた。
「……!」
リヤンは恐怖に戦き、ゆっくりとミノタウロスの方を振り向く。
冷や汗が流れ、それが砕けた石畳の道にポツリと落ちる。
『ブオォォ……』
鼻息を荒くし、涎を滴ながらリヤンを睨み付けるミノタウロス。
迷宮に入り込んだ少年少女を生きたまま捕食するミノタウロスにとっては、レイやフォンセの年齢よりもリヤンやライ程の年齢をした者の方が食べ頃なのだろう。
「ゃ……いや……来ないで……」
『ブルオォ……』
そして、そんな嫌がるリヤンを前にしたミノタウロスは、リヤン目掛けて戦斧を振り下ろした。
「……!!」
リヤンは咄嗟に目を瞑る。
この行動は眼球を傷付けない為に行われるモノだが、今の状況では意味がないだろう。
なす統べ無く振り下ろされた戦斧は──
──ガキィン! と、金属同士がぶつかる音が響き渡る。
「…………?」
リヤンは切断されていない自分が気になり、目を開ける。
そこには、
「大丈……夫……リ、ヤン……は……私が……」
鎧は砕けて肌が一部晒されており、その肌には骨が折れたような痣がある。それに加え、口から吐血しており頭から鮮血が流れている状態である──身体中がボロボロのレイが立っていた。
ミノタウロスが放ったあの一撃を二度食らったにも拘わらず、レイはリヤンへ駆け付けたのだ。
戦闘の為、アドレナリンが出ている事から痛みは通常より感じない筈だが、流石にこれ程までだと気を失うだろう。
『ブモオオオォォォォォッッッ!!!』
邪魔をされたミノタウロスは更に怒りが溢れ、再び戦斧を掲げる。
(今……!)
そして、その隙をレイが突く。
ミノタウロスが戦斧を掲げ、隙だらけになった一瞬だけをレイは狙ったのだ。
「はあ……ッ!」
『ブモオオオォォォォォッッッ!!!』
最後の力を振り絞り、レイはミノタウロス目掛けて勇者の剣を振り抜いた。
「…………」
『…………』
ザン! という肉が断たれる音が響き、斬られたところから出血し、鮮血が漏れる──
『…………』
──『ミノタウロス』。
ミノタウロスは有無を言わずに倒れ、辺りには血が広がる。この瞬間、レイはミノタウロスに勝利したのだった。
*****
一方のフォンセ&キュリテとスキアー&チエーニ。
此方の四人も戦い続けていた。
「"水"!!」
「水魔術だと!?」
フォンセがスキアーに水魔術を放出する。
極限まで水の貫通力を高めており、ちょっとした岩や鉄程度ならば軽く貫く程の攻撃だ。
「クソッ……!」
その水はスキアーの頬を掠り、火傷に続いて切り傷が生まれる。その傷を見、スキアーは思いがけない攻撃に悪態を吐く。
「ふふ……誰も炎魔術だけとは言っていないぞ……?」
嘲笑うようにスキアーへ笑みを浮かべるフォンセ。
「あ?」
それを聞いたスキアーはイラッとしたのか、フォンセを睨み付ける。それを見たフォンセはフッと笑い、更に言葉を続ける。
「おっと、腹を立たせてしまったか。悪いな。謝ろう」
そして、フォンセは挑発するように話した。それを聞いたスキアーはクッと喉を鳴らして笑う。
「クク……ああ、そうだな。腹が立ったぜ……だから腹いせに、お前をぶっ潰すかァ……!」
その刹那、スキアーは地面を蹴り、フォンセとの距離を一気に詰める。
「ほう? やってみるがいい」
サッとそれを躱したフォンセは、スキアーに両手を突き出す。
「出来れば……だがな?」
刹那、両手から炎と水を繰り出した。至近距離の為、スキアーはそれを避ける事が出来無い状態だ。
「クソ……!」
避ける事は出来ないが、何とか身体を捻って直撃は免れるスキアー。そして流れるように動いてフォンセに向き直り、言葉を発する。
「ククク……悪かったな。お前の言う通りだ……少し侮り過ぎていた。……お前の勝ちだ。勝負じゃなく、能力を見せるって意味でな……これからは俺も本気を出してやろう。お前にはその価値がある……!」
「ふふ……そうか。それは良かった。……だが、私も易々とやられないからな?」
スキアーに何かが起こる。それを直感で理解するフォンセ。そんなフォンセも警戒を解かず、構えていた。
「"土"!!」
チエーニは初めてエレメントを口にした。キュリテも薄々気付いていた事だが、やはり四大エレメントの"土"を使うらしい。
しかし"土"というよりは、"岩"と言った方がしっくりする気がするチエーニのエレメント。
「はあ!」
そして、その岩をサイコキネシスで砕くキュリテ。それは先程からずっと行われている光景だが、一向に収まる気配はない。
逆に、その勢いと岩の数は増えるばかりだ。
「クッ……! さっさと当たれ!!」
「イライラしたらお肌に悪いよー?」
唸りを上げてキュリテに岩が迫り来る。その岩を次々砕き、軽口を叩くキュリテ。それがチエーニにとっては挑発となる。
「本当にムカつくわね! アンタ!」
蛇のような、龍のような岩が町全体に広がる。その岩は近くのフォンセにも被害が及びそうだ。
その岩は街の建物を飲み込んで砕き、破壊してキュリテを狙い続ける。
「ちょっと! 滅茶苦茶し過ぎ!」
それを確認したキュリテはテレキネシスで空を飛び、加速してその場を離れる。
このままではその攻撃を受けてしまい、更に大きなダメージを受けてしまうかもしれない。そしてフォンセを巻き込んでしまうかもしれないからだ。
「逃げる気!?」
「アハハ! 追い掛けっこだよ!」
キュリテは"テレポート"を使わずに移動する。まずはフォンセから離れ、チエーニを引き寄せる考えだろう。
「ほらほらー! 怖いのー!?」
「うるさーい!!」
キュリテは挑発し、その挑発に反応したチエーニは岩に乗ってキュリテの後を追い掛ける。
そしてフォンセ、スキアーから離れるキュリテ。
おどけているように見えて、キュリテは様々な策を脳内で練っているのだ。
キュリテとフォンセはお互いが離れ、結果的にペアで戦っているのはレイとリヤンのみになる。
しかし、戦いはまだまだ続いてゆく。