五百九十九話 魔族幹部たちの決戦・魔女、魔術師と妖狐、アンテッドの王・決着
刀と刀。影魔術と破壊魔術。二つの戦いとは違い、己の持てるエレメントを含めた全属性を用いた戦いがこの場では繰り広げられていた。
しかし、全知全能を目指すアンテッドの王と大国を滅ぼした力を有する妖怪が相手では、実力者だとしても少々分が悪そうである。
「"風"!」
「"土"!」
「"風"!」
『"土"!』
呪文は違えど、同じエレメントを用いた魔法、魔術、妖術が空を飛び交い地を駆ける。
強風が吹き荒れて瓦礫を吹き飛ばし、大地から槍のように生える土が全体を貫く。アスワド、ゼッルとマギア、九尾の狐はこの程度ではダメージも受けないが、所謂小手調べのようなものだろう。
先程から小手調べはしており、一時的にはリッチとしての魔術も放ったマギアがそれに乗るのは些か不明だが、純粋に圧倒するのはつまらないという思考の元かもしれない。
それらは正面からぶつかり合って消え去り、大きな轟音を上げて周囲に霧散した。
「"巨大な岩の手"!」
その瞬間に土魔術を凝縮して岩を形成し、それによって手の形となった岩を放つゼッル。
空から降り注ぐように大きな手はマギアと九尾の狐へ狙いを付け、一人と一匹が居た場所に落下する。その着弾によって轟音が鳴り響き、巨大な粉塵を舞い上げて全体の視界が消え去った。
「粉塵も無駄には出来ませんね! "風の操作"!」
それによって生じた粉塵をアスワドが風魔法で操り、全て自分の元に寄せて様々な形を形成する。
集まった粉塵。主に砂埃。それは風魔法によって高速で振動しており、触れれば全てを砕く程の破壊力となっていた。
「魔法と魔術の組み合わせかな。確かにこれなら自分の使う魔力は半分に抑えられるね。いや、やっぱり二人別々の魔法と魔術かな? 関係無いけど! "風の爆発"!」
破壊力の高い粉塵に向け、風魔術で爆発を引き起こすマギア。それによって全ての粉塵は消え去り、アスワドとゼッルの姿が露になる。
九尾の狐の姿は見えないが、恐らく何処かに潜んでいる事だろう。
今更潜む必要も無いと思うが、何かを目企んでいるに違いは無さそうだ。
『消え去るが良い……!』
「「……!」」
「あらら。もう出てきちゃった」
──そしてその瞬間、妖力の塊からなる複数の槍がアスワドとゼッル目掛けて降り注いだ。
その妖力の塊は二人の身体を貫かんとばかりに高速で落下し、アスワドとゼッルは何とか対応する。マギアにも影響が及びそうな範囲だが、そこはアンテッドの王である所以。食らっても即座に再生し、当たる前に消し去る事も簡単だった。
しかし魔力を勿体無いと踏んだのか、途中で防ぐのを止めて全身に妖力の塊を受ける。真っ赤な鮮血が絶え間無く噴出するが、全く意に介していない状態だった。
「敵味方見境無しか……! 遠方で戦っている奴等にも何らかの影響が及んでそうだな……!」
「ええ。先ずは九尾の狐を止めましょう……!」
降り注ぐ妖力の槍。その範囲は広大だ。
なのでそれによって味方にも被害がいきそうであると判断し、積極的に攻めていないマギアを無視して九尾の狐へと視線を向けた。
「あら? 私は無視?」
『ホホ……良かろう。手を出すでない、屍の王よ……!』
「その言い方……。まだリッチの方がマシだよ……」
狙いを定められたと理解し、楽しそうに笑う九尾の狐はマギアへ手を出すなと告げて構え直す。
マギアは自分の呼び方を気に掛けていたが、九尾の狐が一匹で相手をするという点は別に構わないようだ。
「どうやら相手さんも一匹で戦ってくれるらしいぜ……」
「それは好都合ですね。私も魔族だからでしょうか……出来る事なら一対一で戦いたいと心の中で思っている節もあります。けれど、明らかに格上の相手ならば数で攻めなくては……!」
九尾の狐に対し、魔力を込めて構えるゼッルとアスワド。魔族の心境故に一対一で戦いたいという気持ちは二人にもあるが、この者達が相手ではそんなものは無謀の他無い。
だからこそ、一匹で戦ってくれるチャンスをモノにする事が勝利への鍵となるものだ。
「全力でいきます……! "終わりの炎"!」
「……! 禁断の魔法か? ……いや、呪文は同じだがあれとは少し種類の違う魔法だな」
「はい。禁断の魔法・魔術を使えるのはフォンセさんとルミエさん。そしてリッチのみ。シヴァ様の使うモノに近しいですね。威力は圧倒的に低いですが、所謂改良型です」
「成る程な。なら、俺も本気を出すか……! "魔王の魔術"──"星破壊"……!」》"」
アスワドの使った魔法は禁断の魔法を改良した魔法。ゼッルの使った魔術は全力の魔王の魔術。
本来の禁断の魔法や魔王の魔術とは些か差違点はあるが、確かな破壊力の秘められたものだった。
『フム……正面から受けても余計な体力を消耗するだけじゃな。躱した方が良さそうじゃ』
それらの魔法と亜光速で迫る魔術を見やり、正面から受けるのは得策ではないと判断した九尾の狐が軽く身を翻してそれらを躱した。
対象の無くなった魔法と魔術はそのまま進み、遥かに彼方。惑星複数分程の距離で着弾して爆発する。
しかしそれは、それ程の距離を魔法と魔術が進み終える数時間後の話。何かに当たるまで進むが、斜め方向に飛んだので何にも当たらないのだ。しかし星一つの範囲を消滅させてしまう程の技。周りを巻き込むかもしれないという事を考えれば遠方に向かったのは返って好都合だった。
それならば放たない方が良いかもしれないが、相手が躱すにしても防ぐにしても受けるにしても味方への影響は及ばないように工夫していた。
『さて、次は妾じゃな?』
「「……! なっ!?」」
──その刹那、ゼッルとアスワドが九尾の狐の居る方向に吹き飛ばされた。
しかしそれはおかしい事である。二人は疑問を浮かべつつ背後を見やり、何が起こったのか理解した。
「チッ、何時の間にか尾の一つを背後に回してやがったか……!」
「ええ……! その尾から妖力を解放して弾き飛ばしたという事でしょう。……そして向かう先には……!」
『理解したか。吹き飛ばされた方向には妾が待っておるという事をな。さしてそのまま、主らを更に吹き飛ばす!』
迫る二人に対し、正面から妖力の衝撃波を放つ九尾の狐。正面と背後からの妖力に挟まれる二人の身体は圧縮され、内臓が潰れて吐血する。
完全に潰れた訳では無いので生きており意識もあるが、何れペシャンコになってしまうだろう。そうなっては出血多量、内臓破裂。その他様々な悪影響によって確実に死亡する。
それを避けたいが、九尾の狐に手加減するつもりはないらしい。ヴァイスの趣向に反する事だが、自分が楽しければ良いという考えの九尾の狐には関係無いらしい。
「……ッ! ちょっとばかし、マズイな……!」
「ええ。少なく見積もって、後四、五分で私たちは破裂しますね……!」
しかし何も出来ない。高圧の妖力に挟まれているが為、魔力に集中する事も出来ないのだ。
頭痛と激痛。不快な嘔吐感を催し、喉から舌へ掛けて鉄の味が広がる。そのまま意識が遠退き、粉微塵になる事を覚悟した。
「させないよ! "光の球"!」
「「……!」」
『……む?』
遠退く意識の中、複数の光球が放たれ九尾の狐を狙った。
それが着弾と同時に大きな爆発を見せ、広範囲に光の衝撃が伝わった。
そのまま九尾の狐は飲み込まれ、爆風が瓦礫を吹き飛ばし"ヨトゥンヘイム"に目映い光が駆け巡る。
『フム、先の光を放った者か。そう言えば居たな、何か用か?』
「アハハ……全く効いていないんだね……。まあそれはさて置いて、用って聞かれたら用があるって返すしか無いよね」
『そうか。何人だろうと構わぬが、面倒ではあるな』
その光球を放った者、ラビア。
ラビアは高い建物から降り立ち、そそくさとアスワド、ゼッルの元に駆け寄った。
二人は吐血しているが目立った外傷は無く、一番の重症である内部も魔力を温存して使える簡易的な回復魔法や回復魔術で治療していたので悪化する事は無いだろう。
そして改め、ラビアに視線を向ける。
「ラビアさん……。有難う御座います、お陰で助かりました。二度目ですね」
「ああ、感謝するぜ。ブラックは良い部下を持っているな」
「アハハ。どういたしまして、アスワドさんにゼッルさん」
先程もラビアの光魔術によって体勢を立て直す事が出来た二人は、二度目の手助けに感謝する。
今度ばかりは本当に死ぬかと思ったらしく、嫌な汗が二人の額を濡らしていた。
「大丈夫……? 二人とも……」
「ああ、問題無い」
「ええ、此方こそ」
そんな二人を心配そうに見やり、問題無いと返して立ち上がる。
流石の魔族幹部。死にかけた程度で戦えなくなる程のメンタルでは無いようだ。逆に気力を振り絞り、軽く笑って九尾の狐に視線を向けていた。
『フン、たった一人増えた程度。妾にとっては何の問題も無い。先程の圧死を狙った技では手ぬる過ぎたようじゃな……今度は戯れを入れず、即座に終わらせてやろう……!』
「……ッ! 来るか……ウダウダ言ってられねェな。まだリッチも残っているが、コイツに全力をぶつけて倒すしかねェ……!」
「その様ですね……! 体力の消費を抑えてやられては元も子も無い。確実に仕留めましょう……!」
「大丈夫。私が居るから、リッチも私が相手取るよ……!」
九つの尾に妖力を集中させ、九つの球体を創り出す九尾の狐。
その一つ一つには星を砕くであろう力が秘められており、とても今の状態では蹴散らせない程だった。
なので三人は全身全霊をぶつけ、何とか九尾の狐だけでも倒す為に力を込める。
『受けてみるが良い……魔族の主力達よ……!』
「"終わりの元素"……!」
「"魔王の魔術"──"星破壊"……!」》"」
「"光の柱"……!」
そして放たれた、九尾の狐が創り出した九つの球体。
対するは禁断の魔法を改良した元素魔法と再び放つ魔王の魔術。そして光速の柱が敵を覆い尽くし、全てを焼き払う光の柱。
惑星を砕く程の力を込めたそれらは正面から衝突して全てを飲み込み、辺りを目映い光が再び覆った。
*****
『フン、消し飛んだか。愚かな魔族達よ』
そして光が晴れ、粉塵が晴れて姿を見せたのは無傷に等しい状態である九尾の狐。
その近くにアスワド、ゼッル、ラビア、マギアの姿は無く、九尾の狐のみの姿があった。
九尾の狐はマギアは既に離れていると考えたのか、他の者たちの姿が無い事から勝利を確信して呟く。
実際、閑散とした空気はあるが他の者たちの気配も無い。なので消し飛んだと考えているのだろう。
「残念ながら、俺たちは無事だ!」
『なにっ!?』
──その刹那、無かった気配が再び現れ、九尾の狐が反応を示す。
その気配を探って探知し、特定した場所に視線を向けると同時に妖力の塊を放った。それが着弾と同時に爆発を起こし、粉塵が爆風で消え去った。
「咄嗟に放ったからこの程度の威力か。お陰で耐えられたぜ……! "封印魔術"!」
「ええ、その通りです! "錠"!」
『……っ。まさか……!』
その爆風から、肉が抉れ、大量の血液を流した状態で姿を現して残った魔力から封印の魔法・魔術を二人は放った。
咄嗟の事で対応し切れず、九尾の狐は魔力の箱に閉じ込められる。
「これで……俺たちの役目は終わりだ……」
「苦労かけます……ラビアさん……!」
「うん。任せて……!」
「あーあ、九尾の狐封じられちゃったの?」
肉体的な損傷と魔力が尽きて二人は倒れ、そのまま意識を完全に失う。そして二人に託された、魔族の国"マレカ・アースィマ"の幹部の側近ラビア。
目の前にはマギアがおり、既に魔力を込めた状態で構えていた。
「二人の分、私が少しでもダメージを──」
「残念♪ 貴女と私じゃ力量が違い過ぎるよ♪」
「……ッ!」
──そして魔力を込め直し、ラビアがマギアに構えたその瞬間、何時の間にか背後へ回り込まれていたマギアによって脇腹を抉られていた。
温かな鮮血で濡れる肉片を片手にマギアは軽く笑い、血の滴る肉片を軽く舐める。食しはしないが、血はアンテッドの糧である。一方でラビアは抉れた脇腹を抑えて膝を着いた。
次の瞬間にマギアは魔力を軽く込め、膝を着くラビアの頭に掌を翳した。
「大丈夫。殺さないよ♪ 貴女は私のお気に入り……ヴァイスの趣向もあるけど、個人的に殺したくないから♪」
「……」
何かを察し、つうーっと目から涙が零れるラビア。殺される。殺されない。脇腹の激痛。涙の理由はそんなものでは無い。
自分とマギアの圧倒的力の差。それが涙の流れる要因となった。
信頼出来る二人の幹部に託されたにも拘わらず、一瞬にして圧倒的力の前で敗北を喫してしまった現状。ラビアは悔しさから涙が止まらないのだ。
「お休み……可愛い魔族さん……♪ ──"女王の慈愛"」
「……ッ!」
頭に翳された掌から圧倒的な魔力が込められ、それが衝撃波となってラビアの頭を貫通する。
涙は鮮血へと姿を変え、耳に鼻や口からも真っ赤な血が噴き出す。端正な顔立ちは血に染まり、明るく愛嬌のあったラビアから笑顔が消え失せる。そのまま成す術無く意識も消え去り、マギア・セーレ、九尾の狐と戦った魔族の主力は全滅した。
「……。あ、シュヴァルツ負けたのかな? 気配が消えちゃってるよ……。しょうがない。一回彼女達とシュヴァルツを連れて拠点に戻ろうかな」
魔術を用いてアスワド、ゼッル、ラビアを抱え、シュヴァルツの方を気に掛けるマギアは刹那の間に移動した。
アスワド、ゼッルと途中参加のラビア。そして相対するマギアと九尾の狐。此方の戦闘は、九尾の狐を封じる事は成功したがマギアによって完全敗北で決着が付いた。
そしてマギアは九尾の狐の封印を解かず、一先ずシュヴァルツの元へと進み戦線を離脱して自分達の拠点に向かうようだ。
結果として、残った主力はブラック、ダークとぬらりひょん、大天狗だけとなった。




