五百九十五話 幻獣と魔物の決戦・神鳥と塞ぐ者、斉天大聖と平天大聖・決着
人の姿となり神となったヴリトラが剣を振るって嗾け、それをガルダが受け止める。そのまま弾いていなし、距離を置いて詰め寄った。
そのまま鷲の足で切り付け、今度はヴリトラが剣で受け止めて弾く。刹那にガルダが拳を放ち、それも剣で受け止めたヴリトラは勢いに押されて吹き飛ばされた。
『防戦一方のようだな、ヴリトラ。龍の時よりも動きは良いが、変身したからといって傷や疲労が癒えた訳では無いだろう』
『そうだな。しかし俺も割りと粘っているだろう。お前に余裕があるとしても、数時間気の抜けない戦いをしているんだ』
『ああ。はっきり言って疲れた。正直休みたい気分だ』
『ならば、俺に倒されれば休めるぞ』
光の速度を超え、残像すら残らぬ速度に達した二人が鬩ぎ合う。
一つの場所で衝撃が響いた瞬間に別の場所にて数百回の衝撃が放たれ、山よりも巨大な建物が複数崩れ落ちた。
次の瞬間に崩れた建物の瓦礫が砕け、連続して破壊音が響き渡る。次に散った欠片が消え去り、ガルダとヴリトラは正面からぶつかり合って互いを弾き飛ばした。
『ハァ!』
『ハァ!』
弾き飛ばされた場所は瓦礫の中。そこからヴリトラが剣を翳して飛び出し、ガルダが鷲の足でそれを防ぐ。
そのまま二人は互いに睨み合い、剣と足を弾いて距離を置く。気付けば建物の並ぶ街中から建物の中へと移動しており、周りを見渡すとそこは本棚の立ち並ぶ書斎だった。
ガルダと人間の姿になったヴリトラの身長よりも遥かに高い本棚が立ち並び、日差しの差し込みにくい空間がそこに広がる。二人が居たのは木製のテーブルの上だった。
『書斎か。隠れる場所が多数あるな。逃がしてしまわぬか不安だ』
『誰が逃げるか。元々お前と戦うつもりだったからな。インドラの前にお前を打ち倒すのも悪くない……!』
『敗北を刻まないが故に"最強"を謳われるのだ。少し疲れたが、私にはまだ余裕があるぞ……!』
足元に広がる木製のテーブルを蹴り砕き、一瞬でその距離を詰める二人。同時に剣と爪を放ち、その刹那に複数の本棚へと激突して本棚を崩し砕いた。
その本棚は吹き飛び、また一瞬で二人がぶつかり合って衝撃を散らす。そのまま書斎を全て吹き飛ばしながら外に飛び出し、複数の建物を砕きながら数十キロ進む。次いでガルダが回転と共にヴリトラの身体を打ち落とし、そこへ更に落下と共に一撃を与えて追撃を加えた。
それによって巨大なクレーターが生まれ、爆発的な粉塵を舞い上げる。
『どうだ? 降参するならやり過ぎぬよう気を付けるが』
『いいや、全然問題無い』
ヴリトラを踏みつけて睨み、言葉を返したヴリトラはガルダを引き剥がす。
剥がされたガルダは一回転して着地し、着地した瞬間にヴリトラが剣を突き刺す。それも防いで弾き、回し蹴りを放って吹き飛ばした。
『……ッ! やはりこの姿でもお前の相手は難しいか。今のところ大した一撃は与えられていない』
『いや、此方も仕留めるつもりで嗾けている。それでも耐えているのだから確実に強化されているようだ』
回し蹴りによって生じた口元の血を拭い、不敵に笑いながらガルダを見やるヴリトラ。
しかし、ガルダもガルダで始めからヴリトラを倒すつもりで挑んでいたらしい。それでも倒せていない現状。やはり強敵ではあるようだ。
『まあ、此方も全力では無い。もう少し力を上げても良さそうだ』
『そうだな。そうして貰おう。俺ももう少し力を上げる……!』
二人はまだ力を温存していた。しかし疲労は募り、戦闘も長くなりそうな雰囲気である。
今の状態から完全なる全力は出せないが、今よりも上の力を解放する事で決着を付けるらしい。
『行くぞ、全てを恨む塞ぐ者よ……!』
『来るが良い、神鳥ガルダ……!』
神鳥が炎を展開させ、塞ぐ者がその炎の進行を塞ぐ。
それと同時に大地を踏み砕き、数百キロの範囲を消し飛ばして加速した。そこから一瞬にして数光年先の遠方へと到達し、剣と爪をぶつけ合う。
ぶつけ合う行為は先程から見られたものだが、今度はそれによって恒星複数個分の範囲が崩壊して消え去り、二人が爆発の中心で鬩ぎ合う。
『ハァッ!』
『ガァッ!』
ガルダが翼を巧みに操って舞い、爪や拳、炎で嗾ける。ヴリトラが剣や肉体を使って嗾け、互いに目にも止まらぬ速度の攻防を行った。
爪と剣が衝突して火花を散らし惑星の範囲を破壊し、拳と拳がぶつかって更なる範囲が崩壊する。数光年を照らす程の炎が放たれ、その炎を全て塞いで止める。
踵落としがヴリトラの身体を打ち付けて叩き付けられ、下方へと落下して激突の寸前で着地する。そこから滑空してくるガルダが拳を放ち、対するヴリトラも拳で迎撃。それによって再び周囲が砕け散り、消滅寸前の第二層の一部。何億分の一の範囲が消え去った。
『この"世界樹"。偽物だが、あって良かった。元の世界でお前と戦っていたら星が消えていたからな』
『フッ、そうか。全てを恨む俺からすれば星や世界中の生物が死滅するのは嬉しいが、お陰で全力に近いお前と戦れるのは良い事だ』
『最も、お前達が攻めて来なければこんな事にもならなかったのだがな』
『ならば大人しく投降すれば良いだろうに』
『それは出来ない相談だ』
言葉を交わし、再び勢いを付けて互いを狙う二人。剣が振り下ろされてそれを躱し、蹴りを放って吹き飛ばす。その方向から再度攻められ、それを正面から受けて阻止する。
単調なやり取りの中で着実に互いにダメージが蓄積され、二人は更に力を込めて勢いよく駆け出した。
『これで終わらせる……!』
『来るが良い!』
"神鳥ガルダ"。一説では太陽の化身となっており、その力を宿す事も出来る。その証拠に、身体からは目映い光が発せられて熱もある。
対する、"塞ぐ者ヴリトラ"。天を塞ぎ、太陽を消し去り地上を暗黒で包む力を持つ。川を塞ぎ、雨をも塞き止め干魃を引き起こし、飢餓を作り出して全生物を苦しめた事もある。
そんな、全世界を揺るがす力を宿す二人は太陽の力と暗黒の力を全身に込めていた。
ガルダの光輝く姿は更に輝きを増して太陽に匹敵する熱を放出し、漆黒の肌を持つヴリトラは更なる暗黒で身体を覆って全ての輝きを消し去る。
互いに疲弊しているので完全な力は出せないが、ヴリトラは前のライに放った力よりも強力なものを放出していた。そしてガルダも、自分自身が太陽となって一気に詰め寄る。
『ハァ━━ッ!!』
『ガァ━━ッ!!』
そして、宇宙の四分の一の大きさを誇る第二層の世界の半分が光に包まれ、半分が闇に包まれた。
その光と闇は己の位置を主張するように広がり、文字や言葉では表せぬ音と共に第二層の世界全てが包まれた。
*****
『成る程……かなり疲れた……』
『成る程……俺の敗北か……!』
太陽と障害。それは太陽が競り勝ち、周囲が光に照らされていた。
しかし流石のガルダも大きく負傷したらしく、荒い呼吸と傷だらけの身体でヴリトラを見やる。そして、ガルダ以上の傷と少し特異な火傷を負ったヴリトラは意識を失う。
『……ッ。このままでは戻るに戻れないな……インドラと違い、全てを憎むヴリトラ相手に和解は無理だったか……。少し……休むか……』
ガルダは意識を失わないが、数光年先の元の場所に戻るにはまだ暫くは休息が必要だろう。
ガルダとヴリトラ。此方の戦闘は、ガルダが大きく負傷したが何とかヴリトラに勝利したのだった。
*****
──至るところにて付いた決着から数分遡り、仙力を溜める孫悟空とそれを阻止する牛魔王の戦いは周囲に上がった粉塵を全て肺活量のみで牛魔王が消し去った事で更なる激しさを増していた。
粉塵が上がったのを見計らった孫悟空が気配を消し、仙力を溜める事に集中出来ていたまでは良かったが、牛魔王がそれを許してくれる筈もなかったという事だろう。
視界が開けて良好になり、孫悟空の姿を捉えた牛魔王は混鉄木を構えてその場所に勢いよく飛び掛かった。
『……ッ!』
『フッ、手応えあったな』
確実にその頭を捉えられ、混鉄木を叩き付けられた孫悟空は脳が大きく揺さぶられて頭から真っ赤な鮮血が流れる。
そこから更に畳み掛けるよう孫悟空の腹部を蹴り上げられ、肘打ちが背中を捉える。それによって吐血した孫悟空へ蹴りを放ち、遠方に吹き飛ばした瞬間再び混鉄木を叩き付けてその身体を大地へと埋め込んだ。
されるがままに叩かれる孫悟空。仙力を溜める為の我慢とは言え、やられっぱなしというのは少々問題だ。
『ハッ。確かにクラっと来たが……何とか耐えたぜ……!』
『フム。耐えてしまったか』
だがしかし、耐え忍んだ事によって仙力が募り、"降神仙術"を使える準備は整った。
それを聞いた牛魔王は肩を落とし、仙力が溜まってしまった事を後悔する。
数分しかないので天に等しい大聖者を倒せる訳も無いのは当然だが、それでも厄介なものと理解しているので思うところがあるのだろう。
『今からでも阻止してみるか』
『もう遅いぜ』
混鉄木を携え、頭から出血している孫悟空に向けて再び駆け出す牛魔王。
孫悟空は溜めた仙力を解放し、不敵に笑って言葉を発した。
『"降神仙術・毘沙門天"!』
『……!』
その言葉と同時に青白いオーラが孫悟空の周りを包み、孫悟空の身体に金銀宝石などの豪華絢爛な装飾品が纏う。
そして携えた如意金箍棒も様々な宝石類の着いた宝棒となって全体的に綺羅びやかな容姿となった。
『ハァ!』
『……!』
宝棒で牛魔王の腹部を突き、一瞬にして遥か遠方に吹き飛ばす。
それに伴って宝石の揺れる音が響き、孫悟空の纏った仏──毘沙門天が話し掛ける。
『──斉天大聖か。こんな遠くまで呼び出して何の用だ? ──ええ。少しばかり厄介な相手ですので、軍神を謳われるアナタの力を御借りしたいと思いました。──ふむ。先程吹き飛ばした者か。牛魔王……平天大聖や大力王の異名を持つ牛の妖怪。お前の考えている事は分かる。数時間均衡状態にあったのだな? そして現在の状況……決着の付けたい理由も分かった。──そんなところです』
孫悟空と身体が同じである故に意志疎通も出来る。
というより、考えている事が全て分かるのだ。なので降ろされた毘沙門天は何故呼ばれたのかも理解していたのだ。
『毘沙門天……仏の中でも最上級の力を持つ四天王の一角……。確か、多聞天とも謂われているな』
『──戻って来たか、牛魔王。そうだな。私は毘沙門天。たった今からお前を倒す為に呼ばれた』
『厄介だな。天界でも上位に位置する戦いの神が相手か』
牛魔王の言うように、毘沙門天は四天王と謳われる者の一角である。
以前孫悟空が纏った鬼神の羅刹天や、もう一人の鬼神である夜叉を従える者であり、守護神でもあるかなり高貴な存在だ。
『まあ、長く斉天大聖の身体に憑くと斉天大聖が今以上に疲弊してしまう。来たばかりだが、終わらせるぞ』
『フッ、来……なにっ!?』
──刹那、宝棒を片手に牛魔王へ向かう孫悟空。もとい、毘沙門天。
毘沙門天は光の速度を見切る牛魔王ですら黙視出来ない程の速度となって肉迫し、何かを言わせるよりも前にその身体を吹き飛ばした。
次の瞬間に吹き飛ばされた牛魔王が再び吹き飛ばされており、大地を大きく破壊して巨大なクレーターを造り出す。その地中深くに落とされた牛魔王は起き上がろうと試みるが、腹部へ宝棒が突き刺さり大きく吐血した。
『成る程……動きがまるで違う。これが軍神の実力か』
『ああ、そうだ。基本的に斉天大聖は私へ身体を預けている。斉天大聖への肉体の損傷もあるが、お前を手っ取り早く倒せる事だろう』
ふと見てみれば、孫悟空の手と足からは肉が裂けて鮮血が流れていた。
孫悟空の力に毘沙門天の力。それは二つの力を宿しているようなものであり、肉体に掛かる負担もとてつもないのである。
能力的に言えば毘沙門天の方が上であり、その力を引き出さなくてはならないが為に孫悟空の身体が攻撃する度に損傷しているのだ。
それ故に、なるべく早くに決着を付けるのが毘沙門天の目的となっている。
『一気に決めさせて貰おう』
『四天王にして軍神の毘沙門天。俺の渾身の一撃、受けてみよ……!』
宝棒となった如意金箍棒を構え、一気に進む毘沙門天と混鉄木に全身の力を集中させてそれを迎え撃つ牛魔王。
黙視するのも難しい速度だが、集中力を高めてその光を超えその先を超えた速度を見切って渾身の一撃を放った。毘沙門天はそれを正面から受け、宝棒を突く。
──そして、他の味方も居る数百キロ程の範囲が消し飛んだ。
*****
──全てが消し去り、剥き出しの大地が覗く"ヨトゥンヘイム"にて、仰向けで倒れる牛魔王と全身を砕いた血塗れの孫悟空が立っていた。
どうやら巻き込まれ、周囲に居た兵士たちは無事のようである。
先程競り勝ち、勝利したのは毘沙門天。つまり孫悟空のようだ。しかし見ての通り毘沙門天を宿した代償は大きく、意識が朦朧としている状態だった。
『……。随分なやられ様だな……斉天大聖』
『──お前が言うか……平天大聖。俺以上に重症みたいだがな……』
動かぬ身体で話す牛魔王とそれに返す孫悟空。
両者共に身体は動かず、牛魔王は仰向けのまま。孫悟空は立ち竦んだままである。
『──すまないな、斉天大聖。少々無茶をしたかもしれない。──いいや、構いませんよ。短時間で倒せましたから』
砕けた身体に謝罪を申す毘沙門天と、謝罪は必要無いと告げる孫悟空。
実際のところ、受けたダメージはかなりのものだが牛魔王を早く倒せた事で他の味方に与える影響は多い。なので致命傷に近いダメージだとしても満足感はあった。
『……。これが毘沙門天の力か。今の俺では敵わないな』
『ふっ、暫く寝ていろ。俺も休みたい気分だ。──さて、私も抜けるとするか。これ以上居ても負担を多く掛けてしまうからな。──ええ……有難う御座いました。毘沙門天さん』
一方で牛魔王は自分よりも遥か上の存在を見て不敵に笑い、そのまま意識を失った。
そんな牛魔王に一瞥を向ける孫悟空は軽く笑い、毘沙門天が抜けた後で意識が消え去る。
ガルダとヴリトラ。孫悟空と牛魔王。二つの戦いが終わり、これにて残る戦いはドレイクとアジ・ダハーカだけとなった。




