五十八話 序盤戦
風が来た方向を確認し、そこに向かったライは一際広い場所へ辿り着く。そしてそこには予想通りの人影が居た。
「……風を生み出したのはお前か……やっぱりな。アンタは俺の予想通り、魔法か魔術を扱うようだな……? ──ゼッルさん?」
その影は、ライが標的にしていたゼッルである。
広場の中心で黄昏るように佇んでいたゼッルはゆっくりとライの方を振り向く。
「ッハハ……ああ、そうだよ。お前の推測通りだ。俺は肉弾戦じゃなく、魔術を中心とした戦闘を行うんだ」
「……へえ? ……まあ、中々の威力を持った風だったな? 風ではダメージを受けなかったが……それに巻き込まれた岩は少し痛かったぜ?」
ライは敢えて、風魔術は無効だったと伝えるような言い方をする。
一度拳を交えた者とは正々堂々と戦いたい為、無駄に体力を消費させたくないのだ。
拳を交えた訳ではないという野暮なツッコミは無しである。
「あの風でダメージを受けなかった……? それはおかしいじゃねえか……。あの風……ちょっとした嵐レベルはあったぞ? 一体どんな技を使ったんだ?」
そして、勿論ゼッルはその言い回しに気付く。
ゼッルは魔術を何もせずに無効化された事がにわかには信じられなかった。
しかし当然だろう。無効化の技や魔法・魔術道具はあったりするが、そのようなモノを扱った様子では無かったからだ。
「ハハ、技は使ってねえな。強いて言えば、そういう事もあるんだよ。……ってくらいか?」
「……んなアホな」
ライは魔王の事を隠しつつゼッルに言う。魔王(元)の事を明かしては後々面倒になる。その事を理解しているからだ。
ゼッルは訝しげな表情をしていたが、ライは気にせず話を──
「まあ、『アンタを倒しちまえば』関係無いよな?」
──続ける事もなく、大地を蹴り砕いてゼッルとの距離を詰める。
「ケッ、そうかよ!」
その言葉に返すゼッルはそれを迎え撃つ為、両手を前に突き出す。
「風が駄目なら……これでどうだ!?」
そして、その両手から炎を放出した。つまるところ風魔術が駄目だったので、炎を試しているのだろう。
その炎は大気を焦がし、空気を燃やしながらライへと向かう。
「残念だな! 魔王は風だろうと炎だろうと、全て防げるんだよッ!」
次の瞬間、ライはその炎を殴り付けて砕いた。砕かれた炎が散らす火の粉が空を舞い、風に巻かれて消え去る。
「これもかよ!? お前本当にどんな身体してやがんだ!?」
ゼッルは驚愕の表情を見せるが、ライの攻撃は避けた。ライが放った拳の風圧で背後の建物にヒビが入る。
「ハッ、凄まじい力だな! 魔術無効にそんな力を持っているなんて……全く、羨ましいねェ!」
ゼッルは笑みを浮かべながら、ライへ水魔術を放つ。
"風"と"炎"、そして"水"。その三つのエレメントを見たライは軽薄な笑みを浮かべてゼッルへ聞く。
「ハハ、何だよ? お前は四大エレメントのうち三種類使えんのか? それとも、四大エレメントの全てを扱えるのかあ!?」
水魔術を拳で消し去りつつ、ゼッルに言ったライ。それを聞いたゼッルも軽薄な笑みを浮かべ、ライの言葉に返す。
「クハハ! ああ、そうだよ! 俺は四大エレメントの全てを扱える! ……まあ、所詮はその『程度』だがな……!!」
四大エレメントの全てを使えるのはとても凄い事なのだが、ゼッルは全く誇る様子を見せず自虐的に言った。
本人は四大エレメントを扱える事に対して何も思っていないのか気になるところだ。
「随分と卑屈なんだな……? もっと誇れる事だと思うぜ?」
ライはそんなゼッルに苦笑を浮かべて言う。
四大エレメントを全て使えるのにそんな態度を取られると、魔王を宿していても力不足でまだエレメントが二つしか使えないライにとっては嫌味にしか聞こえない。
世には一つのエレメントすら扱えない者も居るので、ゼッルの言葉は皮肉に聞こえる。
「ハハ、そうかよ。じゃあ、誇らしくお前を倒すとしようじゃねえか!」
刹那、ゼッルの周りに四つの渦が巻き起こる。
全てを燃やす轟炎の渦。
全てを流す轟水の渦。
全てを吹き飛ばす強風の渦。
全てを砕く土塊の渦。
その四つの渦は、ゼッルの周りで躍りを踊っているよう。ライはその渦を一瞥し、ゼッルに構える。
「そうだな。誇らしく戦ってくれや……! ……ゼッル……!」
「そうする……ぜッ!」
そして、ゼッルはライに向けて四つの渦を放出した。
その渦は"イルム・アスリー"の建物を舞い上げながら、石畳の道を砕いて突き進む。
四つの渦は混ざり合い、鈍色となってライへ向かう。
「おお……これは中々の技だな。エレメントを混ぜた訳か……。凄い魔力だ……。……だが、混ざり合わせてもエレメント同士で打ち消し合う事は無いようだな」
ライは冷静にその渦を眺めながらどんな技なのかを推測していた。
思考を続けているうちにその渦はライの眼前に来ていたのでライは──
「よし、大体理解したッ……!」
──殴って消し去った。
「成る程……。本当に魔術の類いが効かないようだな……。それにしても、山一つを軽く消し飛ばせる魔力の塊を砕くとは……ハッ、本当に楽しめそうだ」
ゼッルもそんなライを見て推測する。魔王の体質を理解したのか、渦を消し去った事にあまり驚かなくなっていた。
無論、魔王(元)の存在には気付いて居ないが。
「楽しみたいところ悪いが……俺はアンタを倒して仲間の助けに入りたいんでね。まあ、心配する必要は無いと思うけど……少しでも負担を減らさせたいんだよ……!」
そのゼッルに向け、ライは早く終わらせたいと言う。
幹部を倒す為に一人で駆け出したが、やはりレイたちが心配なのだろう。
「つー事で、さっさと終わらせるぞ、魔術師!」
「ッハハ、面白え! 良いぜ、来いよ! どのみちお前を倒さなきゃ俺の勝ちにならねえからな! 負けっぱなしは嫌なんだよ!」
ライとゼッルは互いに飛び出し、ライの拳とゼッルの魔術を纏わせた拳がぶつかり合う。
その衝撃で石畳の街道は砕け、浮き上がる。
舞い上がった土埃と砂煙が開戦の合図となり、街全体を大きく揺らしていた。
*****
『ウオオオォォォォォッッッ!!』
「……きゃっ!!」
ミノタウロスの振るった戦斧がレイの剣とぶつかり合い、力負けしたレイは"イルム・アスリー"の家に激突する。
そしてその衝撃でレンガの家が崩れ落ち、辺りに粉塵を舞い上げた。
「……ッ!」
レイとミノタウロスが戦い始めてからまだ数分しか経っていないが、ミノタウロスの力故に疲労が激しいレイは肩で息をしており口からは少量の血液が流れている。
もう一度述べよう、まだ数分しか経っていないのに。だ。
(何て力の強さ……。これが迷宮の主、ミノタウロス……!)
レイは数メートル先にいるミノタウロスを一瞥し、その力に驚愕する。
しかし、本当に驚愕したのはその頑丈さである。
レイは何度か剣をミノタウロスに当てているが、それを弾くほどの強度をミノタウロスは誇っていた。
森を断つ勇者の剣を受け、斬れたのは薄皮くらいだ。
もう少し上手く剣を扱えれば致命傷を与えられるだろうが、今のレイが持つ実力では無理なのだらう。
(何とか……リヤンを……)
そんなレイは何よりリヤンが気掛かりだった。レイの実力は常人よりも上の為、ミノタウロスの戦斧を何とかいなせていたがリヤンは避ける間もなく華奢な身体が容易く砕けてしまうだろう。
「だったら私が……!」
レイは呟き、ミノタウロスに再び構える。それを眺めているジュヌードは楽しそうに笑っていた。
「ククク……中々頑張るな。人間の女も……まあ、ミノタウロスは全くダメージを負っていない様子だが……俺の出番はあるのか……?」
「…………。私だって……!」
そして、そんな高みの見物を決めているジュヌードを見たリヤンは、行動に出ようと動き出す。自分が出来る事を見付け、しゃがんで何かを拾ったリヤン。
「…………」
やり方は単純明快且つシンプルイズベスト。近くにあった石ころやガラスの破片で攻撃をするという事である。
ゆっくりゆっくりと、息を殺して油断しているジュヌードに近寄るリヤン。
「……やあっ!」
そして、石ころをジュヌードに投げ付けた。
「イテッ……」
石ころは見事に命中するが、ジュヌードは何とも無い様子だった。
石ころが当たった頭を撫でながら、ジュヌードはリヤンの方を笑って睨み付ける。
「おう、お前か……。ククク、どうした? 今のが攻撃のつもりか……? 随分と女の子らしい可愛い攻撃じゃねえか……」
「……ッ!」
ジュヌードの射抜くような視線を受けたリヤンは思わず後退りする。
そんなリヤンを見やるジュヌードは不気味な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「ククク……そうだな。確かに俺も見ているだけじゃ暇だ……。丁度良い。お前で遊ぶか……」
「────ッ!!」
ゾクッと、リヤンの頬にに冷や汗が流れ、背筋を何かが通り抜けた──
「じゃ……早速……」
「……きゃっ!」
──刹那、リヤンの目の前にジュヌードが現れリヤンの頬を殴り付ける。
リヤンは咄嗟に顔を覆ったが、殆ど意味もなく吹き飛ばされてしまう。
「……! リヤン!」
レイは吹き飛ばされたリヤンを見て声を上げる。しかし、その一瞬が命取りだった。
『ウオオオォォォォォ!!!』
「カハッ……!」
ミノタウロスが距離を詰め、レイの腹部に蹴りを放ったのだ。
蹴られたレイは嘔吐感を覚えて吐血し、レンガの家を更に砕いて吹き飛ぶ。
吹き飛んだ二人を見てジュヌードはつまらなそうに言う。
「オイオイ……こりゃ無いぜ……。幾らなんでも弱過ぎだろ……。女剣士の方はまあ、ミノタウロスと互角レベルはあった見てェだが……さっきの女は何だよ……。しかし……確かに弱かったが……何か得体の知れねェもんが……気のせいか……?」
つまらなそうに言葉を吐き捨てたジュヌード。
しかし、リヤンから何か違和感のようなモノを感じ取ったらしい。
そんな中、ミノタウロスはレイとリヤンの方向へ向かって行くのだった。
*****
「で、どっちをやるの? アナタは?」
「そうだな……お前がキュリテをやりたいってんなら俺はもう一人の方だな。弱そうでつまらなそうだけどな」
チエーニとスキアーがフォンセとキュリテの方を見ながら話す。チエーニは元々キュリテを標的にしていたらしく、つまらなそうだがフォンセはスキアーが相手にするようだ。
「フッ、私は消去法か? それに弱そう……か。……まあ良い。全員を倒さなければ私たちの勝利にならないようだからな」
「アハハ、フォンセちゃんが弱そうで消去法っていうのはちょっと頂けないかな? かなり強いよ。フォンセちゃんも」
フォンセはチエーニとスキアーのやり取りを見て苦笑を浮かべていたが、キュリテは甘く見ない方が良いよー? とでも言いた気な感じである。
「ハッ、そうかよ。それは悪かったな。……じゃあ、強敵なら強敵らしく、叩きのめしてやるかァ!!」
次の瞬間、スキアーはフォンセに向かって駆け出した。
それと同時にフォンセとキュリテも構え、チエーニも動き出す。
「オラァ!」
そして、スキアーは蹴りを放つ。能力などでは無く、ただの蹴りだ。恐らく様子見だろう。どういう風に相手が出るか、油断していても確認は必要なのだろう。
そしてそれを見たフォンセはサッとそれを避ける。
「クク……流石にこの程度は避けられるか……!」
「少し侮り過ぎだぞ?」
蹴りを避けられたスキアーは笑いながら言っていた。全くの本気では無く、軽く放った蹴り。それすら避けられなかったのであればつまらなさが増し、スキアーは完全にやる気が無くなっていた事だろう。
避けたフォンセは、そんなスキアーに片手を突き出す。
「"炎"!!」
「……!」
次の刹那、スキアーの横を火炎が通り過ぎる。突然放たれた炎魔術。それに遅れを取ったが何とか避けたスキアーだが、頬を少し火傷したようだ。
「な? 侮らない方が良いだろ?」
フフ、とからかうように薄く笑って話すフォンセ。それを見たスキアーは口角を吊り上げ、
「ククク……そうだなァ!!」
フォンセに向かって裏拳を放つ。そしてフォンセはそれを軽く避けた。
フォンセに当たらなかったスキアーの拳はそのまま進み、
「オラァ!」
続くように裏拳の要領で回転し、そのまま回し蹴りを放つスキアー。蹴りに裏拳に回し蹴り。それを見るに、どうやらスキアーはまだ能力を見せる訳ではない様子だ。
「何だ……侮らない割には何か特別な事をするとかしないのか? ……それとも、お前は肉弾戦が中心の戦い方なのか?」
頑なに能力を見せないスキアーに対し、訝しげな表情でフォンセが尋ねる。
能力を見せない理由は能力といったモノを扱えないからか、肉弾戦が本来の力なのか定かでは無い。しかし、それは疑問に残る事だ。
(まあ、様子見を続けているのだろうがな……)
しかし、勿論それは様子を窺っているだかという事をフォンセは理解している。敢えて挑発するように言い、スキアーが使うかもしれない能力を暴こうとしているのだ。
「ハッ、そう易々と明かすかよ。そこには幹部の側近が居るんだ。それに、少し遊んでも問題無ェだろ?」
「……ふふ、そうか。なら、さっさと暴いて終わらせるか……」
そしてフォンセは炎魔術を放ち、スキアーがそれを避ける。その衝撃で背後の建物が炎上し、辺りの空気を焦がす。この二人の戦いは、まだ白熱していく。
「何か盛り上がっているみたいだねー」
そんなフォンセとスキアーを見るキュリテは、軽く笑いながらチエーニに話す。
そんなキュリテに対し、チエーニはムッとしたしかめっ面で返した。
「私は、貴女のその性格が嫌いなんだよ……! いつもいつもヘラヘラと……!」
どうやらチエーニは、キュリテの性格が嫌いらしい。
何故なのかは知らないが、取り敢えずその態度を見るだけで怒りが溢れる程には嫌なようである。
「アハハ、まあまあ落ち着いて。明るく行こうよ明るくね?」
そんなチエーニを宥めるよう、軽い笑みを浮かべながら話している、相変わらずの態度を取るキュリテに対しチエーニは更にイラ付きが増していた。
「だから……それを止めて!」
──刹那、キュリテの足元から岩が生えてくる。
「……おっとっと……」
その岩はキュリテを貫かんとばかりに生え、狙われたキュリテはヒョイっと跳躍してそれを避けた。そして、距離を取りつつチエーニへ話す。
「何がそんなに嫌なの? 私何かしたっけ?」
「……何もしてないからよ!」
チエーニは先程突き出させた岩を操り、キュリテを追い掛ける。
岩とは思えない柔軟さでクネクネとうねり、キュリテを追い掛け続ける岩。キュリテは"テレポート"を駆使してそれを躱す。
「何もしてないからって……酷くない?」
岩から避けるキュリテは、次の瞬間にチエーニの眼前へ移動する。
「でもまあ、嫌われていても今は戦わなきゃね?」
そして両手を前に突き出し、そこからサイコキネシスを放った。
「……ッ!」
そのサイコキネシスはチエーニを囲む岩にぶつかり、岩が消え去る。
先程までは周りに岩など無かったが、チエーニは咄嗟に岩で自分を囲ったのだ。
「はあッ!」
そしてその岩を吹き飛ばし、キュリテに槍のような形の岩をぶつけようと仕掛けるチエーニ。
それを確認したキュリテは一瞬にして"テレポート"で安全圏まで移動した。
「イタタ……少し刺さっちゃったよ……」
安全圏まで移動したは良いものの、岩の槍を全ては防ぐ事が出来ずにキュリテへ岩が二、三個刺さって出血している。
大きく貫いたようなモノでは無いのが皮膚を貫通しているモノは幾らかある。中々の痛みが生じている事だろう。
「ハン! 殺す気で放ったんだけど、やっぱり便利ね。超能力は……!」
そんな少しのダメージを受けたキュリテ見て歯軋りを鳴らして話すチエーニは、キュリテを仕留められなかった事が相当悔しいようだ。
「でも! 確かにダメージは与えたからね?」
両手を広げ、チエーニは再び岩を操る。
至るところから岩が生え、キュリテ目掛けて鋭利な岩が突き出た。
「このダメージだけじゃ勝てないよ!」
そして、その岩をサイコキネシスで砕くキュリテ。砕かれた岩の破片を見たチエーニは構わずに岩を繰り出し続ける。
「やあああぁぁぁぁぁっっっ!!」
「闇雲……って訳じゃ無いね……」
生き物のように動き回る岩。それを砕くキュリテ。砕かれても尚、岩を放ち続けるチエーニ。この二人の戦いも白熱する。
こうして、戦闘は"完全に始まった"。しかし、戦闘は"まだ始まったばかり"だったのだ。