五話 vsヴァンパイア
──ヒュウと、冷たい夜風が吹き去る。
ライが森に入ってから数時間は経過しただろう。
十六夜の月はライとレイの真上に来ており、依然として小さな星が輝いている。
そして、月明かりに照され、金色の髪と紅い眼をした『ソレ』が二人を見下ろしていた。
「「ヴァンパイア!!」」
二人は見上げたまま、同時に叫ぶ。
そこには無言で冷たい笑顔を向ける魔物──ヴァンパイアが立って居た。
「フフフ……力の強いオーガをあんな簡単に片付けるとはな……中々の実力者と見た」
そのヴァンパイアは不気味に笑い、二人を評価するように言う。
見た目は幼い少女だが、油断させる為にその姿を型どっているのだろう。姿を変幻自在に変えられるヴァンパイアらしい作戦だ。
ライも笑みを浮かべ、挑発するように言う。
「そうかい、そりゃどうも。アンタもさっさと降りてきたらどうだ? 話によっては殺さないでおこう……!」
「……ほう?」
ライの挑発を笑って流すヴァンパイア。
中々言う少年だ……。とでも言いたそうな表情だった。
「ならば望み通り降りてやろう……」
刹那、ヴァンパイアの姿が消える。
しかしライは焦らない。ヴァンパイアが姿を眩ませることが得意というのは承知しているからだ。
一番警戒すべき事はレイだ。
レイは剣を再び構えているが、ヴァンパイアの姿が見えなければ意味がない。
取り敢えずライは軽く跳躍し、そのままレイの元に近寄る。
「大丈夫か、レイ?」
「え、ええ。けど、あの力……そしてヴァンパイアが言った魔族って……?」
「……あ」
唖然としながら空を見ていたレイは、ヴァンパイアの言葉をしっかりと聞いていた。
元々明かすつもりだったとはいえ、何か腑に落ちないライ。
しかし明かされては仕方無いと、ライは頭を掻きながらレイへと言う。
「あー。これが終わったら話すよ。俺もレイに聞きたい事があるからな」
「そう……。私に聞きたい事ってのが気になるけど……それはお互い様よね。今優先すべきなのはヴァンパイア」
レイが返事をし、ライも頷く。
そして広場に来たときのように背中合わせになり、辺りを警戒する。
そして、一筋の疾風と共に音もなく、近くの木が切断された。いや、怪力によって捻り切られたというべきだろう。
(……先ずは関係無いところを狙ってそこに注意を引き付ける感じか)
【子供騙しだな。いや、餓鬼でも引っ掛からねえか?】
それを見たライは攻撃方法を予測しつつ次に来る場所を推理する。
魔王(元)はそれを見、小馬鹿にするような声音で話していた。
そんな木を横目に、辺りからは木々を揺らす音が聞こえる。恐らくこれもまた注意を引こうという魂胆だろう。
「……見えないわね……」
「ああ、そうだな……」
しかしまあ、姿が見えないのでその音を頼りにしてヴァンパイアの居場所を突き止めなければならないのだが。
ライとレイはヴァンパイアの出す音に集中し、その姿を探していた。
──次の瞬間、
「……っ!」
「……!? どうした!? レイ!」
ズキッ! とレイの腕に激しい痛みが奔り、思わずレイは片方の手で腕を押さえ、地面に膝を着く。
見ればレイの腕は、肩から肘に掛けて骨が見えてしまいそうな程大きく裂け、出血していた。
ライはしまった! と、警戒を解かずレイの方を見る。
「おい! しっかりしろ!」
初めて焦りを見せ、叫ぶライ。レイは出血の量により、顔が青ざめ意識が朦朧としている様子だ。
焦るライがレイを抱き寄せた瞬間、そこに再び声が響き渡る。
「フフフ……どうやらその女を傷付けたくない様だな。だから手始めにその女を狙った。これでお前は満足に戦えぬ筈だ……」
フフフフフ……と、不気味な笑い声が森全体に響き渡る。音を蝙蝠が出す超音波のように辺りへ反響させ、不安を煽るつもりだろう。
普通、超音波というものは人に聞こえないのだが、基礎能力が人より高い魔族のライには声と共に聞こえている。
タラリと、汗をかくライ。
「フフフ……さて、そろそろお前の血を頂こうか?」
ペロリと舌舐めずりをするヴァンパイアは再び姿を眩ませ、ライへと飛び掛かる。
その刹那、
──ヒュッ! と、通り過ぎる疾風。それによって飛び散る鮮血。
「フフ……腕一本は頂いたかな?」
一瞬にしてライの後ろに回り込んだヴァンパイアは血飛沫を浴び、ご満悦の様子だ。
血飛沫で辺りが見えにくい中、ライが言い放つ。
「ああ……その通りだな……!」
「……なっ!」
ライは何かをヴァンパイアに投げつける。
それを見たヴァンパイアは、その表情から余裕の笑みが消え失せた。
それは──
──『ヴァンパイアの、透き通るような白い片腕』だった。
「ぐ……! な、何故私の腕が……!?」
勢いよく血が噴き出すが、流石に叫び声は上げないようだ。
まあ、長生きしている分、あらゆる痛みを経験しているのだろうと考えるライ。
そしてヴァンパイアの質問に軽薄な笑みを浮かべて応える。
「何故って……レイを後回しにするんだったら、俺を先に狙うって言っているようなモノじゃねえか?」
それは、ヴァンパイアの言った、"これでお前は満足に戦えぬ筈だ"。"そろそろお前の血を頂こうか?"
この言葉だ。
この言葉が意味することは、『女はもう戦えないから、お前を先に頂いておこう』。
という事になる。そう考えるライ。
「フッ……。これで勝ったつもりか!? 私の再生力は──」
──"凄まじい"や"無限大だ"という言葉は続かなかった。
「な……? が…………!?」
その言葉を言う前に、『ヴァンパイアの半身が消し飛んだ』からだ。
それを見かねたライが睨み付けるような眼で一言。
「その再生力がお前の驕りだったのなら、それを砕けば良い。簡単な話だ。悪いな……ちょっと……お前【小娘】は……──【調子に乗り過ぎだ】……!!」
「…………!!!」
──ザァ……! と、風が吹いた。
ヴァンパイアは、数百、数千年ぶりに恐怖を味わう。
腰の力が抜け、ドサッと膝を着く。
命の危機を感じたのは何年ぶりだろうか、かつて魔王が世界を支配していた時、人間による侵略が進んだとき、長い人生の中で色々経験しているが、これ程までの威圧感を放つ者。
まだ齢十四、五くらいの少年とは思えぬ威圧感だった。
そんな威圧感を感じたのは"魔王"か"神"か……"伝説の勇者"を前にした時くらいだろう。
「…………で、再生してるけど……どうする?」
「…………!!」
*****
──過去を、記憶を遡る"私"。これが一種の走馬灯というやつだろうか?
しかしその思考は、目の前の少年が放った一言で元の世界に戻った。
しかし声が出ない。怯えているのだろうか……ヴァンパイアである自分が。
「【おっと、やり過ぎちまったか】……勝手に出てくんなよ。幾らヴァンパイアが俺より年上といっても見た目がこれだからな。心が痛む。まあ話を聞くことは出来そうだけどな」
「…………?」
目の前の少年は、独り言を言っているのだろうか。
それにしては何処かおかしい気もするが……。
というか私は同情されているのか? 腹立たしい。
そんな事を考えていると目の前の少年が私に話し掛ける──
*****
「なあ、何でアンタ程の実力者が、こんなセコい真似をして人間を誘い出しているんだ? アンタレベルなら人里に降りても捕まることなく精気を吸いとって帰ることも出来そうだけど」
ライはヴァンパイアの少女? お姉さん? お婆さん? に尋ねる。
確かに彼女ほどの実力があれば、武器や魔法を自在に操る人間ですら手を焼きそうだ。
事実、レイを使ったとはいえ、元・魔王を宿しているライに冷や汗を掻かせたのだから。
少し黙っていたが、ヴァンパイアは口を開いた。
「……それは……人が、私たちヴァンパイアの餌である筈の人間が恐ろしいのだ……」
「……へえ?」
『人が恐ろしい』。この言葉はライからしたら以外だった。
しかし考えてみれば当然だろう。
人間という種族は、一部を除いた者の身体能力こそ魔物や幻獣に劣るが、それを覆せる"知恵"を持っている。
それを戦闘にフル活用すれば、山を消し飛ばしたり、森を燃やしたり、自分達の住む街を破壊できる。
たった数百年であらゆることを可能にした人類。
それは魔法だろうが、科学だろうが、驚異的なことだろう。
「いや、厳密に言えば恐怖とはまた違うかも知れぬ。奴らの最も恐ろしい事は、支配欲だ。生き物を狩ったり、自然を破壊するのは何ら不思議ではない。我々ヴァンパイアも棲み家を探す為に木々を切り裂いたり、人間の血液や精気を吸いとるからな。しかし奴らは、何でも支配したがっている気がする。……まるで、かつての魔王のように……」
要約すると、自然や自分達以外の生き物を殺すのはおかしいと思わないが、同族や他の種族を我が物にするのに意欲的なのはおかしいと思う、まるで昔の魔王のようだ。ということ。
ライは話を聞いて、これは使えそうだ。と思考した。
(このヴァンパイアも……『俺と同じような考え』……? もしや……)
【ククク……そうか。そういうことか……。良いんじゃねえの? コイツの力は中々だ】
魔王(元)もライの考えを押すように言う。
そう、このヴァンパイア、人間へ対する嫌悪感。それがライと似ている点があった。
そして一つの事を思い付いたライは、軽薄な笑みを浮かべてヴァンパイアへ話す。
「なあ、ヴァンパイア」
「…………!」
ヴァンパイアはライの声を聞き、警戒するように構える。先程身体を消し飛ばされたのだ、警戒するのも無理は無いだろう。
しかし話さなければ先に進まないのも事実。ライは面倒そうに頭を掻き、言葉を続ける。
「オイオイ、そんなに警戒すんなよ。話を聞く限りじゃ人間が嫌いなんだろ?」
「……いや、種族そのものが嫌いという訳ではない。一部の権力者が嫌いなんだ」
「……ほう?」
それを聞いたライは、やはりそうか。と、内心で思っているような表情だった。ライも人間が嫌いという訳では無い。寧ろ、種族的には殆ど人間のような生活をしていた為嫌いになれないところもある。
そして共通点を見つけたライは、話を切り出す。
「なあヴァンパイア。もしよければ……俺と一緒に……『世界を征服しないか』?」
「…………は?」
ライの唐突な世界征服発言に、素っ頓狂な声を出し、キョトン顔のヴァンパイア。
その様子はヴァンパイアの見た目が幼い為、年相応に見えなくも無い。
何を言っているんだコイツは? みたいな顔をしているヴァンパイアに構わず、ライは続ける。
「だから、世界を支配するんだよ。そして魔族、魔物、幻獣、人間。その全てを押さえ、本当の楽園を創り上げるんだ!」
両手を広げて勧誘する様は、まるで遊びに誘う子供のよう。
しかしこの少年の言葉、それはそんな簡単なことではない。と言いたそうなヴァンパイア。
ライはヴァンパイアの表情からそれを読みとき、片手を差し出して言う。
「それは百も承知だ。けど、このままじゃいずれ人間のみならず、元・魔王に仕えていた魔族や魔物が人間に戦争を仕掛けるかもしれない。そうなってしまえば、どちらが勝っても現状が変わらない。ならば俺たちで世界征服をして、極端な上下関係がなく、かつて勇者が築いたような、平和な世界を一緒に創れば良いんだ!」
「……」
キラキラと輝くような笑顔で夢を話すライ。
ヴァンパイアは、夢物語に過ぎない、と考えているような表情だが、
「──フッ……面白そうだ。どうせ何をしなくともいずれ朽ちる命……だったら貴様に仕えてやろうじゃないか。私の名前は『エマ・ルージュ』だ」
金色の髪を靡かせながら立ち上がり、紅い眼を輝かせ、口元に笑みを浮かべてライの手を取った。
「ああ、ありがとさん。俺はライ・セイブル。宜しくな」
ライも年相応の笑顔でそれを取る。こうしてライに新たな仲間が増えた。
そして一段落ついたところでライは、ふと思い付いたようにエマへ言う。
「そうだ、エマ。レイの傷を何とか直せないか? 俺って(厳密に言えば俺のなかにいる魔王だけど)力は強いんだが治療魔法が使えないんだ(俺が馴染めば使えるようになるかもしれないけど)。このままじゃ出血大量でレイが死んでしまう!」
「ほう……? 魔族の癖に随分と優しいんだな。……まあ良かろう。私が彼女を傷付けたのだ。私の血を使って治してやろう」
それはレイの怪我の事だ。ライは本気で心配した様子でエマへと尋ねる。
エマは魔族とは思えない気遣いに驚くが、この少年なら何もおかしないと考え、自分の血を使うことによってレイの傷を治すと言う。
しかしライは不安そうな顔で一言。
「それって、レイがヴァンパイアになるってことは無いよな?」
それは種族が変わらないかの懸念だ。
ヴァンパイアの血を入れられたものはヴァンパイアとなり、不老不死になる。と伝えられているからである。
クスッと笑いながらエマは言う。
「大丈夫だ。私にこの娘をヴァンパイアにする気が無ければ、ただ治療する事が出来る」
そうか。と安心したように胸を撫で下ろすライ。
レイは人間なので、本人が望まない限りは人間のままにしておきたいのだろう。
そしてヴァンパイアは、鋭い爪で自らの手首を裂き、真っ赤な鮮血をレイの傷口へと垂らす。
「…………」
「…………」
「…………ん……うん?」
血を垂らして数分、レイの意識が戻り、ホッとするライ。
しかし目覚めたレイは、
「……え? な、なんで……ヴァンパイアが此処に……!?」
目の前にいるヴァンパイア──エマを見て驚く。
その様子を見たライはレイに向けて説明する。
「ああ、それは…………──ってことでエマがレイを助けてくれたんだ」
「そ、そう……。ヴァンパイアが仲間に……。凄いわねライ……。……あ、そうだ……いや、でも……」
「ん? どうした?」
その説明を聞き終えたレイだが、そんなレイは唐突に声を上げた。
その反応が気になり、興味を示すライ。
レイは少し考える素振りを見せるが、口を開きライへと言う。
「ライ……貴方が魔族ってどういうこと? あと、薄い意識の中で聞いた事だから……聞き間違いかもしれないけど……世界征服って……」
「…………あ」
それは先程説明すると言った魔族の事と、まだうっすらと意識があったのだろう。世界征服の事も聞かれていたようだ。
これは仕方ないな。と観念するライだった。