五百八十九話 ライたちへの報告
──着々と他のチームが終着へと近付く中、巨人の国"ヨトゥンヘイム"から離れた場所にて行われる戦闘は更に激しさを見せながら続いていた。
オーディンがグングニルを放って周囲を吹き飛ばし、ライがそれを正面から受け止めて弾く。しかしグングニルは獲物に当たるまで進むのを止めない槍。
先程までは平気だったが槍自体が学習したのか弾くだけでは駄目らしく、再び舞ってライ、グラオ、テュポーンを狙った。
「さっきは弾き飛ばせたのにな……まだ俺が生きているって分かったからか?」
「さあ、どうだろうな。しかし私が使うのは何もグングニルだけではない。魔術を扱う事も可能だ。"風"……」
──その刹那、世界が、ひっくり返った。
「「……!」」
『……!』
「きゃっ……!」
「……むっ!」
「……ッ!」
「わっ……!」
「あわわ……!」
人間の国・魔族の国とは呪文が違うが、基礎となる風魔術。
そんな風魔術で世界が一変したのだ。
それは比喩や誇張では無く事実。大地は全てが反転して天に舞い、瓦礫や木々が上空に消える。それは上空を泳ぐ雲や大地に連なる山々をも飲み込み、オーディンの近くに居るライ達以外の全てが吸い込まれるように消え去った。
その中にはレイたちの姿もあり、かなりの距離飛ばされてしまったようだ。
「……っ。レイたちが……! 成る程ね。全知全能を謳われる主神……その本領発揮か……!」
「いや、勘違いをしないでくれ。私は全知全能ではない。大抵の事は知っているが、それは古の記憶のみはという事だ。未来に何が起こるかは分からない。まあ、知ろうと思えば出来るがな」
髪を押さえながらオーディンに視線を向けるライと、それに反論するオーディン。
どうやらオーディンは今までに起こった事は分かるようだが、これから起こる事柄は分からないものもあるらしい。
その豊富な知恵と多種多様の魔術から全知全能を謳われているのだ。
「そしてこの風魔術だが……私は元々風神や嵐の神……つまり天候神だからな。風ならば相応の破壊力は出せる」
「へえ。最大は?」
「少なくともこの"世界樹"は吹き飛ばせるな」
「なら全宇宙と同じ範囲じゃねえか……!」
オーディンの風魔術。それは天候神としての本領故の力だった。
本人曰く、全力ならばこの"世界樹"を吹き飛ばせるとの事。
宇宙サイズの"世界樹"を吹き飛ばせる。それが意味する事はつまり、その気になれば宇宙を消せるようだ。主神という程なので当然と言えば当然だろう。
『フン、宇宙程度なら余も砕ける。折角の機会だ。"世界樹"の主神よ。余にもっと力を見せてみよ……!』
「ちょっとちょっと。折角僕が創ったモノなんだから。そう簡単に宇宙を壊さないで欲しいな。この"世界樹"はもう壊れ掛けているけど、元の世界にある宇宙は僕とかつての神が居たから成り立っているんだからね?」
更に身体を巨大化させ、数キロに及ぶ巨腕を薙ぐテュポーンと宇宙の破壊を軽々しく口にする者達へ呆れるように話すグラオ。
宇宙はグラオの創り出したもの。リヤンの先祖であるかつての神も協力したからこそ成り立っているらしいが、それが破壊されるのはあまり良い気分では無いのだろう。
「そういや、かつての神ってのは同じ神のアンタからしても"神"なんだな、グラオ。名前が無い訳じゃ無いだろうに」
「ハハ、そうだね。けど、このまま君達が生きて目的を達成するなら何れ人間の国でこの世の真実を知ると思うよ。退屈な世界に飽きたから今は戦闘に興味を示している僕だけど、君達が何を知るかも楽しみなのさ」
グラオの告げた、かつての神という言葉。
グラオならばライたちの世界を創った神に会った事もあるのだろうが、名前では無く"神"と総称のように言い放った事が気に掛かっていた。
グラオ曰く、名前を含めこの世界にはまだまだ秘密がある。その秘密をライたちの手で知る為に敢えてその様に話しているとの事。
それを聞き、ライは肩を落とすように言葉を続ける。
「変な気遣いそりゃどうも。世界の真実とかは正直興味ないけど、世界征服をするなら自然と解る時も来るんだろうな」
「世界征服か……。知っていたが、その口から聞くとやはりエラトマを連れる少年は危険分子になりうる可能性を秘めているな……」
『というか、世界征服と言ったか? 余の住む魔物の国だけかと思ったが、魔族の国や幻獣の国と人間の国も征服するのか。……フフ、面白い事を言い放つ小僧だ。気に入った……!』
そんなライの、世界征服という言葉にオーディンとテュポーンが反応を示した。
オーディンは魔王の存在、ヴェリテ・エラトマの事を懸念しているから。テュポーンは魔物の国のみを征服すると考えていたので、世界という大きな目標にどういう意味かは分からないが笑みを浮かべていた。
実際既に魔族の国は征服しているのだがテュポーンはそれを知らない。元々世間など興味が無いので知る必要も無いのだ。
しかしライの目的には純粋な笑みが零れる。大法螺吹きでも吐かないような目標を掲げるライがテュポーン的に面白いようである。
「片方には警戒されて、片方には気に入られる。ハハ、ライは人気者だな」
「どっちにしても洒落にならないな。まあ、敵対するなら正面から打ち倒すだけ。気に入られたってのもよく分からないし、俺には関係無い……!」
オーディンとテュポーンを横に、軽薄な笑みを浮かべるグラオと構え直し、魔王の力を高めるライ。
世界どうこうやオーディン、テュポーンの評価は気にしない。ライは自分のやるべき事、敵の殲滅を実行するだけという答えに到達したらしい。
「【ハッハッハ! 大層な集まりじゃねェか! ようやくお前もその気になってくれたんだな!】──魔王、あまり滅茶苦茶にはするなよ。オーディンは悪い奴では無いんだからな。【分ーってるよ! 殺さねェ程度に手加減すりゃ良いんだろ!!】──そういう訳じゃ無いが……まあ良いか」
ライの行動に一つ訂正を加えるとすれば、敵の殲滅はライの思考ではなく魔王(元)の思考であるという事くらいだろう。
魔王(元)が久々にライへ乗り移り、その力。ライの抑制によって存分にとは行かないがそれなりに発揮するらしい。
「エラトマか……。久し振りと言っておくか」
『コイツがかつての魔王か。ライとはまた随分と雰囲気が変わった』
「へえ……こんな事ってあるんだね」
【ハッ。どうでも良い。俺はやりたいようにやるだけだからな……!】
文字通りライに乗り移った魔王(元)を見、各々で反応を示すグラオ達。
当の魔王(元)もライと同様、反応や評価など気にしておらず堂々と構えていた。
「ライ……魔王を表に出したって事は本気なんだ……」
「そうみたいだな。だが、オーディンに飛ばされてようやく今戻った私たちじゃ着いて行けそうにないな……」
「ついでにロキも……」
『ついでとは聞き捨てならないな。私は巻き込まれぬよう離れていただけだ』
「やれやれ。私たちの相手はロキくらいが関の山か」
「まあ、そのロキですら私はキツいかなぁ……」
そこへ、オーディンに吹き飛ばされていたレイたちが姿を見せる。
天地がひっくり返る程の風魔術だったが大したダメージは負っておらず、ほんの数分で戻って来れたのは流石だろう。
しかしあの中に入るのは少々無謀。レイの覚醒。フォンセとリヤンが本気を出せば接戦を行えるかもしれないが、体力の消費などを含めて使わない方が良さそうだ。
『結局私は消去法の相手か。まあ良い。鈍った身体には好都合だ』
「あまり私たちを舐めない事だな。足元を掬われるどころか、全身が消え去るぞ」
全体をロキの炎が包み込み、魔王の放つ漆黒の気配がその炎を逆に飲み込む。
やはり魔王の力はロキを圧倒的に上回っているらしく、気配だけで炎を消し去った。
『おっと……私の炎はエラトマの力に飲み込まれてしまうな。まあ良い。戦う分に影響は無いだろう』
「魔王の力に飲まれるのは貴様だけでは無いようだな……。同じ魔王の力だが……私の力も少し奪われて行く」
何時の間にか全域を覆っていた魔王の闇。周囲は灯火すら映らない程に暗く、次の刹那にその闇が晴れた。
目が覚めれば消えてしまう程に儚げな夢の如く一瞬の闇だったが、確かに先程の一瞬はこの世に存在するありとあらゆるモノを吸い取る力が宿されていた。夢は夢でも、起きてもなお記憶に留まる悪夢といったところだろう。
恐らくそれは魔王の持つ力の一つ。全てを無効化し、全てを奪い取る。それもまだ魔王の一端に過ぎない。
【さて、"俺"の七割。これが本当の"俺"だ。受けてみろ、コイツとはまた違った魔王の力をな……!】
「「……!」」
『……!』
──次の刹那、刹那すら遅く感じる程の時。魔王が七割の力でグラオ、オーディン、テュポーンの背後へと回り込んだ。
突然の移動に一瞬反応が遅れた二人と一匹だがしかとその動きを捉え、背後に回り込んだ瞬間にグラオの拳。オーディンのグングニル。テュポーンの巨腕が全て魔王へと放たれる。
【ハッ。遅いな、テメェら。いや、以前魔族の支配者と戦った時よりライが強くなってるから俺も強化されたって訳か】
──だが、グラオ達の遅れた一瞬は今の魔王にとっては長過ぎた。
全ての攻撃は魔王をすり抜け、すり抜けるように外れてグラオ達はその拳と足によって吹き飛ばされる。
一瞬にして二人と一匹の姿は消え去り、数光年程の距離を吹き飛ばされた。
「やはりエラトマの力は侮れんな。あれ程の距離を飛ばされるとは思わなかった」
「ハハ。ようやく本気になりつつあるのかな。ライとの全力……戦うのは初めてだ」
『フム、これ程の力があれば確かに世界征服を望みたくもなる。普段の余なら腹が立ち怒りを見せていたが、今日の余は傷を負ってもあまり腹が立たぬようだ』
【ハッハッハ! 帰って来たか! そうこなくちゃな! なあ、テメェら!】
数光年の距離を詰め、飛ばされた次の瞬間に戻るグラオ、オーディン、テュポーン。
二人と一匹の反応は様々だが、今の魔王を一番警戒しているのはオーディンのようだ。
ライたちとグラオ、テュポーン、オーディン、ロキ。この戦闘は、更なる力を放ちながら続こうとしていた。
「……。あの中に入って行かなければならないのか……」
そんな、激しい戦闘の最中。一つの影が此処に居る主力たちの戦闘を見て若干怖じ気付きそうになっていた。
だが、それも仕方の無い事だろう。かつての神や勇者の子孫を含め、神話の存在が行っている戦闘の中には余程の自信家か馬鹿以外は誰も入りたくないものである。
「いや、だが報告をしなくてはならないからな。サイフたちにあんなタンカを切っておきながら、怖いから止めましたでは洒落にならん」
怖じ気付きそうになりながらもグッと拳に力を込め、自分のやるべき事を改めて肝に命じるルミエ・アステリ。
報告しに来たが予想以上に遠い場所という事と戦闘の迫力から中々話し掛けられ無かったが、今度こそ気合いを入れて戦闘を行う者たちに報告を──
【ん? テメェ……テメェも俺と似た気配を放ってんな?】
「……ッ!?」
──しようとした時、ルミエに掛かった一つの声。
その声は聞き覚えのある声。だが、たったの一声で心臓が握り潰されそうな程の緊張感を醸し出していた。
ルミエがゆっくりとそちらを向き、目に入ったのはライ。だが、ライであってライでは無いような不思議な感覚が生まれていた。
かなり遠方の前に居た筈のライがいつの間に背後へ回り込んだのか、それも疑問に持ちながら少し気圧されたルミエは態度を改める。
「ああ、魔王。彼女はルミエ・アステリ。フォンセの親戚に当たる存在だ。【成る程な。となると一応俺の血縁という訳か。クク、俺の血縁は美しい女が多くて良い。俺の容姿がそれ程整っていたって事だな】お前の顔、見た事無いけどな」
そんなルミエの事を、魔王(元)に説明するライ。
ルミエの血筋は魔王(元)から遠く、薄れた血筋ではあるが血縁者である事は変わらない。
その存在に魔王(元)も興味を示していた。
「それで、何でアンタが此処に?」
「ああ。その事だが……捜索隊が出口らしき穴を見つけたんだ。だから主力や兵士たちに報告している」
「……! 見つけたのか……! それは良かった。この世界が崩壊する前に殆どの兵士は帰れそうだな」
「……!」
ライが訊ね、それに返答するルミエに先程の緊張感は無い。どうやらライが表に出たので話しやすくなったようだ。
返答を聞いたライは歓喜してルミエの手を握り、他の者たちが無事である事に安堵した。
手を突然握られたルミエは一瞬反応を示すが態度は変えず、チラリとフォンセたちの方も一瞥する。
「フォンセも無事か。良かった。けど、皆苦戦しているみたいだな」
「ああ。敵が敵だからな。苦戦は必至だ」
それは、フォンセの無事を確認するのと戦局を確認する事を兼ねた一瞥。
ルミエの手を離したライも頷いて返し、自分の戦っていたグラオ達に視線を向ける。
そんなルミエの存在に気付いたのかグラオ達が少し近付き、ロキをいなしたフォンセたちも姿を現した。
「ルミエ。一体何故此処に?」
「ああ、折角だ。皆も話を聞いてくれ」
まだ離れた場所に居るグラオ達とは違い、近距離まで近付いて言葉を発するフォンセにルミエは返答する。
詳しい位置などの事はまだ話していないのでそれを説明するつもりらしい。元々報告が目的。ルミエは自分の知っている事を綴った。
「なんか、向こうが盛り上がっているね。聞こえた単語を纏めると出口が見つかったってさ」
「そうか。ならば多くの者は助かりそうだ。後はエラトマの処理をどうするかだな」
『フム、それは面倒じゃな。折角の戦い、止めるのは勿体無い』
次の瞬間、テュポーンは巨腕を伸ばして遠方に居るライたちへ嗾けた。
それに気付いたライはテュポーンの腕を払い、いなす。
いなされた腕は何もなくなった大地に衝突して衝撃を散らし、大きく揺らして破壊した。
「って事だ。レイたちは先に戻ってくれ! 俺は一人でも平気って事は分かるだろ! 【俺様が居るからな! 当然だ!】」
「う、うん! 任せたよ、ライ!」
既に説明は終えていた。なのでレイたちはライの言う通りに動き、この場から距離を置く。
といってもキュリテが居るので、場所さえ分かれば"テレポート"を用いて移動する事が可能だろう。
『私としても逃がす訳には行かないね』
「……!」
その時、炎を展開したロキがレイたち目掛けて展開した炎を放った。
燃え盛る灼熱の轟炎は火の粉を散らし焰を揺らしながらレイたちに直進する。
片方からは新たなテュポーンの巨腕が来ており、ライも反応し切れなかった。
「ルミエ!」
「ああ、フォンセ!」
そこへフォンセとルミエが立ちはだかり、魔力を込めて炎へと構えた。
しかしその炎は先程よりも遥かに強力な炎。そう簡単に消す事は出来ないだろう。
「"魔王の水"!」
「"終わりの水"!」
──消せないのは、通常のフォンセとルミエだったらの話だが。
魔王の魔術に禁断の魔術。それを使ってロキの炎に水をぶつけ、相殺する。周囲は水蒸気に包まれて視界が遮られた。
「今だね! みんな掴まって!」
その隙を突き、レイたちはキュリテの手を握る。
それによってレイたちの身体にも超能力が届くようになり、次の瞬間に"テレポート"で全員が移動した。
「……。何で残ったんだ。フォンセ、ルミエ」
「流石に支配者級の実力者四人をライだけに任せる事は出来ないからな。ロキの方を請け負おうと考えた次第だ」
「私もそうだな。君とフォンセの手伝いをしたい。だから残った。……まあ、私の血縁に当たる者の事ももう少し知りたいというのも心境だ」
──ライとフォンセ、ルミエ以外の全員は。
それを訝しげな表情で訊ねるライ。フォンセ曰くロキの事を相手取るとの事。ルミエ曰く血縁である魔王(元)についてもう少し知りたい好奇心から。
それらの理由によって残ったようだ。
「……。はあ……。分かった。けど、無理はしないでくれよ。俺も心配だし、レイたちも心配しているだろうからな」
「ふふ、分かっている。ライも無理はするなよ」
「私も無理はしないさ。ライとフォンセ。君たちも無理はしないでくれ」
仲間が負傷するかもしれない事はかなり心配だが、フォンセたちにも頼ると大分前に約束した事。そして血縁者の事は自分の立場だったとしても知りたいであろうと考えた結果、一理あると考えたようだ。
ライ、フォンセ、ルミエとグラオ、オーディン、テュポーン、ロキが織り成す戦闘。ルミエの報告によってレイたちは研究施設跡地に向かい、此方の戦闘も終局へと歩み始める。
そしてこれによって、敵の主力と戦闘を行う全員主力に報告が届いた。
九つの世界"世界樹"にて行われる大規模な戦争"終末の日"。六日目の時刻も昼を回って数時間が経過する中、大抵の戦闘は終着が更に近付くのだった。




