五百八十六話 幻獣たちへの報告
魔法・妖術・仙術・神通力。それらの技や強靭な肉体から放たれる技が巨人の国の街中にて一斉に放たれた。
それは意図して放たれたものでは無く、別々の者と戦っていた者たちがたまたま偶然同時に放った技である。
それによって複数の建物が粉砕して消え去り、瓦礫と粉塵、砂塵の中からそれらを放った者──幻獣・魔物の支配者を除く全主力たちが姿を現した。
『フンッ……!』
『伸びろ如意棒!』
一方ではアジ・ダハーカの巨腕が大地を打ち付けて大地が波打ち、孫悟空が空へと避難して如意金箍棒を伸ばす。
「やあ!」
「ハッ!」
もう一方ではニュンフェのレイピアがブラッドの身体を貫き、貫かれたまま力を込めてニュンフェの身体を拳で打ち抜く。
『フッ……!』
『ハァ!』
ガルダと蛇から龍の姿に変えたヴリトラが激突し、他の場所と同様に衝撃波が散って瓦礫が舞い上がり霧散した。
『ワオーン……!』
『シャーッ……!』
また一方ではフェンリルの犬のような声とヨルムンガンドが捻り出す蛇の掠れた音が響き渡り、二つの巨体が衝突する。
それと同時に炎と毒が放たれ、混ざり合って爆発を起こす。
『はあ!』
『やあ!』
『効かぬ……!』
そして降妖宝杖と九本歯の馬鍬。混鉄木が衝突して大地を浮き上がらせ、土塊が余風で消し飛ぶ。
『オラァ!』
『ヌゥッ!』
別の場所、というより空ではワイバーンとニーズヘッグ。二つの巨体が激突して雲を散らす。
その状態で炎が放たれ、散った雲が完全に消滅した。
『はっ!』
『フッ!』
フェニックスの持つ炎の翼とスルトの扱う炎の剣がぶつかり合って炎が広がり、周囲が燃え盛る。
翼は炎剣によって焼き切れたが即座に再生してスルトを包み、蒸し焼きにするがそれも炎剣によって焼き落とされる。
『左右から挟みます!』
『任せて!』
『それを言ってしまうのね』
『だが、確かに良い攻め方だ』
ユニコーンが強靭な角でヘルを狙い、ヘルが瘴気の含んだ風を放つ。そしてジルニトラがその風に己の風魔法をぶつけて消し去り、ヒュドラーが複数の頭や身体で二匹を纏めて吹き飛ばす。
──そんな、現在の街中にて戦っている者たちの戦闘。
戦っている相手は両者共に先程から変わらないが、その者たちの距離も近く余波や余風が他の者も巻き込む入り乱れた状態となっていた。
余波余風が周囲を覆って建物やそれによって生じた瓦礫を吹き飛ばし、衝撃波が巨人の国"ヨトゥンヘイム"を駆け巡る。他の兵士たちにはとても手出しが出来ない状態であり、遥か遠方の高い建物から見下ろす事しか出来ていなかった。
『いつの間にか、俺たち主力の距離もグッと縮まってんな。背中合わせにお前たちが来たか』
『そうだな。まあ、お師匠さんの付き添いの時は元々三人で戦う事も多かった。相手が妖怪か神に近い存在かって程度だ』
『ブヒ。アジ・ダハーカに牛魔王なんて神をも殺せそうな逸材だけどね』
それによって偶然か否か、孫悟空、猪八戒、沙悟浄の三人が背中合わせとなってアジ・ダハーカと牛魔王に向き合っていた。
元々長い旅の仲間である三人。なので自然と背中合わせの形になったのかもしれない。
『牛魔王よ。苦戦しているみたいだな』
『お前もな、アジ・ダハーカ。俺は二人が相手だが、お前は一人が相手だろう』
『斉天大聖と捲簾大将と天蓬元帥は質が違うだろう』
そして此方で孫悟空たちに向き合うアジ・ダハーカと牛魔王も真ん中に居る三人を挟んで会話をしていた。
息が合うのかは分からないが、それなりに仲は良さそうである。
どの国でも幹部などの主力同士で不仲という事はあまり無いようだ。魔族の国には私怨があるものは何人か居たりしたが、力が全てを決める魔物の国にはそういう者も居ないのだろう。
『まるで獣その物だな、フェンリルよ……我ら魔物やお前たち幻獣は感情が昂ると獣の姿を見せるが、幻獣であり魔物であるお前はそれがより際立つらしい』
『グルル……フッ、理性はある。案ずるな。獣としての力の方が戦闘を行うに当たってやりやすいからな……!』
ヨルムンガンドが巨体をうねらせてフェンリルに巻き付き、それを引き千切ったフェンリルが焼き払う。
ヨルムンガンドの巨大な身体はその程度のダメージならば千切られた瞬間に周りの細胞が覆って再生する。
そのままフェンリルはヨルムンガンドの尾に打ち抜かれ、鋭い牙はヨルムンガンドの身体を貫き互いに一歩も譲らぬ戦いをしていた。
『お兄様方ったら。仲が悪いわねえ』
『余所見をするな。私は大したダメージを受けないが、お前はまずいだろう』
『何ソレ? 私を馬鹿にしているのかしら』
『ただの正当な評価だ』
そして兄達の戦いを気にする妹のヘル。
ヘル的に両方の兄は嫌いでは無い。家族として好意もある。なので仲悪く戦っているのを見ると思うところもあるのだろう。
それを見たヒュドラーは呆れた面持ちで言葉を発する。実際、惑星や恒星が消え去る程の攻撃を受けても平気なヒュドラー。
なので戦力が削られ兼ねない事を懸念してヘルに注意を促したのだろう。
『なんと言いますか、向こうは私たちなど眼中に無いような態度ですね』
『うん。孫悟空さんたちを気にしているよ。何か複雑……』
ヘルとヒュドラーの会話を聞き、自分たちの相手が自分たちと関係の無い事を話している現実に眉を顰めるユニコーンとジルニトラ。
ユニコーンは純粋な感想なのだろうが、ジルニトラは自分たちが無視されている現状に少し機嫌がよくなかった。自分を見て欲しいという訳では無く、ただ単に無視されるのが気に食わないのだろう。
『なら、視線を私たちの方に向けさせるまでです……!』
『うん、賛成!』
告げ、駆け出し、ヘルを狙うユニコーンと魔法を放つジルニトラ。
ヘルはそれに気付いて瘴気の含んだ風を放ち、ヒュドラーは構えて正面から受ける。
結果としてユニコーンはこれ以上近付けなくなり、ジルニトラの魔法もヒュドラーにダメージを与える事は叶わなかった。
『はあ!』
『またそれか、飽きないな』
その横から割り込むよう、二つ声と共に二つの炎が放たれた。
ユニコーンたちやヘル達を狙った炎では無いと放った者二つの声から理解したが、余波でもかなりの威力が秘められているのでヒュドラー以外はその炎を躱す。
炎は瞬く間に広がって周囲を飲み込み、その炎から二つの影が現れる。
『フェニックスさん! そして炎の巨人……!』
『スルト……! それに不死鳥……!』
名を呼んだのは一人と一匹、ユニコーンとヘル。
二つの炎はフェニックスとスルトの戦闘によって生まれた余波。余波にしてもかなりの威力だが、フェニックスが戦っている姿をあまり見た事の無いユニコーンとジルニトラからすれば少し意外そうな表情だった。
『おや、邪魔をしてしまったみたいですね。すみません。ユニコーンさん、ジルニトラさん。横槍を入れてしまったようで』
『い、いえ。けどその傷……大丈夫ですか? フェニックスさん……』
『ええ。私は再生力が高いですから』
美しい炎の翼を広げ、周囲の瓦礫を払って立ち上がるフェニックス。
スルトによって受けたであろう傷は見る見るうちに癒え、焰に包まれ炎と共に再生する。
目の前に居るスルトは大したダメージを負っていないが、フェニックスも大したダメージになっていないので五分五分のようだ。
『フム、あの不死鳥……大した力を宿していないと思っていたが……私もまだまだ未熟だな。"世界樹"全域を消し去れる程のお前相手に善戦している不死鳥を大した事無いと判断していたとは』
『そうだな。自分も案外侮っていた。だが、予想よりもやるな。あの不死鳥』
『不死鳥……フェニックスは悪魔の顔も持つのですからね。あの強さは納得よ。悪魔として地獄での地位も高く、悪魔達二〇の軍隊を率いた事もあるのよ』
『詳しいな。いや、お前は死者の国の女神。地獄の事情を詳しいのは至極当然か』
フェニックスの戦闘を意外に思っているのは、ユニコーンとジルニトラだけでは無い。
ヒュドラー、スルト、ヘル。この魔物の国の主力達もヘル以外は意外そうに見ていた。
元々聖なる鳥であり、信仰も多く悪魔としての地位もある。そんなフェニックスが弱い筈が無かった。
『ユニコーンさん。ジルニトラさん。この際協力してあの者達を打ち仕留めましょう。私だけでは少々大変そうです』
『ええ。分かりました。私も少し大変と思っていた次第です……!』
『同じく。フェニックスさん、ユニコーンさん、行こう……!』
思わぬ乱入があったが、協力する事で戦力の強化を図るユニコーン、フェニックス、ジルニトラ。
しかしそれは相手も同じらしく、ヒュドラー、スルト、ヘルも協力して此方を相手取るらしい。
「やあ!」
「芸の無い奴だ。レイピアを振るい続けるか魔法を使うしかねえのか」
「それは殆どの者が同じです……! 己の使える技を最大限に利用し、それを用いて敵を討ち仕留める……それが私たち幹部の出来る事ですから!」
此方では二人だけが戦っており、ニュンフェがレイピアを高速で刺し込みブラッドが傘を持ちながら軽くそれを躱していた。
戦闘の方法は己の身体能力を用いた剣術と高い魔力からなる魔法。それだけで十分だが、ブラッドは簡単に躱せるので退屈しているようだ。
だが、どう言われようとこの戦法を変える訳には行かない。簡単に言えば、芸のある技というのが分からないのだ。
「一理あるな。実際、俺も多数の技を扱えるが新たな技を開拓しようとはしていない。出来る力で十分って分かっているからな」
レイピアを躱し、一瞬でニュンフェの前に姿を現すブラッド。
だがニュンフェは即座に躱して距離を置き、刹那に詰め寄って身体にレイピアを突き刺した。
「……ッ! これは……!」
「ええ。銀です!」
そのレイピアには銀が纏割り付いており、ブラッドの身体に火傷のような傷を負わせる。
傷からは白い煙が立ち上っている状態であり、ニュンフェは確かなダメージがあったという手応えを感じていた。
「芸の無い奴だが、力はあるか……!」
「……ッ!」
次の瞬間にニュンフェの身体を蹴り飛ばし、瓦礫の山に吹き飛ばすブラッド。
レイピアは近接攻撃。離れるまでの一瞬は確実に近寄るので腹部に蹴りを放ったのだ。
ヴァンパイアの怪力からなる強烈な蹴りを受けたニュンフェは吐血して大地を血に濡らし、膝を着いてレイピアを置く。ブラッドも再生しておらず、互いに確かなダメージを与えるという戦闘が続いていた。
『ギャア!』
『龍となって力が強化されたか、厄介だな』
そして、龍の姿であるヴリトラが炎を吐いてガルダを狙い、その炎を切り裂くガルダがヴリトラの巨腕に打ち付けられる。
蛇の姿よりも遥かに強力な龍の姿。炎も然る事ながら、肉体的な力も遥かに高い。最強を謳われる事も少なくないガルダでも苦労しそうなものである。
『カッ!』
『ガァ!』
『『……!』』
そしてそこへ、一匹の龍と一匹の蛇が絡み合いながら落下した。
その衝撃で暴風が起こり、砂塵を吹き飛ばしながらガルダとヴリトラを煽る。その中心から再び爆風が起こって埃を舞い上げ、二匹の姿が明らかとなる。
『悪いな、ガルダ。邪魔をする』
『ワイバーン。いや、構わぬ。大分苦労しているようだな』
『ああ。奴は妙に好戦的だが、それに見合う実力を有している』
龍族のワイバーンである。
ガルダは蛇や龍の総称であるナーガ族を毛嫌いしているが、味方であるワイバーンは別。悪しき龍でも無いので構わず話をしていた。
そしてもう一つの影、
『ニーズヘッグか。役に立たないな、それなりにやられているようだ』
『テメェが言うかよ、ヴリトラ。テメェも割りと苦戦しているみてェじゃねェか』
『そうだな。敵は俺の天敵に勝利した事のある存在。思ったよりも面倒だ』
ニーズヘッグ。
落ちてきたニーズヘッグに文句を付けるヴリトラだが、ニーズヘッグはこの世の全てを憎むヴリトラの本質を知っている。なので特に態度を変えずに話していた。
何はともあれ、ガルダとヴリトラの戦闘に入るワイバーンとニーズヘッグ。此方もまた大きな波紋を生み出す事であろう。
幻獣の主力と魔物の主力。二つの陣が織り成す戦闘はまだ続く。
だがそれも、時間の問題だろう。
「"仕切りの矢"!」
『『『『…………!』』』』
『『『『…………!』』』』
『『『『…………!』』』』
『『『…………!』』』
「『『…………!』』」
「……。貴方は魔族の国の……!」
複数本の矢が幻獣たちと魔物達の間に打ち込まれ、幻獣と魔物の動きが止まる。
その矢を打ち込んだ者に見覚えのあるニュンフェはその姿を確認して誰か理解した。元々味方である幻獣の国の者たちも全員が誰か気付いたので攻撃の手を止めていた。
「幻獣の国の者たちに報告がある。出口らしき穴が見つかったから、直ぐに引き上げて欲しい」
「……! それは本当ですか!? サイフさん!」
魔族の国"マレカ・アースィマ"幹部の側近、サイフ。
来た瞬間にサイフは幻獣たちに向けて出口のような穴が見つかったと報告した。
それを聞いたニュンフェは大きな反応を示し、他の幻獣たちも驚愕の表情を浮かべる。魔物達は無言で佇み、突如として姿を現したサイフに視線を向けていた。
「ああ。主力同士の戦い、被害も戦闘時間も広がるばかり。だから数人が他の主力たちに報告へ向かっている」
淡々と綴るサイフ。
主力であるサイフが、たった一人で此処に来た時点で魔物達もある程度の事は察しているだろう。なので魔物達にもお構い無しで話しているのだ。
『ついに見つかったか。まあ、大人数で探されては時間の問題だった。今更驚く事も無いな』
『だが、奴らを逃がしたら戦いも終わる。元の世界で戦っては元の世界が原型を残さなくなってしまうからな。まだ楽しみたいのが心境……逃がす訳には行かぬさ』
『ハッ。誰が逃げるって? オイ、サイフ。俺たちはまだ此処で戦う。テメェは他の連中に──』
「報告しろって言うんでしょう? もう既にそのやり方で断られた。だから、一先ず今回はアナタ方の手伝いをして満足して帰ってくれるまで頃合いを見るとしますよ」
『へえ? まあ、確かに俺たちは帰った方が良さそうだ。相手に付き合う筋合いも無い。んじゃ、これが終わったら帰るか』
アジ・ダハーカとヴリトラが話し合い、それに反応を示す孫悟空と孫悟空に返すサイフ。
素直に帰ってくれるとは考えていなかったので、幻獣の主力たちを手伝いつつ頃合いを見て共に帰るつもりらしい。
確かに幾ばくかの因縁はあれど長居は無用。その事に孫悟空も納得した。
幻獣と魔物の主力が織り成す戦闘。それはサイフの参戦により、終着へと進み出した。




