五百八十四話 主神との戦い
「オーディン……! ライに聞いた……"世界樹"の主神が来ているって話……もしかして……あの人?」
「うん……。けど、何で此処に来たんだろう……」
突如として姿を現したオーディンに、レイとリヤンは驚愕した面持ちで視線を向けていた。
それもそうだろう。話には聞いており、来ている事も知っていたが会うのは初めてなのだから。
そんな、驚愕した態度を取るレイ、リヤンとは裏腹に依然として変わらぬ態度を取るロキはそのままオーディンへと話し掛ける。
『どういう風の吹き回しだ、オーディン。この戦いに関与はしない筈ではないのか?』
「私も始めはそのつもりだったのだけどな。先程も言ったように、少し考えてみた。この勝負でどちらかが勝つ事によって、世界にどのような影響が及ぶのかをな。その結果、私自身が参加して確かめてみようと考えた次第だ」
『どういう考え方をしてそうなったのかは分からないが、面倒な相手が増えた事に違いは無さそうだな』
何かを考えた事でこの戦争に参加する事を決めたらしいオーディン。ロキもオーディンの考えは分からないようだが、面倒な事が生じたと呟いている。
何はともあれ、両者共に戦るつもりではあるようだ。
「味方なの……? それとも敵かな……?」
「……。どっちだろう……」
依然として困惑したままのレイとリヤンは、オーディンがどちらの立場に居るのかを気に掛けていた。
味方ならば心強く、敵ならば厄介。
そんな存在のオーディンなので、レイとリヤンの疑問も当然である。どちらにせよ、波乱が起こるのはほぼ確定だろう。
「……ッ!」
「……! フォンセ!」
「フォンセ……!」
そしてオーディンの出現に困惑する中、遠方からフォンセが吹き飛んで来た。
どうやらテュポーンによって飛ばされたらしく、複数の瓦礫を巻き上げながらレイたちの前に傷付いた姿を現す。
「フォンセちゃん!」
次にキュリテが現れ、傷付いたフォンセの身体を治療する。
やはり支配者。フォンセ、エマ、キュリテの三人掛かりでもかなり苦労するらしい。次に吹き飛ばされてきたエマがそれを語っていた。
「やれやれ。傘を庇いながら戦うのは大変だな。まあ、実力差は元々あったし、傘以前にやられていただろうがな」
「キュリテ……エマ……!」
「大丈夫……?」
片腕と片足を失い、頭も半分消え去っている。日光の元に晒された形跡もあり、所々に火傷の痕が窺えた。
テュポーンならば一瞬でバラバラにする事や細胞一つ残らず消し去る事も可能だろうが、エマは敢えて生かされたという感覚だろう。
二人は警戒しつつもオーディンから視線を逸らし、やって来た三人の元に駆け寄る。キュリテの超能力──"ヒーリング"で多少の傷は癒えているが、怪我とは違うダメージもありそうなので完治まで少しばかり掛かりそうなものだった。
「大丈夫だ……。……!? オーディン!? 何故此処に来ている……!」
「「……!?」」
レイとリヤンに目配せし、立ち上がるフォンセは強い気配の感じたオーディンの方向を見て驚愕する。
それに続き、エマとキュリテもそちらを向いて驚愕の表情を浮かべていた。
『フム。役者がまた一人増えたか。"世界樹"の主神、オーディンよ。主は何故此処に?』
「テュポーン。宇宙を崩壊させる力を持った、あらゆる魔物の父と謂われる存在。昨日振りだな」
フォンセ、エマ、キュリテの後を追って来たのか姿を見せるテュポーンとそんなテュポーンへ視線を向けるオーディン。
互いに名の知れた存在。それもあってか、凄まじい威圧感が周囲に広がっていた。
「……。なんて重い空気……」
「うん……。息が苦しく感じる……」
「見たところ、オーディンも味方という訳では無いな……。一体何の用で……」
「ああ。だが、元々支配者に支配者クラスの悪神を相手にしていたんだ。それに主神が加わるとなると、かなり大変な戦いになりうるぞ。不死身の私を消し去る力くらいは有している筈だしな……」
「凄い重圧……」
テュポーンとオーディン。この一人と一匹の放つ威圧感は、魔王の力を纏うフォンセや神の力を纏うリヤンですら重く感じる程のモノだった。
戦う事になれば、全知全能を謳われるオーディンなので正直言って全知全能すらをも無効化出来るであろうライくらいしか勝ち目は無い。
異能ならばレイやフォンセでも良いが、二人だと根本的な強さが足りないのだ。
『主。敵か?』
「ああ。そうだな」
威圧を感じている五人を余所に、話を続ける一人と一匹。
話には参加していないロキにも一人と一匹の威圧感はあまり影響が無さそうだが、動かない様子を見ると一人と一匹と自分の実力差をはっきりと理解しているようだ。
しかしこの場には依然として重い空気が漂っており、呼吸一つで死するかもしれぬ緊張感がある。オーディン、テュポーン、ロキが平気でも、経験の浅いレイたちは空気に押し潰されてしまうかもしれない。
「オラァ!!」
「アハハ!!」
「「「…………!?」」」
「「…………!?」」
『……!』
「……!」
『……!』
──そんな張り詰めた空気を打ち砕くが如く、気合いを入れた声と笑い声がその場に居た全員の耳に届いた。
次の瞬間に地面を砕いて上り詰め、光速を超えた領域での鬩ぎ合いを織り成している二人が姿を現す。
「ライ!」
「カオスか……」
ライ・セイブルとグラオ・カオス。
重く張り詰めた緊張から解放されたような歓喜の声をレイが上げ、グラオをオーディンが一瞥した。
レイたちはライの存在という安心感が生まれて平常心に戻り、更なる強者の存在にオーディン、テュポーン、ロキは再び警戒を高めていた。
「「そらっ!」」
そんな反応を余所に二人が蹴りを放ち、互いを吹き飛ばして距離を離す。
それによって砂塵が舞い上がり、爆風がレイたちを煽った。
爆風によって髪を揺らすレイたちはライの吹き飛んだ方向へと駆け寄る。
「ライ、大丈夫?」
「ん? レイか。となると、俺は泉地帯から第二層に戻っ──!?」
心配そうな面持ちでライを見やるレイと、それに返すライ。
しかしライは言葉の途中で止まり、テュポーン、ロキの近くに居る強い気配へと勢いよく視線を向けた。
「オーディン……!」
「主とも昨日振りだな、少年よ」
「何でアンタが?」
「ふっ、気が変わってな。私もこの戦いに参加する事にした」
「成る程ね……」
先程話したように、参加する意思を見せるオーディン。ライは不可解なりに納得し、少なくとも味方では無いという事を理解した。
口では敵とも味方とも言っていないが、その言葉やニュアンスから味方では無いと分かったのだ。
「レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテ。どうやらオーディンは味方って訳じゃ無いみたいだ……」
「うん……。そうみたい。あの口調と威圧感……私たち全員……テュポーンやグラオにロキとも戦うつもりみたい……」
それをレイたちに告げるライと、オーディンの態度からそれを見抜いたレイたち。
善神か悪神かは分からないが、知恵に貪欲なオーディン。そんなオーディンがこのような行動に出るという事は、何らかの考えはあると分かる。
その考えが分からない。相手にも教えるつもりは無さそうなのでライたちも戦闘体勢へと移行した。
「やれやれ。僕とライが泉地帯で戦っている中、何がどうなって本物の"世界樹"の主神が参加したのかな。僕的にはそれで良いけど、気になる事は気になるや」
戦闘体勢に入ったライたちの横で、カラカラと瓦礫の下から頭を掻いて起き上がるグラオ。
混沌を司る原初の神であるグラオでもこの状況をイマイチ理解出来ていないようだが、強者が増えるのは嬉しいようである。
『フン。理由も分からぬが、どうせ下らぬ理由だろう。纏めて余が相手をしてやろうか? そろそろ半分くらいの力を出しても良いと考えている』
「ハッ。やってみなよ、テュポーン。そっちがその気なら、俺も俺の力を引き上げる……!」
「じゃあ、僕もそうしようかな?」
『私はほぼ全力だった。が、また少しだけ力を出してみるか』
「ふむ、来るが良い」
テュポーンの言葉を筆頭に、ライ、グラオ、ロキ、オーディンが力を込める。
警戒を高め、既に覚悟も決めているレイたちもこの雰囲気に飲まれそうになるが堪え、ライたちに続くよう改めて己の技や武器を構え直す。
「では、行かせて貰おう……!」
──次の刹那、グングニルを構えたオーディンがライたち、グラオ、テュポーン、ロキに向けて跳躍しつつ駆け出した。
此処に居る全員は相手の出方を窺いながら向き合っていたが、オーディンは跳躍する事で全員を狙える体勢に入ったのだろう。
「お手並み拝見というやつだ……!」
そのままグングニルの槍を放ち、ライたちとグラオ達へ向けて嗾ける。
グングニルは一直線にその者たちを貫き、オーディンの手元へと戻った。
しかしライたちは数人がそれを見切って躱し、数人が弾き飛ばして防ぐ。
自動的に敵を狙い、その後自動で手元に戻る槍グングニル。その一撃には一回の投擲で軍隊一つを崩壊させる程の力があり、的を外す事も決して無いと謂われている。だが、ライたちには防ぐ事も可能な様子である。
というのも、ライやグラオ、テュポーンは己の身体にぶつけて槍を弾いているので一応的を射た判断になっているようだ。
「やはり簡単にはやられぬか。まだ一回の投擲……続くぞ……!」
再び槍を放ち、次の瞬間に槍が光の領域を超える。
放つ時の加減やオーディンの調整によって破壊力も変わるらしく、先程よりも全てに置いて上回っていた。
「そんなもの、食らうか……!」
それをライは片手で受け止め、地面に叩き付けて防ぐ。
あらゆる異能を無効化する魔王の力と違い、抑えられる範囲ならばあらゆる武器や物理的な攻撃を無効化するライ自身の力。オーディンが相手だと全てを常に防げるという訳でも無さそうだが、一瞬触れていなす事は可能らしい。
「成る程、特異な体質は何もエラトマの力だけでは無いらしい。果たしてカリーブ・セイブルにその様な力はあったかな……夫の方……? いや、アイツはまた別の力だった気もするな……」
「また気になる事を言うな。けど、気にしている暇は無いか……!」
グングニルをいなしたライはオーディンの言葉を気に掛けるが敵であるならば悠長に話している暇も無い。主神が敵に回れば一瞬の隙が命取りだからである。
そんな二人のやり取りを横に、グラオとテュポーンが肉迫した。
「面白そうな事を話しているね。僕も混ぜてよ!」
『その会話が終わる前に終わらせるかもしれないがな』
グラオの拳とテュポーンの巨腕。それらをライとオーディンは躱し、その余波が周囲を吹き飛ばした。
そこへロキの炎が広がり、周囲を更に焼き付くす。
「私たちもやらなきゃ……!」
「うん……!」
「ああ……!」
ライたちの戦闘。その威圧感に気圧されそうになるが、己を奮い立たせてレイ、フォンセ、リヤンが駆け出した。
レイは勇者の剣を構えて斬り掛かり、フォンセは魔王の魔術を用いて嗾け、リヤンが神の力で攻め行く。
「やあ!」
「"魔王の処刑"!」
「"神の裁き"!」
勇者の斬撃。魔王の巨大な刃。神の霆。かつての伝説の血縁が織り成す攻撃には凄まじい破壊力が秘められており、恒星を破壊出来る程の力はある事だろう。
そんなものをこの"ヨトゥンヘイム"で放てば大きな被害が被ってしまうだろう。しかし、次の瞬間にグラオ、テュポーン、オーディンによって掻き消された事を考えれば被害など要らぬ心配だったのかもしれない。
「私たちも行くか。力及ばずとも、見てるだけという訳には行かぬからな」
「うん、そうだね……!」
そして此方のエマとキュリテも敵に向けて近付き、天候を操って放霆と"ヴォルトキネシス"をロキに放った。
惑星破壊や恒星破壊の攻撃でも微動だにしないグラオ、テュポーン、オーディンは捨て置き、ロキならばダメージが通るかもしれないという考え故の行動である。
『私も舐められたものだな。確かにこの中では下の方だが、一応神だぞ』
対するロキは霆に炎をぶつけて相殺し、炎から姿を現してエマたちに構える。
この中では力が下の方であるエマ、キュリテ、ロキ。戦う相手が必然的に決まるようだが、それでも強敵なのは変わらない。どちらにせよ、接戦になりそうだ。
「エラトマを連れる少年にカオスにテュポーン。複数の宇宙……多元宇宙をも消し兼ねない存在が戦うというのも恐ろしいものだな。私の判断は英断だったのだろうか」
「ハッ。アンタが決めた事ならそれで良いんじゃねえか? 自分の行動すら信じられなくなったら終わりだ」
「ハハ。ライが言うと説得力があるね。自分の意思で世界を征服しようとしているんだから。僕は平気だけど、普通なら考えても実行しない……実行したところで、不老不死や不死身でも成し得ない事柄だからね」
『最も、征服もオーディンの考えも此処で尽きるのだがな。余によって』
ライ、オーディン、グラオ、テュポーン。レイたちやエマたち、ロキが戦いを続ける事によって、この近辺全体の戦いも勢いを増して行く。
突然参戦したオーディンと敵の主力達との戦闘。それは範囲を広げつつ、更に続くのだった。




