五十七話 開戦
「で、どうする? 戦闘方法はアンタに任せるよ」
ライはいきなり攻めるという事をせず、ゼッルにどのような方法で戦うかを聞く。
それは自信からだろうか、それとも何となくか。
しかし、それはあまりにも無謀である。
何故ならそう、
「良いのかよ? 俺に任せるとお前達に不利なルールになるかもしれないぜ?」
相手が決めるという事は、相手にとって有利な内容になる可能性があるのだ。
純粋な戦闘ならばライにも有利だろう。
だが、純粋な戦闘じゃなければライが負ける可能性もある。
例えるならば、運に任せたモノや知恵を使ったモノの事だ。
知恵を使ったモノの場合、ライたちが知らない魔族に関する問題を出すかもしれない。それを受けるのも相手が決めるのであれば、キュリテは参加できなくなる。
そして、運任せなモノの場合は──言ってしまえばコインを投げたとき表が出るか裏が出るか、それだけだ。
誰でも、どんな者でも勝てる可能性があるモノそれが運任せのモノである。
そしてゼッルがライの表情から考えている事を推測し、言葉を続ける。
「まあ、安心しな。知恵や運とかいうモノは俺が嫌いなんだ。だからその二つを使った戦いはしない」
その言葉を聞き、ライはピクリと反応を示してゼッルに聞く。
「……へえ? それはありがたいな。……じゃあ、一体どんな戦闘でもてなしてくれるんだ?」
不敵な笑みを浮かべてゼッルに問うライ。ありがたいな。という言葉は、実は本心だったりする。
それはさておき、ゼッルはライの質問に応えた。
「そうだな。……よし、ルールはこうだ。まず、俺とその側近の五人。そしてお前達の中から五人選ぶ……」
「……」
淡々と言葉を綴り、ルールを説明するゼッル。その説明に対しライたちは静聴していた。
「……そして、その十人が出会った瞬間に戦闘を行う。……言わば、この街全体を使ったバトルロイヤルだ。まあ、生き残るのは自分一人だけじゃなくても良いって考えりゃ普通のバトルロイヤルよりは易しいルールだ」
バトルロイヤル。
それは太古からある遊戯だ。かつては戦士達を戦わせて金持ちがそれを眺めていたが、今では奴隷くらいしか戦わない。
だが、今回は幹部とその側近という豪華な面々も参加する事になるだろう。
「大まかなルールはさっきの通りだが、勿論細かいルールもあるぜ? 最後にそれらを説明する」
それを聞いた周りの魔族が沸き立って賑わう中、細かいルールを説明すると言うゼッル。
「まず……」
『──一つ、この街から出ることは禁止』
「まあ当たり前だ。この街の外まで逃げちまえばゲームが続かなくなるからな。この街から出た場合、問答無用でそいつは脱落だ」
『──二つ、先に敵を全滅させた方の勝ち』
「シンプルなルールだろ? 例え仲間が自分以外倒されたいようと、殺されていようと、敵を全滅させればそれだけで勝利。降参は認められ無ェ、一人でも戦い続ける事だな。……まあ、何も殺す必要は無い。相手を行動不能にすりゃ良いんだからな」
『──三つ、数の多い方はクジで人数を分ける』
「そのまんまの意味だ。お前達は俺らよりも数が多い。だからクジで誰が行くかを決めろよ? まあ、リーダーは強制参加だがな」
これにて説明が終わる。一通り話終えたゼッルは何処からか棒のような物を取り出し、ライたちに見せた。
それがクジであり、誰が参加するかを決めるモノとなるのだろう。
「この戦闘のルールは以上。さて、早速始めようか……?」
そして今、魔族の国幹部の街──"イルム・アスリー"にてバトルロイヤルが始まろうとしていた。
*****
──ヒュウと、一迅の風が街の中を吹き抜ける。その風によって葉やゴミなどが浮き上がった。
先程まで騒がしかった"イルム・アスリー"は静まり返り、今この場にいるのは、
「……さて、ここからは別々で行動した方がいいか、それとも……」
「組を作って行動する……か?」
「確かに……敵は五人……全員が正面から向かってくるなんてあり得ないもんね……」
「でも、こっちも五人だからねー。相手もそれなりに警戒していると思うよー?」
「…………」
ライ、レイ、フォンセ、キュリテ、リヤンである。
クジの結果では、レイ、フォンセ、リヤン、キュリテが選ばれたのだ。
「……まあ、敵が来たら取り敢えず倒すつもりだけど……リヤンは大丈夫か? クジで選ばれちゃった訳だけど……」
そして、ライはリヤンを心配していた。
クジの結果ではリヤンが選ばれたが、そのリヤンは戦えるか分からないからだ。
だからと言ってエマだったとしても日の出る時間帯の為十分に行動できない。
なのでエマ的には選ばれなくとも良かった可能性がある。しかし、エマ本人は選ばれなかった事に不満を感じているだろう。
ライの心配に返すよう、リヤンは話す。
「だ、大丈夫……。私も自分で何とかするから……!」
ライの心配に返すよう、話すリヤンは不安を織り交えた言葉だったが、確かな覚悟がリヤンにはあった。
ならば止める必要は無い。と、ライは小さく笑う。
「じゃあ、チームを『決めといてくれ』。俺は先に敵を探してくる」
「え? それって……」
レイがライの言葉に返そうとした時、ライは大地を蹴って跳躍する。
それから屋根の上に移動し、そのまま走り去って行く。
そして突然の行動を取ったライに取り残されたレイ、フォンセ、リヤン、キュリテよ四人はポカーンと口を開けていた。
*****
ライは屋根から屋根へ飛び移り、その全身に風を感じながら移動していた。
ライの標的はこの街の幹部であるゼッルだ。
何はともあれ、幹部を先に倒してしまえばレイたちが楽になると考えたライは一人で探しているのである。
(……さて、何処に居るんだ……?)
ライは他の街よりも科学の進んだ街並みを眺め、警戒しながらゼッルを探す。
改めて見ると、家の造りはレンガ造りが多いようだ。
石畳の道に土の道。そこに立つのはレンガの家やレンガの飲食店。
下から見上げるように見るのと違い、上から見下ろすように見るのも中々良いものである。
(おっと……そんな事考えている暇は無いな……)
ライは首を振って余計な思考を消し去り、気を取り直してゼッルを探す事に集中を高めた。
屋根から跳躍し、空に上がった瞬間街を見下ろして人影を探すライ。それは先程からずっと行っている行動である。
しかし街を見れば見るほどゼッルの居場所が分からないライ。
(この街は確か……"イルム・アスリー"……だっけか? ……この街も中々の大きさを誇る街だな……これは探すのが中々苦労しそうだ……)
ライは思考を駆け巡らせながら屋根を蹴って跳躍する。
力を入れ過ぎると家が粉砕してしまう為、思うような速度を出せていないのだ。
なので敵を捜査する作業に時間が掛かっているのである。
(まあ、取り敢えずは敵が隠れられそうな所を──)
──"探すか"。とは、続かなかった。
「……ッ──!?」
──刹那、刃のような風とそれによって打ち上げられた鋭利な岩がライの下から舞い上がり、ライの脇腹を抉るように切り裂いたのだ。
魔王の力でその風は打ち消せたが、風によって舞い上がった鋭利な岩などでライの脇腹は切り裂かれ、出血する。
跳躍した直後にそのダメージを受けてしまった為、家と家の間で止められたライはそのまま地面に落下した。
「……ッ……! 彼処か……!」
全身を強く打ち付けられたが、ダメージは鋭利な岩によるモノだけだった。
ライは抉られた脇腹を押さえながら立ち上がり、風が舞い上がった方向を確認してそちらへ向かう。
*****
ライが一人で駆けていったあと、その場に残されたレイ、フォンセ、リヤン、キュリテは取り敢えずチームを作った。
一先ず単独行動は危険なのでチームを作り、そのチームで行動しようと考えたのである。
そしてその作戦通り、現在は作ったチームで行動している。
「……」
「……」
テクテクと歩くのは、レイとリヤン。
二人は淡々と歩いており、その口数が少なかった。レイとリヤンは昨日出会ったばかり。
なので会話も思い付かず、ただ敵を探して歩く事くらいしか出来ていないのだ。
(ど、どうしよう……リヤンとは仲良くなりたいけど……話が思い付かない……)
そんなリヤンを一瞥するレイは仲良くなりたいようだが、どういった話をすれば良いのか分からず頭を抱えて悩んでいた。
天気、環境、好きな食べ物、好きな動物、家族など、思い付く話は結構あるが、全て今話す必要は無いのかもしれない。
「え、えーと……ねえ、リヤン?」
「……?」
様々な思考を張り巡らせる中、レイは取り敢えず言葉を掛けた。仲が良いか悪いかも定かでは無いが、このまま無言の気まずい空間はレイ自身が嫌ったのだろう。
話し掛けられたリヤンはキョトンとした表情レイの方を向き、レイは言葉を続ける。
「リヤンってさ……ずっと一人で森に住んでいたんだよね……? なら、幻獣や魔物にも詳しいの? ……その、本に書いてあるような事じゃなくて……親しい仲じゃなきゃ見れないような行動とか……」
リヤンは幻獣や魔物が好き。と、そう推測したレイはその生態について聞く。
幻獣・魔物が好きならば幻獣・魔物の話を振れば良いと考えたレイ。
「うん……まあ……」
その推測は見事に的中し、リヤンは話に乗る。どうやら幻獣・魔物にもそう言った一面があるらしく、親しくなければ見れないようなモノもあるらしい。
それを聞いたレイはパッと笑顔を浮かべて話を続ける。
「へえ! スゴいね! 言葉が通じるって訳じゃ無いんでしょ? 友達の事聞かせて?」
レイは笑顔を浮かべつつ、幻獣・魔物を"友達"と比喩しリヤンに尋ねる。
リヤンにとって幻獣・魔物は家族で友人。なので獣の扱いは失礼だと推測したのだ。
「う、うん……!」
リヤンはそれが嬉しかったのか、リヤンも笑顔を浮かべる。そしてレイに向けて言葉を発した。
「えーと……言葉は通じないけど……何を思っているのかは大体分かるし……私の言う事もちゃんと聞いてくれるんだ……」
「へえ。やっぱり長い間一緒に生活していると分かるものなんだね」
レイはリヤンの話を聞いて感心する。会話は出来ないが、考えている事などが分かるらしい。
それは何によって示されるのか分からないが、リヤンが心を通わせているという証拠だろう。
リヤンはそんなレイの様子を見て小さく笑いながら言葉を続ける。
「うん……。物心付いた時から一緒だったから……初めてあの子たち以外と外の世界を見るの……」
「そうなんだ……。……じゃあ、もっと世界を見て回ろうね!」
「うん……!」
レイの言葉を聞き、リヤンは笑顔を浮かべて力強く頷いた──
『ウオオオォォォォォッッッ!!!』
──次の刹那、耳を劈く程の猛々しい雄叫びが聞こえる。
「「……!?」」
獰猛で凶暴な雄叫び。それと同時に重い足音と共にそれは現れる。牛のような頭に筋肉質の身体。口からは唾液を流しており、レイとリヤンを獲物として見ていた。
突然現れた生物の、その姿を見たレイは警戒を高めて声を上げる。
「……"ミノタウロス"!!」
──"ミノタウロス"とは、半分が人間で半分が牛の姿をしている怪物である。
本来は迷宮に棲むと謂われ、その迷宮に迷い込んだ少年少女を補食するという。
その力と身体の強度は凄まじく、岩や人程度ならば軽く砕ける程だ。
そして、ミノタウロスは主に戦斧を掲げ、それで敵を切り裂くという。
牛の頭を持ち、人間の身体を持つそれは──紛れもなくミノタウロスだった。
そのミノタウロスを見てレイは剣を構え、リヤンを庇うように前へ出る。
「ミノタウロス……! 何でこの街に……!?」
「……!」
そして、そんな驚愕の表情を隠せない二人。当然だ。ミノタウロスは迷宮に棲んでいる怪物。今この場に姿を見せるなど、あってはならないのだから。
そのような表情をする二人に対し、上の方から一つの声が掛かる。
「ククク……驚いたか……? まあ、そうだろうな。ミノタウロスなんて怪物を目にしたんだ……当たり前だ」
「……! 誰!?」
声が聞こえた方を振り向くレイ。
振り向くと同時に腰の剣に手を当て、何時でも戦闘を行える体勢に入る。
そしてそこには、屋根からレイとリヤンを見下ろす人影が居た。
「誰……だあ? クク……言わなくても分かるだろ? この街にお前の仲間以外が居る奴とすりゃあ、幹部かその側近くらいだぜ?」
ヒョイと屋根から飛び降り、その者はレイとリヤンの前に立つ。ミノタウロスは後ろで待機している状態だ。これを見る限り、この者がミノタウロスの主人だろうか気になるところである。
「まあ、名を聞いているなら名乗ってやらない事もない。俺の名前は『ジュヌード』だ。この街の幹部の側近をやっている……。この街の幹部の……って"の"多くね?」
関係無い事を言い、飄々とした態度を取るジュヌードと名乗った者。
ジュヌードの姿を眺めるように確認したレイは警戒を続ける。
「そして、出会ったからには戦わなきゃな……二人で掛かってこいよ? 俺は問題ないぜ? 俺は元々二人居るみたいなモノだしな? まあ、俺とミノタウロスが相手じゃあ、オーバーキルも良いところだがな。まずはミノタウロスだけと一線戦ってみるか?」
ジュヌードはミノタウロスの方を一瞥し、そのあとレイに視線を向ける。
歯を剥き出しにして笑い、レイとリヤンを侮っているような表情のジュヌード。
レイは冷や汗を流しつつ、ジュヌードに言う。
「……。貴方達なんか私一人で十分!」
「……へえ?」
リヤンを庇うように前に出ているレイは、リヤンから意思を反らすよう、ジュヌードへ向き直る。
今、レイvsジュヌード&ミノタウロスの戦いが始まろうとしていた。
*****
一方のフォンセとキュリテ。
こちらの二人も敵を探索しており、遠方から響くその声を聞いていた。
「……今……獣のような声が……」
「うん。……まあ、レイちゃんとリヤンちゃんが敵と出会った……って考えるのが普通よねー……?」
それはミノタウロスの声だ。
フォンセとキュリテはライではなくレイとキュリテが敵と出会ったと推測する。
何故ならそう、ライが向かった方向は声の方向と違う。チームに分け、二手に別れたその先、そこから声が聞こえたのだから。
「となると……遂に戦闘が始まる訳だな……?」
「うん、そうだねー……まあ──」
その声を聞いて戦闘の開始を実感するフォンセ。そして返すキュリテ。それから、フォンセとキュリテが左右の屋根を見上げる。
「「──こっちも戦闘が始まりそうだけど(な)(ねー)?」」
二人を見下ろす二つの影。
その影に気付いたフォンセとキュリテは笑みを浮かべる。
見下ろす影も笑っているような気がした。
二つの影は屋根から跳躍し、フォンセとキュリテの前に降り立つ。
「流石というべきかな……。もう気付いたようだね? キュリテ……?」
「オイオイ、もう片方は良いのか? キュリテは知らないって訳じゃ無えだろ?」
その二人は男性と女性のようだ。
しかし、女性の方はフォンセなど眼中に無いようでキュリテだけを睨んでいた。
男性に言われた女性は軽く男性を一瞥し、その後フォンセの方を向く。
「そうねえ。まあ、同じ魔族だし挨拶くらいはしようかな? 名前は……教えても大丈夫そうだね。私は『チエーニ』。よろしく」
チエーニと名乗った女性は腕を組んでフフンと、目を細めて薄く笑う。そして続くように男性の方も名乗った。
「で、俺は『スキアー』だ。まあ、俺らが出会った今、やることは一つだけだな?」
その男性が名乗った名──はスキアー。そんなスキアーが言った、やる事は一つという言葉。その言葉が意味する事はただ一つだろう。
フォンセとキュリテもそれを理解しており、チエーニとスキアーは口を開いた。
「「では、"イルム・アスリー"幹部の側近。今この瞬間、貴様らを倒す!!」」
ゴウッ! と、刹那の突風が街を吹き抜ける。その風に煽られたフォンセとキュリテの髪は靡く。
フォンセとキュリテも構え、エレメントと超能力を宿す。
今、それぞれの駒が出揃った。
ミノタウロスが側近メンバーかどうかは怪しいが、とにかく出揃ったのだ。
そして、街中ではそれぞれの戦闘が行われるのだった。