五百七十九話 研究施設跡地・近隣の戦い
「んで、白髪の。もしかしてテメェ一人で俺たち支配者を相手にするつもりか? はっきり言って無謀だと思うがな。格下相手なら勇気や無謀って言葉を使う必要もねェが、様々な力を取り込んだくれェでテメェが俺たちに勝てないってのは承知してんだろ?」
戦闘が行われる第二層の世界にて、出口捜索を行っている場所に現れたヴァイス・ヴィーヴェレ。
シヴァは小首を傾げ、ヴァイスに向けて命知らずの無謀な者とはっきり伝えた。
その言葉に対し、何も思っていないかの態度を取るヴァイスは不敵に笑って言葉を続ける。
「ああ。勿論さ。勇気や無謀云々は分からないけど、幹部の力を手に入れただけでアナタ方に勝てると判断する程の愚か者じゃないさ」
『じゃあ、何故此処へ? 考えられる線は出口捜索の阻止。後、俺たちの力も取り込もうとしている……くらいか』
「御名答。私は支配者の力も欲しいと考えた次第さ」
「欲張りな奴だな。一気に多くの力を手に入れたんで強欲になったのか、元々強欲だったのか」
「後者だね。私は自分が割りと我が儘であると自負している」
ヴァイスがシヴァとドラゴンの前に現れた理由はその力を手に入れる為。それを強欲と告げるシヴァだが、元々それくらいの欲はあったらしい。
それを入手出来るだけの力が手に入ったからこそ、その欲を隠さずとも良くなったのだろう。
「ハッ。なら教えてやるか。慣れない力を手に入れたばかりではしゃぐ奴は、大抵ロクな結末が待ってねェってな」
「そうか。それなら私の身体に教えてくれ。それによって慣れない力が更に増えるというものだからね」
魔力を込め、ヴァイスに構えるシヴァ。ドラゴンも構えており、ヴァイスは余裕のある態度で向き合う。
実際には余裕など無いのだろうが、ダメージを受ける事で経験が積まれ、能力が高まるのが生物兵器、その完成品の性質。なので余裕を見せ、学習しようとしているのだ。
シヴァとドラゴンは何故ヴァイスが様々な幹部の力を使えるようになったのかは分からない。生物兵器の力を取り入れた事は知っているが、その過程が分からないのだ。
「んじゃ、行くか」
『うむ。そうだな』
「ふふ……」
なので構わずに攻撃を嗾けた。
攻撃から情報を会得してコピーすると大凡の事は聞いているが、どちらにせよ倒さなければ意味が無い。
だから一々面倒な事を考えず、目の前の敵を倒す事だけを目標として挑むのだ。
「"終わりの炎"!」
『カッ!』
次の瞬間、シヴァの炎魔術とドラゴンの炎がヴァイスに向けて放たれた。
その紅蓮の炎を見、熱を感じるヴァイスは不敵な笑みを浮かべつつその場から霧散する。"テレポート"を用いて躱したのだろう。
流石にこれ程の炎を受ければ、不死身の身体を持つ自分もただでは済まないと判断したようだ。
「やれやれ。危険な炎だ。殺す気満々じゃないか。恐ろしいものだよ"魔王の魔術"……"星破壊"……!」
"テレポート"で躱したヴァイスは背後に回り込み、魔族の幹部が扱う最大級の魔術を放った。
星一つを粉砕する威力を秘めた魔術は、シンプルな黒い線を引きながら亜光速で真っ直ぐに進む。一見すればそれ程威力が無さそうな形だが、この技には確かに星一つを砕く力が秘められていた。
「ありゃ、ゼッルの技か」
それをシヴァは紙一重で躱し、線の方向を上に逸らしていなす。亜光速の黒い線は真っ直ぐに進んで"世界樹"を抜け、この世界の宇宙に飛び出した。
防ぐ事も出来たが、正面から迎え撃てば確実に研究施設捜索の邪魔になる。それのみならず、多くの兵士たちが死亡し兼ねない。なので少し上にずらし、被害が出ぬようにしたのだ。
「こうも広範囲を砕くような技を使われちゃ敵わねェな。他の味方が巻き添え食らっちまう」
『うむ。しかし、惑星程の範囲となれば向こうの味方にも何らかの影響が及ぶ筈……主力は問題無いとして、兵士は確実に死する。……ふむ。やはり敵は基本的に味方をあまり大きく考えていないようだな』
星を砕く魔術は何とかいなしたものの、この様な広範囲の破壊が生じる力では兵士たちが危険だろう。
敵の兵士はさておき、味方の兵士まで巻き添えを食らうのは少々頂けない。恐らく相手からしたら主力が無事ならそれで良いという考えのようだ。
「フフ。まだまだ攻めさせて貰うよ。支配者諸君。このままでも十分かもしれないけど、君達の力があれば全生物の選別も楽に事が運ぶ。より平和で、より素晴らしい世界が待っていると思うのだけれどもね」
「ハッ。戯れ言は笑える部分でも残しておけ。下らな過ぎて鼻でしか笑えねェよ」
「下らないと言われてもね……それが私の目的なンだから仕方無いだろう。夢を持つのは良い事さ。叶わないと言われているけど、それは諦めてしまったらの話。諦めない限り叶わないという事は無いのだからね」
「無駄にポジティブだな、テメェ。だが、夢云々は一理ある。テメェの夢は叶えさせねェけどな」
"テレポート"を用いて距離を置き、"サイコキネシス"で瓦礫を持ち上げてシヴァとドラゴンに投石するヴァイス。
一人と一匹はそれを躱さずに正面から打ち砕き、ヴァイスとの距離を一気に詰めた。
「"テレポート"で瞬間移動出来んなら、する間もなくテメェを狙えば良いか」
「……。随分と早口だね」
「早口じゃなきゃ間に合わねェからな」
次の刹那にヴァイスの側頭部を蹴り抜き、瓦礫の山に吹き飛ばすシヴァ。
瓦礫の山に突っ込んだヴァイスはそのまま加速して吹き飛び、地面に擦れつつその瓦礫を天に舞い上げ粉塵を散らしながら数キロ飛ばされる。そこへドラゴンが姿を現し、空から急降下してヴァイスの身体を踏みつけた。
「……ッ!」
『痛みはあるのか。生物兵器とはいえ、不便だな』
「フフ。それはどうも」
身体が潰れ、赤い果実の潰れたような液体が周囲に広がる。しかしヴァイスは即座に再生し、"テレポート"で移動すると同時に距離を取る。
昨日までは生物兵器ではなかったので、その名残がまだあり痛覚は消えていないようだが、生物兵器としての再生力や元々再生の力を使えたので痛みには慣れているらしい。
「痛みのある不死身か。そりゃ苦痛だな。痛みってのは身体が発する危険信号だが……不死身の肉体で痛みがあるなんておかしな話だ」
「フッ。それも慣れだよ、支配者さン。常人は痛みによって死ぬ事もあるからね。中々死なない私ならばそのうち痛みも克服出来る筈だ」
「そうか。まあ、確かに数千年生きたヴァンパイアも少しは痛みを感じるとか言ってたな。多少の痛みは残るのか」
そこにはシヴァも来ており、不死身の肉体で痛みを感じるのが変だと考えていた。
確かに死ぬ事の無い不死身の肉体に危険信号が残るのは変な話だろう。だがヴァイスは、不死身になりたてなのでまだ痛みに慣れていないだけであると告げた。
不死身では無いシヴァやドラゴンに不死身とはどういうものなのかも分からないが、不死身の本人がそう言うならばそう言う事で良いだろう。
「じゃ、痛みに慣れるより前にテメェを倒しとくか」
『そうだな。生物兵器である以上、どうにかして行動不能にしなくてはな。殺すかどうかは行動次第だ』
「ならもう死刑確定と遠回しに言っているようなものじゃないか。確かに私は大量の生き物を殺し、改造したし改心するつもりは無いけどね」
不死身の肉体を持つ生物兵器の完成品となったヴァイス。
今までの罪も踏まえ、ほぼ確実に死刑だろう。本人もそれは理解しているらしく、改心するつもりもないので反省の色も無い。
「ま、取り敢えず捕らえるだけ捕らえるとするか。後の判決は後で決めよう」
「そうかい。なら、捕まる訳にもいかないな」
一歩踏み込み、ヴァイスに迫るシヴァと防ぐ体勢に入るヴァイス。
どうやら今度は躱すのでは無く正面から防ぐつもりらしい。というのも、先程は細胞一つ残らず消し炭にされ兼ねない炎だった。
しかし今度は正面からの物理的な攻撃。ライのように無効化の力を宿していなければ、幾らか受けても問題無いのだ。
「そらよっと!」
「"完全な守護"」
軽い掛け声と共に拳が放たれ、反応して護りを固めるヴァイス。その名の示すような完全なる護りは支配者であるシヴァの拳を受け止め、防いで弾く。
そこへドラゴンが来ており、ヴァイスの真後ろにて大口を開いていた。
『──カッ!』
「完全な守護は、全方位守れるから完全なんだ」
そして放たれた炎と、それを微動だにせずに防ぐヴァイス。炎は周囲を焼き尽くし、真っ黒な煙を上げて包み込んだ。
視界は消え去り、何処に誰が居るかは分からない。最も、支配者クラスとなれば気配から見抜けるから不都合も無いようだ。
「ほら。これが完全な守護さ。まあ、昨日は破られたけどね」
「破られたなら完全って事にはならねェんじゃねェのか?」
「イコール伸び代があるという事さ。完全なる完全という存在に、また一つ近付く事が出来る」
『貴様は一体何処を目指しているのか分からないな』
黒煙から姿を現したのは、無傷のヴァイスとヴァイスを前後から囲むシヴァにドラゴン。
全員無傷の状態であり、次の刹那に一人と一匹がヴァイスに向けて駆け出した。
「やっぱこれが一番か? "終わりの炎"!」
「それなら避けなくてはね」
片手を突き出し、ヴァイスに炎を放つシヴァ。常例通りヴァイスは"テレポート"を用いて躱し、シヴァから距離を置いた。
そして気付く。ドラゴンの姿がそこになかったと。
『やはり"テレポート"か。その事は読んでいたぞ』
「成る程。一本取られたね」
次の瞬間、背後から吐かれたドラゴンの炎がヴァイスを焼き尽くす。
炎に包まれた事で空気がなくなり息も消え、推定数万度以上の炎に焼かれて肉体が消え去る。
高温ならば高温な程ダメージを与えられるが、数億から数兆度だとこの世界の一部が消え去ってしまうので数万度程度に抑えたのだ。
それでもヴァイスには効果的であり、そのまま落下して燃え続ける。この程度で消滅する事は無いのだろうが、確実なダメージは入った事だろう。
「"再生"。流石にこのダメージの再生を待つよりは自分で回復した方が良いね……」
そして再生の能力を使い、自分自身を治療するヴァイス。
リヤンの持つ癒しの源でも良いが、制限が分からないのと慣れているという意味で己の再生能力を用いたのだろう。
「再生したところ悪いが、続けさせて貰うぜ?」
「良いよ。攻撃を受けてもそう簡単に死なない性質は便利だからね。最も、今の私にはその程度の攻撃じゃ効かないけどね」
一つ辺り数キロはある複数の大岩を造り、それを落とすシヴァ。ヴァイスは"サイコキネシス"を用いてそれを抑え、シヴァに向けて弾き返す。
弾き返された大岩は別の大岩と衝突して砕かれ、小さな欠片が周囲に落下した。
「ハッ。それはただのカモフラージュだ"終わりの炎"!」
「やっぱりね。"完全な守護"」
そして眼前に迫っていたシヴァと、それを読んでいたヴァイス。近距離にてシヴァは炎を創り出し、ヴァイスは先程と同等の護りを用いて防ぐ。
その二つが衝突する事で熱と炎が周囲に散り、二人の身体が弾かれた。
「成る程な。さっきより強くなったか」
「そうさ。私にはライ達の成長速度も取り込まれているからね。戦闘の最中なら一瞬後には前の私より強くなっている」
「そりゃ大層な事で」
向き合い、駆け出して拳を放つシヴァとそれを拳で受け止めるヴァイス。
次の瞬間にシヴァは回し蹴りを放ってヴァイスの身体を吹き飛ばし、着地すると同時に吹き飛ばされたヴァイスへ追撃を仕掛ける。
それもヴァイスは躱したが、その背後からドラゴンが近付いていた。
『フンッ!』
「……ッ!」
そのまま巨腕を払い、ヴァイスの身体を更に吹き飛ばした。
ヴァイスの吹き飛んだ場所は先程シヴァが追撃を仕掛けた場所であり、その攻撃はまだ続いていた。
「しまったね」
「ああ。そうだな」
頭を踏みつけられ、炎魔術を叩き付けられるヴァイス。身体が見る見るうちに焼け落ち、周囲に炎の波が広がった。
そこから連鎖するように破壊が起こり、周囲を崩して行く。
「……。理解したよ。これで私は更に力を付ける事が出来る……」
「ハッ。化け物になってきたな」
その破壊から抜け出し、体外から体内まで崩壊しつつも再生するヴァイスが姿を見せる。その言葉からするに、また一つ成長したらしい。
シヴァ、ドラゴンと戦闘を続けるヴァイス。ヴァイスが更なる進化を見せつつ、研究施設から数キロ離れた場所にて此方の戦闘も続いて行くのだった。




