五百七十六話 出口と敵の捜索
敵の主力を探すライたちは、第二層巨人の国"ヨトゥンヘイム"を駆け抜けていた。
その速度はかなりのものだが、レイたちが全員着いて来れる速度なので音速は超えていないだろう。
仮に音や光を超えても着いて行く事は出来るが、負担を掛けてしまうとならないので速度を少し落としているのだ。
「敵の気配は至るところにあるけど……姿は全く見えないね……」
「ああ。けど、多分相手も俺たちの様子を窺っているみたいだな。行動次第で攻めてくるだろうさ。……敵の主力で誰が研究施設の跡地に、誰が俺たちの方に来るか分からないけど、警戒はしなくちゃな」
一つ一つの建物が山程のサイズを誇る巨大な街中を駆け、たまに現れる敵の兵士を軽くいなして主力を探す。気配は複数あるが、姿は見せない。
それならば此方から攻めても良いかもしれないが、やはり下手に動くのはあまり得策では筈だ。
「そんなに急いで何処に行く? 君達。一旦歩みを止めて、僕と遊ばないかい?」
「……。警戒した途端にこれだ……。参ったな」
そんな事を話ながら進んでいるその途中。灰色の髪を揺らし、口元に不敵な笑みを浮かべた人物が巨人の家の上から姿を現した。
その人物が誰か即座に理解したライは肩を落とし、軽くため息を吐いてそちらを見やる。あまり会いたくないが、元より主力を探していたライたち。逆に好都合なのかもしれない。
「よぉ。グラオ」
「やあ。ライ」
──グラオ・カオス。
宇宙を創造した原初の神にして混沌の神であるカオスだ。
相手の主力の中でも支配者に匹敵する実力の持ち主。幹部クラスにも支配者に近い実力者は多いが、その中でも頭一つ抜けた存在である。
そんなカオス。グラオが此処に居るという事はつまり、出口を捜索している者たちの所にグラオは居ないという事。それならば出口捜索の邪魔にもならないだろう。危険な相手だが、危険だからこそ足止め出来るなら好都合だった。
「また厄介な相手が来たね……!」
「ああ。混沌の神か……!」
勇者の剣を抜き、構えるレイと魔力を込めて向き直るフォンセ。
グラオが強敵であるという事は分かりきっている。なので現れた瞬間。更に言えば、気配を感じた瞬間から常に大きく警戒はしていた。
『見つけたぞ、侵略者。貴様を屠るこの時を楽しみに待っていた』
「……。次はテュポーン。昨日のメンバーと同じか。数で言えば俺たちが優位だけど……どうなるか……」
そして次に姿を見せたテュポーン。山程の大きさはある巨人の家の屋根の上におり、その家を崩壊させてライの前へ立ちはだかった。
ライはグラオを警戒しつつそちらに視線を向け、グラオとテュポーンが視界に入る位置へ立つ。
「魔物の国の支配者か。此方もカオス程に厄介だな」
「うん……大変な相手……」
「けど、ライ君の話だとあの一人と一匹も敵対していたみたいだからそこを狙えばチャンスがあるかも……」
現れたテュポーンに対し、此方も警戒を高めながら構えるエマ、リヤン、キュリテ。
グラオにテュポーン。彼らが相手となれば、ライたち六人でもかなり苦戦する敵となるだろう。簡単に終わる筈の無い相手だった。
「さて、君も出て来たらどうだい? 悪神ロキ。昨日は僕達に大したダメージは与えられなかったけど、今日はどうかな」
『やれやれ。気付かれていたか。まあ、バレないつもりは無かったがな。あわよくば不意を突けたら上々という感じだな』
グラオが建物の影に視線を向け、その影から姿を見せるロキ。片手を炎に変えており、不意を突こうと考えていたようだが別にバレても良いという行動だったらしい。
現れると同時に片手の炎は消え去り、攻撃体勢を解除した。それでも警戒はし続けているので、悪魔で一時的な解除だろう。
「これで役者は揃ったね。後は誰かが途中から参加するかどうか……そして君達が何処まで持つか楽しみだよ」
「なら、私たちも始めから全力に近い力で挑んだ方が良さそうだな……」
「うん……!」
『神と魔王の力か……神の気配を宿す者は初対面だが……成る程。魔王の子孫とやらは以前に比べて力を自由に扱えるようになったらしい』
軽薄に笑い、ライたちを見渡すグラオ。そして魔王と神の力を始めから使用するフォンセとリヤン。
テュポーンはそんなフォンセを見、幻獣の国で会った時よりも成長している事に感心していた。
最も、その感心が純粋な称賛か揶揄いの一つかは定かでは無いが。
「さて、じゃあ早速──」
「……!」
会話を終わらせ、光の速度でライに突撃するグラオ。それをライは正面から受け止め、周囲に衝撃を散らした。
その衝撃はテュポーンによって生じた瓦礫を吹き飛ばし、爆発的な暴風を引き起こす。そして二人は離れ、レイたちとテュポーン、ロキも戦闘体勢へと移行する。
「六日目の戦争……開戦だね……!」
「ああ。そうだな。"魔王の炎"!」
勇者の剣と魔王の炎魔術が放たれ、テュポーンとロキを狙う。
グラオはライと戦闘を行っているので、攻めるよりも前に嗾けたのだ。
『魔術の質も上がっている。前よりは楽しませてくれそうだな』
『斬れた……炎である私が? ……フム。この世界には概念や自然現象を傷付ける存在が多過ぎるな』
フォンセの炎魔術を巨腕で薙ぎ払い、幻獣の国よりも強くなった事を改めて実感するテュポーンと勇者の剣によってダメージを受けた事を気に掛けるロキ。
斬られたロキは即座に再生するが、傷は癒え切れない。簡単にダメージを与える存在が居た事が気掛かりの様子だった。
そんな、傷付ける事が可能な存在。本来は少ない筈だがライ、グラオと合わせて三人目。何かを言いたくもなるようだ。
『本命は魔王を連れる小僧だが、お前はあの時殺しそびれたな。折角の機会……殺してやろう』
「断る。私はあの時より肉体的にも精神的にも強くなったからな。無様な姿を晒す訳にも行かないだろう」
フォンセとテュポーンが構え、互いに狙いを定める。
以前は完敗したが、今回は魔王の力を使えるようになっておりそれによって我を忘れ掛けた事が経験となってメンタルも強くなっている。
今度は簡単にやられるフォンセでは無かった。
『なら、私の相手は女剣士か。たった今傷付けられたという因縁が生まれたからな。しかし、お主……何処かで似た気配を感じた事もある。その剣にも見覚えがあるな……。だが、それはまあ良い。今回はブランク解消と暇潰しが目的だ』
「似た気配……。ううん。来てみなよ。悪神!」
対して、レイへと構えるロキがレイの気配を感じ、覚えがあると告げる。
レイはその言葉が一瞬気に掛かっていたが、それを気にしている暇は無いと割り切り、そのまま構え直した。
似た気配と言えば一つだけ。かつての勇者だろう。しかしそれはまだ気にせずともいい事。なので集中しているのだ。
「なら、私たちも各々の手伝いをするか。何れも強敵だが、まあ成り行き次第だ」
「うん……。勝つ……!」
「魔物の支配者さんに混沌の神。悪神かぁ……。かなりの相手だねぇ……!」
そして取り残されたエマ、リヤン、キュリテ。当然彼女たちも戦闘を行うつもりである。その為に己の持てる力を込めた。
成長途中のリヤンは兎も角、ライたちと始めて会った時から既に成長し切っているエマや魔族の幹部。その側近のキュリテとテュポーン達の実力差はかなりあるかもしれないが、食い下がる事は出来る。
そしてライたちとグラオ達。六日目の戦闘が今この瞬間、始まりの合図を告げるのだった。
*****
「此方、異常無し。出口らしきモノは見つかりません!」
『同じく! あるモノは目玉や肉片……少々気分の悪くなるモノだけだ!』
「此方も同じだ! 何もねェ!」
ライたちがグラオ、テュポーン、ロキと会っていた時、研究施設の跡地では出口の捜索をするシヴァやドラゴンの部下兵士たちが報告をしていた。
報告と言っても出口の場所は分からず、空振りの報告だけだった。
「ああ、そうか。分かった」
その報告を聞き、瓦礫に座るシヴァが返す。
一見するとサボっているようにも見えるが、常に周囲を警戒しつつ本人も出口を注意深く探している事に違いは無い。ただ中々見つからないので少々座っているのだろう。
つまるところ、どちらにせよサボっているという事と同義である。ただのサボりとの違いは敵の気配を常に感じており、いざという時に行動を起こせるようにしている事くらいだ。
「それで、ドラゴンの旦那。今のところ成果は現れてねェけど、どうする?」
『そうだな。此処である事は間違い無いらしい。まだまだ探していない場所は多いからな。一先ず探し続けるさ。……それにしても、この面積を全て生物兵器の実験に使っていたとはな。偽物の世界で我々以外の生き物は居ないが、元の世界にも生物兵器が居る以上同じような施設があるという事。なんともまあ、命を愚弄している組織だ……』
「ああ、同感だ。吐き気がする程の下衆集団だが……中々隙は見せねェ徹底振り。厄介だぜ」
かなりの広範囲を誇る、研究施設の跡地。それが意味する事はつまり、それ程の範囲で生死を操り命を愚弄する実験を行っていたという事。
生物兵器反対派の支配者であるシヴァとドラゴンはそれが気に食わないらしい。元より、生物兵器の実験は世界的に禁止されているモノ。無法者の集う魔物の国だからこそヴァイス達も自由に実験出来るらしい。
人間の国は分からないが、理を外れた実験は嫌気が差すものだ。
『まあ、今はそれを置いておこう。不愉快だが、文句を言っても敵はそれを止めないだろうからな。ところでシヴァ殿……一つ聞きたいが、創造神であるシヴァ殿ならば出口の空間を作り出す事など出来ないだろうか』
「あ?」
生物兵器の実験は意見の一致で気に食わないモノとなった。それは確かである。
しかしヴァイスが実験を続ける以上、本元を落とさなくては意味が無いだろう。なのでドラゴンは一先ずそれを置き、シヴァに出口を作れないか訊ねる。
六日目に至るまで脱出しなかったのを見ると、流石に出口は作れないのだろう。だが宇宙を創造する力を宿すシヴァならば出来ない事も無いのではないか。と、それが気になったようだ。
対し、シヴァはフッと笑って言葉を続ける。
「ハッ。そりゃ無理だな。ドラゴンの旦那も知ってんじゃねェか? それを創れたら、もう既に脱出している……。俺はあらゆる物を創造出来るが、全能じゃねェ。出来ねェ事もあるさ」
『そうか。だが、仕方無いのだろうな。俺たちの宇宙とは違う異世界の"世界樹"。そこから空間を移動する創造は不可能に近い……』
シヴァの答えに歯噛みするドラゴン。
グラオがこの世界と行き来する出入口を創れたので完全に不可能とは言いにくいが、シヴァからすれば世界から世界へ繋がる出入口を創るのは難しいようだ。
元々シヴァの役目が宇宙を破壊し、新たな宇宙を創造する事なので異世界のように多元宇宙レベルとなると範囲外なのだろう。
仮に異世界や多元宇宙へ行けたとしても、それはシヴァ自身が生み出した宇宙くらいだ。
「破壊と創造。真逆のようで、何かを生み出すという点では似ている二つの力。それは便利だね。私も欲しいよ、その力が」
「『…………』」
突如として話し掛けて来る、一つの声。それを耳に入れたシヴァとドラゴンは話し掛けて来たのが誰かを理解しており、特に驚かずそちらを向いた。
元々気配は感じていた。なのでその影の持ち主が話し掛けてくる事も想定の範囲内だ。
「よォ。白髪の奴。何の用だ?」
「フフ……是非とも君達一人と一匹の力を見ておきたいと考えてね」
威圧するシヴァの問い掛けに、何でも無いように返すヴァイス。全世界を統べる支配者の数、二人と二匹。その半分を前にしてもこの態度を取れるとは中々のものだろう。
その言葉と同時にシヴァとドラゴン。ヴァイスは構える。
九つの世界・"世界樹"にて行われる六日目の戦争。その戦争に置いて、両陣の主力が着々と出揃いつつあった。




