五百七十五話 ラグナロク・六日目の朝
──日が昇り、創られた"世界樹"の世界に六日目の朝が来た。
それと同時に起きていた主力。眠っていた両主力たちが動き出し、各々で準備を整える。
そのうちの一つ、巨人の国"ヨトゥンヘイム"にある館"スリュムヘイム"前にて魔族・幻獣。そしてライたちが集まっていた。
既に陣形は作られており、何時でも出陣出来る状態だった。
『よし。皆の者、昨日の疲労も抜けぬ中朝早くからよくぞ集まってくれた! 此処に集まった兵士の半数は戦闘では無く、出口捜索に当たって貰う! 昨日、魔族の国の主力であるキュリテ殿が大凡の位置を見つけたらしいとライ殿から教えられた! よって! その場所を中心に捜索し、元の世界へと戻ろうという事だ!』
「「「オオオォォォォ!!」」」
『『『オオオォォォォ!!』』』
その出陣は戦闘では無く、出口の捜索をメインとした部隊。
指揮は最年長支配者のドラゴンが行っており、それに反応するよう他の兵士たちが大きく雄叫びを上げた。
主力を兵士たちに同行させ、捜索隊を護衛しつつ出口を探す。それがドラゴンたちのやり方だった。
十中八九戦闘になると考えれば、それに備えた兵力の配分は正しい行動だろう。
「向こうの準備は終わったみたいだな。俺たちも俺たちで出陣するとしようか」
「うん。けど、驚いたよ……この"世界樹"があと少しで崩壊するなんて……」
「ああ。確かに考えられる事態だが、まさかそれがもう始まっているとはな」
ドラゴンが兵士たちを纏める一方で、ライたちは昨晩の事について話していた。
あの後話し合った事には当然オーディンや"世界樹"崩壊の事もあり、それはシヴァたち支配者も聞いている事。だからこそ出口捜索により力を入れている布陣なのだろう。
『やるべき事は決まっている。皆の者、心して掛かるように!』
「「「はっ!」」」
『『『はっ!』』』
最後に指示を出し、纏まっていた兵士たちは全員が一糸乱れぬ動きで整列して歩み出す。
それを見届けるライたちはライたちで行動を起こしていた。
「じゃあ、俺たちは敵の主力を探しに行くか。出口の場所に誰が何人配置されているのかは分からないけど、捜索に支障を来す訳にはいかないからな」
「うん。なるべく早く見つけて、捜索隊から気を逸らさなきゃね」
ライたちのやる事は、兵士の護衛。
戦う為の兵士に護衛というのはおかしな話だが、主力と通常兵士では実力が違い過ぎる。なので数の多い兵士たちに捜索を任せ、主力と戦う行動に移ろうとしているのだ。
ライたちと主力たち。そして兵士たち。彼らは各々の行動を持って動き出した。
*****
──"九つの世界・世界樹・第二層・ヴァイス達の拠点"。
ライたちの拠点である巨人の国"ヨトゥンヘイム"。
そこから離れた場所にある森を拠点とするヴァイス達も行動へと移っていた。
現在、この場には既にヴァイス達。魔物の国、百鬼夜行の主力が揃っている状態だ。
此方もライたちと同等、何時でも出陣出来る体制であった。
「さて、何やかンやこの戦争も六日目に突入か。互いの戦力はある程度削られたけど、それは兵士と生物兵器くらい。主力は誰一人欠けていない。厄介だね」
「そうだな。それに、此方は生物兵器の研究施設が破壊されたから元々居た数で戦うしかねェ。ヴァイスの話だと、出口の存在が明らかになったんだろ? 相手の主力が集まっているだろうし、今更研究施設を再生させても意味ねェだろうな。主力と戦える機会が多くなるってのは良いが」
そんな中、ヴァイスは自軍の兵力について話していた。
シュヴァルツの言うように生物兵器は"世界樹"ではもう作れない。主力の数も向こう側が圧倒的に多いので、シュヴァルツからすれば嬉しいらしいが戦争を続けるという意味では中々に大変そうなのが気掛かりなのだろう。
『フン。余はどちらでも良い。怒りよりも今は純粋に侵略者との決着を付けたくなった。この世界が滅びるのならばさっさと赴きたいところだ』
「物騒な事を口走る。まあ、儂も昨日は後半の戦争に参加出来なかったからの。今日は真面目に参加するとしよう」
ヴァイスとシュヴァルツの横で、テュポーンとぬらりひょんが互いに自分の意思を示す。
テュポーンはライとの決着を目的とし、ぬらりひょんは昨日の途中から見学しかしていなかったので今日は真面目に戦闘を行うと決めているようだ。
「フフ。皆やる気があるね。それは良い事だ。私もまだ力を使い切れていないから、今日は最前線で戦おうと考えている。この力を使い塾した時、新たなステージへと行けそうだ」
「ハハ。僕もライとの決着が残っている。勿論、テュポーンやロキともね。今から今日が楽しみだよ」
「全く……ヴァイスまで好戦的な性格になっちゃったんだね。グラオやシュヴァルツは元々。話していないけどゾフルもそう。ハリーフは分からないけど、どんどん好戦的に染まって行くなぁ」
それらの会話を聞き、呆れたように話すマギア。
ヴァイスは元々好戦的な性格では無かったが、様々な種族の力が混ざり合った事で好戦的な性格となった。それが気になっているのだろう。
確かに目的からして戦闘は避けられないが、好戦的過ぎるのは少し問題があるかもしれない。
ヴァイスの取り込んだ生物兵器は好戦的な魔族と魔物の成分が強めなのでこうなってしまったようだ。
そんなマギアの呟きに対し、そちらを向いたヴァイスは一つ訂正を加える。
「いいやマギア。私は別に好戦的では無いさ。今回は悪魔で力を試すのが目的。確かに鍛えれば更に強化されるだろうけど、鍛える時間は勿体無いからね。今回は戦争だから戦うだけ。ある程度調べ終えたら本来の目的の方に力を入れるつもりだよ。……ふむ、けど確かに他の種族の成分が強いらしい。長く語っている自分が徐々に面倒臭く感じてしまう。癖だから中々抜けないだけなンだけどね」
「長々と語るのは相変わらずだね……。見た目が変わっても中身が変わらないのは何となく嬉しいけど、何か違和感」
ヴァイスは別に、好戦的になった訳では無いと話す。
他の種族の成分の所為で性格やその他諸々の事柄に些かの変化が生じているが、根本的な性格は変わらないとの事。
確かに長く話す癖も抜けず、話し方も一部のニュアンスを除いて変化無し。
それは面倒臭い性格だが、マギアが慣れたのもあってどちらかと言えば変化の少ないヴァイスの存在は嬉しいようだ。
「さて。勝手に仕切るけど、一先ず話し合いは此処までにしておこうか。戦いたい者たちは多いからね。後は配置の確認……多分相手は出口付近に多くの主力を派遣するだろう。だから、私たちが護衛を配置すると詳しい位置がバレてしまう。一部の主力が遠方から見張るという形で良さそうだ」
ヴァイスの言葉に、他の主力も頷く。
出口を見つからせぬよう、そこを護る為に主力を配置したとしても逆にそれが理由で出口の存在が明らかになるかもしれない。
それを懸念し、直接的な位置取りでは無く遠方から見張るように配置する方向で話していた。
確かにそれなら出口が見つかるリスクも減る。それも時間の問題だが、ライたちと戦いたい者が多いならばほんの数分稼ぐだけで十分満喫出来るだろう。
「じゃあ、行こうか」
最後に話、不可視の移動術や移動道具で巨人の国"ヨトゥンヘイム"に向かうヴァイス達と魔物の国の主力。百鬼夜行。
その国に全主力が揃った時、愈々六日目の戦争が開戦の合図を告げる事だろう。
その後拠点としていた場所から、一瞬にしてヴァイス達は消え去ったのだった。
*****
──"九つの世界・世界樹・第二層・巨人の国・ヨトゥンヘイム"・研究施設跡地。
陣形を組み"スリュムヘイム"から発った主力を含めた兵士たちは、一、二時間掛けて研究施設の跡地へとやって来た。
早朝直ぐに歩み出したが如何せん距離があるのでこれ程の時間が掛かってしまったのだ。
元々巨大なこの国。本来なら更に数時間は掛かるのだろうが、鍛え抜かれた兵士たちなのでこの時間で行けたのだろう。
到着した兵士たちは早速研究施設跡地の瓦礫を魔法・魔術や己の力で撤去し、探しやすい空間を作っていた。
「敵の姿は無いみてェだな。チラホラ気配は感じるが、様子を窺っているだけらしい」
『そうだな。だが、確かに無闇に姿を現さないのはこの状況で合点が行く。姿を見せれば、そこに何かがあると教えているようなものだからな』
瓦礫を撤去しつつ、周りを見渡して敵の姿が近くに無いのを考えるシヴァ。ドラゴンの言うように、出口の場所を教えぬ為という事も兼ねて簡単には姿も見せるつもりは無いのだろう。
しかし他にも主力は居る。その主力が敵の捜索をしているので、姿を見せないならばそれで良いと作業に移った。
そんな作業の場所から数キロ程度離れた場所にて、ヴァイス達はシヴァたちの様子を見ていた。
「やっぱり来たね。支配者が二人も居るなンて。かなり警戒しているみたいだ」
「つか、支配者二人って世間に知られている最強の存在の半分が来ているって事じゃねェか。それはまあ嬉しいが、ライが居ねェのが気掛かりだ。ってェ事は別動隊か」
「それを聞いてグラオが何処かに行っちゃったわよ」
『テュポーン様もだ』
マギアとアジ・ダハーカの言葉を聞き、不敵に笑うヴァイスと苦笑を浮かべるシュヴァルツ。
主な目的はライなのでヴァイス達最高戦力の一人と一匹がそちらに向かったのだろう。ヴァイス的には力試しが出来れば良いのでライについてはあまり気にしていないらしい。
「で、どうするんだ? 主力が居る事は知っていたが、支配者二人。実力で言や俺よりは確実に強いだろうぜ」
「そうですね。私よりも圧倒的に強いでしょう」
好戦的なゾフルも、流石に支配者が相手では分が悪いらしい。ハリーフも同等、支配者と渡り合えそうなのは大天狗、アジ・ダハーカ、そしてヴァイスにマギアくらいなものだ。
元より、アジ・ダハーカは支配者に三匹と一人掛かりでも苦戦した。そして勝ててはいない。大天狗も支配者とは戦っていない。
何はともあれ、ヴァイス達にとっては些か不利な状況かもしれないだろう。
「取り敢えず、各個別に仕掛けるとするか。他にも主力は居るンだ。一人一人が強敵……各個で撃破した方が効率的だ。……まあ、私たちはライたちに勝ち切った事は無いけどね」
「それを言うなよ。それに、善戦はしているし一人が相手なら勝利した事もある。特にテメェは昨日ライ以外を打ちのめしたじゃねェか」
「そうかな。まあ、結局ライには敵わなかったからね。どちらにせよ、一筋縄では行かない相手という事は変わらないさ。今の私でもね」
研究施設跡地にて捜索を行うシヴァたちを見ながら自分達の行動を考えるヴァイス。
元々、ライたちとの戦闘で優位に立てど完全に勝利を収めた事は少ない。なので自然と、行動に移るとしても慎重になってしまうのだろう。
「まあそれはさておき……早く行動に移るか。敵は此方に来ないだけで、私たちの居場所は既にバレているだろうからね」
「ハッ、そうだろうな。さっさと片付けるのが吉だ。後、グラオみてェにライたちを探すのも良い」
研究施設跡地に居るシヴァたちの方を向き、己が狙う主力に目を付けて動き出すヴァイス達一同。
研究施設跡地にて出口を探すシヴァたちと敵の主力を探すライたち。ライを狙うグラオ、テュポーンにシヴァたちやライの仲間たちを狙うヴァイス。
"終末の日"の六日目。今日もまた、両陣にとって忙しなく苦しい一日となりそうだった。




