五百七十一話 ヴァイスとの邂逅
ヴァイスの実験とレイたちの戦闘が続く中、"世界樹"の主神オーディンが何処かへ消えた建物内にて行われていたライたちの戦闘も、建物の外へと場所を変えながらも続いていた。
「オラァ!!」
『洒落臭い!!』
「"恒星衝突"!」
『はあ!!』
「ハハ! 盛り上がっているね!!」
『私はそろそろ消えたい気分だ』
──より激しさを増して。
ライは魔王の七割に自分の力を上乗せした、実質十割の力で拳を放ち。
テュポーンは更に巨大化させ力を込めた両巨腕を大きく振り抜く。
そしてシヴァが一つの恒星を創造し、それを叩き付けるように放つ。
ドラゴンはその巨体を光の領域を超越した速度に加速させて突進する。
グラオがそれなりの力で蹴りを放ち。
自分が此処に居るのは場違いなのではと困惑するロキが小さな太陽を彷彿とさせる炎の塊を放った。
それらには惑星を崩壊させる程の力が込められており、全てが衝突すると共に凄まじい爆発を巻き上げ、第二層の世界の一部を完全消滅させた。
その範囲は銀河系の十万分の一。即ち太陽系並みの範囲であり、仮に巨人の国で放っていたらその国と周囲の数十億キロが崩壊する程の破壊力だった。
「流石の破壊力だな。オーディンにこの世界が滅びると言われてから、確かに少しずつ力を解放しているらしい」
『フン。まだまだよ。如何せん、この世界を壊してしまえば余が存分に力を発揮出来なくなるからの。多少加減しつつ、頃合いを見て本気になろう』
「頃合いってのは世界崩壊の直前かな。まあ、確かにまだ本気を出さないのは僕も同じだけど」
ライ、テュポーン、グラオの会話。その内容は本気の有無について。
本気を出せば、宇宙や多元宇宙を破壊出来るライたち。しかしそれを使った場合、ライやシヴァ、ドラゴンの仲間たちが死する可能性がある。グラオとテュポーンが仲間をどう思っているのかは分からないが、ライたちは仲間が居るのでその力を出せないのだ。
ロキは仲間など居ないので気にする事も無いが、そもそも、もう既に全力に近い力を使っている。なのでどうしようもないというのが心境だろう。
「なら、本気を出される前に此方から更に攻めるか……!」
ライが何も無くなった空間で光の領域を飛び出し、テュポーンに向けて拳を放つ。
それを巨腕で受け止めるテュポーンだが、実質十割の力を受け止めるには少し難しいらしく、殴られた衝撃の余波で数千キロ吹き飛んだ。
宇宙や多元宇宙を砕ける本当の十割には程遠い力だが、それでも十分な威力が秘められていた。
「ハハ。もっと遠くなら力を使えるかもね……!」
「……ッ!」
その背後からグラオが蹴りを放ち、ライの身体をテュポーンの方向へ吹き飛ばす。
しかしその距離はテュポーンよりも更に遠く、惑星並みの大きさはあるであろう山を粉砕して遠方へ飛ばされた。
「後ろからか。まあ、ライも気付いていて受けたんだろうがな。"惑星の隕石"」
惑星を創造し、それをグラオに向けて放つシヴァ。
それは今までのように力を抑えた小さな惑星では無く、本来の大きさからなる惑星だった。
既に太陽系の範囲が消滅しているこの世界の一部。周りに仲間はライとドラゴンしかいないので惑星をぶつけても問題無いと踏んだのだろう。
その隕石はグラオに当たり、砕けて消え去る。そこへシヴァが空気を蹴って駆け出し、直接殴り掛かって嗾けた。
それをグラオは正面から受け止め、ライたちの吹き飛んだ方向へと飛ばされる。
『やれやれ。滅茶苦茶しているな』
それを見ていたドラゴンは呆れつつ、己の速度を上げて後を追う。
『確かに幹部クラスとは規模が違うな。これが今の支配者か。昔の支配者にも比毛を取らぬ力を有している』
それらのやり取りを見、空中にて炎で浮かんでいたロキは実力を見て過去の支配者たちと比べていた。
一応千年以上前にも"支配者"という制度があった事は知られている。その者達とロキが会った事あるのかは分からないが、過去の支配者もかなりの実力者だったらしい。
『さて、私はどうするか……』
先に行った者たち。その、当に消え去った背中を見届けてどうするか思案するロキ。
あの中でロキは下の方に位置しているだろう。全盛期なら今よりは張り合えただろうが、数千年のブランクと目覚めて二、三日という今のロキでは着いて行くのがやっとだった。
『まあ、参加したのは私の意思。止めるのも自由。一先ず今はまだリハビリがてら行くとするか』
危なくなれば逃げれば良い。実に合理的で確かな考え。
その考えを持ち、ロキはライたちの後を追って行くのだった。
*****
「そら!」
「オラァ!」
グラオの蹴りと、ライの拳がぶつかった。その衝撃が周囲を揺らし、惑星のサイズ程の範囲を消し飛ばす。
その背後からはテュポーンが二人に狙いを定めており、それをシヴァが惑星の壁で防いだ。
腕の一薙ぎでシヴァが護りに用いた惑星は消し去れたが、ライを守護する事は出来たようだ。
『チィ。邪魔をしおってからに、シヴァ……!』
「ハッ。折角の戦争だ。ライだけじゃなく、俺にも胸を貸してくれよ」
撓る巨腕を戻し、シヴァを睨み付けるように話すテュポーン。シヴァは余裕のある態度で返し、挑発するように掌を己の方へ捻って返す。
それはテュポーンの逆鱗に触れるには十分過ぎたらしく、怒りを露にするテュポーンが怒鳴るように話す。
『フン。下らぬ挑発をしおって……! 貴様に余の力を見せしめ、勇気と無謀が如何に違うかを教えてしんぜよう……!』
「ハッハ。勇気を振り絞るのは格上の相手に対してだ。格下や同等の相手にゃ勇気や無謀って言葉を使う必要もねェ。ま、要約すりゃただの作業だな」
『口だけは達者のようじゃな。その言葉が貴様の死期を早めているとも気付かず哀れよのう』
「勝手に殺すな」
巨腕を左右から打ち付け、それを見切って躱したシヴァが同時に惑星を創造して空から降ろす。
創造された惑星はテュポーンの一突きで打ち砕けて塵となり、星の死滅の爆発と同時に広範囲を巻き込んだ。が、ライたちは星爆発程度の余波ではダメージを受けない。
巨人の国からも惑星複数個分は離れているので、大した影響は無いだろう。
『各々の相手が再び決まったらしい。ならば、俺は余りモノを止めておくか』
『誰が余りモノだ。余ったというのなら、お前もそうだろう。老いし龍よ』
惑星崩壊の爆発の中。口から炎を吐き付け、ドラゴンがロキへ攻め立てる。対するロキは己を炎に変えて炎のトンネルを作りドラゴンの炎から抜け出した。
それと同時にロキがドラゴンの周りを炎で包み、それを翼の一羽ばたきで消し去るドラゴン。次の刹那にその羽ばたきで加速し、ロキの身体に突進した。
それをロキは姿を炎に変えて躱し、炎の片手を伸ばしてドラゴンを焼き締め付ける。だがドラゴンはそれを軽く抜け出し、一気に距離を詰めて身体を切り裂く。炎その物になっている身体は切断されてもダメージは無いが、攻撃し続ければ相手に攻撃する暇を与えずに済むだろう。
『だが、余りモノと言ってもかなりの実力者なのは他の者達と同じだな。エラトマを連れる少年とカオス以外私に攻撃を当てる事は出来ないみたいだがな』
『エラトマ……? そういえば、オーディンも何かを言い掛けていたな。エラトマと言えば、既に表の世界から殆ど消えた名……最悪の存在を示すものと先代の支配者から聞いた事がある』
『知らないらしいな。仲間だから既に知っていると思ったが……。しかし、長く生きた者ですら知る者の少ないエラトマという名は知っているのか。老兵とは言え、流石は支配者という事か』
ロキが告げたエラトマ。つまりライが宿す魔王。
ドラゴンはエラトマがその魔王の名であるという事は知らないみたいだが、忌み名である事は知っているみたいだ。
『エラトマを連れる少年とはライ殿の事か。気になるが、今は気にしている暇もないな』
『フッ。私からしてもどうでも良い事だ』
炎の身体と龍の肉体が衝突して周囲に衝撃を散らす。それによって広範囲が消え去り、大地に大穴を空けた。
その穴から炎が噴き出し、ドラゴンとロキが向かい合う。
「「そらっ!」」
『『……!』』
そこへライとグラオが近付いており、光の領域を超越した速度で駆け抜けた。
それから数分遅れて爆音と熱が響き渡り、周囲を大きく抉ってドラゴンとロキを巻き込んだ。
『ライ殿……!』
「悪い、ドラゴン。邪魔したか?」
『いいや、大丈夫だ。それより、来るぞ』
グラオとロキが一人と一匹に向かい、ライとドラゴンはそれを避ける。その最中にグラオはロキへ嗾けるが、己の身体を炎へと変換させたロキに避けられたようだ。
そして避けた一人と一匹はそちらに向き直り、
「ハッ! この程度か!」
『フン。下らぬ!』
シヴァとテュポーンが通り抜け、巻き込まれて吹き飛んだ。
全員空中にて停止し、シヴァとテュポーンを見やるが次の刹那に二つの巨腕が見境無く迫り全員を巻き込んだ。だがそれを受け止め躱し、ライ、シヴァ、ドラゴン、グラオ、テュポーン、ロキの全員が互いに攻めた。
そしてグラオの腹部にライの拳が。テュポーンの胴体にシヴァの拳。ロキの身体にドラゴンがぶつかり、数億キロを進んで再び巨人の国"ヨトゥンヘイム"へと戻る。
その途中でグラオ、テュポーン、ロキも抵抗してライたちを弾き、下方に落下して粉塵を巻き上げた。
「一気に飛んだな。まあ、途中で勢いを殺したから味方を巻き込む事は無かったけど」
『フン。別に巻き込んでも良かっただろうに。敵も味方も関係無い』
「つーか、此処は何処だ?」
ライとテュポーンの話す横で、周りを見渡しながら呟くシヴァ。
光の速度を超えてかなりの距離を吹き飛んだので、場所が分かっていなかった。飛んでいる途中で見た光景から巨人の国という事は大凡分かっているが、詳しい位置が分からないので見渡していた。
周囲にあるのは複数の瓦礫。戦闘の跡。そこまでならばこの国全域がそうであるが、そこに居た者たちから理解する事になる。
「レイ! エマ! フォンセ! リヤン! キュリテ!」
「あ、ヴァイス」
──傷だらけで地に伏せるレイたちと、異形の姿をしているヴァイスから。
意識があるのかは分からないが、夥しい量の血液と複数の肉片。肉片はエマのかもしれないが、レイたちの出血量もかなりのものだった。
「やあ。グラオ。そしてライに支配者の皆さン。こンにちは。良い戦闘日和だ」
「ヴァイス……!? な、なんだよその姿は……! レイたちをやったのはアンタか!」
「フフ……」
ライがヴァイスへ気になる事を二つ言い、ヴァイスは不敵な笑みだけを浮かべて返す。
その様子からレイたちの大怪我の犯人はヴァイスという事で間違い無いのだろうが、妙に異質な存在感を放っていた。
「……っ。ライ……」
「レイ! 大丈夫か!?」
「うん……私は平気……他の皆は……」
「多分生きている。微量な気配は残っているからか……!」
「そう……良かった……」
途中で目覚め、ライに他の皆は無事かどうかと言葉を発するレイ。
ライも確認していないので生死は分からないが、微量な気配を感じているので恐らく無事であると考えていた。
いや、微量な時点で無事では無い。何とかこの場を収めなければ手遅れになるかもしれない。
「なあ、アンタ……ヴァイスで合っているんだな?」
「……?」
再び意識を失ったレイをそっと寝かせ、ゆっくりと立ち上がってヴァイスを睨み付けるライ。
先程の会話を聞いていなかったのか。とでも言いた気な表情をしつつヴァイスは不敵な笑みで返した。
「……ああ、そうだ」
「──なら、アンタを消し飛ばす……!」
「……!」
言い切るよりも前に、魔王の力を更に上乗せしたライがヴァイスの顔面に拳を打ち付けた。
それを受けたヴァイスは少し後に自分がたった今殴られたと理解し、成す術無く遠方へと勢いよく吹き飛ぶ。
光の領域を超えて吹き飛んだヴァイスは複数の瓦礫を舞い上げて進み、
「オラァ!!」
「……ッ!」
数十メートル先のところで、光を超えた速度のヴァイスに一瞬にして追い付いたライが腹部へ膝蹴りを放った。
膝蹴りを受けたヴァイスは大地に埋め込められ、巨大な轟音と共に大穴が空いて奈落の底へと落下した。
魔王の八割とライの力。それは宇宙の四分の一の範囲を持つ第三層の世界を崩壊させた一撃だが、第二層の世界が崩れるようには見えなかった。
それでも数キロを沈める程の破壊だが、何京分の一にまで力が圧縮されているのかは分からない。
「へえ。さっきまでのライは何だったのかって思う程に力が込められているね。まだまだ楽しめそうだ」
その一瞬にして行われたやり取りを見、面白そうに呟くグラオ。
一方で、ライの猛攻はまだまだ続く。
他の支配者たちとロキ。グラオにライはレイたちとヴァイスの居た研究施設跡地に到達した。
その研究施設跡地にて、他の支配者たちを余所に怒りを込めるライとヴァイスの戦闘が始まった。




