五百六十二話 第二層に集った魔族と幻獣の主力
ライたちと支配者たちとレイたち。この者たちが戦闘を行っている最中にも、他の主力たちの戦闘が続いていた。
その中で新たに加わった、第三層から落ちてきた者たち。第三層にて百鬼夜行、ヴァイス達と戦闘を行っていた幻獣の国の主力はガルダと合流していた。
『いきなり空から落ちてくるとはな。一体どういう了見だ?』
『我が義兄弟、斉天大聖も居るな。あの土塊の量。第三層の世界が崩れたというのか……?』
しかし当のガルダと、その相手である牛魔王は突然の事態を飲み込めない様子だった。
確かに急に空が割れて上から幻獣たちや妖怪達が降ってくるというのは想像に難しいだろう。熟練のガルダや牛魔王ですら驚く程なのだから。
『たまたま落ちた先がガルダと牛魔王の前とはな。ドラゴンとは途中で離れてしまったが、ある意味正解を引いたのかもしれないな』
『そうだな。侵略者や百鬼夜行を引き連れてしまったが、戦力差に大きな違いは無さそうだ』
今此処に居るのは支配者を除いた幻獣の国の全主力と、敵対するヴァイス達に百鬼夜行と牛魔王。
主力の数的に言えば両者は五分と五分だが、幻獣たちに質の良い個々の実力があっても少々大変そうな状況である。だが、幻獣たちはその程度の差を大きなものとは考えていなかった。それは当然、ヴァイス達も同じく。
数の同じ敵に同じ数で勝利する事は当然可能。それは両者に言える事だが、最悪の場合は此方が少なくとも行けるかもしれない。敵のレベルが高い程様々な作戦が必要になるが、素の能力がかなり高水準な幻獣たちならば力押しでもいい線行けるだろう。
「やれやれ。私たちも舐められたものだね。確かに私の能力はサポートに向いているけど、これでも主力なんだ。舐められ過ぎるというのも気分が良くない」
「右に同じだ。テメェらは自分達の方が上と考えているみてェだが、俺からすれば俺の方が強いと考えている」
その言葉を聞いたヴァイスが、全く気にしていない面持ちをしながら然も気にしているかのような口振りで話す。自分達の数が少なくとも勝てるという自信はヴァイス達にもあるようだ。
隣のシュヴァルツは先程の、フェンリルと孫悟空の言葉に腹を立てていた。挑発に乗りやすいタイプなのかそうでは無いのか不明だが、傲慢な態度に腹を立てたという事が最もらしい理由だろう。
『牛魔王か。久し振りに会ったな。相変わらず元気そうだ』
『ブヒ。実に数千年振りだね……!』
『捲簾大将と天蓬元帥か。久しいな。相変わらずキザな佇まいと二足歩行の豚だな』
『ブヒ! 僕に対する態度って全員同じなの!? さっき酒呑童子に。前には味方からも似たような事言われたし!』
その一方で、数日前に出会った孫悟空はさておき、久々の対面を果たした沙悟浄と猪八戒が牛魔王に向けて話していた。
沙悟浄や猪八戒も、天竺を目指す旅にて牛魔王と会っている。その強さも理解しているので視界に映し、相手の出方を窺うという意味合いを持たせて話し掛けたのだろう。
対する牛魔王は余裕のある悠然とした佇まいで不敵に笑い、挑発と揶揄いを織り交えたように話していた。仏に近い存在を前にしてもこの態度。そうそう取れるものではない筈だ。だが、何度か敵対している牛魔王だからこそ取れる態度だろう。
『さて、そんなどうでもいい事はさておく。此処に来た以上、纏めて相手をしなくてはな。覚悟は良いか、捲簾大将に天蓬元帥よ』
『どうでもいいって! もう怒ったよ!』
『フッ、始めから戦うつもりだ』
ガルダと戦っていた牛魔王だが、知り合いである沙悟浄と猪八戒に注意を移した。
というのも、出身の近い者同士なので会話をしやすいというのもあるのだろう。敵とはいえ古くからの知り合いなのだから。
『ふむ。牛魔王の相手を彼らが努めてくれるのなら、私は少し休みたいところだ』
『だが当然。そんな事は無いだろうぜ。主力の数は互角なんだからな』
『ああ。心得ている。基本的に一人で一人を打ち倒すのが目安になりそうだ。敗れたら此方が一気に不利になる』
沙悟浄、猪八戒と牛魔王の会話を見、少し休みたいと呟くガルダ。
しかし孫悟空の言うように敵が多い。
幻獣の国の幹部と側近衆がフェンリル、ワイバーン、ドレイク、ニュンフェ、ガルダ、ユニコーン、フェニックス、孫悟空、沙悟浄、猪八戒の五匹と五人。ドラゴンがガルダに変わったくらい。
敵の主力がヴァイス、シュヴァルツ、マギア、ゾフル、ハリーフ。ぬらりひょん、大天狗、九尾の狐、酒呑童子。牛魔王の九人と一匹。
牛魔王の数が増えた事で丁度"十"と"十"になったので休んでいる暇は無いようだ。それを理解しているガルダも本気で言った訳では無く、戦う気はあるらしい。
『じゃあ、俺はさっきみてえに大天狗と戦うとするか』
『なら、私は沙悟浄殿と猪八戒殿が相手をしていた者と戦うか』
『やれやれ。舐められたものよのぅ。神鳥とはいえ、妾たちを纏めて相手にするつもりらしい』
『まあ、豚よりは手応えがある筈だ。最も、我一人でも良いがな』
沙悟浄、猪八戒と牛魔王が話しているので、沙悟浄たちが戦っていた相手は自分が努めると返した。
対する九尾の狐と酒呑童子は、己の力に自信を持っているので一人を相手に二人で掛かるという事が少し気に食わないようだが、牛魔王と相対する沙悟浄と猪八戒が二人掛かりという事も踏まえて仕方ないと考えているのだろう。
「じゃあ、私たちも行動に移るか。第三層の全てが落下したと考えれば、当然他の主力や番を任せていた完成品たちも落ちてきていると推測出来る。それは支配者達やライ達もね。そして此処は周囲の景色からするに巨人の国"ヨトゥンヘイム"。何はともあれ、ただじゃ済まない戦いが起こるのは簡単に考えられるだろう。……フフ、生物兵器の完成品が落ちてきたのは都合が良いけどね」
百鬼夜行の幹部と向き合う孫悟空たち。そして牛魔王に構える沙悟浄と猪八戒。
それを見たヴァイスは軽く周囲を一瞥した後、此処が何処かを見抜き生物兵器や事を考えつつ不敵な笑みを浮かべて呟いていた。
「ハッ。俺は賛成だ。大きな戦いが起こるのは嬉しいからな」
「全く。貴方たちはやる気があり過ぎね。まあ、幻獣達の中にもお気に入りは居るからいいけど」
幻獣の主力と百鬼夜行幹部、牛魔王の戦いに参戦するヴァイスとシュヴァルツ、マギア。ゾフルとハリーフも参加しており、第二層に落ちた直後新たな戦闘が始まった。此方も熾烈を極めるものとなるだろう。
*****
幻獣たちと百鬼夜行。ヴァイス達の戦闘が始まる頃、巨人の居住区にも複数の大地と共に数人の主力たちが落ちていた。
建物の瓦礫は巨人の国"ヨトゥンヘイム"の物だけでは無く、第三層にある死者の国"ヘルヘイム"の物も複数顕在する。
それは降ってきた者たちが"ヘルヘイム"の方の居住区に居たので第三層が崩壊すると共にその国の建物が降り注いだのだろう。
「……。何があったのか分からねェが、第三層の世界で何かはあったらしいな」
その瓦礫と粉塵を見、ヘルとの戦いを中断したズハルが小首を傾げながら気に掛けていた。
空には穴が空いており、別の空が覗く。その空は暗く、どうやら穴と宇宙が直結しているようだ。
「ったく。急に落ちたな。何なんだ、一体……見たところデケェ建物が多いっ言ー事で、此処は第二層の世界か」
「さあ。けど恐らく、ライさんの仕業でしょうね。宇宙の四分の一の大きさを誇る第三層の世界。それを砕いて落とすとなれば、ライさんか支配者クラスの実力者くらいしか候補には上がりませんので」
その瓦礫から土に汚れた身体で現れる第三層の世界で出口を捜索していたブラックとアスワド。
急に地面に穴が空いて落ちたブラックたちは、空に空いた穴と周囲の建物から此処が第二層の世界であると考えていた。
「ブラックたちか。となると第三層の世界から降ってきたってのは当たり。じゃあ何故かって話だが……まあ会話から大体の事は察せる」
「何でブラックさんたちが?」
『魔族達が多いわね。魔族以外の主力が見当たらないから、別々で行動していたみたいね』
ブラックたちの姿を見、推測に信憑性が増した。シャバハは未だに呆気に取られているが、ズハルとヘルがこの状況を簡単に飲み込んでいるのは潜った修羅場の数が多いからだろう。
何はともあれ、ブラックとアスワド以外の、第三層に居たライたちを除く殆どの魔族。シター、サイフ。ブラックとアスワドを含め、半分の主力が姿を現していた。
しかしもう半分の姿は見えず、第三層に居た半数の主力がこの場に降ってきたのだろう。
「物音がしたから来てみれば、何なんだこの騒ぎは。主力が多数人揃っているじゃねえか」
「そうだな。だが、第三層の世界から来た割りにエマの姿が見当たらねえ。来た意味が無かった」
そんな音を聞き付け、近場で戦闘を行っていたウラヌスとブラッドが一時的に戦闘を中断して姿を現す。
だがしかし、ブラッドはエマの存在が無いのでもうどうでも良さそうな態度となっていた。
「テメェも来たのか、ウラヌス。ヴァンパイアはまだ倒してねェみてェだな。女神をまだ倒してねェ俺が言えた口じゃねェが」
「ハハ。倒しても倒しても再生するからな。不死身の生物ってのは嫌になる」
「大変そうだな、ウラヌスさん。死霊を貸すか?」
「いや、遠慮しておくよ」
「まあ、基本的には大丈夫だが、それでも致命傷になりそうな攻撃は全部避けているからな。重力ってのはかなり面倒なものだ」
『全く。たった一人の相手に手間取るなんて。怠けているんじゃないかしら』
一方で、空から降ってきたブラックから視線を剃らし、向こうからやって来たウラヌスに話すズハルとシャバハ。そしてヘルはブラッドに文句を言っていた。
大体の事情が飲み込めたのでそちらに注意を移したのだろう。
そんな降ってきた主力。その半分は、もう片方の戦闘が行われている場所に居た。
「あらあら。落ちた先に沢山の敵と味方が居るなんて。凄い偶然ね」
「そうだな、オターレド。だが、ブラックたちとは別れちまったようだぜ」
「オターレドさんとモバーレズさんを含め、此処に落ちたのは私たち四人のようだ。ラビアは回収したが目を回している」
そこに姿を見せ、周囲の状況を推測しつつ会話するオターレド、モバーレズ、ルミエ。ラビアは落下のショックで目を回しているそうだが、傷は無さそうなので大した事も無いだろう。
そしてそんな者たちへ、戦闘を行っていたシュタラたちの視線が向けられていた。
「……。何だか、大変そうな状況みたいですね。味方ですし手伝ってくれるなら頼りになりますけど……」
「「…………」」
『空が砕けたか……』
ヒュドラーとの戦闘を中断し、苦笑交じりの何とも言えぬ表情で窺うシュタラ。共に居たナールとファーレス。そして敵のヒュドラーは呆然としていた。
「オイ、見てみろよ! 向こうに主力が揃っているぜ!」
「いちいち騒ぐな……五月蝿くて面倒臭い……」
「だが、本当に第三層に行った奴らだな。空から落ちてきたぞ」
『フム、何やら騒ぎになっているな。空が崩壊したと考えれば当然か』
その光景を嬉々として見ているシャドウと、その声を喧しそうな表情で聞くダーク。ゼッルは何があったのか空を見て考えていた。
彼らの戦闘相手であるヨルムンガンドは冷静に状況を見極めて騒ぎの根元を考えているようだ。
『やはり、ちょっとした騒ぎになっているな。だが、丁度良い具合に主力の数が分断されている』
『なら、我らも二手に分かれて向かうとすふか?』
『それが妥当だろうな。自分は賛成だ』
『同じく。楽しそうだからな』
そして空を飛び、上空からそれを眺めるアジ・ダハーカとヴリトラ、ニーズヘッグ。空に届く程の巨体で歩きながら返すスルトが魔族の主力たちの落下地点に向かっていた。
そしてその会話から、そちらに向かう事はほぼ確定しているようだ。
「──まあ、取り敢えず……色々と手伝った方が良さそうって事には変わりねェだろうよ」
「そうですね。全員が支配者に匹敵する魔物の国の幹部……苦労しているみたいです」
ところ戻り、ブラックとアスワドが立ち上がって周囲の様子を見渡した。苦戦しているであろうという事は一目見て分かったので、その手伝いをしようという魂胆なのだろう。
此処から出口を探す為に戻ったとしても邪魔をされるというのは明確。ならば先に相手の幹部を倒す方が効率も良くなる事だ。
第三層の世界から落ちたブラック、アスワド、サイフ、シターとオターレド、モバーレズ、ルミエ、ラビアの八人。
そして元々戦闘を行っていたズハル、シャバハ、ウラヌスの三人。シュタラ、ナール、ファーレス、ダーク、ゼッル、シャドウの六人。此処に居ない主力も含め、全ての魔族がこの国に揃った。
参加している国全ての支配者。全ての魔族。全ての幻獣。全ての魔物。全ての妖怪。ライたちやヴァイス達を含めた、全ての主力たち。
宇宙の四分の一しかない第二層の世界にて、揃った全ての主力が織り成す"終末の日"は、刻一刻と終わりに向けて進んでいるのだった。




