五百五十六話 敵の拠点
──"九つの世界・世界樹・第三層・死者の国・ヘルヘイム"。
ドラゴンたちと別れたレイたちは、背後に広がる爆炎の熱気を感じ爆発を視線に映しつつも"ヘルヘイム"の街を駆けていた。
出口を見つけ出す事が先決の現状、その爆発を気に掛けている暇は無い。なので気にせず先に進む。
「ところで、出口がありそうなのはどの辺りだろうか。少なくとも敵の拠点近隣はドラゴンたちが捜索済みの筈……"ヘルヘイム"にあるというのも憶測だから分からないな」
その道中、取り敢えず出口っぽいものを探していたエマはレイたちに向けて訊ねるように話した。
敵の拠点は間違いなく此処"ヘルヘイム"だが、その何処に出口があるのか気に掛かったのだ。
それが見つからないので探している事を当然エマは理解している。しかし、宛も何も無さ過ぎるという現状が問題だったのだ。
「そうだねぇ……。私が"テレパシー"を使えば具体的な位置は分からないけどヒントは掴めそう……。だけどそもそも此処に居る兵士は生物兵器と下っぱ過ぎて場所が分からない兵士だし、主力に聞かなきゃならないかも」
「大凡の位置も分からない状態だもんね。本人の言うように宛を見つけるならキュリテの"テレパシー"だけど、主力に質問したらその意図が確実に読まれちゃうし聞き出すだけでも苦労しそう……」
そんなエマの言葉に反応するのはキュリテとレイ。
キュリテは自分の超能力、"テレパシー"を使えば具体的な場所は分からなくともヒントを見つけ出す事は可能と告げるが、そのヒントを見つけるには敵の主力クラスの思考を読む必要があるので少々難しいらしい。
確かに敵の主力と接触すれば戦闘は避けられない。思考を読んだ後、何とか隙を突いて"テレポート"で逃げたとしても既に一度逃げた今回は敵も追ってくるだろう。なので近付き、思考を読むという行動だけでも中々難しいのだ。
「となると闇雲に探すしかないか。まあ宛の無い事柄には慣れているが、やはり面倒ではあるな」
「じゃあ、私は一旦空からこの街を見渡してみるよ。一定の範囲を見れたら"千里眼"で探す事が出来るからね」
「じゃあ私も着いて行こう。空とはいえ、単独行動は危険だからな」
基本的に勘で探すと決めたエマと、それに納得するレイたち。その中で広範囲を探す為に空から探してみるとキュリテとそれに続くフォンセが名乗り出た。
超能力は万能に近い能力である。しかし当然、制約も多少はある。そんな超能力の中にある、遠くを見る能力──"千里眼"。
それは少しの情報があれば場を動かずとも周囲を見渡せるようになる能力で、広範囲の情報を視界と脳裏に入れる事で隅々まで見えるようになるのだ。
なのでキュリテは一度空から周囲を見渡し、"ヘルヘイム"の情報を得ようとしているのだろう。
「そうか。なら頼んだ。このまま立ち止まっていても事は進まないからな。私たちも近隣を探しておく。数分後に合流しよう」
「オーケー。エマお姉さま♪ じゃ、行こうか。フォンセちゃん」
「ああ。そうだな」
それならば超能力を活用した方が良いとキュリテの考えに乗るエマ。他の者からも異論は無く、サクサクと事が進む。
そしてフォンセが浮遊魔術。キュリテが"サイコキネシス"で自分の身体を浮かせて空中浮遊し、"ヘルヘイム"の上空へと移動した。
「んじゃ、俺たちは近隣を探しつつ少し分かれるか。一ヶ所に固まっていても仕方無いからな」
「そうですね。フォンセさんとキュリテさんが空から探すのならば私たちは地上でより詳しく探していた方が良さそうです」
フォンセとキュリテの行動を見ていたブラックとアスワドが話し合うように言葉を続ける。
此処に居るのは第一陣のレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人。
第二陣のアスワド、ルミエ、ラビア、シター。
第三陣のブラック、サイフ、モバーレズ、オターレド。
十三人も居るので、一ヶ所に纏まるよりかは離れ過ぎぬよう近隣に位置取りつつバラけて捜索する方が良いのは事実であろう。そしてこれにも異論は上がらず、決まるや否や第一陣。第二陣。第三陣のメンバーで固まりつつも少し離れ、近隣の捜索を開始した。
此処にも妖怪兵士や生物兵器の兵士達は居るが、今更大した脅威にはならない存在。軽くあしらいつつ捜索を続ける。
「此処には無いか」
「そうみたいだね。棚を退かしても、部屋を見て回っても何もないや」
「匂いも無い……。遠方にも無い……」
"ヘルヘイム"の街にある建物の中に入り、軽く漁るエマ。霧の深い国故に外に日差しは少ないが、昼間である以上何らかの影響はある。なのでエマは建物の中を中心に捜索していた。
因みにエマと共にレイとリヤンも居る。第一陣として固まっているので、必然的にこのメンバーとなるのだ。
まだ見ていない部屋は無いかと進み、そこでまた外れを引く。繰り返されるこの作業だが、敵と戦わない分幾らかは楽に行動出来ていた。
「此処にも無いね。敵の拠点近隣はドラゴンさんたちが既に探したみたいだけど、拠点には入っていないのかな?」
「「……?」」
建物の外に出て、考えるように話すレイ。
唐突に出たその言葉にエマとリヤンは小首を傾げ、二人に視線を向けたレイは言葉を続ける。
「だってほら、ドラゴンさんたちは捕まっていた訳でしょ? それで拠点の近くを探索していたみたいだけど、拠点に入ったとは言っていなかったからもしかしたら敵の拠点に出口があるんじゃないかと思ってね」
「……。成る程、確かにそうだな。考えてみれば簡単な事だった。拠点の近隣というだけで、拠点を見つけ出した訳では無い。なら、拠点に何かしらのヒントがあるというのは当然の事だ」
レイの言葉に、納得したような面持ちで返すエマ。
そう、ドラゴンたちは拠点の近くに捕まっており、拠点に入ったという訳では無かったのだ。なので敵の拠点となっている場所はまだ捜索していないという事である。
何が掴めるかは分からないが、少なくとも此処を闇雲に彷徨くよりかはそこへ向かった方が手掛かりが掴めるだろう。
そうと決まれば行動に移るのみ。後の問題は敵の拠点に続く道筋だが、
「レイちゃーん! エマお姉さまー! リヤンちゃーん! 大まかな"ヘルヘイム"の構造が分かったよー!」
「特に敵の襲来も無かった。ふふ、ツイているな」
──"千里眼"を使える超能力者が此処に居るのでその問題も既に解決済みである。
既に周囲を見渡し終えたというキュリテ。そのキュリテに頼めば宛も何も無い状況を打破する切っ掛けとなりうるだろう。
しかし確信は無く、出口がこの辺りにある可能性も当然残っている。なので第二陣の主力たちと第三陣の主力たちにはまだ此処等辺の捜索を任せても良いだろう。
「──という事で、頼めるかキュリテ?」
「うーん。難しいけど、多分大丈夫。敵の拠点にありそうなモノを教えてくれればそれを手掛かりに探せるかも」
キュリテたちが降りて来るや否や、概要を説明して話すエマ。
キュリテ曰く探すのは少しばかり難しいようだが、ヴァイス達の持っているモノなどを知れれば探せるらしい。具体的なモノというのは分からないが、簡単に言えば手掛かりのようなものだろう。
「ふむ。手掛かりか……。奴らは生物兵器を複数所持している。これはヒントにならないか?」
「生物兵器ねぇ……。うん。生物兵器を作るにも材料や場所が必要かもしれないし、この世界に似付かない施設みたいなものを探してみるよ」
ヴァイス達の持っているモノと言えば生物兵器くらいしか思い付かない。そしてその、多数の犠牲からなる生物兵器ならば大規模な施設が必要と考えたのだろう。
今回の"終末の日"でも複数の生物兵器が消滅している。リスクの多い生物兵器が無限に放出できる訳が無いので、そこから推測出来るモノが施設という訳だ。
それは悪魔で推測なので断定出来る事では無いが、無かった宛が見つかったのでキュリテは超能力に集中する。"千里眼"を使用し、"ヘルヘイム"の国を見渡した。
枯れ木に深い霧。鈍色の建物。そして濁った河川。全部を見て回るには時間が掛かりそうだが、"千里眼"で見るだけならば問題無い。暫し目を瞑っていたキュリテはハッと目を開き、レイたちに視線を向けた。
「見つけたよ。エマお姉さま。この世界に似合わない場所……此処から北に数キロ。少し離れているね」
「数キロか。具体的な距離を測れないのは仕方無いとして、少し遠いかもな。ほんの数キロだが、此処が敵地であると考えれば他の者たちと離れ過ぎているかもしれない。まあ、それでも数分で行ける距離だ。少し調べた後で戻れば良いか」
キュリテが見たのは、北の数キロ先にある施設らしき物との事。
実際、生物兵器のように精密な生き物を作り出すのはかなりの労力や資金を消費するだろう。なので相応の施設があるのは何も不思議では無い。
距離からしてもあまり離れておらず、敵地である事を除けば問題無く進めるだろう。敵地なので味方と数キロ離れるのが心配なだけである。
何はともあれ、エマたちの答えは既に決まっていた。
「良し。そこへ向かおう。もしもの時は"空間移動"の魔術かキュリテの"テレポート"もある。そこに行く事で生じそうなリスクも多少はあるが、元の世界に帰る出口以外にも得られる者は多そうだ」
「「うん……!」」
「ああ……!」
「うん!」
ヴァイス達の、本当の拠点に進む事を決めたエマたち。手掛かりも何も無かったので、それが見つかったならその時点で行く事は決まっていたのだ。
そしてレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人は見つけ出した施設らしき建物へと向かうのだった。
*****
──"九つの世界・世界樹・第三層・死者の国・ヘルヘイム・ヴァイス達の拠点・生物兵器の施設"。
見つけ出してから数分。ヴァイス達が利用していたであろう施設の前に到達したレイたち五人は、目の前に佇む巨大な建物を見上げていた。
無機質なデザインのシンプルなその建物は中々の大きさを誇っており、ちょっとした城程の大きさがあった。
しかしこれ程の大きさという事は、それだけ必要な物が多数存在しているのだろう。
リヤンは一度ライやニュンフェと共に生物兵器の実験が行われている施設を見た事があるが、その時は殆どが残骸だけで大した収穫は無かった。強いて言えば"合成生物"の創造を行っていると知れたくらいだ。
だが今居る此処は現在進行形で生物兵器が作られている場所。一番の目的である出口以外にも、何らかの収穫はありそうである。
「ふむ。巨大な建物だな。これ程の大きさなら何かを隠すにしても都合が良さそうだ」
「当然、改造された生き物とかもね。"テレパシー"からも少し声が聞こえるけど、それは苦しそうで言葉にならない思考……。主力じゃなくても、何か居るかも」
「声が聞こえるのか……。それなら、それは知能のある生物のものかもしれないな。超能力を使えない私には分からないが、何か居るのはおかしくないな」
その建物の中からは声が聞こえると"テレパシー"を使うキュリテが話す。
思考から人間・魔族。そして知能の高い幻獣・魔物の話すような声が聞こえるなら、それは同じく知能の高い生き物という事が分かった。
キュリテならば"アニマルトーキング"という超能力を使えば言葉を話せぬ全動物などの言葉も分かるようになるが、今回はそれを使っていない。なので知能のある生物の声と判断したのだ。
「さて、到着早々不穏な空気が漂ってきたな。早速囲まれたぞ」
そこから一歩、建物の中へ踏み出そうとしたその時、近付いたレイたちに向けて複数の生物兵器が押し寄せた。
エマは周りを見ながら焦らずに言い、レイたちもその生物兵器へ構える。
「そうみたいだね。やっぱり、此処は重要な建物なんだ」
「そうだな。一歩踏み込んだだけで数百数千の生物兵器が現れる……。少し面倒だな」
「生物兵器は思考をしないから、気配を読むのも少し大変なんだよねぇ。少なくとも"テレパシー"だけじゃ近付いて来ている事も分からなかったよ」
「……。…………」
レイ、フォンセ、キュリテが話ながら背中合わせに構え、警戒しつつ無言のままのリヤンもそこに加わる。日差しが少ないので傘を必要としないエマも体勢を整え、数千の生物兵器達へと構えた。
この"世界樹"にて複数の戦闘が行われている中、エマたちはヴァイス達の拠点となっていた場所に到達した。しかし、その場所で生物兵器達に囲まれる。
何はともあれ、出口を見つけるまでに一つや二つの波乱が待ち構えているようだ。




