五百五十三話 魔族たちの戦闘・その2
「さあ、掛かりなさい!」
「「「…………」」」
「「「…………」」」
戦闘続く巨人の国"ヨトゥンヘイム"にて、シュタラの号令と共にシュタラが創り出した兵隊が相対しているヒュドラーに向けて武器類を構えつつ行進していた。
一糸乱れぬ動きで整列しながら進み、一定の距離を置いて構える。
──その刹那、手始めに銃弾や砲弾。矢に投げ槍、ナイフに手裏剣、ブーメランなど、統一感の無い様々な投擲武器が放たれた。
『邪魔だな。この程度の武器類は然程効かぬが、数で攻められると煩わしい』
「ふふ、数は時として質を上回りますからね。常人の世界では質よりも数の方が重要みたいですし」
『此処は主力。神の領域に踏み込んでいる者達の戦場だ。常人の物差しで図るというのは頂けぬな』
身体に着弾し、爆発に飲み込まれるヒュドラー。しかしそれら全てを容易く防ぎ、シュタラの創造した兵隊を次々と薙ぎ払う。兵隊は瞬く間に光の粒子となって消え去り、辺りに閑散とした空気が生まれた。
しかしその空気は次の瞬間に無くなり、兵隊がヒュドラー目掛けて一気に駆け抜ける。
遠距離からの投擲は悪魔で様子見。生み出された馬や幻獣に跨がる兵士たちが剣や槍。刀に鎚などの武器を構えて肉迫した。
『下らん……!』
そして蛇の身体を捻り、尾を払って爆風を生み出すヒュドラー。それによって粉塵が舞い上がり、近接戦を実行しようとした兵士たちが全て払われた。
だが投擲は止まらずに放たれる。星を砕く一撃も容易く耐えるヒュドラーに大したダメージは無いのだろうが、挑発する事は出来るだろう。
「下らなくとも、十分役割は塾している様ですね。貴方の苛立は冷静さを失ったみたいです」
『そうだな、十分に役割は果たした。お陰でお前を打ち倒す事により力を入れられる……!』
挑発の効果はあったらしく、見て分かるように苛立ちを見せるヒュドラー。決定打は与えられない様子だが、シュタラのペースに乗せる事は出来ている。
後は的確なダメージを与えられるかどうかだが、兵士の数を増やす能力のシュタラには出来る事も限られている。素の身体能力はかなりのものだが、それでもヒュドラーには効かないだろう。
「シュタラさん。俺たちも共に戦いますよ」
「ええ。俺たちじゃ実力不足って事は分かりますが、兵士の相手も飽きたんで」
「ナールさん。ファーレスさん」
イマイチダメージを与えられないところへ、暇になったのか"タウィーザ・バラド"幹部の側近を努めている一人、ナールと"シャハル・カラズ"幹部の側近ファーレスが姿を現す。
炎魔法と剣を使う二人は確かな実力もある。それでもヒュドラーを相手にするには物足りないが、魔力を消費して決定打にならない攻撃をし続けるよりは良いだろう。
『戦力を増やしたか。だが、大した力では無いようだな。悪魔で幹部の側近レベル。私の相手では無い。……ふむ、落ち着いた。自分で言うのも何だが、先程までの私は少し取り乱していたようだ』
ナールとファーレスの乱入に、落ち着きを見せたように返すヒュドラー。
ヒュドラーは比較的穏やかな性格をしている。先程までの苛立つ様子がおかしかったのだ。なので落ち着きを取り戻したヒュドラーは態度を変え、悠然とした面持ちで構え直す。
「ふむ。興味深いですね。神話ではヒュドラーという魔物はテュポーンの子であると謂われています。ライさんから聞いた話ですが、魔物の国にて支配者を努めているテュポーンはよく苛立っていると聞きました。貴方もその血を受け継いでいるからこそ、先程まで本来の性格とは少し違ったのでは無いですか?」
そんなヒュドラーを見、興味深そうに話すシュタラ。
神話のヒュドラーは分からないが、今目の前に居るヒュドラーは穏やかな性格をしている。しかし先程の取り乱し方から見て、シュタラはヒュドラーから時折テュポーンの血が覗くと推測していた。
本来のヒュドラーは挑発にも乗りにくい筈なので、ほぼ確信に変わっているようだ。
それを見抜いた事によって何かが変わるとも思えないが、性格に穴があればそこを突き隙を作れるかもしれない。なのでそれを訊ねたのだろう。
『フム、確かにその節はあるな。私自身が理解している。それによって相手のペースに乗せられ易くなるからこそ普段は隠しているのだが……お主の攻撃は指示と指揮。数で攻められると牴牾しさが生まれる。私も案外短気なのかもしれないな』
「成る程。自身で認めるのですか」
テュポーンの血があるからこそ、苛立つ事もあり挑発に乗ってしまう事を認めるヒュドラー。
それを聞いたシュタラは意外そうに告げた。
怒りやすい性格である者はそれを認めない事も多い。しかしヒュドラーはそれを理解した上で返したのだ。自分の駄目な所を見抜ける者は厄介である。特に幹部クラスとなればそこを修正し、より万全の状態に調整して戦闘を行う事も可能にする。より面倒な戦闘になりそうだった。
「さて、ナールさん。ファーレスさん。私は決定打を与えられないので貴方たちに任せます」
「ええ、分かりました」
「まあ、俺たちも決定打を与えられなさそうなんで……少し大変そうですね」
再び無数の兵士を繰り出し、ナールとファーレスの高い攻撃を誇る者たちを筆頭に陣形を組むシュタラ。生き物を生み出せるシュタラの本領は、強力な力を持つ者が居る事で発揮される。
指揮を取る戦法故に、主力が居ればそれに伴って様々な攻めを行えるのだ。
シュタラとヒュドラーの戦闘は、ナールとファーレスが参戦した事でより激しさを増して行くのだった。
*****
至る所にて戦闘が続く一方で、ズハルとシャバハのペアと兵士たちの織り成す、ヘルとの戦闘も続いていた。
主力の数や兵士の数ではヘルが不利だが、ヘルはゾンビなどのアンデッドを元の世界の黄泉の国や地獄。俗に言うあの世から連れる事が出来る。なので一人程度の差など、あまり意味を成していないのだ。
しかしそれでも主力クラスが居る事と死者であるが生前は常人だった存在の差。多少の力は上げられているが、主力に比べれば出来る事は限られているだろう。
『さあ、展開させるわよ』
次いで広範囲に広がる瘴気を含んだ風。まだ本気では無いので触れるだけで即死という訳では無いのだろうが、触れてしまえば様々な不調を来す事は容易に推測出来る。
事実、それに触れた兵士たちは不調を訴えて倒れていく。ある者は腹痛を訴え、ある者は咳き込む。ある者は嘔吐し、ある者は血を吐く。
その他にも様々な不調が起こり、死なない程度に抑えているにしてはかなりのダメージを負っていた。
「ちっ、面倒だな。"震動壁"!」
その風が危険と判断したズハルは大地に手を当て、震動を引き起こして一部を浮き上がらせる。そしてそこから壁を造り、他の兵士たちを護る防壁を形成した。
そして自分は身体の周囲に震動を起こして空気を揺らし、風の流れを変える。そのままヘルに向けて肉迫した。
『たかが震動だけど、応用次第って事ね』
迫るズハルを前に、片手を振るって瘴気の風で囲むヘル。しかしズハルの近くにある空気は常に震動しているのでその風も当たらずに近寄れた。
だが、ズハルの弾いた風は止まらずに背後へと進む。壁を張ってはいるが、ヘルの放ったものが風である以上隙間から抜ける可能性もあるという事。兵士たちの事も含め、ゆっくりとはしていられないだろう。
「"震動"!」
『面倒だわ!』
眼前に迫るや否や、即座に震動の災害魔術を放つズハル。ヘルはそれを防ぐ為に自身の周囲に風の壁を張って防ぎ、空中で震動と風が相殺された。
その衝撃が周囲に散り、ヘルの生み出したアンデッド達を屠る。既に死んでいる存在なので屠るというのはおかしいが、何はともあれ邪魔な敵を打ち倒せたので上々の結果だろう。
「死者を操るのはお前だけの特権じゃねェぜ死者の女神!」
邪魔な存在が消え去ったのを確認し、死霊を操ってヘルに嗾ける"イルム・アスリー"幹部の側近、シャバハ。
シャバハは身体を半分霊体にしており、ヘルの風や敵兵の放つ物理的な攻撃を受けぬように躱していた。
あの世の風であるヘルの技は霊体でも当たるが、空を舞えるシャバハならば避ける事も可能。どちらにせよ死霊を操っての攻撃なので半分くらいは一方的に攻め続けられていた。
『呪術を得意とする"死霊人卿"ね。呪術のみならず、魔力の塊を放つように死霊を放てる……面倒な相手が多いわね……!』
突撃する死霊を躱し、防ぎ、薙ぎ払い、ズハルを相手にしつつシャバハにも集中するヘル。
やはりかなりの実力者らしく、主力級の者たちを二人相手取るのは容易いのだろう。苦戦しないという訳では無いが、順当に対応する事が出来ていた。やはりというべきか、かなりの強敵である。
「面倒なのは此方も同じだ。他の兵士たちが足止めしているから良いが、魔物の兵士にアンデッド兵士。そして俺たちを相手取る死者の女神。結構面倒だからな」
『まあ確かに兵士の数ならば私の方が多いわね。けど、代わりに貴方達は二人の主力じゃない。面倒な事に変わりは無いわ!』
ヘルに震動を放ち、それを風で抑えるヘル。
震動の災害魔術は魔力を大気や大地に干渉させる事で揺らし、破壊と衝撃を生む魔術。その衝撃は大抵の障害ならば弾いて無理矢理進めるが、干渉させる大気その物となると少々厄介。
一つの大気を揺らしてもヘルによって生まれた新たな大気に衝突するので威力が弱まってしまうのだ。
それに加え、震動魔術は範囲が広い。それは敵と一対一ならば戦闘を優位に運べる利点だが、集団戦となると仲間も巻き込んでしまう可能性があるので範囲が限られてしまうのだ。
強力だからこそ生じるデメリットというものだろう。
「元が死者じゃ、俺の呪術も効かねェからな。女神も結構厄介だぜ、俺たちにとっちゃ」
『そう。確かに貴方の術にも色々と欠点があるみたいね。私の身体で言えば、生きている方の肉体にはダメージを与えられるけど、死んでいる方の身体にはそう簡単に通らない……。的が半分になっていちゃ当てるのも難しいでしょうね』
そんな中で死霊を操り、瘴気の風に死霊の風をぶつけて相殺するシャバハ。しかし死霊は悪魔で生きている者にしか効かないモノ。なので半分が死者からなるヘルを相手にする場合、必然的に狙いは絞られてしまうようだ。
無論死者などにも効かない事は無いが、効果は薄くなる。なので"死霊人卿"のシャバハからしてもヘルの相手は大変なのだろう。
「余裕があるみたいだな。俺には的も何も関係ねェぜ?」
『フフ、余裕なんて無いわよ。殺さない程度に痛め付けるのがこんなに大変なんてね?』
シャバハとヘルが放った風の間から飛び出し、震動の災害魔術をズハルが放つ。先程の攻撃もあって元々近距離に居たズハルは隙を見たら直ぐに嗾けられる体勢へとなっていたのだ。
それもあって放たれた震動はヘルの身体を大きく揺らす。しかしまだ余裕のある態度で手加減していると告げるヘル。それはハッタリなどでも無く事実だろうと言う事がヘルの態度から分かった。
だがだからといって手を緩める訳にも行かず、震動の災害魔術がヘルの身体から大地へと向かい、巨人の国にある石畳の道が大きく砕け散る。次の瞬間に放たれた死霊の風に煽られ、瘴気のある風で打ち消ししつつ震動によって生じた瓦礫を吹き飛ばした。
『手加減するのもだけれど、やっぱり相手にするのも大変ね。まだまだ終わらなそうだもの』
「ハッ、こっちのセリフだ」
「右に同じ!」
吹き飛び宙に舞う瓦礫を余所に、互いの相手が大変だと述べるズハル、シャバハとヘル。実際、相手に確実なダメージを与えられていないのでお互いの言い分が正しいだろう。
巨人の国"ヨトゥンヘイム"にて行われる魔族たちの戦闘は、両軍ジリ貧の状態でまだまだ続くのだった。




