五十四話 ライとゼッルの暇潰し・リヤンの家で見つけた物
──"イルム・アスリー"。
ゼッルは地面を蹴り、ライに向けて駆け出した。
「よっしゃあ! 行くぞ!」
嬉々とした表情でライに近付くゼッル。しかしその速度はあまり速くなく、ライは容易に目で追える事が出来ていた。
「……」
ライはゼッルの繰り出した拳を紙一重で躱し──
「ほら!」
──脚を鞭のようにを薙ぎ、ゼッルへ回し蹴りを放った。
「おっとォ……!」
そしてゼッルは後ろに飛んでそれを避ける。そんなライの蹴りによって砂埃が舞い上がった。まだお互いに一撃を与えておらず、受けていない。
「……まだだ……!」
ライは追撃を仕掛けようと、地面に小さな穴が空く程度の加速を付けてゼッルとの距離を詰める。
「よっと……!」
距離を詰めたライはゼッルの目の前で止まり、顔を目掛けて蹴り上げた。
「……ッ!」
ゼッルの頬をライの脚が抜けて掠り、それを受けたゼッルは怯む。ライとゼッルが与える一撃と言うものは、掠るようなモノでは無く直の一撃。なので掠るだけならば問題無いのだ。
ライの脚を一瞥したゼッルは、再び距離を置いてライを観察していた。
「……? 妙だな……」
ライは疑問を浮かべながら大地を蹴り、そんなゼッルとの距離を詰めて後ろ回し蹴りを繰り出す。
「……! やるじゃねえか! ……が、一撃でも与えた方が勝ち何だろ? じゃ、お前の負けだな!!」
ゼッルはライの蹴りを仰け反って躱し、その脚をガシッと掴む。
そして、ライを投げ飛ばすモーションに入った。
投げ飛ばされ、地面に叩き付けられても一撃を受けた事になり、ライの敗北が決定する。
暇潰しとはいえ、負けるのは少々気に食わないライ。
なのでライは──
「それは嫌だな……!」
──『脚を掴まれた状態で』体勢を整え、ライがゼッルの腕を掴んで逆にゼッルを投げ飛ばす形となった。
「んな……!?」
身体が宙に浮き、思わず声を上げるゼッル。
何とか体勢を立て直そうとするが、ライの動きの方が早く立て直す事は出来なかった。
「……で? 確か……叩き付けるだけで勝ち何だよな……?」
そして浮いていない方の脚を軸にクルンと回り、ライは勢いを付ける。
「じゃあ、俺の勝ちだ……!」
そしてそのままの勢いで──ゼッルを地面に叩き付けた。
幹部を相手にいちいち投げ飛ばしたのでは、空中で体勢を立て直される可能性もある。
なのでライは足元に叩き付けたのだ。
そしてこの瞬間、この暇潰しはライが勝利した。
「お……オイオイ……うちの幹部が負けたらしいぞ……」
「あ、あんなガキにィ……!?」
「あ、あり得ねェ……!!」
幹部の戦闘という事もあり、いつの間にかギャラリーも集まっていた。しかし、それによってゼッルの醜態は"イルム・アスリー"に広がってしまう可能性がある。
だがそんな野次馬の目を気にせずにゼッルは起き上がり、ライに向けて話す。
「あー、クソ……! 負けちまった……! やっぱ本気出した方が良かったかァ……?」
悪態を吐いているが土汚れや擦り傷以外の傷が無く、殆ど無傷の状態で起き上がるゼッル。
どちらも本気では無い、軽い暇潰しの戦い。しかしそれでも負けてしまう事が悔しいのだろう、
「まあ……チンピラを仕留めた時のアンタの攻撃は確かに強かったし……そしてこれは悪魔で俺の推測だが、アンタは肉弾戦がメインじゃねえだろ? 勿論、剣や刀を使うって訳でもない。なら消去法で魔法か魔術だな」
そんなゼッルに向け、推測を織り交えて話すライ。その言葉を聞き、ゼッルはピクリと片眉を動かして反応する。
そしてそのまま立ち上がり、不敵な笑みを浮かべてライに問い掛けた。
「……ほう? 何でそう思うんだ……? ……見て分かるように、この街は科学や剣に刀の技術がそれなりに進んでいる。そんな街の幹部である俺が剣や刀を使わないと……何故思う?」
クックックと楽しそうな笑い声と共にライへ尋ねるゼッル。
その反応を見る限り、本人はもうそれを認めているようなモノだがしかし、ライは敢えて推測を続ける。
「ま、パッと見は分からないだろうな。……けど、軽く戦って分かったんだよ。……何だかな……アンタの動きはぎこちない。他の魔族がその方法で戦っているからか、見よう見真似で動かしているような気がしてならないんだ。あまり攻撃をした訳ではないのに、妙に距離を取る戦い方をしている。おかしいだろ?」
「……おかしい……? ……何でだ? 攻撃を食らわない為に距離を置くのは立派な作戦の一つだろ」
ゼッルは訝しげな表情をしているが、その口角はつり上がっていた。まるで、ライの推測をお話でも聞いている子供のように楽しげな表情だ。
ライは気にせずに言葉を続ける。
「ああ、確かに距離を取るのは立派な作戦だ。……だがな、肉弾戦なら基本的に距離を詰めて戦うのが正しいんだ。アンタ程の実力なら紙一重でかわし、攻撃を仕掛ける事も可能だろ? それに、一度ならまだしも、アンタは二度距離を取った。……元々投げ飛ばすつもりだったなら、一度目の蹴りを受け止めた方が楽だった筈だぜ? なのにアンタはわざわざ距離を取り、受けにくそうな回し蹴りを攻撃に利用した……。まあ、本当に戦った時間は短いし、まだ確信に至っていないからな。……二度目だが……悪魔で推測だ」
ライはゼッルの様子から、内心ではほぼ確信していた。がしかし、ゼッルは笑みを浮かべるのを止めず楽しそうに嗤っている。その事から、敢えてそのような演技をしている可能性も捨てきれないのだ。
まあ、そんな演技をする理由は無い。強いて上げるとすれば推測が外れたとライに恥を掻かせたい。くらいだろう。
ライの推測を聞き終えたゼッルは、高笑いをして返す。
「ハッハッハ! 成る程な! 当たりだよ! そう、俺は肉弾戦が普通の魔族以上は出来るが、幹部やその側近クラスは出来ねェ! やっぱお前は中々面白いな!」
「そうか?」
その推測にそうだと答えるゼッルの言葉。その反応に肩を竦ませながら小さく笑って返すライ。つまりゼッルは、本当に魔法使い・魔術師の何れかと言う事だ。
「……まあ、『手を一回しか使わなかった』お前に完敗したのは予想外だ。幹部クラスの実力はあるな? お前」
「ハハ、そう言って貰えるとありがたいよ」
そう、ライが手を使ったのは最後にゼッルを地面へ叩き付けた時だけなのだ。
その事からライの大まかな実力を判断するゼッル。
無論、ライもゼッルもお互いは全くの本気では無かったと理解している。
ゼッルは一通り話終え、後ろを振り返る。
「ま、次に会って、戦うって事になったら手加減はしねェから、お前も手加減をするなよ? ……ライ・セイブル?」
「……そうかい。オーケー、分かったよ。まあ……次に会うのはそんなに遅くないと思うぜ……? "イルム・アスリー"幹部のゼッルさん?」
ライは"この街を征服する時に会う"。という意味合いを込め、ゼッルへ言った。
ゼッルがその意味をどう受け取ったか定かではない。
そしてその言葉を耳に入れるゼッルは、"イルム・アスリー"の奥へ消えてゆく。
*****
──"レイル・マディーナ"、近隣の森・リヤンの家。
扉を吹き飛ばした際に生じた土煙と粉塵がようやく収まり、視界が開け始めた。そして、収まったのを確認したエマが薄目を開けて扉の向こう側を見る。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……。まあ、私も鬼の仲間だがな……」
「「「「…………」」」」
レイ、フォンセ、リヤン、キュリテも扉へ構える。一応薄目で扉の奥を直視しないようにしているが、それでも見てしまうのは知恵のある生き物の持つ性分という奴だろう。
その奥からは──
「…………?」
「「「「…………?」」」」
──何も出てくる気配は無かった。
「……。よし……私が行ってみる」
生き物の気配などが無いことから、生物では無いらしい。なので試しにエマが扉の奥へ向かう事にした。
恐る恐る奥へ向かうエマ。他の四人もゆっくりエマの後を追う。何があるのか分からない為、警戒するに越した事はないのだ。
「…………」
そして、扉の破片が転がっている所までエマは近寄る。
そこから覗くに、扉の向こうは一つの部屋になっているらしい。
やはり生き物の気配は無い。エマが後ろの四人へ合図を出し、五人は部屋の中に踏み込んだ。
「……何も……無いな……」
部屋に踏み込み、まず一声を放ったのはエマ。
そう、エマが見る限りこの部屋には、目ぼしい物など何も無かったのだ。
「……特に変な物も無い……。こうなると、何故厳重に閉ざされていたのかが気になるな……」
エマに続き、フォンセも部屋を見回して言う。
他の幻獣・魔物が近付きたがらないと聞いたので、何があると思っていたレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテだったがその予想は外れたのだろうか、怪しいものは何も無かった。
「強いて言えば……」
探索しつつ話すエマは奥に進み、一つの机に目を向ける。そこにあった机の上には、一冊の本が置いてあった。
「この本くらいか。……また随分と分厚い本だな……」
エマの後ろからレイたちも近寄る。
この部屋に置いてある物で唯一持ち運びが出来るのはこの本くらいだ。一部の人間や、一般魔族、幻獣・魔物ならば机なども持ち運べるが、そういう事ではない。
「……。この本に見覚えは無いか?」
「……うん」
エマが尋ね、答えるリヤン。
やはりリヤンは分からないらしい。が、この場合は寧ろ分かっていた方が不気味だろう。
ずっと閉ざされた扉の奥に置いてあった、数千歳のエマですら見た事の無い本。
知識もライ一行の中で一番といえるエマ。
そんなエマが見た事無いのだから恐らく貴族などの位の高い者達も知らない本の筈だ。何故そんな本が此処にあるのか疑問を浮かべる五人。
「……で、どうするの?」
そして、暫くその本を眺めていたキュリテがレイたちに聞く。
本があった。しかし、本しかなかった。なのでどうするか気になってレイたちに尋ねたのだ。
「えーと……どうしよっか……?」
「ふむ……どうしたものか……」
「さて……どうするか……」
「……どうしようね……」
異口同音、満場一致、意気投合。それはさておき、全員が口を揃えてどうしたものかと呟く。
特に仕掛けなども無いような本だが、何故たった一冊の為にこの部屋は厳重に閉ざされていたのかが気になるところだ。
しかし、このまま見ているだけでは埒が明かないので、エマが提案する。
「よし。取り敢えずこの本を持って帰ってみるか……?」
「「「「…………」」」」
レイ、フォンセ、リヤン、キュリテの四人もエマの意見にゆっくり頷く。
もしもの時はライがいる為、何かあったとしても軽くあしらえるだろう。
一先ず此処では本を開かず、ライの元へ持ち帰って本を開くという意見に纏まった。
その後リヤンは、森に棲む幻獣・魔物とフェンリル、ユニコーンに旅の事を伝える。
フェンリル、ユニコーン、その他の幻獣・魔物は寂しそうな表情だったが、リヤンの言葉を理解したようだ。
そして"テレポート"を使い、ライの元へ戻るレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテだった。
*****
一方のライはゼッルと別れたあと、"イルム・アスリー"周辺をブラブラとしていた。
街並みや住民の様子を眺め、征服するに値する街かを調べていたのだ。
ライ街の様子を一瞥したところで至った結論はこうだ。
「うん……。治安が悪いな……」
呆れ、呟くように一言。
周りを見ればチンピラ風の魔族達がふんぞり返って歩いており、弱々しい魔族は金品を毟り取られている。
そこら中に怪我人が転がっており、一見死んでいるのでは? と、錯覚しそうな程である。
「オゥ見ねェ顔だな……?」
「ククク……」
「ヒヒヒ……」
「ケッケッケ……」
そして街を歩くだけで絡まれる。
「はあ……面倒だな……本当に……」
「「「「グハァ……!!」」」」
無論、問答無用に吹き飛ばす。
見ない顔というのはそれ程までに絡まれやすいのだろうか、それとも絡む理由が欲しいだけなのだろうか。チンピラの行動に理解できないライ。
もう既に三〇人は倒している。それ程絡んでくるチンピラが多いのだ。
科学が発達している割には治安が悪い街──"イルム・アスリー"。こういった街を何とかするのも世界を支配するに当たって重要な事である。
ライの目標は理想郷。しかし、場合によっては暗黒郷になり兼ねないからだ。
全てを縛り付けるか、全てを自由にするか。ライが最もやるべき事は二つに一つだった。
縛り付ければ争い事が無くなるが、大きな反感を買う。逆に自由ならば反感を買いにくいが争い事が増える可能性もある。
そのように、世界征服を目標にするとこれらのジレンマが巻き起こってしまうのだ。
(はあ……支配者って奴らも苦労しているんだろうかねえ……)
考えれば考えるほど、高くて分厚い壁が立ち上がる。その壁を統一出来ている支配者制度と言うものは世の中でかなり役に立っていると実感するライ。
そんな様子を見ていた? 魔王(元)はライに笑い掛けるような声で話し掛ける。
【ククク……悩んでいるみたいだな……。まあ、それも仕方の無い事だ。俺の場合は自由を与えてやったが……知っての通り、結果はこのザマよ。取り敢えず支配者がやってるように大きな街に実力者を構えるってのは重要だな。まあ、反感を買い過ぎると勇者の野郎やお前みたいにその実力者を倒して駆け上がってくる奴もいるがな】
淡々と言葉を綴る魔王(元)。
確かに一々あちこちへ目配りをしていたのでは疲労が溜まる。
逆に、目配りをしなければ世界が荒れる。
支配するという事は、あらゆる困難を一人で解決出来るような者でなければならないのだろう。
そのストレスによって、支配者は暇潰しに街を破壊したりするのだろうか。
(成る程……全ての世界を監視するのは不可能に近い……だから、支配者のように大きな街や小さな街に実力者を置く……)
ライは思考を続ける。実力者を配置するが、その実力者は簡単にやられてはいけない。
そんなライの思考は結論を出した。
(……そうか。──『支配者とその幹部を全員味方にすれば良い』のか!)
その結論は、支配者をただ倒すのではなく出来るならば一人一人仲間に加えるという事。
エマから聞いた話だと、ライのような思考を持つ支配者も居るという。
つまり、他の支配者はともかく一人か一匹の支配者と利害が一致すれば味方に付ける事の出来る可能性があるのだ。
「よし……と。この街をあと少し調べてレイたちを待つとするかあ……!」
こうして新たな目標を作ったライは、グッと小さな握り拳を作る。
空を眺めるライは軽く背伸びをし、あと少しだけ"イルム・アスリー"を探索しようと動き出すのだった。