五百五十二話 魔族たちの戦闘・その1
──"九つの世界・世界樹・第二層・巨人の国・ヨトゥンヘイム"。
巨大な建物が吹き飛び、大地に落下して粉塵を巻き上げた。その瓦礫の上に姿を見せるシヴァと、その周りに集まるアジ・ダハーカにヴリトラ。スルトとニーズヘッグの四匹。
巨人の国にて行われている戦闘は熾烈を極めるものとなっており、より激しさが増していた。
「"隕石"!」
そして空から降り注ぐ、複数の隕石。それはシヴァの魔術によって造り出された隕石である。巨人の国に落ちつつある隕石だが、この国が巨大なのであまり影響は無いだろう。
そのまま落下し、周囲に熱と衝撃を散らして巨人の家を吹き飛ばした。
『折角再現された建物だというのに、勿体無い事をするな。無闇に破壊せずとも良いだろうに』
「テメェがそれを言うのか? 俺よりも破壊はしているだろ」
降り注ぐ隕石を砕き、シヴァに向けてため息を吐くように話すアジ・ダハーカ。
本来の"世界樹"は既に滅んでおり、少なくともシヴァやアジ・ダハーカ達の世界には存在していない。なので貴重な物を壊すなと告げたのだろう。
しかし破壊の範囲ならばシヴァよりもアジ・ダハーカの方が大きなものを生み出している。それについてシヴァは呆れていた。
『それは最もだな。なら、遠慮無く攻めるか』
「何が"なら"なのか意味は分からねェが、遠慮無く攻めてたのは始めからだろうがよ」
複数の星を創造し、軽く指を動かしてそれらを放つシヴァ。アジ・ダハーカ達は正面から砕いて防ぎ、シヴァに向けて飛び掛かる。
巨体を用いて踏みつけ、周囲に大きな亀裂を生む。シヴァはそれを躱したが、立て続けにヴリトラ、スルト、ニーズヘッグが嗾けた。
それも躱して距離を置きつつ炎を放ち、その炎をスルトが切り裂く。次いでシヴァは周囲の気温を低下させ、スルトの炎を消し去った。
『炎が消える気温? おかしな事もあるものだな。気温だけで炎が消える事は無さそうだが』
「ハッ、支配者の俺を常識で図ったら駄目だろ。常識じゃ考えられねェ事なんか、無限に存在しているんだからな」
消えた炎を見て疑問に思うスルトだが、シヴァは気にせずスルトへ飛び掛かる。対し、炎剣を用いたスルトが再び炎を起こして振るう。
シヴァはそれも避け、スルトの腹部に蹴りを放った。それによってスルトは吹き飛び、巨人の家を複数砕いて遠方に粉塵を起こした。
『巨人の家まで吹き飛んだか。やはり厄介だな、シヴァという支配者は』
「ハッ、次はお前か」
吹き飛んだスルトを見、シヴァの背後に来ていたヴリトラが近距離で暴風雨を生み出して嗾ける。
その暴風雨がシヴァの掌に触れて凍りつき、シヴァとヴリトラの間で砕け散る。シヴァはその欠片の隙間から飛び出し、ヴリトラの頭に踵落としを放って頭を地に叩き付けた。
それによって新たな破壊が生まれ、辺りの視界が悪くなる。そこへニーズヘッグが現れ、その巨体を利用した体当たりを放つ。
『一気に二匹がやられたか。常軌を逸しているな』
「いいや、三匹だ」
そんなニーズヘッグの巨体を片手で受け止め、一瞬にして眼前に迫ったシヴァがニーズヘッグの顔を蹴り上げて距離を置かせる。
次の瞬間に腹部へ入り込み、巨体を浮かせて弾き飛ばした。
『フム、ヴリトラたちも大したダメージは受けていないみたいだが……纏めて三匹を吹き飛ばしたのは事実。やはり幹部だけで相手にするのも面倒だな』
「ハッ。テメェらの実力は支配者に近いんだろ? そんな奴等が四匹集まりゃ、俺に等しくなれるんじゃねェの?」
『……と思ったんだがな。どうやらそうでもないらしい。現在の状況がそう語っている』
支配者クラスの実力を持つ幹部達が相手でも優位に立ち振舞うシヴァを見、アジ・ダハーカは肩を落とす。
互いに本気では無いにしても、これ程までに圧倒されるとはあまり考えていなかったのだろう。勿論支配者に近いとはいえ悪魔で幹部と支配者なので差がある事は知っていたが、改めて差を実感したのだろう。
『フム、少し場所が広過ぎるのかもしれないな。外ならば巨大な物を創造して連続で放つ事も可能……場所を変えるか』
「わざと聞こえるように言ってんな。何処かに誘ってんのか?」
『そうだな。巨人の国の街中だと少々広過ぎる。創造神のお前からすれば、様々な物を自由に作れるからこの広い場所は有利になる。元々私たちとは力の差があるんだ。これくらいのハンデは良いだろう』
それだけ告げ、アジ・ダハーカはシヴァの視界から消えた。
このまま無視しても良いかもしれないが、そうした場合敵に休みと自由を与える事になる。他の主力たちも戦っているので、逃がしてはかなり厄介だろう。それによって生じるデメリットの方が多いので、この戦闘に置いて敵を逃がすのは余程の臆病者か面倒臭がりやくらいだ。
最も、シヴァ自身戦い足りない気持ちもあるのでアジ・ダハーカの気配を探りそちらに向けて移動した。
*****
拳と基礎魔術、影魔術が巨大な蛇を狙う。シヴァが幹部四匹と戦っている中、他の主力たちも敵の主力と相対していた。
此方で行われているのは、ダーク、ゼッル、シャドウによるヨルムンガンドとの戦闘。
「ダリィ……」
「"炎"!」
「"影の槍"!」
ダークが身体能力のみでヨルムンガンドに攻め込み、ゼッルが四大エレメントからなる炎魔術を嗾ける。そしてシャドウの影魔術がヨルムンガンドに向けて放たれた。
『フッ、この程度か……!』
巨体を翻し、似付かぬ速度で動いたヨルムンガンドはダークを弾き、炎魔術を消し去る。そして影魔術をすり抜けた。
そのまま左右に身体を揺らしながら進み、蹴散らすようにダークたちを狙う。だが熟練の幹部である三人はそれを見切って躱し、ヨルムンガンドの巨体は空を切る。勢いそのまま、巨大な建物に激突して瓦礫を周囲に落とした。
『流石にこの程度の攻撃は躱せるようだな。まだ攻めるぞ』
「躱すのも面倒だな……」
「まあ、それには一理あるな」
「ハッハ! そうかもな!」
その瓦礫から姿を現し、長く太い尾を鞭のように放つヨルムンガンド。三人はそれも避け、空を切った尾の下を抜けて距離を詰めた。
「先ずは俺か……」
「そして俺。"雷"!」
「最後が俺だな! "影の槍"!」
『……ッ!』
そこからダークがヨルムンガンドを蹴り上げて空に移し、ゼッルが雷魔術を用いて感電させる。最後にシャドウが再び影魔術でヨルムンガンドの身体を貫いた。
それを受けたヨルムンガンドは流石に堪えたのか、吐血まではいかないにしても口から空気が漏れる。そして重力に伴い、そのまま地に落ちた。
『今のは中々良い攻撃だったな。多少は効いたぞ』
「多少か……。面倒だな……」
「まあ、分かっていた事だ」
「魔物は肉体的な力と耐久力が高いからな」
落ちた瞬間に起き上がり、まだ余裕のある態度で構えるヨルムンガンド。それなりの連携攻撃だったが、多少程度のダメージしか与えられなかったみたいだ。
しかしヨルムンガンドが耐久力の高い魔物という事を考えればそれも仕方無い事。ちょっとやそっとの攻撃では無意味なので幹部たちは立て直す。
「見たところ、ヨルムンガンドは肉弾戦を中心にした戦い方だ。神話じゃ毒も扱えたらしいが、それだけに気を付ければ何とかなる。遠距離から攻められる俺かシャドウが隙を作ってダークが仕留めるってのが良さそうだな」
「ああ……そうだな……。面倒だが……それが良さそうだ」
「ハッハ! 俺は準備オーケーだぜ! 何時でも放てる」
ヨルムンガンドから距離を置きつつ、その様子を確認して戦闘法を見抜くゼッル。
大凡の動きは容易く推測出来るので、遠距離から攻めつつ隙を作り、重い一撃のあるダークに委ねるというやり方を思い付いたようだ。
当然ゼッルとシャドウも魔族なので我が強く、自分で戦いたい気持ちもあるのだろうがこの様な状況では自分よりも他を優先に出来るので幹部に選ばれたとも言える。
『それを口にしても良いのか?』
「ああ。どうせ言ったところで対策は練られるだろうからな。それなら聞き逃しの無いように話した方が良い」
『フム、そうか』
魔力を込めて構えて話すゼッルと、小首を傾げて話すヨルムンガンド。ダークは気ダルげに構え、シャドウも魔力を込める。
三幹部とヨルムンガンド。此方の戦闘もまだ続く。
*****
ウラヌスによって重力が掛けられ、周囲が大きく陥落した。それに伴ってブラッドの身体が拉げ、臓物と共に鮮血が周囲に流れる。
その肉片が次の瞬間には再生し、ウラヌスに纏割り付く。そのままヴァンパイアの腕力で肩を握り潰されそうになるが、ブラッドの重力を軽く、自分の重力を重くして引き離した。
「此処は良い。日陰になっているから潰されて再生しても日光が当たらない」
「建物を掴んで上がり続けるのを止めたか」
背後にある建物に掴まり、軽くなった体重でフワフワと揺れながら話すブラッド。
今の時間帯でのこの場所は日陰となっており、日光が入らないので動き易いのだろう。その刹那にウラヌスは再び重力を掛け、ブラッドのぶら下がる建物ごと大地に埋めた。
轟音と共に瓦礫の山が造られ、その中から傘を携えたブラッドが姿を現す。
「容赦ねえな。俺を殺す気か」
「そうでもしなきゃアンタは仕留められなさそうだからな」
身体はズダボロだが、痛々しい見た目に反してダメージを受けた様子の無いブラッド。
やはりヴァンパイア。日光や銀。聖なる十字架、流水。その他諸々の、弱点以外の物ではダメージを受けないのだろう。
「実際、今の攻撃を受けてこの様だからな。他の主力に重力を掛けても耐えられるだろうが、肉体的な強度が常人に近いアンタなら潰せると思ったが駄目だった」
「フッ、それでも常人よりは頑丈だ。まあ、確かに他の主力に比べたら身体は脆いがな。生物兵器とかとは比にならねえ程に再生力が高いからこそ、そんな固くねえんだ」
ヴァンパイアは、肉体的な作りが常人に近い生物だ。元々が人間であるという事もその要因だが、生まれついてのヴァンパイアであるエマやブラッドは少し差違がある。なので詳しい説明を行えばまた変わってるくが、それでも常人に近い存在である。
なのでウラヌスの重力で柔らかな果実のように容易く潰れ、主力たちの小手調べでも身体が崩壊する。
しかしそれを補える再生力があるのであまり脆さはデメリットとなっていないのだ。逆に、倒したと思わせて油断を誘えるという利点がある程だろう。
だからこそウラヌスは重力を掛けて日陰となっている建物を押し潰し、確実に仕留める為の行動をしているのだ。
「さて、その傘。少し邪魔だな。傘に重力を掛けてみるか」
「おっと、それは御免だ。影に逃げ込むか」
敢えて傘にブラッドの注意を逸らす為、傘について普及しながら重力の災害魔術を掛けるウラヌス。
ブラッドはまんまとそれに嵌まり、傘が無くなっても良いように巨大な建物の中へと入って行った。
「よし、建物に入ったな……」
誰にも聞こえない程の声で呟くように話すウラヌス。
何故ウラヌスが態々ブラッドに有利な建物の中へと誘ったのかと問われれば、建物の中なら銀などのような弱点になりうる物があると踏んだからである。
此処にある建物は何れもそれなりに裕福そうな家など。そこならば銀製の何かがあるかもしれない。銀製ならばどんな物でもヴァンパイアに傷を付ける事が出来るので、このままジリ貧な戦闘を続けるよりも都合が良いのだ。
重力を大きく掛ける事で時間を止める事も可能なウラヌスならば、銀製の物さえ手に入れる事が出来ればダメージを与える方法も見つかる。なので戦略の幅が広がるという事だ。
「行くか……!」
ブラッドの後を追い、少し早足で"ヨトゥンヘイム"の建物に入るウラヌス。
それによって、主力と戦闘を行っている者のうち二組みが巨人の国の建物内で戦闘を行うという事になった。
敵の主力もまだ残っており、魔族の主力もシヴァと三幹部、ウラヌスだけではなく他のシュタラやズハルたち。幻獣の主力もガルダが残っており、他の者たちも戦闘を行う。
巨人の国"ヨトゥンヘイム"で行われている戦闘は、両軍共にまだ主力を残しながらも続いていた。




