五百四十五話 膠着状態
凍てつく氷の世界にて、複数の建物が粉砕した。そこから連続するように次々と氷の建物が砕け散り、冷たい粉塵が"ニヴルヘイム"を埋め尽くす。
その粉塵を切り裂き、全て払って複数の影が近付く。そして斬撃・打撃・魔法・魔術・妖術・仙術が各々から放たれ、また複数の建物が消滅した。
それは文字通り、一定の範囲にある一部の建物全てが消え去ったのだ。
「"剣一閃"!」
『ハッ!』
ブラックは剣魔術を横に薙ぎ、閃光が瞬くような速度で斬り付けた。それに対して酒呑童子は刀で受け止め、そのまま魔力の斬撃を弾き飛ばす。
それによって周囲が切り裂かれ、再び多数の建物が音を立てて崩れ落ちた。
『伸びろ如意棒!』
『"妖術・氷瀑"』
「フム、成る程な」
孫悟空の持つ神珍鉄の棒が伸び、沙悟浄が凍った滝を形成させて鎚のように放つ。対してぬらりひょんは刀の一振りでそれらを払い除け、複数の斬撃を飛ばして牽制する。
孫悟空と沙悟浄はそれを躱し、此方も各々の戦法で牽制して受け流した。
「そらァ!」
『二刀流の剣士。面白い……!』
そしてモバーレズが二刀流で攻め、一本の刀でそれらを防ぐ大天狗。
剣尖が走る度に極寒の"ニヴルヘイム"で火花が散り、二人が弾かれて建物の上に着地する。それと同時に跳躍し、空中にて高速の鬩ぎ合いが行われていた。
「"氷龍"!」
『洪水魔術の応用からなる龍か。フフ、美しいのう。無論、妾には遠く及ばぬがの」
洪水魔術の応用で氷の龍を複数生み出して九尾の狐へ嗾けるオターレド。
対する九尾の狐は九つの尾を用いて氷の龍へと放って相殺する。妖力の纏った尾なので魔力によって強化されている氷と互角に渡り合えるようだ。
『向こうでは多数の戦いが繰り広げられていますね。その邪魔にならぬよう、妖怪達の相手をするのも疲れます』
「そうッスね。まあでも、相手の武器は遠距離なら火縄銃に一昔前の矢や大砲。近距離なら刀と、遠距離の武器類は少し動きが遅いんで簡単に対処出来るッスね」
ユニコーンが暴れ馬の如く妖怪達を薙ぎ払い、サイフが複数の矢魔術を展開させて妖怪達を射抜く。そのまま多数の妖怪達が倒れ、それに便乗して他の兵士たちが追撃する。
遠距離ならば魔法・魔術の使える者はそれを使い、妖怪達の物より高い性能を誇る大砲や銃で妖怪達を撃ち抜いた。使い手次第で強さの変わる武器は多いが、こういった後処理には実力が無くとも高火力を誇る武器の方都合が良い。
なので兵士たちは妖怪達へ現代兵器を活用しながら仕掛けていた。
『ジリ貧になりつつあるか。少し面倒だな……武士道に反する無粋な行為だが、纏めて払おう』
「させるかッ!」
モバーレズが距離を置き、ぬらりひょんと酒呑童子。九尾の狐を気に掛ける大天狗は扇を取り出してそれを扇ぐ体勢となった。
それを阻止するべくモバーレズが斬撃を飛ばして牽制。見事に阻止し、そのまま駆け出して斬り掛かった。
この様に、彼方此方にて行われている戦闘。
それは留まる事を知らず、更に激しさが増して行く。何時終わるのか分からない戦闘は果たして決着が付くのだろうか。
『"仙術・仏炎苞"!』
『"妖術・氷華"!』
「それらの術。本来の意味とは少々異なるようじゃな」
孫悟空が炎で仏の座る蓮台を形成し、沙悟浄が花のように開く氷を展開させる。それを見たぬらりひょんは本来の意味とは異なる術を気に掛けるが、あまり気にしてはいないようだ。
本来の仏炎苞とは仏の光背にある炎の形に似ている植物。そして氷華は植物に付着した氷と、二人の使う術とは全く違う物なのだ。
しかしそれを模倣しているからこそその名を使い、力を増幅させているのだろう。詠唱とはまた違うが、名を与える事でモノは強化される。つまり確実にぬらりひょんを仕留めるつもりで嗾けているという事だ。
そして形成され、展開された二つの術である炎と氷が各々の形で放たれる。
開いた蓮台形の炎がぬらりひょんを包み込み、その中で氷の華が開く。見るだけならば美しいが、仙術と妖術である熱く寒いその内部は肉体が消滅する可能性がある程だった。灼熱の炎と切断力のある華。
「手加減無しかの。当然か」
ぬらりひょんとて、流石に仙術とは相性が悪いのか刀で応戦せず閉じ切る前に身を引いた。そこへ連続して開く華のような沙悟浄の妖術も入ってくるが、それも躱す。
二つの術に当たればただでは済まないだろうが、それを躱せるだけの身体能力は持ち合わせていたのだ。
「なら、私は周囲を巻き込む感じで攻めてみようかしら"大雪崩"」
『纏めて吹き飛ばすか。確かに効率的なやり方じゃのう』
周囲の様子を見、今のままでは勝負が長引くと踏んだオターレドが周囲を巻き込む魔術を用いて嗾けた。
元々雪の災害魔術も扱えるオターレド。洪水魔術が使えずとも、広範囲を巻き込む攻撃方法は多数存在するのだ。
そのやり方に九尾の狐も賛成しているらしく、オターレドの放った雪崩に向けて妖力の壁を展開して防ぐ。次の瞬間にそこへ複数の斬撃が飛んで来、オターレドと九尾の狐が見切って避けた。どうやら他の場所から放たれた余波が此処まで届いたらしい。
今は混沌としている乱戦なのでこういう事もあるだろう。一人と一匹は文句を言わずに受け流し、自分の戦う相手に集中する。
「そらよっと!」
『フッ、魔術に頼りっ切りかと思ったが……中々どうして、武術も普通に扱えているみたいだな』
剣魔術の剣を片手に携え、酒呑童子へと仕掛けるブラック。酒呑童子はそれを受けて凌ぎ、数連で刀を振るって防ぐ。
その頭上には剣尖が酒呑童子の方に向けられた剣魔術の剣が漂っており、それが隙を突いて一斉に放たれた。当然それを刀で防ぐ酒呑童子だが、そこへブラックが迫り剣を薙ぐ。剣と刀がぶつかり合い、互いの身体が弾かれるように後方へと押し出された。
一転、また一転と両者の攻撃が切り替わりながら続くこの戦闘。氷の国は見る見るうちに形を消して行き、建物が切れて氷塊が生み出される。
それが地に落ちて氷の粉塵が舞うそれは、既に何十何百と見られた光景。しかしそれは、そこに互いの相手が現れるからこそ見られる光景である。日が落ちて暗いこの国にて、これ程までに的確な攻撃を出来るというのはかなりのものだろう。
そして今は、戦闘が開始してから数十分が経過していた。音を超えた領域でのやり取り。なので体感時間は数時間程ある筈だ。
『ここままじゃ埒が明かねえな。数十分戦り合っているが、体感はそれ以上。そしてその中で相手に技を出し合ったり殴り合っていても互いの技に相殺されるだけだ。これじゃ何時終わるのかすら分からねえ』
「なら、さっさと捕まってくれれば良いのでは無いかの」
如意金箍棒を伸ばし、放つ孫悟空とそれを刀で抑えるぬらりひょん。
確かにこのままでは決着は付かない。付いたとしても下手したら朝になるかもしれない。それでは第一陣と第二陣を助ける為に来たという事に対して本末転倒だろう。
『という事で、さっさと決着を付ける事にした。俺たちは勝つ事が目的だが、本当の目的は本来の世界に帰る事。だから、隙を生み出して移動しても構わないんだ』
「ほう?」
妖力とは違う気配の感じる力を纏う孫悟空。それには神々しさがあり、それに伴った安心感がある。恐らくそれが仙術を使う為の力なのだろう。
通常の妖力よりも遥かに力強く、それでいて余計な放出は無い。極められた力というものは静かで力強い。それは妖術でも魔法や魔術でもそうだが、仙術の場合は元々それらを凌駕する力を秘めている。なのでこれで決めようという魂胆なのだ。
そのまま孫悟空は、ぬらりひょんの返事を待たずに仙術を口にした。
『"降神仙術・羅刹天"……!』
「……!」
その刹那、孫悟空の身体から赤いオーラが放たれた。それは全てを破壊せんとばかりのオーラ。
そう、護法善神の一人にして、悪魔の一人。そして四天王の一人。破壊と滅亡を司る仏、羅刹天の力を纏ったのだ。
此処の"世界樹"は孫悟空たちの居る基本世界とは異なる世界だが、この世に存在する全ての多元宇宙に通ずる天界の神や仏を、呼べないにしても憑依させる事は出来るのだ。
俗に言う鬼神である羅刹天。その力を憑依すれば、本人には及ばずとも斉天大聖・孫悟空の力も相まって匹敵する力にはなる事だろう。
『──斉天大聖よ。こいつは我を纏う程の相手なのか? ──ああ。俺だけの力で勝てない事もありませんが、時間が掛かりそうなのでアナタに頼みました。──ふむ。お主の思考から全て理解した。なら、手伝ってやろうではないか。──感謝致します』
独り言のように、ブツブツと話す孫悟空。ぬらりひょんは訝しげな表情をしているが、ライも似たような事をしていたので気にしない。
魔王(元)を宿すライとの違いは、外から憑依させたのと元々中に居るという事。前者である孫悟空は己の口にしなくてはならないのが少々面倒だろう。
「羅刹天か。全ての鬼神の総称とされ、それの具現化である存在。相応の力は持ち合わせているようだ」
『──お主が我の相手か、妖怪。名をぬらりひょんと申すのか。聞いた事はあるな。しかしお主程度の相手なら、"羅刹娑"ではなく"羅刹私"の状態で事足りそうだ』
「……フム、性別が変わるのか。従来の羅刹天とは少々異なるようじゃな。しかしこの世に置いて有り得ぬ事など存在しない。普通じゃな」
赤いオーラを纏った孫悟空の髪が伸び、腰にまで到達する程の長髪となる。そして眼に紅みが増し、胸に膨らみが現れた。体躯も徐々に女性のものとなり、羅刹天を纏った斉天大聖は完全に女体と化した。
元々羅刹天には男性ならば"羅刹娑"。女性ならば"羅刹私"と謂われている種類が存在しているのだが、この羅刹天は自分の意思で姿を変えられるらしい。
憑依している孫悟空の身体が変わるのは少々気に掛かるが、何度かこの術を使った事があるのか本人は全く気にしていなかった。
『なら、孫悟空。俺たちは先に行っていた方が良いか?』
『そうだな。魔族たちが納得するかは分からねえが、羅刹天を纏った俺なら一人で百鬼夜行を相手取れる』
『分かった』
それだけ告げ、沙悟浄は孫悟空から距離を置く。そのまま駆け出してぬらりひょんの前から消え去った。どうやら孫悟空が一人で百鬼夜行を惹き付け、相手にするらしい。
仏は妖怪の完全な上位的存在。その中でも四天王と謳われる最強の破壊神ならば事足りるだろう。
「ふむ、仲間を逃がすか。仏とはいえ、我ら全員に勝てるものかの」
『──さあな。やってみなくちゃ──フン、戯れ言を。確かに大天狗などのような強敵となりうる者は居るが、我一人で容易く片付けられる。問題は斉天大聖の身体が持つかどうかだな。──俺の会話に入らないで下さいよ。まあ、確かにその通りですけど』
孫悟空の言葉を遮り、会話に入り込む羅刹天。孫悟空はツッコミを入れるが、羅刹天の言う事にも一理あるので保留にしていた。
ぬらりひょんは取り敢えず刀を携え、孫悟空に向けて構え直す。そのうち沙悟浄の呼んだ他の百鬼夜行主力も来るのだろうが、今の相手はぬらりひょんだ。
羅刹天の力纏った孫悟空とぬらりひょん。そして後から来るであろう相手の主力。第三層氷の国"ニヴルヘイム"での戦闘は、間接的に羅刹天が加わって膠着状態から終わりに近付くのだった。




