五十三話 魔族の国、二番目の街・森の家
──"イルム・アスリー"。
この街"イルム・アスリー"は、どうやら他の街より科学が発達しているらしい。
建物の大きさや材料などは他の街と変わらないが、街で仕事をしている人々を眺めると魔法・魔術でやるような事を機械で代用している。
そして、街行く者が持っている武器は杖などではなく、剣や刀が多い。
こんな街もあるんだな。と、感心している様子のライ。
(おっと、そうだ。この街の細かい情報を収集しなきゃな……)
暫く街の様子を眺めていたライだが、ハッとして意識を情報収集に寄せる。
まだ朝方ということもあり、魔族の数は少ないが何かは分かる筈だ。
「さて……そろそろ行ってみるか……」
宿の入り口で腕を伸ばし、呟くようにライは言う。
先ずは情報収集ついでに、何処か落ち着ける場所も無いか探そうと考えるライ。
*****
──"レイル・マディーナ"、近隣の森。
ライと別れたレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテはリヤンが生活していたという木で造られた建物の前に居た。
「うわあ……。凄いね……木の形そのままで家になってる……」
リヤンの家を見たレイは感嘆のため息を吐き、その形に驚いていた。
パッと見は普通の大木と変わらないのだが、よく見れば出入口があり、窓のような物も付いている。
自然その物の姿をしつつ、人が生活するのになんら不自由は無い大木の家。
その家を上下に見たエマは、自分が思った疑問をリヤンに尋ねる。
「ふむ……確かに圧巻だが……この家は誰が造ったんだ……? 聞いた話だと物心が付いたときからこの森に住んでいるという事だが……この家の製作者も不明なのか……?」
それはこの家を造った者は何処か。である。
自然の形をそのままにし、生活できる程の家を造るのは至難の業だからだ。
質量の関係でこれ程の大木をくり貫いた場合、直ぐに崩れ落ちてしまうだろう。
しかし、この木の家は巨躯にも拘らず形がそのままで倒れていないのである。
よほどの魔法・魔術でも使わなければ形など保つ事も出来ないというのに、だ。
「え……と……ごめん。この家も昔からあったし……分からないや……」
「……。そうか……なら、少しこの家を調べてみても良いか?」
その質問を聞いて返すリヤン。その言葉に頷いて返したエマは、気になるので家を調べたいようだ。
リヤンはキョトン顔をしながら応える。
「うん……、良いよ……。旅に出るって事はこの家に帰れるのも数年後とかになっちゃいそうだし……」
リヤンから許可を得、家の中に入るエマ。
それに続き、何となく家に入ってみるレイ、フォンセ、キュリテの四人。
*****
──"イルム・アスリー"。
いざ情報を集めようと動き出したライだったが、その直後に人相の悪い魔族数人に囲まれてしまったライ。
「……」
ライは眉を顰め、「面倒だな……」とでも思っているかのような表情をしていた。
「オイ小僧……見ねェ顔だな……? 何処から来た?」
「何だ? その顔は……? 舐めてんじゃねェぞ……? ア゛ァ゛?」
何処からどう見てもチンピラのような者達。
人間の国でもチンピラを見たが、言動や性格もほとんど似ている。
チンピラというものは万国共通なのだろうかと疑問に思うところである。
「オイオイ……黙り決め込んでんじゃねえぞ? クソガキィ……」
そんな疑問を横にライの胸ぐらを掴み、持ち上げるチンピラ。
ライはため息を吐く。何でたまたま歩いていただけで絡まれなくてはならないのかが一番の疑問だった。
「はあ……ちょっと待ってくれよ……」
その疑問を飲み込んだライは仕方なく、チンピラの手を握る。
「あ? 何しやがんだ?」
そして、
「俺はただ、道を通りたいだけなんだ……よ……!」
「ウガァ!?」
チンピラの拳を握り潰した。次いでライは拳を潰されて怯んだ隙を突き、胸ぐらを掴んだ手から抜け出して足を地に着け──
「ほら、邪魔……!」
──トンッ、とチンピラの腹部を滅茶苦茶軽く蹴飛ばした。
「……!?」
それだけでチンピラは数十メートル吹き飛び、轟音を立てて建物に激突する。
「テメェ! やりやがったな!?」
「上等だァ!! やってやろうじゃねェか!!」
それを見た他のチンピラがライへ構えて言った。"先に仕掛けてきたのはそっちだろ"と、言いたかったライだが、どうせ言っても聞かないだろうと考え何も言わずに構える。
「「ウオオオォォォォォ!!」」
そして二人のチンピラがライへ駆け出した、その時──
「オイ、止めときな。テメーらみたいな奴等がいるから魔族の国は評判が悪いんだよ……!」
──一人の男がチンピラ二人とライの間に立ち……『チンピラの両腕を消し飛ばした』。
「「う、ウガァ────!?」」
「…………な……?」
突然の激痛と出血により、二人のチンピラは倒れて辺りには真っ赤な血が巻き散る。
それを見たライは若干引いていた。それは腕が吹き飛んだ事もあるがそれだけでは無く、躊躇無く腕を消し飛ばした目の前の者に対してだ。
「おっと……悪いな……子供のお前にこんな光景を見せたらビビっちまうか?」
「……!」
そして、その男が顔を上げる際に作った笑顔を見てライは警戒を高める。
ライの意志が、本能が、"コイツはヤバい"とそう告げていたからだ。
「ッハハ……そう警戒しなさんな。お客さんにゃ俺ァ優しいよ?」
「……アンタ…………」
ライは警戒しつつ、その者の話に耳を貸す。
そしてその態度と様子を眺め、ライの推測は徐々に確信へと変わっていく。
一瞬にしてチンピラの腕を消し飛ばした速さ。そしてその血液、つまり返り血を一滴も受けていない。それのみならず、その佇まいなどからそう推測していた。
そう、この者は──
「……この街の幹部かい?」
「……! ……ほう? どうして?」
──この街"イルム・アスリー"の幹部という事。そんなライの言葉を聞き、片眉をピクリと動かして反応するその男。
しかしその表情は心なしかニヤニヤと嗤っているような感じだ。
「どうしても何も……『俺が危うく見過ごしそうになった程の攻撃』を放てる奴なんて限られているだろ……? ……まあ、アンタからしたら俺は誰だよ……って感じだけどな」
その者の攻撃は、常人ならば目に見で追えない程のモノ。しかしライは自分は見切れたと、自身の実力を伝えるかのように言う。
「ハハ、成る程な……。確かに俺からしたらお前は誰か分からねェが……中々の実力者ってのは理解した。『俺の攻撃を見切った』んだからな」
その男は不敵な笑みを浮かべ、も自身の実力を誇りに持っているようライに返した。そしてライの姿を上下に眺め、その男は提案する。
「ハハ、お前面白そうだな……。なあ、暇潰しに俺と戦わねェか?」
「……は?」
それはライと一勝負してみたいとのこと。出会って数秒で勝負を挑まれたライは眉を顰め、苦笑を浮かべてその男に返す。
「いきなり勝負って……いや、確かに俺は魔族だけどさ……そこまで戦闘意欲があるって訳じゃ無いんだよ……。しかもアンタとは初見だし……」
「そうか? ……じゃ、俺の名は『ゼッル』。"イルム・アスリー"の幹部を勤めているしがない魔族さ」
そんなライの言葉に対し、唐突に己の自己紹介をするゼッル。
「……?」
そんなゼッルの言葉を聞いてきて訝しげな表情をするライに向け、ゼッルは言葉を続ける。
「これで俺の名前をお前は知った。だからもう初見じゃない……。さあ、あとはお前の名前を俺に教えて、さっさと戦ろうぜ?」
つまり、自身の名を名乗ったゼッルはもうライの知り合いだという事。なんともおかしな理屈だが、ライは頭を掻いてゼッルに返す。
「オイオイ……そんな理屈ってあるか……? まあ、名前くらいなら名乗るが……俺はライ・セイブル。よろしく」
ライは一応警戒し、慎重に名前を名乗る。簡単に名を名乗るのは無用心と知っているが、名前を知って他人を殺せるような能力を持つ者は自分の名前を気軽に言わないだろう。
つまり、名をあっさりと名乗ったゼッルは問題無いという事。
ゼッルが偽名という可能性も捨てきれないが、その時はその時である。
そもそも、魔王(元)を宿っているライは呪術なども効かないので、特に心配する事も無いのだ。
「そうか、ライ。……戦ってくれるんだな……?」
ライの名を聞いたゼッルは楽しそうな笑顔でライに向けて聞く。ライはため息を吐いて仕方なく合わせる事にした。
「……分かった……。ただし、一つ上条件がある」
その言葉と同時にビシッと人差し指を差し、ゼッルに言うライ。
ゼッルは訝しげな表情をしてライの言葉に聞き返す。
「何だ……? 条件ってのは……? ま、手加減してくれってなら別に……「お互いに一撃を決めた方が勝ちにしよう」良いが……あ?」
ゼッルが言葉を続けるよりも早く、ライは自身の意見を述べた。そしてゼッルがその言葉をに返す前に、ライは言葉を続けて話す。
「このままこの街で戦ったらこの街が壊滅し兼ねない。だから俺とアンタで、先に一撃を当てた方が勝ち……という勝負をしないか? 暇潰しならこれくらいが丁度良いだろ?」
「……」
ライの意見は、街を破壊しないために簡単に決着が付く事で勝負しようとの事。
ライ自身はこの街を調べる必要があるので遊んでいる場合ではないのだ。
ゼッルは少し考えてライの言葉に返す。
「……まあ良いか、俺は暇潰しが出来るなら良い。さっさとやろうぜ?」
答えはYES。ゼッル的には暇潰し。つまり軽く戦えれば良いと言う。そして、ライvsゼッルの簡単な勝負が始まろうとしていた。
*****
──"レイル・マディーナ"、近隣の森・リヤンの家。
レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテはリヤンの家に入り、家の中を軽く物色していた。
「本などが沢山あるな……これを読んで言葉などを覚えた……ってところか……」
エマは近くにあった本を手に取り、パラパラと捲る。その内容は簡単な歴史から計算、自然の摂理などが書かれていた。しかし周りを見れば、中々に難しそうな本も置いてある。
その事からリヤンは常識や概念、言葉などを覚えたと推測するエマ。
「うん……。世の中の事は大体本を通して覚えた……」
「へえ……本だけでかあ……凄いね……」
そんなリヤンが言ったの言葉にレイが反応を示し、感心していた。
知識ゼロの状態から、本で世の中の事を覚えるというのは難しい事だからである。
全てを分かった訳では無いが、それでもかなりの苦労があった事だろう。
「アハハ……人や魔族の友達もいなかったし……本を読むか幻獣・魔物と遊ぶくらいしかやることが無かったの……」
「へえ……」
質問に対して愛想笑いを浮かべるリヤンの話を聞き、一瞬だけ悲しそうな目をするレイ。
そんな横でフォンセは、気になった物を指差してリヤンに尋ねる。
「……? なあ、リヤン……。あれは何だ……?」
「……?」
「「「…………?」」」
フォンセの指差した方向をレイ、エマ、リヤン、キュリテが見る。そんな視線の先にあったのは、一つの扉だ。
ただの扉ならばフォンセも気にしないが、その扉は『厳重に閉ざされていた』のだ。
周りには鉄や木の板が打ち付けてあり、魔方陣が描かれている。
「他にも扉はあるが……何故あの扉だけあんな厳重に閉ざされているんだ……? あの魔方陣……確か鍵の役割を果たすと聞いたことがある……」
その扉を指差しながら話すフォンセ。その扉は厳重過ぎる程に閉ざされている。何故閉ざす必要があるのかきになったのだ。
リヤンは頬を掻きながらフォンセの言葉に返した。
「……私もよく分からないんだけど……森に棲んでいる子たちはあの扉に近付きたがらないよ……」
「「……。……ほう?」」
リヤンの言うあの子。つまり森の幻獣たちは近付きたがらないと言う話を聞き、エマとフォンセが怪訝そうな顔をする。
野生動物は人よりも勘が鋭いという。つまり、その野生で生活している幻獣・魔物が警戒するという事は、この扉の向こう側に何かがある。という事だ。
「……開けてみるか……?」
それを聞いたフォンセはレイ、エマ、リヤン、キュリテに問う。危険な可能性がある扉。その扉を開けるにはそれなりのリスクが生じるだろうが、分からない事を知るためにも開ける必要がある。
問われた四人は顔をしかめて悩む。開ける必要はあるが、どのような危険が潜んでいるのかが問題だった。そしてそんな中、キュリテが名乗り出た。
「じゃあ、私が"透視"で見てみようか……?」
「「「……!」」」
キュリテの提案にレイ、エマ、フォンセは眉を動かして反応する。
確かに超能力で透視を使えるキュリテならば、閉ざされた扉の向こう側を見る事も可能な筈だ。
しかし、キュリテの提案にエマはあっさり乗らなかった。
「……本当に良いのか……? 扉の向こう側には何があるか分からない。つまり……『見ただけで良からぬ事が降り掛かる物』があるかも知れぬぞ……? ……最悪、死に至る可能性もある」
そう、この部屋は『厳重に閉ざされている』のだ。
つまり、それは外へ出してはいけない物の可能性が高い。
強いて上げるならば"見たら死ぬ物"・"封印されし幻獣や魔物"などである。
大袈裟かもしれないが、"閉ざされている"という事は、そういう事なのである。
キュリテはエマの質問におどけた口調で話す。
「アハハ、心配してくれているの? ありがと。お姉さま!」
「良し。透視で見てくれ」
キュリテに名を呼ばれた後、即答で意見を変えるエマ。その態度を見たキュリテは肩を竦めてエマに言う。
「ちょっとそんなに嫌なの? お姉さま呼びは……」
それは呼び名が嫌なのかと言う事。エマはそんなキュリテの反応を見てフッと笑い、言葉を続ける。
「まあ、冗談はさておき、どうしたものか……。仮に透視で扉の向こう側を見てキュリテが死んだとしたら……まあ、私が血を分けてやれば魔族とヴァンパイアの力を持った生物が誕生するが……」
「物騒な事言わないで!」
「逆に、何も無い可能性もある訳だからな」
エマとキュリテのやり取りは置いておき、フォンセが言った、何も無い可能性というものは確かにある。
そもそも、扉がいつから閉ざされているのか分からない。
遥か昔から閉ざされている場合は封印された幻獣・魔物が居たとして、既に死んでいる可能性も高い。
暫く悩むレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人だったが、ついに結論が出る。
「良し……。準備は良いな……?」
「「「「…………」」」」
エマの言葉を筆頭に、頷く四人。
至った作戦はこうだ。まずエマが扉の前に立つ。そしてその横にレイ、フォンセ、キュリテが構える。
リヤンは窓の近くに立っており、リヤンの友である幻獣・魔物は家の外でもしもの時の為に待機している。
レイの剣、フォンセの魔術、キュリテの超能力で扉を砕いて抉じ開けるという事だ。
何故エマが扉の前なのかというと、ヴァンパイアの持つ不老不死の特性があるからである。
ヴァンパイアは弱点以外でやられる事は少ない。
つまり、例え見たら死んでしまうような物でも、凶暴な怪物でもレイたちが前に立つよりは安心できるのだ。
「準備は良いか? 一応目を閉じておけ。何があるか分からないのだからな」
「「「「…………」」」」
四人は頷いて返し──
「やあっ!」
「"風"!」
「壊れちゃえ!」
──刹那、レイ、フォンセ、キュリテは扉に向けて同時に攻撃を放った。
レイの持つ森を断つ剣の斬撃と、フォンセが放った風魔術。そしてキュリテのサイコキネシスが厳重に閉ざされている扉へ突き進み、轟音を立てて扉に激突する。
その衝撃によってリヤンの家は大きく揺れ、家の周りにあった土から砂が巻き上がる。
「…………ッ!」
その風圧を受けながら、顔を腕で覆っているエマは。
「…………!!」
──確かに扉が消し飛んだのを、その目で確認した。
こうして三つの攻撃により、厳重に閉ざされていた扉は抉じ開けられた。