五百四十二話 第三陣
──"九つの世界・世界樹・第三層"。
ヴァイス達との戦いから数十分。"テレポート"を用いて移動したライたちは戦闘を行っていた場所から数キロ離れた所へ来ていた。
たった数キロしか離れていないのでまた直ぐに見つかってしまうかもしれないが、主力の負った怪我などの治療は既に済ませており負傷兵たちも安静にしている状態だ。
兵士よりも主力を優先したのは相手の主力と互角に戦えるのがライたちだけだからである。なので他の兵士たちはまだ治療しつつ、既に終えたライたちは先を進む。
「敵は追って来ていないか?」
「多分ね。私たちは大勢居るから気配は知られているかもしれないけど、着いて来てはいないみたい」
「ああ。近くに来たら私たちも意識せずに気配を読める。今のように集中しない状態でも問題無さそうだ」
ヴァイス達の事を気に掛けるライと、近くに気配は無く着いて来ている気配も無いので大丈夫と告げるレイとエマ。
実際に、今はまだ気配なども感じないのでそれが正しそうである。ならば気にする必要も無い事。構わず第三層の世界を進むライたち。
「それで、何処に向かうんだ? 残った国は"ヘルヘイム"だが、方角は分からないわだろ?」
「そうだな。今の目的地は一応相手の拠点だと思う"ヘルヘイム"だけど、その"ヘルヘイム"が何処にあるのかは分からない。このまま闇雲に進むのはあまり得策じゃないな。けど、先に行かなきゃ辿り着けない」
現在ライたちの向かっている場所は、死者の国"ヘルヘイム"。そこに行くに当たって方角も分からないのでどうするかを訊ねるフォンセ。
それに返すライも道を知っているという訳では無いので悩んでいた。適当に進むにもリスクが多く、だからと言って立ち止まる訳にはいかない。何はともあれ、かなり迷っている状態であった。
そんなライへ、共に進むリヤンも訊ねる。
「なら、どうするの……?」
「どっちに転んでもリスクがあるなら……他のリスクがある別の方法で探してみるか」
「別の方法ですか?」
その返答は、闇雲に進むのでは無く、かといって立ち止まる訳でも無い。別の方法を取るという事。
ライの返答を聞いたニュンフェは小首を傾げており、ライは頷いて言葉を続ける。
「ああ。けど、相応のリスクはある。それは相手にも俺たちの居場所が知られるかもしれないという事だ。それでも良いか?」
ライの言うリスクと方法。それは分からないが、それしか無さそうだとレイたちは無言で頷く。
確認を取り、了承を得たライは言葉を続けて話す。
「方法は簡単。ただ思いっきりジャンプするだけだ。それで空から現在位置と"ムスペルヘイム"のあった場所を確認する。そして俺たちが行くべき場所も見つけるって事だ。相手が空から探していたら見つかるかもしれない。それがリスクだな」
「成る程な。確かに良い方法だ。単純明快かつ確実。そしてリスクも大したものではない。シンプルだからこそ良いな。それで行こう」
ライの提案した方法。それは跳躍して空から場所を探すとの事。エマの言うように分かりやすい方法なので、レイたちから反対意見も出なかった。
このまま路頭に迷っていたとしても結果としてヴァイス達と出会うかもしれない。今の行動で過ごしてもリスクは同じ。いや寧ろ、跳躍でヴァイス達を探すという方法の方がリスクが少ないかもしれない程である。
「なら、そうと決まれば俺が飛ぶ。俺の視力は良い方だからな。空から見れば数十キロから数百キロ先まで見渡せる。自分で言うのも何だけど、俺は記憶力もあるって自負している。だから一瞬の時間があればその場所から見える大抵の物は記憶出来るさ」
「ああ。任せた。空からなら私が探しても良いが、夕刻近くの時間帯とはいえ生憎の日差しだ。ライが適任だろう」
「うん。それが良さそう。多分私たちの中だと視力も記憶力もライが頭一つ抜けているからね。見つからないように気を付けて」
「ああ。任せろ!」
それだけ告げ、ライは大地を踏み砕く勢いで跳躍した。瞬く間に遥か上空へと舞い上がり、雲の上にまで到達する。
此処ならば雲が影となり、敵が空から探していてもそう簡単には見つからないだろう。ほんの少しの風魔術で身体を浮かせ、一瞬だけ一時停止。それと同時に全体を見渡し、目に映る全ての光景を記憶した。
一仕事終えたライは風魔術を解き、ヴァイス達に警戒しながら地へと降り立つ。
「どうだった?」
「ああ。見つけた。此処から北東に続く道を真っ直ぐ数十キロ。目安だから大凡の位置しか分からないけど、そこを進めば"ヘルヘイム"があると思う。"ニヴルヘイム"とはまた違った冷気が漂っていた。宇宙サイズの"世界樹"にしては近距離だったのが幸いだな。多分グラオが敢えて近くに作ったんだろうけどな。本来なら全ての国が数光年離れていても何ら不思議じゃない」
降り立つライに訊ねるフォンセ。答えるライの言葉からするに、どうやら見つかったらしく検討は付いたようだ。
それもライの鋭い観察力と超人レベルの視力や記憶力が成せる技だろう。
純粋な力は魔王によって強化されているが、視力などは元々ライの持っていた能力みたいなものだろう。魔王を使わぬ戦闘用の力と言い、魔族の中でもかなり優秀な分類だ。生まれた場所と時代が時代ならば新たな支配者候補として名を馳せていたに違いない。
「じゃあ、行く先は決まったんだね」
「ああ、そう思ってくれて構わない。これで先に進める」
ライを覗き込むような上目遣いで訊ねるレイへ頷いて返す。
何はともあれ、ヴァイス達に見つかる事なく次に進むべき場所を見つけ出したライたち。整列している兵士たちを連れ、真っ直ぐ"ヘルヘイム"へと向かうのだった。
*****
──"九つの世界・世界樹・第二層・巨人の国・ヨトゥンヘイム"。
ライたち第一陣とフェンリルたち第二陣が巨人の国を去ってから数時間。今はもう日が傾き始めており、夜に刻一刻と近付いている時間帯。そこでは第三陣が次に進む下準備をしていた。
これから夜になる事を踏まえ、そのチームは妖怪と魔族が多めの構成だった。
といっても、魔族は多数人居るが妖怪は二人。なのでその妖怪──"斉天大聖・孫悟空"と"捲簾大将・沙悟浄"は確定している。それに数人の魔族と他の者が加わるという構成である。
つまり基本的には一チーム七人。または数人数匹の数が七になるような構成にしているという事。
捕まったドラゴンたちを除いてマルスとヴィネラを加える事で主力の全人数が四十四人と四匹。なので七人で一つのチームというのは少々キリが悪い気もするが、多過ぎず少な過ぎない適正の数がそれなのでこの様にしているのである。
そんな風に行われたチーム分けにて、孫悟空と沙悟浄。そして選ばれた数人の魔族──ブラック、サイフ、モバーレズ、オターレド。そして幻獣の国からユニコーン。
孫悟空、沙悟浄と合わせて、六人と一匹のチームとなっていた。
暗くなるこれからに合わせたチームだが、回復を行う者が少ないのでユニコーンを加えているのだ。
これから日が更に落ちる時間帯。今日出陣する者たちは孫悟空たちが最後となるだろう。
『満を持して俺たちの出陣って訳か。これから日も暮れるが……大丈夫なんだろうな? お前たちは』
「ハッ。どの口が言うか斉天大聖殿。逆に、夜は俺たち魔族の独壇場だ」
「まあ、俺の国では人間の国のように夜に寝て朝に起きてるけどな」
『まあ、魔族もそれぞれの違いがある。おかしくはないだろう』
「まあ、私が行くなら苦戦する事などそうそう無いでしょうけど」
孫悟空、ブラック、モバーレズ、沙悟浄、オターレドの順で話つつ、迅速な行動で兵士たちを纏めて新たな陣を作る。
実際夜の移動になり、野宿というのがこれからの予定なのでサバイバル能力の高さが重要になるだろう。最も、このメンバーのみならず主力や兵士たちは既にサバイバルの可能性を心得ており相応の能力も持ち合わせているので問題は無い筈だ。
「今回は夜だからお前たちを選んだが、相手は魔物と妖怪が居る。夜ってのは何も俺たちだけの世界じゃねェ。魔物と妖怪も夜は都合が良いからな。力が溢れる時間ってのは間違っていねェ。まあ、俺たち魔族は昼でも相応の力は出せるけどな」
そして第三陣へ注意を促すシヴァ。
魔物や妖怪も夜を好む者がおり、気を付けろと述べた。
夜という世界は古来より恐れられる事が多かったもの。闇には怪物が潜み、魔族・魔物・妖怪の行動が活発になるからだ。
それは主に人間の考えた事で、人が闇を恐れた故にそう言われるようになったのである。
先も見えず何が待ち構えているか分からない未知への恐怖。人間が生き物である以上、やはり進歩していても本能的な恐怖は残るからだ。
なので人間に恐れられる夜という世界によって、人間の天敵であるそれらの種族が行動的になるのだ。
世界を隔てる四つの国で言うならば、昼は人間・幻獣の世界。夜は魔族・魔物の世界という事である。
「当然理解してますよ、シヴァさん。夜は俺たちと同時に、向こうにも得意としている者が多いって事はね」
「そうッスね。ブラックさんの言う通りッス。それも考えているんで、任せて下さい」
その注意に対し、その点も当然理解していると告げるブラックとサイフ。
此処が敵地である事は変わらないので、普段から警戒はしているがより一層気を引き締めるという行動は実行していた。つまり常に周りへ気に掛けているという事だ。これならば奇襲を受けたとしても臨機応変に対応出来るだろう。
「ハッハ! そうか、ならば良い。俺が気にしていたのは杞憂だったって事だな!」
豪快に笑い、心配は無用だったと理解するシヴァ。主力は当然その様な事柄に対して注意をしている。なので気にする必要は無かったのだ。
そして話に纏まりが付いたところへ孫悟空が話し掛ける。
『じゃあ、俺たち第三陣はそろそろ行くとするぜ。兵士たちも列を整えたみたいだからな。主力の俺たちが雑談していたら示しが付かねえ』
『そうだな。色々と気に掛かる事はあるが、どの道先へ進まなけりゃ本来の世界に帰れないんだ。それを踏まえれば、陣形が出来たならさっさと行くに越した事は無い』
「そうね。ライ君たちの第一陣とフェンリルさんたちの第二陣も心配だわ。彼らならきっと大丈夫なのでしょうけど、確実に大丈夫という保証は無いもの」
孫悟空に続き、沙悟浄とオターレドが返す。敵の警戒をしているとはいえ先に進まなければ意味が無い。なので先に行く事を促しているのだ。
ライたちとフェンリルたちなら要らぬ心配は必要無いが、それでも気に掛かる程に相手の主力格には強者が揃い踏みである。
「ああ、そうだな。ならさっさと行くか」
「そうッスね。どうせ他の者たちも来るんでしょうし」
「ンじゃ、兵隊の最終確認でもするか?」
『さあ。どちらでも構いませんよ』
孫悟空、沙悟浄、オターレドの言葉に同調して返すブラック、サイフ、モバーレズ、ユニコーン。
モバーレズの言うように改めてメンバーを御復習する。
今回行く第三陣。幻獣の国からは孫悟空、沙悟浄、ユニコーン。魔族の国からは幹部であるブラック、モバーレズと支配者の側近であるオターレド。そして幹部の側近であるサイフ。計六人と一匹。
これまではライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテ、ニュンフェの七人。
フェンリル、ドレイク、ジルニトラ、アスワド、ラビア、シター、ルミエの三匹と四人。
この二チームが第一陣・第二陣として第三層への世界へと向かった。これから行く第三陣で二十一の主力たちが第二層を去る事になる。なのでこの"世界樹"の世界は順調に進めている事だろう。
『良し。我らも向かうか』
確認の最後に斉天大聖孫悟空が告げ、他の第三陣メンバーが頷いて返す。それと同時に歩みを進め、第三層の世界へと向かって行く。
これにて第一陣と第二陣に続き、第三陣も第三層に踏み込むのだった。




