五百四十話 第二陣の戦闘
『さて、先ずは小手調べだな』
片手を炎に変換させ、それに回転を加えて渦巻く炎を形成するロキ。フェンリルたちはその動きを見、警戒を高めて出方を窺う。
その視線を横に、ロキは片手を突き出した。刹那に渦巻く炎が龍のようにうねって三匹と四人へ迫り行く。
「させないわ! "盾"!」
渦巻く炎へ盾魔術を使い、全てを防ぐシター。盾魔術は物理的なものや自然な力を防ぐ事も出来る。なので巨大な盾魔術を使い、ロキの炎を防いだのだ。
盾魔術に当たった炎は波打つように弾かれ、周囲の建物を更に燃やして炎上する。その炎が"ムスペルヘイム"を包み、周囲が更に熱く燃え上がった。
「ロキの居場所は……! 彼処かな! "光の球"!」
その炎の中からロキの居場所を見つけ、そこに向けて光球を放つ。放たれた光球は着弾と同時に破裂し、目映い光と共に熱と衝撃を生み出した。
その衝撃は溶けた石畳と建物を巻き上げ、"ムスペルヘイム"全体を白く染める。
『盾魔術に光魔術。基本となる四大エレメントとはまた一風変わった魔術を使う者が多いようだな。珍しいものだ』
白い光の中から炎のトンネルが現れ、その炎が人の形となって主力たちの前に立ちはだかる。その上からドレイクが大口を開けて構えていた。
『炎その物である身体……厄介だな。その体温がどれ程かは分からないが、それを焼き尽くす炎をぶつければ消え去るか?』
『さあ、それはどうだろうな。龍よ』
そのまま灼熱の轟炎を吐き付け、ロキを焼き尽くすドレイク。それは周囲の溶けている石畳と建物が気化する程の高温だったが、ロキは涼しい顔をしていた。
次いでドレイクの方に視線を向け、片手を構える。その動きから次にロキが何をしようとしているのかを読んだドレイクは旋回してその場を離れた。
『巨体の割りにはそれなりの速度だな。いや、巨大な生き物が遅いというのはただの先入観か。この世界に置いてはな』
腕を変化させ、炎に変えて放つロキ。それを読んでいたドレイクは避け切り、ロキの背後に回って身体へ力を込めた。
それによって周囲に振動が走り、カッと目を見開くと同時に天空から霆が落ちる。その霆は小さな粒子と化して"ムスペルヘイム"を駆け巡る。次いで更に大きな振動と轟音が響き渡り、先程までロキの居た場所には電撃の欠片が残っていた。
『そう言えば、殆どの龍族は天候を操る力を持っているのだったな。便利な種族よ』
『フッ、悪神にして傲慢な神であるロキに褒められるとはな。当然ながら皮肉の意も込められているのだろうが、今回は普通の褒め言葉と受け取っておこう』
その霆を炎で焼き切り、不敵に笑いながら姿を見せるロキ。ドレイクなどのような龍族は高い身体能力も去る事ながら、天候など自然を操る力を持っている。ロキはそれに対して皮肉の意味もある称賛の言葉を送ったのだろう。
ドレイクもそれを理解しているが、相手のペースに乗せられては戦況が不利になる。なので普通の褒め言葉として受け取っっていた。
『達観しているな。龍よ。しかしまあ、相手にとって不足は無い』
「撃てェ!」
「「「……ハァ!」」」
『『『……はっ!』』』
ロキが返したその刹那、一人の兵士の号令と共に複数の砲弾と銃弾が放たれた。
百を超えるそれらの弾幕。
通常の弾幕は敵の攻撃を防ぐ為の砲撃だが、それ程までに数の多い攻撃にも適した表現である。そう、つまり文字通り幕のような砲撃がロキに向けて放たれているという事だからだ。
放たれた砲撃は着弾して破裂し、先程の光魔術のとはまた違った黒煙と炎でこの国を覆う。その衝撃によって暴風が吹き荒れる中、ジルニトラとルミエがロキに向けて飛び出した。
『はぁあ!』
「"水"!」
二つの掛け声と共に放たれた、二つの水魔法と水魔術。その放水は滝のように流れ、炎の身体であるロキを消し去らんとばかりの勢いで炎の国"ムスペルヘイム"を飲み込んだ。
先程まで溶けていた石畳や建物はその水によって流され、規模の大きな洪水となってこの国の炎を一部消し去る。かなりの高温だったが、量が多ければそれも消し去れるのだ。
例えるなら、一つの湖をひっくり返しその水を全て掛けたような感覚。それ程の水ならば全てを消し去る事は不可能だとしても、一定の範囲ならば消し去れるだろう。
『基礎のエレメントか。妥当なやり方だな。基本的な認識では炎は水で消えるというものだ。強過ぎる炎は消せないが、これ程の量ならば太陽や私の炎でなければ大抵の炎を消火する事が出来ただろう』
『……っ。無傷……!』
「予想は出来たが……目の当たりにするとまた重いな……!」
その水を蒸発させ、炎の身体も無傷のままロキが現れる。その瞬間に念の為距離を置くジルニトラとルミエ。ロキの射程距離は目に見えている範囲から目の届かぬ所までと上限は無いが、それでも近距離で戦い続けるのは更に不利になると計ったのだろう。
その判断は正しかったらしく、何時の間にか仕込んでいたのか先程までジルニトラとルミエの居た場所には炎の柱が立ち上っていた。
仮に彼女たちがそこに居たら肉体的な強さから完全に消える事は無いにせよ、ジルニトラもルミエも相当の深手を負っていた事だろう。
『離れておけ、皆の者!』
次いで、ロキの左右にある建物を両手で寄せたフェンリルがそれを用いてロキを押し潰した。
二つの建物は砕け散り、石の粉塵を周囲に散らす。それと共にフェンリルが体重を乗せ、ロキの居た場所を更に陥没させる。それを好機と踏んだジルニトラ、アスワド、ルミエ、シターが魔力を込め、フェンリルの陥没させた石畳を狙う。
『はあっ!』
『"土の波"!』
『"落石"!』
『"盾の弾幕"!』
二つの土魔法。土魔術。盾魔術を用いて石畳を埋め尽くす三人と一匹。
ジルニトラが巨大な岩を形成して落とし、アスワドが土を波のように操り、ルミエがそこから更に畳み掛けるよう落石を落とす。そしてシターは砕けにくい盾を雨のように複数降らせて嗾けた。
何も、盾は護る為だけのものではない。その硬さは力にもなり、それを高速で放てば通常の弾丸よりも遥かに強力な弾となるのだ。そんな弾が複数となれば、通常攻撃としてもかなり強力なものだろう。
それらによって石畳は細かく砕け、更なる粉塵と土煙が舞い上がりて視界が完全に消え去った。その煙を消し去るよう、ドレイクとラビアも行動に移る。
『身体が炎その物であるロキが潰れただけではやられまい。此処で更に畳み掛ける! ──カッ!』
「同じく! "光の雨"!」
身体が炎のロキは潰れただけでは傷すら負わない。故に、先程の攻撃は一時的にロキの動きを止めたに過ぎないのだ。
なのでドレイクとラビアが畳み掛けて攻撃を嗾けた。
ドレイクが炎を吐いて霆を降らせ、ラビアがレーザーのような雨をロキの居るであろう場所に降らせる。
それらにはかなりの力が込められており、炎は全てを溶かし霆は全てを消し去る。そして光が差し込み、視界が白く染まると共に"ムスペルヘイム"全域にその光が伝わった。
「さて、どうかな……悪神様は……」
破壊の割りに轟音は響かない。霆の音なども全て光が消し去ったのだ。そして眼前に広がるのは、一点に込められた力で貫かれたかのような一切の歪み無き円。恐らく光の雨がそれを形成したのだろう。
当然光によって全てを消されたので、その穴の近くには瓦礫や石畳などは無い。先程ジルニトラとアスワド、ルミエ、シターが埋めた物も当然無くなっていた。そんな、何もない深い穴にて、
『中々の破壊力だな。並大抵の者ならば遠距離からその光球と光線を放つだけで片付ける事も可能になりそうだ』
身体を炎に変え、その噴出で空を飛ぶロキが現れた。当然の様に傷一つ負っておらず、何時ものように悠然とした態度でその場に留まる。
メラメラと炎が燃え盛り、歪み無き穴の底から再び火柱が立ち上った。
「あちゃー。やっぱり駄目か……。単に身体が炎ってだけなら既に何度か致命傷を負っていてもおかしくないんだけど……。普通の炎とは根本的に違うみたいだね……!」
『そうだな。ただの炎では既に灯火は消えていたが、私は神だ。それでいて通常よりも遥かに強靭な肉体を持っている。故に消される事はほぼ無いだろう』
そんなロキを見て肩を落とすラビア。倒せるとは思っていなかったが、流石に無傷なのは少し堪えるらしい。
通常の炎ならば既に消えている程の攻撃を放ったのだから当然だろう。ロキはそれを容易く耐える力を宿しているので無傷だったのだから。
「厄介だな。こいつを仕留めるにしても時間が掛かりそうだ」
『しかし、それは承知の上だ。身内である以上、俺は逃げられない。お前たちは先に行っても構わぬぞ。これは俺の私怨みたいなものだからな』
『ふっ、果たしてお主がそんな玉か。フェンリル殿。これはお主だけではなく、幻獣の国の問題。俺たちは残るぞ』
『勿論!』
「同盟を組んでいる身として、無論の事私たちもです」
『そうか。すまないな、皆の者。恩に切る』
厄介な存在であるロキ。これは幻獣兵士の事もあるが、身内として責任を感じているフェンリルの問題が大きかった。
なので自分を無視して先へ進む事を促すフェンリルだが、他の主力たちはそれを断った。確かに先に行ったライたちは心配であるが、このままフェンリルを残して先に行く事とロキを倒して先に進むのとでは後者の方利点が多い。
それならば一噌の事ロキを連れて自分たち。自分たちの敵。ロキという三竦みの状況を作り出しても良いかもしれないが、先に居るライたちがどの様な行動に移っているか分からない以上それはあまり良い策では無いだろう。
『良い友が多数居るようだな。父親としてそれ程に嬉しい事は無いぞ、フェンリルよ。誇らしく思う』
『また平然と嘘を。その様な事は父親らしい姿を見せてから言って欲しいものだな』
そんなやり取りに称賛の声を送るロキ。息子であるフェンリルに友人が出来ているのが嬉しいのだろう。
無論、心の底からそう思っている訳では無いとフェンリルは見抜いていた。実際、生まれた瞬間に幽閉されたフェンリル。親からの愛情など、微塵も感じる訳が無いだろう。
『やれやれ。褒めてやったというのに。素直に褒め言葉を受け取るのが息子としてのあり方では無いのか、フェンリルよ』
『生憎だが、もう貴様から受け取るモノは何もない。さっさと沈め、永遠にな!』
猛々しい遠吠えを上げ、巨体でロキに飛び掛かるフェンリル。音の領域は既に超えており、第四宇宙速度に匹敵する速度で肉迫して巨腕を振り落とした。
ロキは身体を炎に変えて避けるが、そこへシターが盾魔術の壁を形成する。その壁は上下左右何処にも隙間を作らずにロキを囲み、逃げ場をなくさせた。次いで盾魔術の囲いが圧縮され、ロキサイズの箱が造り出される。
そこへジルニトラとアスワド、ルミエ、ラビアが囲むように魔力を込めた。次の瞬間に各々の魔法・魔術が放たれ、タイミングを計ったシターが盾魔術の囲いを解く。その一瞬後にそれらの魔法・魔術が着弾して街並みを吹き飛ばした。
『強力な盾魔術故に、わざわざ攻撃と同時に解除しなくてはならないのは欠点だな。容易く躱せた』
『だが無論、それも読んでいる』
『奇遇だな。私も同じだ』
その黒煙から炎となって姿を現すロキと、そんなロキに対して上空で待機していたドレイクが暴風を吹き起こす。
暴風に煽られたロキの身体は揺らめき、それでも平然と立つ。風によって周囲に残った瓦礫類が吹き飛ばされるが、その程度の風などロキにとっては大した事無いのだろう。
「まだだ、我らも撃てェ!」
「「「おおお!」」」
『『『おおお!』』』
『ふむ。一斉砲火か。悪くない考えだ』
そして、他の兵士たちがロキ目掛けて再び砲弾を放つ。それによって生じた爆炎が"ムスペルヘイム"を包み込み、ロキの姿が見えなくなった。
炎その物であるロキにはその程度の砲弾など効かないのだろうが、その隙は主力たちが嗾けるものとなるので無駄ではない。
次いでロキを包囲していた主力たち、フェンリル、ドレイク、アスワド、ラビア、シター、ルミエ。三匹と四人が一斉にその力を──
『しかし使える戦法はこの程度……成る程。理解した。此処まで分かればもうこれ以上の戦いも必要が無い……そろそろ私も少しだけ本気を出すとするか……』
『『『…………!』』』
「「…………!」」
「「…………!」」
──放とうとしたその刹那、爆炎から再び姿を見せたロキが身体全てを炎に変えて己を包囲しているフェンリルたちを焼き払った。それによって炎の国"ムスペルヘイム"が更に焼け、周囲から視界が消え去る。
己の炎の中から現れるロキと、その炎きよって多少の火傷を負ってしまったフェンリルたち。大した傷では無いが、フェンリルはロキの一言を気に掛ける。
『ふむ。少しの本気か……。始めに言っていた小手調べ……それがたった今終わりを告げたという事か……!』
それは、ロキが何かを理解し、少しだけ本気を出すと言う事。つまり、戦闘開始時に告げたロキの言葉が終わりを迎えたという事である。
その事柄、小手調べ。それがたった今終了したのだ。フェンリルの言葉を聞いたロキは焼き払い、薙ぎ払った兵士たちの前に佇み、フッと笑って言葉を続ける。
『ああ、そうだ。大凡の攻撃手段と守護手段は分かった。それならば観察を続ける必要もない。故に、そろそろ少しだけ力を解放しようと思ってな』
『ふっ、始めからそうしても良かったものを……!』
今までの戦いは、全てロキの小手調べ。攻撃方法などを観察する為の様子見に過ぎなかった。だからこそ、これから少しだけ力を解放するらしい。
それならばさっさとそうしてくれと告げるフェンリルだが、少しとは言え本気を出すロキ相手にあまり余裕は無いだろう。
第二陣とロキの戦闘。それは小手調べが終わり、次の段階へと進む事となる。




