五百三十五話 洞窟の外
銃弾と砲弾。矢が飛び交う洞窟の外。爆炎によって周囲の景色は黒煙や爆発によって生じた砂塵に覆われており、一寸先が見えにくくなっている状態。
ヴァイス達との戦闘が始まってから早数十分。両軍の戦況はどちらが有利に運べているのか分からないがより混沌とした状態になっていた。
剣と剣がぶつかり合って金属音を響かせ、槍と槍の衝突によって木の弾かれる音が響く。一方からは銃声と大砲の鈍い音が届き、新たな黒煙が生まれて周囲が更に包まれる。
「ハッ!」
『……ッ!』
『……!』
『うぐ……!』
『ハァ!』
『……ッ!』
『……!』
「グハッ……!」
そして、至るところから聞こえる叫び声と歯切れの悪い短い悲鳴があった。一方では味方の兵士が生物兵器の頭を刎ね飛ばし、一方では生物兵器の剣に切られる。一方では幻獣の身体が生物兵器を吹き飛ばし、一方では放たれた凶弾がライたちの味方兵士を撃ち抜く。
味方が生きているのか絶命したのかは定かでは無いが、意識を失っている者は多いようだ。
「オラァ!」
「そらっ!」
その一方で、ライとグラオが正面衝突する。それによって周囲の爆炎が消え去り、暴風を起こして周りの兵士たちを吹き飛ばした。
グラオは敵味方構わずに仕掛けており、ライは極力味方兵士へ影響が出ないように立ち回っていた。ついでに生物兵器の兵士達を数体消し去り、味方の援護も両立させているようだ。
「ライさん!」
『ライ殿!』
「気にするな! 俺は相手がちょっと悪い! 俺を気にせず戦っていてくれ!」
「「は、はい!」」
「ハハ! 周りの手助けをしながら戦うなんて、面倒な事をしているねライ!」
そんなライの方を見て礼を言おうとした兵士たちだが、ライの言葉に遮られて生物兵器の兵士達へ構える。
というのも、グラオを相手にしつつ兵士たちの手助けをするのは少々骨の折れる所業。なので自分の事は気にせず、生物兵器の相手だけに集中して欲しいのだ。
そのやり取りに笑うグラオ。グラオにとっての兵士達は生物兵器なので軽い命。別段消え失せても関係無いのだろう。しかしライの味方である兵士たちを狙わないグラオはライ的に少し助かっている。
グラオからすれば自分が楽しみたいだけ。なので兵士たちを狙わずとも楽しみに影響が無いので狙わなくとも良いのだろうが、強敵から味方全員を護りながら戦うのは苦労するもの。なので自分との戦闘だけに集中しているグラオは相手にしやすいのだ。
「面倒だろうと関係無いさ。まあ、確かに俺の立場上、護るという事はあまりしないかもしれないけどな」
「確かに、君の目的だけを聞けば護るよりも壊す事の方が得意そうに思えるね。性格的には護る事の方を大事にしているみたいだけど」
「ああ。俺の目的である全てを収めるという事は、全てを護る事と同義だからな!」
回し蹴りを放ち、二人が二人を弾き飛ばした。会話をしている最中にも殴り合いを行っていたが、余計な破壊行為はしていない。
それは普段のように一挙一動で山河や星を砕く程の攻撃を放っては味方の兵士たちを巻き込んでしまう。なので魔王の力は使わずライ自身の力でグラオと戦っていた。それもあって辺りの破壊は少なく、足場もそれ程荒れていなかった。これならばこの戦いに影響も無いだろう。
「そろそろ力を見せてくれよ!」
「それは考えどころだな!」
──そして次の瞬間、二人の衝突によって荒れていなかった足場が大きく粉砕して砕けた。
拳と拳がぶつかり合って衝撃を散らし、周囲の大地を大きく浮かび上がらせ他の兵士たちが吹き飛ぶ程の爆風が巻き起こる。
その風が木々や草花を払い、崩れた洞窟の瓦礫も多少舞い上がった。
「まだ力は見せてくれないみたいだね。けど、気に掛けていた兵士たちが何人か吹き飛んじゃったみたいだよ?」
「ああ、そうだな。けどお陰で兵士たちはアンタや生物兵器達から距離を置く事が出来た。落下時に少し身体を打つだけだから大したダメージにもならないさ」
「成る程ね。敢えて距離を離させたって訳。大した差は無さそうだけど、僕的には邪魔にならないから良いや」
ライは兵士たちを傷付けてはいない。兵士たちが頑丈である事を理解しているからこそ、生物兵器達から距離を置く事で余計な負傷を防げると踏んだのだろう。
事実、吹き飛ばされた兵士たちに怪我などは無くライの目論見通りだ。そんな兵士たちから数百メートル離れた所でライとグラオ、そして多数の生物兵器が向き合うという形になっていた。
「これなら生物兵器も討てる……!」
「……。へえ?」
──その刹那、魔王の無効化を纏ったライはグラオでは無く生物兵器の方へ向かい、一瞬にして多数の生物兵器を消滅させた。
グラオはそんなライに追い付き、追撃する事も出来たがそれはしない。ライの気が晴れる事で自分自身がより楽しめるだろうと考えたのだ。
実際、力を出さなかったのは味方の兵士たちが居たから。そして味方が討たれるかもしれない危惧の要因となる生物兵器を除ければ相応の力が出せる事だろう。
「なら、少しは力を見せてくれるのかい。ライ?」
「ああ。少しはな?」
次の瞬間、ライの身体を漆黒の渦が取り囲む。その渦が更に広がり、ライ自身に血の煮え滾る感覚が生まれた。性格が好戦的になり、身体の底から力が溢れる。
今纏った魔王の力。三割。ライの力と合わせて実質六割。普段から様子見や主力クラスと戦う時によく使う力となった。
「なーんだ、まだその程度か。確かにその力でも星は簡単に砕けるけど、その状態の全力に近い力でようやく惑星破壊クラスの力……。僕の前では少し役不足かな」
「ハッ。勝手に言ってな。俺はアンタを倒す事が目的じゃないからな。隙を作れてこの場から逃げ出せればそれで良いんだ」
「退屈な思考をしているね。此処に来てから逃げてばかりじゃないか」
「生憎、俺の目的遂行の為にこの戦争……"終末の日"は不要だからな。適当に流して終わらせれば良いんだよ」
実質六割となったライは足を開き、軽く地を踏む。その瞬間に速度が光の領域に達し、目の前にいるグラオ目掛けて拳を放った。
グラオはそれを受け止めて退屈そうに言い、ライがそれに返しながら回し蹴りを放つ。グラオはしゃがんでそれを避け、片手を地に着け即座に足で蹴り上げる。ライは仰け反って躱し、グラオの蹴りが顎を少し掠めた。
仰け反ると共に背後へ飛び退き、一歩踏み込んで光の速度で拳を放つ。それを躱したグラオが肉迫し、ライも一気に近付く。互いの拳が再びぶつかり合い、先程放った光の速度の拳とたった今のぶつかり合いによって一際大きな爆発が起こり、数百メートル先の兵士たちを爆風だけで更に吹き飛ばす。それが収まった瞬間、兵士たちの目には無傷の二人が映り込んだ。
「やれやれ。この程度かい? 余風はかなりの破壊力を秘めているけど、森一つ吹き飛ばせない程度……この程度じゃ僕から隙を作る事も出来ないってのは君も知っている筈。ライは一体何が狙いなんだい?」
拳を突き出しながら、ライの行動へ疑問を浮かべたグラオが訊ねるように話す。ライが今この程度の力しか纏わない理由はグラオから隙を作り、この場から離脱する為。しかし今のままでは全ての動きが容易く捉えられ、とても隙を作り出せる状態ではない。
なので気になったのだ。ライが考えも無しに無駄な行動をする訳が無いと知っているからこそ、その狙いが気に掛かるのだろう。
対し、ライが軽く笑って一言。
「ああ。狙いはたった今……完了した」
「……!」
刹那、近くの洞窟から爆音が響き、その瓦礫がライとグラオ目掛けて飛んで来る。それを硝子細工のように砕いたグラオは、そこから出てきた者たちを目にした。
「ありがとう、ライ。お陰で洞窟を抜け出す事が出来た」
「まあ、敵の主力も残っているけどな……」
「……。お疲れ様……」
「外にも厄介な人達が集まっているね……」
「ええ。隙を突いて洞窟から抜け出したのは良いのですけど……まだ戦いは続いています」
「あちゃー。エマ達を外に出しちゃった……どうしよう」
「想像以上に粘るからか、場所が広い所に移ってしまったね」
「まあ、俺的にはこの方が良いけどな。思う存分に戦える」
「やれやれ。面倒だな」
エマ、フォンセ、リヤン、キュリテ、ニュンフェとヴァイス、マギア、ゾフル、ハリーフの洞窟内で戦闘を行っていた者たちだ。
エマたちに目立つ外傷は無く、洞窟内での戦闘も基本的に軽いものだったとその様子から窺える。しかしヴァイスた達も大した傷が無いので、互いに軽い小競り合い程度の争いだったのだろう。
「エマ! フォンセ! リヤン! キュリテ! ニュンフェさん!」
「ハッ。互いのお仲間が出て来たな」
そんなエマたちを見、近くだが別の場所で戦闘を行っていたレイとシュヴァルツもライたちの近くへと姿を見せる。
それなりの負傷はあるが行動に支障は無いようで、レイも軽い傷のようだ。そして当然、シュヴァルツも。それはそれで厄介である。
「ふうん。洞窟の出入口を抉じ開けて、仲間を助け出したのか。確かにこれなら僕から……いや、僕たちから隙を作り出せそうだ」
洞窟から出てきたエマたちとヴァイス達を見、納得したようにライへ話すグラオ。その間に二人は距離を置き、警戒を解かずに、且つエマたちへ一瞥して向き合う。
「だけど、これでこの場には僕を含めた他の主力も揃ってしまったって事。果たして君達が逃げ切る事は出来るのかな?」
「やるだけやってみるさ。まあ、苦労はするだろうけどな」
敵も味方も、この周囲に居る者は全員揃った。敵も味方も含め、他の主力の事を考えれば数はまだまだ居るが、近隣に居る者は揃ったという事だ。
洞窟から出てきたヴァイス達は二人のやり取りを暫し眺め、ライたちが何をしようとしているのか読み取り改めて構え直す。
「一先ず私たちの目的はライ達を連れて帰る事だ。君達が大人しく着いてきてくれれば私たちの拠点へ行けるという事も踏まえて都合が良いと思うんだけどな」
そしてヴァイスが話した事は、ライたちを自分達の拠点へと来ないかとの事。
というのも、ライたちの目的が"ヘルヘイム"へ行くと分かった今、口車に乗せる事が出来ればライたちをリスク少なく連れて行けると踏んだのだろう。
確かにその通りだが、それを見抜いたライは軽く笑って返す。
「ああ。確かに安全策だな。けど、それを実行したとしてアンタらが何もしない訳が無い。多分何かを考えているんだろ?」
ヴァイスは先を読み、行動を実行する者。なのでライたちを拘束する術を持っているかもしれない。
そう考え、ヴァイスへと訊ねるように話すライ。ヴァイスも軽く笑って返した。
「さあね。それを君達に話したとして、必ず着いてくる保証は無いからね。ノーコメントでお願いするよ」
「それってもう俺たちを拘束する気があるって言っているようなものじゃねえか。なら、俺はそれに従う訳にもいかないな」
含みのある言い方に疑問を覚え、その企みを推測するライ。ノーコメントという事は、追及されると少し都合が悪いという事。なので分かったのだ。
しかし推測に過ぎないので本当かは分からないが、対するヴァイスは肩を落として言葉を続ける。
「残念。交渉決裂か。まあ仕方無いか。力尽くで連れて帰るのはあまり好かないやり方なんだけどね」
「その胡散臭い態度を改めて、少しは信用されるようになるんだな」
「おやおや。これは手厳しい。さて、世間話もこれくらいにして、そろそろ仕掛けるとするか」
交渉が上手くいかない結果に終わり、体勢を戦闘の方へ向けるヴァイス。
その近くでは待ちくたびれたようなグラオとシュヴァルツ、ゾフルが笑っていた。やはり潔く勝負を終わらせるのでは無く、正面から戦いたい心境なのだろう。
エマたちが洞窟から抜け出した今、それでもまだ戦闘は続いて行くのだった。




