五百三十四話 現れた敵の主力
──"九つの世界・世界樹・第三層・空へと続く道"。
突如として洞窟が崩され、出口を失ったエマたちは目の前に現れた数人を前に立ち竦んでいた。
既に陣形は崩れており、後方のエマ、キュリテ、ニュンフェと中方のフォンセ、リヤンも集まっている。しかしそれも当然だろう。何故なら敵の主力──
「二日振りだね、エマ。元気だった?」
「……。また会ったな、マギア。まだ生きていたのか」
「たった二日で死ぬ訳無いでしょ」
「ヴァンパイア。魔族の女主力が二人。そしてエルフか」
「フム。上手く分断できたみたいだね。少々向こう側の主力が心許ない感じもするけど……」
「いいや。彼女達もかなりの手練れ。そういう事も無いようだ」
「……。久々に見たな、確か……ヴァイスを始めとして、ゾフルとかいう奴とハリーフとかいう奴だったか」
「……。久し振りだね、ゾフルにハリーフ……!」
「私も面識はある方々ですね……!」
──ヴァイス、マギア、ゾフル、ハリーフの四人。
相手の中でもかなりの主力がそこに立っていた。特にアンデッドの王であるリッチのマギアは危険だろう。
マギアだけではなく、当然の事ながらヴァイス、ゾフル、ハリーフも相当の実力者。此処に居るエマ、フォンセ、リヤン、キュリテ、ニュンフェと主力の数は此方の方が多いが油断ならない相手である事に変わりは無い筈だ。
「さて、主力の数は私たちの方が少ないけど……兵士の数と質は私が上……良い勝負になりそうだね」
「ふっ。此方も舐められたものだな。そこに居る生物兵器の兵士達だけで渡り合うつもりか。数が少な過ぎるだろう」
互いに交わし、両者は構える。
主力の数は一人差でエマたちが上。兵士の数は数桁単位でヴァイス達が上。それが狭い洞窟内に集まったとなれば、かなり混雑とした乱戦になりそうだ。
──そして次の瞬間、両軍の兵士たちが各々の相手へ向けて発砲した。
音速を超えた弾丸と洞窟を更に崩し兼ねない砲弾。そして鋭い矢。それらが一斉に放たれ、互いの兵隊へ一撃を数回与える。それによって洞窟内が大きく振動し、カラカラと小さな小石が複数落下した。
それと同時にエマとニュンフェ。ゾフルとハリーフが互いの陣から飛び出し、相手に向けて嗾ける。
「はっ!」
「はあ!」
「オラァ!」
「"槍"!」
エマがヴァンパイアの怪力と共に拳を突き出し、ニュンフェが疾風の如く剣速でレイピアの突きを放つ。
そしてゾフルが雷速で霆を纏った拳を放ち、ハリーフが槍の魔術を放った。
拳と霆の拳。レイピアと槍魔術が正面衝突し、魔力と雷を散らして先程の重火器以上の振動を引き起こす。ニュンフェとハリーフはレイピアと槍魔術に弾かれて距離が置かれ、正面から霆の拳を受け止めたエマは目映い光を放ちながら感電する。
その数秒後に感電が収まり、エマとゾフルも互いに距離を置いた。
「ハッ。全身の血液を感電させても再生するのか。何でこれで再生するのに心臓に杭を打たれたら死ぬんだろうな」
「さあな。そういう体質なんだから仕方無いだろう。疑問ならば私を生み出した駄神にでも訊ねたらどうだ?」
感電し、電気の通り道で気化した血管の痕が身体に浮き上がっているエマは、即座に再生して元通りとなる。その再生力を見たゾフルが疑問を浮かべるように訊ねた。
対し、エマはそれに返答する。しかし本人も分からない事なので、ゾフルの望む返答ではないだろう。それに加え、知っていたとしても詳しく教える義理は元々無いのだ。
「剣術と魔法を操る知能の高い種族。エルフ族か。私と戦った事はまだ無かったね。その力、篤と拝見させて頂こうか」
「いいえ、結構です。私は遊ぶつもりは無いので。始めから貴方を、アナタ達を討ち仕留めるつもりで戦いますので悪しからず」
「おやおや、手厳しい……」
エマの再生力を改めて実感しているゾフルを横に、先程一太刀交えたハリーフがニュンフェに話す。
だがニュンフェは自身の力を見せびらかすつもりも無く、ただ淡々とハリーフを仕留める事だけを考えているようだ。それに対して不敵に笑うハリーフ。表面上は紳士のように振る舞っているが、何とも不気味な者である。
「やれやれ。少し好戦的過ぎるね、君たちは。お互いに……。けどまあ、先に仕掛けたのは私たちだ。そのケジメとして一撃の猶予を与えたという事にしておこう。これからが本番だ」
「ふっ、猶予を与えてくれた割りには随分とケチ臭いじゃないか。エマとニュンフェの攻撃は互いに弾き合う結果となった。これではケジメにならないだろう」
「おっと、これは一本取られたね。まあ、私とマギアが手を下さなかったと大目に見てくれ」
「ふん。割りに合わない願いだ」
好戦的なゾフルとハリーフを前に、軽く不敵に笑って話すヴァイス。
それに返すフォンセだが、とらえどころの無い態度で淡々と話すのは少々やりにくさがある。それが元々の性格なので今更だが、相手のペースに乗せられ兼ねないのは厄介だろう。
「さて。もう一度言おうか。これからが本番だ。マギア、ゾフル、ハリーフ。貴重な優秀な者達。出来るだけ殺さないでくれ」
「勿論♪ 皆は私のお気に入りだからね♪」
「ハッ。相手次第だ……!」
「さて、どうなるか……」
「随分と上からの態度だな。年で言えば私と張り合えるのはマギアくらいだというのに」
「ふっ。しかし面倒な相手だな」
「うん……頑張る……」
「やれるだけやってみるよ」
「ええ。皆様に同じく……!」
軽い小競り合いを終わらせ、体制を整えるヴァイス達とエマたち。これからが本番なので、一息と一瞬が勝負の分かれ目になる事だろう。
ヴァイス達と出会った洞窟内の戦闘は、出だしからして死闘となりそうな雰囲気だった。
*****
ライとグラオが近距離で回し蹴りを放ち、撓る脚と脚の正面衝突と共に周囲の土を巻き上げた。連鎖するように大地が陥没し、周囲に砂塵を巻き上げる。次の瞬間に二人は離れ、一歩踏み込んで互いの眼前へと迫る。次いで拳を放ち、再び大地が割れる程の衝撃を散らした。それによって周囲に舞った砂塵が消え去る。
「撃てェ! ライ殿を援護するんだ!」
『銃部隊と大砲部隊、そして弓矢部隊構え!』
「一瞬でも隙を作るんだ!」
その消えた砂塵の中から出てきたグラオ目掛け、銃や大砲。弓矢を嗾ける兵士たち。それに気付いたライは飛び退き、グラオの正面に飛んで行くそれらの武器によって大きな爆発が引き起こされた。
そしてその爆風からはグラオではなく、武器を構えた生物兵器の兵士達が飛び出してくる。
「邪魔をしないでくれよ。といっても、これが戦争なら邪魔をするのは当然だね。だから、君達の相手は生物兵器が行うとするよ」
次に爆炎の中から出てきたのは、全くの無傷であるグラオ。
当然だろう。常人ならば爆散する程の重火器を用いたとしても、宇宙を消し去る攻撃にも耐えうるグラオとなれば効く筈もない。
「……!」
「っと!」
しかし気を引く事は出来た。ライが上から無言で踵落としを放ち、グラオに仕掛ける。だがグラオはそれを見切り、飛び退いて躱した。
ライの踵が着いた地は割れ、周囲に大岩程の土塊を巻き上げた。
「やっぱ駄目か。隙を突いたつもりだったんだけどな」
「ハハ。当然だよ。君の気配には常に集中している。例え他の場所に気を取られていたとしても、探知する事は容易い所業さ」
一撃によって大きな穴が空いた大地。そこの中心にてライが呟いていた。
直撃する事は無いと分かっていたのだが、分かっていたからこそ手応えの無さを実感して気が引けるのだろう。早いところ"世界樹"を抜け出したいが、まだ"ヘルヘイム"にすら入る事が出来ていない。それは中々に堪えるものだ。
『……!』
「ぬぅ!」
『……!』
『ハッ!』
その一方で、攻めて来た生物兵器を相手取る兵士たち。相手の武器は剣や槍、そして銃剣。使用している武器類はほぼ同じだが、それでも兵士たちは苦労している様子だった。
攻撃しても怯まず、切り裂き、撃ち抜き、貫き、破壊しても死なない生物兵器の兵士。それはかなりの難敵だろう。
「向こうも気になるな……だけど、今はグラオが先決か」
「ああ。そうしてくれ。僕も楽しみたいんだからね」
穴から飛び出し、改めて構えるライ。次の瞬間に駆け出し、弾丸のように拳を放った。グラオはそれを紙一重で躱し、ライの脇腹に蹴りを打ち込む。ライは身を捻って避け、片手の掌を地面に着けて飛び退く。
ライとグラオ。此方の戦いはまだまだ激しさを増す事だろう。
「"破壊"! "破壊"! "破壊"!」
「……っ!」
一方のレイとシュヴァルツは、シュヴァルツが連続して破壊魔術を放ち、それをレイが躱していた。
空間と地面と木々と空。それらが音を立てて硝子のように砕け散り、その輝く破片が降り注いでレイの肌を切り付ける。
次の刹那にシュヴァルツがレイへ駆け出し、レイはそれを避けた。シュヴァルツの腕が通った軌道にはヒビが入り、再び砕け散る。そのシュヴァルツの脇腹へ向けてレイが勇者の剣を薙ぎ、大気を振動させて剣尖を防ぐシュヴァルツ。
それに伴って二人は弾き飛ばされ、地面を軽く擦って停止する。一瞬だけ砂が舞い上がり、その刹那に二人が大地を蹴って相手に近付く。
「撃てェ!」
「ハッ! この程度の砲弾、意味がねェぜ!」
近付く瞬間に背後の兵士たちが声を上げ、シュヴァルツ目掛けて砲弾を撃ち込む。
しかしシュヴァルツは砲弾に触れる事無く周囲の空間を破壊し、振動と共に砲弾を暴発させて防いだ。その爆風が周囲を包み込み、辺りに再び砂塵が舞う。それを切り裂き、勇者の剣を構えたレイがシュヴァルツ目掛けて加速した。
「やあ!」
「次は突きか」
そのまま剣をシュヴァルツへ突き立てるレイ。しかしシュヴァルツは再び空間を砕いて弾く。弾くと同時に回し蹴りを放ち、レイの顔を蹴り抜くと共に吹き飛ばした。
吹き飛ばされたレイは剣を地に突き立てて勢いを殺して止まり、直ぐ様立ち上がってシュヴァルツへと構える。ツーっと鼻血が垂れているが、それを気にしていない様子である。前までのレイならば痛みで動きが鈍くなったかもしれないが、今はそういう訳でも無さそうだ。
確かに痛みは感じているのだろうが、ギリギリの所で身を引いて衝撃を和らげたようである。確かにそれならば直撃しても多少の威力は抑えられる。本来なら頭が吹き飛んでいたかもしれない蹴りを受けて骨も折れずに済んだのがその証拠だ。
「ハッ。戦闘能力も前より上がっているな。剣だけじゃなく、身体能力にも磨きが掛かっているみてェだ!」
「……!」
蹴りを受けても立ち上がるレイを見、楽しそうに笑うシュヴァルツ。次いで大地を踏み砕き、一気に加速してレイの眼前へと迫った。
レイはその目でシュヴァルツを見切り、身体で気配を感じて剣を払う。その剣に流されるようシュヴァルツはレイの背後へいなされる。
流されたシュヴァルツは空中で体勢を整え、軽く掌で地面を弾いて立ち上がると同時にレイの方へと視線を上げた。
「身体能力に伴って動体視力もかなりのものになってんな。前までなら既にテメェは血塗れになっていた」
「そう。私もライたちの力になりたいから、強くなるのは当たり前……! 前までは幹部や主力クラスが相手だと致命傷に近いダメージを負っていたけど……今度は軽傷で貴方に勝つ!」
「今度は? テメェに負けた事はねェし、そもそも戦った事もねェよ!」
再び踏み込み、破壊魔術を身体に纏わせてレイへ放つシュヴァルツ。レイは剣を振るってその破壊を防ぎ、シュヴァルツを弾き飛ばした。
そのままレイも駆け出し、シュヴァルツ目掛けて剣を振り下ろす。対し、シュヴァルツは体勢を低くして躱し、地面に手を擦らせ大地を粉砕しながら突き進む。
次の瞬間、砕かれ削られた大地が浮き上がり、レイを天高く巻き上げた。そこへシュヴァルツが跳躍し、自由の無い空でレイ目掛けて破壊を繰り出す。
「……ッ! やあ!」
「……ほう?」
しかしレイは破壊を勇者の剣で防ぎ、その剣を振るいつつ巻き上った大地から降り立つ。それを見たシュヴァルツは不敵に笑い、レイの後を追うように着地した。
そこへ複数の大砲が放たれ、着地した瞬間のシュヴァルツを撃ち抜く。放たれた砲弾は爆発し、レイの正面に巨大な黒煙が舞い上がった。
「ハッ。効かねェな。雑魚共は引っ込んでな!」
「「「…………!」」」
『『『…………!』』』
その黒煙から無傷で姿を見せるシュヴァルツ。そのまま破壊魔術を用いて辺りを砕き、大地を大きく粉砕して魔族と幻獣の兵士たちを全て吹き飛ばした。
その欠片がキラキラと舞い散り、レイとシュヴァルツが向き合う。兵士たちの助けがあっても意味が無い強敵。厄介なものである。
「……。成る程な。確かにその剣にゃ何かの秘密があるみてェだ。剣に触れた部分だけの破壊魔術を無効化してやがる。他の奴らが言った通りだな」
「……?」
レイの剣を見、成る程なと呟くシュヴァルツ。その言葉の意味がよく分からないレイは小首を傾げて疑問に思うが、推測するならば普通の剣とは違うとでも教えられていたのだろう。
何度か敵の主力に見せている力なので、それを知っているのは普通だ。なので特に追及しなかった。
「ライとグラオも、洞窟の中も大盛り上がり……俺たちも少しは盛り上がろうぜ、女剣士よォ……」
「別に盛り上がらなくても良いよ。私はただ、貴方を切り捨てるだけだから……!」
「ハッ。スゲェ殺気だ。そういう女は嫌いじゃないぜ」
「私は貴方が嫌い」
「そうかよ。フラれちまったぜ。じゃあ好きなのは?」
「それは……。……! な、何でもない。ただ貴方を倒すだけだから……!」
「クク、それは良かった。俺もテメェを倒す事には賛成だ」
互いに構え、戦いに関係の無い方向へ行ってしまった会話を戦闘に戻すレイ。何が好きか嫌いかというものは、この戦いに置いて不要である。それを理解しているので改めて集中力を高めた。
対し、純粋に戦闘を楽しんでいるシュヴァルツも構える。
エマたちとヴァイス達。ライとグラオ。レイとシュヴァルツ。それらの主力が織り成す戦闘は、第三層"ヘルヘイム"近隣の森にて続いていた。




