五百三十三話 "ヘルヘイム"に続く洞窟
──"九つの世界・世界樹・第三層・空へと続く道"。
"ムスペルヘイム"を抜けたライたちは、上空へと届く薄暗い道を進んでいた。
本来の"世界樹"において"ヘルヘイム"は地下深くに存在している場所。しかしこの逆さまの"世界樹"では逆に上へと続いているのだ。
しかし元々は地下へと続く道だった場所。ちょっとした洞窟となっており、外からの光が入らない程に薄暗い場所だった。明かりも無く辺りが岩肌でゴツゴツしている。など、特徴が普通の洞窟と同じで特別な雰囲気のある感じでもないが、ライたちは数が多いので進むには中々大変な様子だった。
「結構暗くてデコボコしているけど、レイ。足元は大丈夫か?」
「うん。けど、この数で此処を抜けるのは少し狭いね。後ろの警戒にはエマとキュリテが行ってくれているけど、敵が来たら大変そう」
「そうだな。囲まれたら抜け出すのも一苦労だ。洞窟みたいな造りだから大きな破壊も生み出せないし」
今現在、ライたちは前方、中方、後方に分かれて列を作っている。
先へ進む事が優先となり、戦闘が多くなる前方がライとレイ。辺りを警戒し、何処から敵が来てもおかしくないので的確な判断力が必要となる中方がフォンセとリヤン。そして背後からの奇襲が来る可能性のある後方がエマ、キュリテ、ニュンフェと、長蛇の列だからこそ手薄になりそうな場所に主力たちを配置している形となっているのだ。
これならば不測の事態にも即座に対応出来、先を進むに当たってかなり優位になるだろう。
「敵が来たら面倒だし早いところ抜け出すのが一番だけど……今回もそう簡単に行きそうにも無いからな」
「……。そうみたいだね。今度は私にも分かるよ」
「ああ。今度は不可視の移動術を応用して隠れている訳じゃないみたいだからな。此処は洞窟……少し先に開けた場所が見えるから待ち伏せしているんだろう。気配からしてまた生物兵器だけみたいだけどな」
その様に進み行く中、少し先の場所から複数の気配を感じるライとレイ。そこに何かが潜んでいる事は分かるのでライが静かに片手を上げて指示を出し、兵士たちを静止させる。
乱れる事無く止まった兵士たちはライとレイの後ろに列を作る。これならば全兵士をライの位置からでも見渡し易いだろう。
「しかしライ殿。此処まで警戒する必要があるのだろうか。先程攻めて来た生物兵器は大した事無くライ殿たちだけで倒した。主力の気配が無いのなら、そう警戒せずとも良さそうであるが……」
そんな、警戒するライに対してそれ程までに警戒する相手なのかを訊ねる魔族兵士。
先程も偵察隊だった生物兵器が攻めて来たが、ライたちは軽くあしらえた。なので警戒せず、正面から突破しても良いのではと気に掛かっていたのだ。魔族の性格からしても慎重に行くよりは正面突破が好ましいのだろう。
「いや、そういう訳にもいかないさ。巨人の国"ヨトゥンヘイム"のとある館で、敵は敵の手下である兵士達しか居ないと思っていたけどそうじゃなかった事がある。敵の主力クラスになれば手下の兵士達と同じレベルにまで気配を落とす事が出来る者も居るんだ。だから、主力の気配が無くても知らず知らずのうちに潜んでいる可能性もある」
「成る程……。そうだったか……。なら、ライ殿たちに従った方が良さそうだな……」
巨人の国にある館の探索時、ライたちが敵の最大級の戦力ヴリトラに会った時、その館からは強い気配を感じなかった経験がライにはある。故に主力の気配が無くとも、それを消せる実力者が居る事を理解したので気配を感じずとも油断せずに構えているのだ。
それを聞いた兵士も納得する。
確かに気配や存在を操る事の出来る敵は居るかもしれない。不意を突かれたらその時点で死が一気に近付くだろう。なのでライたちは警戒は解かずに様子を窺っているという事が分かったからだ。
「良し、軽い様子見だ……」
呟き、近くの石ころを拾うライ。
拾った後でレイや兵士たちに目配せで指示を出し、何をするかを目線だけで伝える。兵士たちはそれを分かったか理解し難いが、兵士たちより長い付き合いで共に修羅場を抜けてきたレイは理解しただろう。なので軽く息を整え、その石ころを投げずに正面へと軽く放った。
『『『…………!!』』』
──その刹那、放られた石ころ目掛けて潜んでいた生物兵器達が一斉に飛び掛かった。同時にその石ころと周囲数十メートルが生物兵器達によって破壊される。
その破壊の横でレイが駆け出し、それを見て理解した兵士たちもレイへ続くように駆け出した。
「やあ!」
『……!』
一閃。勇者の剣を振るい、生物兵器達を切り捨てるレイ。続いて後ろからフォンセが姿を見せ、細胞すらをも気化させる程の炎魔術で生物兵器の肉片を焼き払った。
それによって生物兵器は再生せずに停止する。そこへライも飛び出し、魔王の力では無く魔王の無効化術だけを纏って生物兵器へ拳や足を放つ。それを受けた生物兵器は再生機能が無効化され、成す術無く死した。
「ライ殿たちへ続けェ!!」
「「オォーッ!!」」
『『ウオォッ!!』』
ライとレイに続き、武器を携えた兵士たちが生物兵器を一斉に切り捨て撃ち抜き射抜く。それも直ぐに再生するのだろうが、少しでも時間を稼げればライたちが消し去ってくれる。なので最低限の仕事はしているのだ。
今此処に居るのはライ、レイ、フォンセだけで他の主力たちは動かない。動く必要も無いので片付くのを待っているのだろう。敵が居ても戦おうとしないのは信頼があるからこそ成せる技だ。
余計な体力は使わず温存させる。それがライの考えている事なので理解した上で動かないという事だ。
「良し、ある程度は片付いたな。また主力クラスは本当に居なかった。警戒し損か?」
「ううん。多分真っ直ぐ攻めていたら奇襲を仕掛けられなかったからこれで良かったと思う。警戒しなかったら兵士たちが何人何匹か負傷しちゃってたと思うから」
「そうだな。生物兵器も大した事無いように見えて、本来は恐るべき力を秘めたモノ。一番の正解が今のやり方だ」
それから物の数分で生物兵器が片付け終わった。
主力は居なかったので直線的に攻めても良かったかなと話すライだが、警戒から始まった石ころを利用する奇襲。それが成功したので万が一の為に警戒していたのは正解だっただろう。
ライたちにとっては大した事の無い兵士だが、一匹で街一つを滅ぼせる力を秘めた生物兵器。正面突破では幾つかの味方兵士たちが怪我していた筈だ。なのでこれが最善の策だったという訳である。
「じゃあ、私は指定位置に戻る。生物兵器の相手をするなら、後方に居る私たちの方が適切だからな」
「うん、ありがとうフォンセ。私もこの剣をもう少し使い塾さなきゃ……!」
「ふふ。確かにその剣ならば相手の性質を無効化する力くらい秘められていてもおかしくないな。いや、もう兆しは何度か出ているか。後は自分次第だな」
「うん!」
生物兵器を片付けたところで、列を乱さぬように元の場所へ戻るフォンセ。
生物兵器の倒し方は細胞一つも残さずに消し去る事。不死身の性質その物を無効化させるライならばまだしも、発展途上のレイが持つ勇者の剣ではまだ意図的にその領域へ到達させる事は出来ていない。なので生物兵器を完全に消し去る為、中方のフォンセが来てくれたのだ。
何度か相手の攻撃等を無効化した事のあるレイの剣。たまにそれが出来るので何れはそれを意図的に実行させる事も出来るようになるのだろうが、今は無理な事。レイに課せられたまだまだ課題は多そうである。
「見えてきたぞ。出口……いや、次の戦場への入り口だ……!」
「……!」
自分の課題を考えていたレイの耳にライの言葉が入る。どうやら出口が見えたらしい。
レイも目を凝らせば微かな明かりが見える。距離から推測した大きさからして、確かに出口であり入り口である場所のようだ。
「じゃあ、覚悟は良いな?」
「うん……!」
ライはレイへ確認を取り、レイは力強く頷いて返す。中方と後方に居るエマたちの確認は取れないが、既に決まっていると見ても良いだろう。
ライは大きく手を振り、出口へ向かう事を後ろに居る兵士たちやエマたちへと伝えた。対し、兵士たちは一斉に頷きエマたちの居場所からは数本の手が見える。やはり覚悟は決まっていたみたいだ。
「うし。行くか、決戦の舞台……!」
全員の確認を終え、光指す方へ向かうライとそれに続くレイたち。歩を進めるに連れ、徐々に光が増して強くなる。
それからほんの数分後、出口へ到達したライたちは光の外へと一歩踏み出した。
*****
──次の瞬間、洞窟から抜け出したライたち目掛けて複数の矢や砲弾が放たれた。それらが真っ直ぐに進み、雨のように降り注ぐ。
ライは拳を構え、軽く放ってそれら全てを消し飛ばした。
「待ち伏せしていたみたいだな。洞窟の外だからか途中まで気付かなかった」
「うん。今度は何の兵士だろう」
軽く払い除けた後、辺りへ集中して気配を探るライ。レイも気配を感じており、彼方此方に複数の気配がある。
恐らく正面に広がる森の中に多数の兵士が潜んでいるのだろう。今この瞬間もライたちを狙い、森の中を移動しているかもしれない。
「「……!」」
その瞬間、背後から爆発音が響き渡った。その爆風が正面のライたちを襲い、ライとレイの髪を大きく揺らす。
どうやら背後でも何かが起こったらしい。しかし後方にはエマたち。中方にはフォンセたちが居るので対して心配はしていない。それ程までに信頼しているからだ。
「後ろで爆発か……。伏兵が潜んでいたのかもな。それか、たった今やって来たか……」
「うん。エマたちなら大丈夫だと思うけど、主力が来たなら大変……」
「ああ。皆! 危険の無いように安全な場所に居てくれ! 今から正面の兵士たちを吹き飛ばす!」
「「ああ!」」
『『はっ!』』
爆発に気を取られている時、再び矢や砲弾がライとレイ目掛けて降り注ぐ。二人はそれを躱し、背後の兵士たちに指示を出した。
数が多いと少々面倒。乱戦にでもなれば此方の兵士たちが多く負傷してしまう可能性がある。なので一先ずはライ自ら手を下して敵の兵士たちを一蹴するつもりらしい。
ライの実力は理解している兵士たちはそれに従い、邪魔にならぬ場所へと移動する。移動を確認した後、ライは大地を踏み砕き土塊を片手に握る。そして正面の森を目掛け、勢いよく投石した。
「そら、よっと!」
軽い掛け声と共に放たれた土塊の石ころ。それが即座に音速を超え、一瞬後に大爆発を引き起こす。
正面の森は吹き飛び、爆散して消え去る。その中には幾つかの影が見えたので、隠れ潜んでいた兵士たちはたった今吹き飛んだ事だろう。
「あ、またニュンフェに怒られるかもな。敵を一掃する為とはいえ、森を消し飛ばしちゃったぞ」
「アハハ……。まあ仕方ないよ。今回ばかりは敵も多かったし、そこら中に隠れているからキリも無いからね」
兵士たちを森ごと吹き飛ばし、「あちゃー」と頭を掻きながら呟くライ。
自然を愛しているニュンフェがこの光景を見たら悲しむかもなと危惧しているのだ。
しかし場合が場合。今回ばかりは仕方無いとレイがフォローをする。
「"破壊"!」
「「……!」」
そんなやり取りの横で聞き覚えのある声と共に破壊が生じて背後の洞窟が崩壊した。
その瞬間にライとレイは振り向き、崩壊した洞窟へ視線を向ける。外に出ていた兵士たちは無事だが、洞窟内に残っていた者は生き埋めとなってしまった。
「……! シュヴァルツか……!」
「よォ。数日振りだな、ライ」
その破壊から、誰が来たのかを特定するライ。
シュヴァルツは言葉に返し、瓦礫の上から軽く跳躍してライとレイ。そして外に居た数十人と数十匹の兵士たちの前へ構える。
「……。さっきの爆発もアンタが?」
「ああ。因みに、今回の主力は俺一人じゃねェぜ」
先程起きた爆発。それがシュヴァルツの仕業と分かり、少し行動が遅かったと考えるライ。正面の森に居る兵士たちを吹き飛ばし邪魔者を消し去った後で背後を確認するつもりだったが、どうやら一手遅れたようだ。
しかし敵の主力が来たのなら戦わざるを得ない。"世界樹"の世界を抜け出す事が目的だとしても、敵の主力と戦わなくてはならない事に変わりが無いからだ。
それに加え、他にも主力が居ると聞いたらそれも厄介。早いところシュヴァルツを片付け、洞窟内に居るであろうエマたちを救出しなくてはならなそうだ。
彼女たちならば崩壊した洞窟など簡単に抜けられるだろうが、洞窟内に敵の主力が居ると考えた場合そう簡単に事が運ばなそうだからである。
そう考え、ライはシュヴァルツに向けて構える──
「なら、ライ。君の相手は僕にさせてくれよ」
「……!」
──そして構えた瞬間、何処からともなくグラオが姿を見せてライに殴り掛かる。以前までのライならば直撃していたかもしれないが、それに気付き即座に反応を示してグラオの拳を掌で受け止めた。
しかし勢いは止まらず、兵士たちごと巻き込んで洞窟の横へと飛ばされる。足を地に着けて堪え、視線を上げた先にはライの掌に拳を埋めつつ不敵に笑みを浮かべるグラオの顔が眼前あった。
「アンタら二人が来た主力……な訳ないか。他にも居るんだろ?」
「うん、そうだね。洞窟の中にも数人の主力。そして当然生物兵器の軍隊も数万人用意しているよ。あらら、これは君の仲間である主力や兵士達も大変だ……」
「ハッ、そんな柔なエマたちや兵士たちな訳ないだろ。たった数万人vs数十人と数十匹だ!」
グラオの指示と共に、ライたちの正面にある吹き飛んだ森から様々な武器を携えた生物兵器の兵士達が姿を見せる。相手も既に戦闘準備は完了しているという事だろう。
聞けば主力たちも洞窟内に潜んでいるとの事。言葉では余裕を持って返すが、一人二人では無く数人の主力と聞き、少しの焦りが見える。
空へ続く洞窟を抜け、第三層にある"ヘルヘイム"に到達したライたちは、数万人の兵士と数人の主力と出会った。
ライとグラオが向き合い、レイとシュヴァルツが向き合う。そして崩された洞窟内にはエマ、フォンセ、リヤン、キュリテ、ニュンフェと数人の主力たちが集った事になる。
つまり愈々、"九つの世界・世界樹"において本当の"終末の日"がたった今始まろうとしているのだろう。




