五十二話 "生と死の狭間"
──何もない、真っ暗で漆黒の、"無"の空間。そこに漂っていたのは『姿が無くなっている』ゾフル。
ここはこの世かそれともあの世か、魔王の力によって木っ端微塵にされた筈のゾフルがこの空間に浮かんでいた。
(……何だァ……? なんで俺はこんなところに……確か……?)
この空間でも意識はあるようだが、ゾフルの頭はボーッとしており、フワフワと何も考える事が出来ない状態だった。
「…………(…………)」
ただ、ボーッと上か下か左か右か斜めを眺めるゾフル。
すると、一筋の光がゾフル視界に入る。
いや、一つ訂正を加えよう。意識はあるが視界は無いのだ。
謂うなれば、ゾフルの視界に一筋の光が『入ったような錯覚が意識の中で起こる』。が正しいだろう。
そして、その光のような錯覚から声のようなモノが聞こえてきた。
「あーあ……見事に魂だけの姿だねー……大変そう……」
哀れみと同情を込めた口振り。その口調と音から女性という事が窺える。
ゾフルの性格なら反論し、最悪殺そうとするだろうが今のゾフルにそんな気は全くなかった。
「……? アンタ……誰だァ……?」
気の抜けるような声で話し掛けてきた声に返すゾフル。話す事すら面倒であり、何も感じない様子だ。そんなゾフルの言葉に対し、その声は名乗る。
「あ、どーもねー。私はマギア・セーレっていう名前。まあ、何て言うか……うん。魔術師だね」
魔術師と名乗ったマギア。名を聞いたがゾフルは相変わらずやる気も何もなく、何も気が起きない状態だが、無い筈の重い口を開けて聞く。
「あァ……そうかい……。マギア・セーレ……? まあどうでも良いけど……此処は何処なんだ……? 俺ァ……確か……」
いまいち思考が回らない様子のゾフル。朧気な記憶が無い筈の脳内を駆け回り、無い筈の曖昧な視界がマギアを捉える。
そんなゾフルを見たマギアは、説明を兼ねてゾフルに話す。
「そうだね。じゃあ、私が説明して上げる。まあ、此処で……ていうか、この空間の説明を出来るのは世界広しといえど、私やごく一部の人達だけだろうねー♪」
「…………(…………)」
おどける素振りをしているマギアに対しゾフルは何も言わず、ボーッとしながら無言で返す。
そんなゾフルの様子を気に掛ける事も無く、マギアは言葉を続ける。
「……で、この空間だけど……この空間は"生と死の狭間にある空間"なんだ! つまり、貴方は今、生と死を彷徨っているって事!」
アハハ! と、無邪気に笑って話続けるマギアはその手振りと口で説明し、ゾフルは何も言わずにそれを聞いていた。
「まあ、今の空間はとても暗くて黒いし……ほんの少しの光も見えない……生きる見込みがあるなら少しは光がある筈なんだけどねえ。……ま、要するにこのままなら貴方は確実に死んじゃうねえ♪」
「…………そうか……」
明るい声で笑い続けるマギア。やる気が無く何も無いながらゾフルは理解したように返した。
そしてマギアは、ゾフルに話を切り出す。
「で、此処で提案! 貴方! 貴方を殺し『掛けた』相手が憎くない?」
マギアは敢えて、殺し"掛けた"と言う。魂だけになったまだゾフルは死んでいない。しかし放って置けば死ぬ。
だが"殺し掛けた"という事はつまり、生きる事も出来るという事。マギアはまるで、その返事がもう分かっているかのようだ。
「いや……別に……俺ァ……どっちでも……」
しかし、そのゾフルはやる気がなく、気だるげで、何もしたくないように話す。
マギアはクスッと小さく笑って言葉を続けて言う。
「アハハ! そんな訳無いでしょ? ……貴方は幹部の座を奪った。そしてその座は僅か数分で無くなって、その座を奪った魔王を宿した者に殺され掛けている……。その人に絶ッッッ対、復讐したがっている筈だもん♪」
「幹部……? 魔王……?」
ふと、ゾフルの意識に何かが凄まじい勢いで流れ込む。それはとても言葉では表せない感覚だった。
━━お前が消えればそれで良いんだがな?
──……ゾ……フ……ル……!?
━━これで……幹部を倒した俺が新たな幹部だ
──…………元・魔王だ……!!
自分が言ったであろう言葉、誰かが言ったであろう言葉。高速で流れ込むそれは紛れも無く、自分の持つ、記憶の断片だった。
「……そうか……俺は……」
──刹那、真っ暗で漆黒の空間は一斉に光が灯る。
それは灯籠のようにポツポツと光を放ち始めた。
一瞬にして何も見えない程暗かった空間は、目映く広々とした空間へと移り変わる。
それを見たマギアは、大変楽しそうにゾフルへ言う。
「おめでとう! 今の貴方なら生き返る事も出来るよ? まあ、元々完全に死んじゃった訳じゃ無いけど」
「生き返れんのか? ハッ! そいつは良いかもな! だが……恐らくだが俺の力では無理だろ?」
軽薄な笑みを浮かべ、本調子に戻ったゾフルはマギアに言う。ゾフルは此処が何処で、自分が何をしていたのかハッキリと分かったようだった。
それを聞いたマギアは頷いて返し、ゾフルへ告げる。
「そうだね♪ けど、私の力を使えば問題無いよ?」
マギアの笑顔を見、ゾフルは訝しげな表情をして質問する。
「成る程な! 大体読めたぜ! 生き返らせて欲しけりゃ、何らかの条件を飲めば良いんだろ?」
その質問は生き返る為に何が必要か、という事だ。恐らくマギアは何かしらの条件を出してくると、そう確信していた。
マギアは明るく楽しげに笑い、質問に答える。
「せいかーい! 生き返りたければ、私たちに協力して欲しいの。内容は……」
「いや、いい。生き返る事が出来るならよォ、その内容は生き返ったあと聞けば良いだろ? どうせ俺の力が必要とか、そんなもんだろ! 戦うことなら俺は誰が相手だろうと戦うぜ? 例え身内やダチでもな!」
マギアの答えを聞く前に返したゾフル。取り敢えず生き返られるのなら問題無いという考えらしい。
マギアは言葉を遮られた時に一瞬ムッとしたが、ゾフルの話を聞いて言葉を続ける。
「そうだね。私たちは世界を統一するのが目標。要するに、戦いが沢山あるってことだよ。けど、生き返ったとしても裏切らないでよね? 貴方の行いはチラッと見たんだから!」
どうやらマギアは、ゾフルがダークの首を切断したところを見ていたらしい。
ゾフルはクッと笑ってマギアに言う。
「裏切らねェよ。世界統一は面白そうだ! どっかのガキと若干被るがな! それに、前に俺がダークの奴を襲ったのは『その方が面白そうだった』からだ。そんな面白そうな事しか無いような目標でどこに裏切る要素があるのか、俺が知りたいね!」
ゾフルはノリノリでマギアの提案を受ける。
マギアは、ま、いっか。と、楽観的な素振りを見せてゾフルに手を翳す。
「……じゃあ、"現世"で会いましょうね、ゾフルさん────」
──そしてその瞬間、ゾフルが浮かんでいた生と死をの狭間にあるという空間は、ガラスが割れるかのように砕けた。
「……やあ、起きたかい? ようこそ"レイル・マディーナ"出身で"元"・幹部のゾフル?」
「アンタもライの小僧にやられた口だっけか? クハハ、何か共通点があって良いな、オイ! いや、お前の場合は殺られた……が正しいか! ま、夜露死苦ゥ!」
「少しは強いって話だし、僕もそのうち手合わせを願うよ」
「やっほー。『生きてる状態』の貴方に会うのは初めてかな? 身体を再生させるのは苦労したんだからねー? 粉微塵の身体を細胞から繋げたんだから! ま、私だけの力じゃないけど♪」
ゾフルが目覚めると、目の前には白髪の男と黒髪の男、そして灰色の髪をした者に先程出会った女性がいた。
彼らの様子を見るに、中々歓迎してくれているらしい。
「ククク……ああ、よろしくな。何故か名を知ってるっぽいが……俺ァゾフル。生き返らせてくれるっつーんで生き返らせて貰ったぜ」
ゾフルは久々に色のある空間を見て軽薄な笑みを浮かべる。
笑みを浮かべて高揚感に包まれながら白髪の男──ヴァイス・ヴィーヴェレ。黒髪の男──シュヴァルツ・モルテ。灰色の髪をした男──グラオ・カオス。そして魔術師というマギア・セーレに挨拶をする。
そうして、ヴァイス・シュヴァルツ・グラオ・マギアのチームに、新たな仲間──ゾフルが加わったのだった。
*****
朝日の光に包まれて起きたライは、レイ、フォンセ、リヤン、キュリテを何とかしてベッドから抜け出した。
エマは慎重に扱う方法を知っているのか、レイたちを殆ど動かす事無くライから離す事に成功したのだ。
「はあ……朝から疲れた……。まあ、大分休めて昨日の疲れは大方取れたかな……?」
近くの椅子に移動して腰を下ろしたライは、軽く手足を動かして身体の感覚を確かめる。
どうやら疲れも取れたらしく、何も問題が無い様子だった。
それから少しの間、他の者たちが目覚めるまでライとエマは談笑していた。
そして数分後、レイ、フォンセ、リヤン、キュリテも目を覚ます。
「おはよう。レイ、フォンセ、そしてリヤンにキュリテ」
「ふふ……今回はライの方が早く起きたぞ」
「おはよー……ライー……エマー……」
「挨拶……ごくろー……」
「……ふゎぁ…………」
「いやー……やっぱ朝はキツいねー……」
今回は挨拶するメンバーに二人が加わっていた。
そしていつものメンバーはいつものように、とても眠そうな感じで話す。
その様子に苦笑を浮かべているエマと、いつもの俺はあんな感じなのか。と頷いているライ。
いつものように暫くボーッとしているレイたちだが、いつものように少し経つと目が覚める。
「良し、起きたな。……で、これからどうする?」
【片っ端から破壊する】
(却下)
ライはレイたちに聞くが、何故か魔王(元)が反応し、ライは即答で拒否した。
そしてライは、そういえば魔王(元)の事をリヤンとキュリテにも言った方が良いのか? という疑問が浮かんだ。
「俺的にはこの街をもう少し調べたいな……というか、"テレポート"で来たから……この宿の人? しか俺たちの事を認知していないだろうし、レイとエマとリヤンがどんな目で見られるかも気になる……」
──が、まあ良いかと一旦その事を置いておく事にしたライは、この街について興味を示し、レイ、エマ、リヤンの事が気に掛かる。
「うん。まあ、良いんじゃない? この街を調べるってのは征服にも役立つだろうし? それに、多分私が居るからレイちゃんとお姉さまとリヤンちゃんは問題無いと思うよ?」
そして、そんなライの疑問に応えたのは以外にもキュリテだった。曰く自分が居るから問題無いとの事。
「……レイ"ちゃん"?」
「……お姉さま……?」
「………………………………」
キュリテの言葉にレイとエマが反応し、リヤンは黙認している。そんな三人はさておき、ライは気になった事をキュリテに聞く。
「"私が居るから"ってどういう事だ……?」
ライはキュリテの言った言葉が気に掛かっていた。
"私が居るから問題無い"とはどういう事だろうか、その事に訝しげな表情をして聞いたライ。
キュリテは何でもなく、おどけたように話を続ける。
「"どういう事だ?"……って聞かれてもねぇ……そのまんまの意味なんだけどさぁ。……まあ要するに、私は幹部の側近だっただけに顔が広いのよねー。だから私の客だ……とでも言えば闇雲に戦闘を仕掛けてくるような魔族達はそういないと思うよー?」
つまり、キュリテは魔族の国全体に顔が広がっており、他の魔族は幹部などには勝負を仕掛けてこないとの事。
そしてその幹部の連れならば、他の種族だろうと狙われる事は無いと言うキュリテ。
「成る程……なら、レイやエマにリヤンは特に何事もなくこの街を歩けるって事だな?」
その話を聞いて安心したような様子のライはキュリテに聞き、キュリテは頷いて返す。
「うん、そうだねぇ。まあ、一度私と街中を少し歩けば個々で行動しても大丈夫になると思うよ?」
その話を纏めると、取り敢えずはレイ、エマ、リヤンがキュリテと共に行動する事となる。そして一つが決まったところで、ライは改めてこれからどうするかを聞く。
「良し。あとはこれからどうするか、だな。俺は街を調べる。で、レイ、エマ、リヤンはキュリテと行動してくれ。フォンセは……レイたちに着いて行くか?」
「……!」
フォンセはライの言い回しにピクリと反応を示す。
今の言い方だと、ライは一人で街を探索すると言っているような物。
フォンセはライに返す。
「…………。……そうだな、私もレイたちと行動しよう。いまいちキュリテとやらを信用出来ないからな?」
「ヒドーイ!」
隣でキュリテが何か言っているが気にせず、フォンセはレイたちと行動する事を選んだ。
ライがそんな言い方をすると言う事は、一人で調べたい事があるのだろう。敢えて突っ込まず距離を置くことを選んだフォンセ。
「ああ、そうか。あとは何かあるか?」
そしてライが纏まりに入る。これから行動するとして、後は何かしらの質問があるかないかくらい。
そこでリヤンが挙手した。
「えーと……良い……?」
「ああ、構わない」
リヤンはライの方を見て確認を取り、許可を貰えたので話す。
「えと……私は森に残してきた子たちに挨拶をしたいな……って」
「「「「…………!」」」」
あ、と反応するライ、レイ、エマ、フォンセ。
確かに"レイル・マディーナ"近隣の森にリヤンの友人、家族代わりである幻獣・魔物を置いてきてしまった。
リヤンはそのモノたちが心配なのだろう。
「オッケー。じゃ、私が"テレポート"で送ってあげる♪ リヤンちゃんの為だもんね♪」
高いテンションで了承するキュリテ。レイ、エマ、フォンセも同意するように頷いた。
その後朝食を摂り、それぞれで行動するライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人だった。