五百三十二話 生物兵器の偵察隊
──"九つの世界・世界樹・第三層・死者の国・ヘルヘイム"。
「向こうもそろそろ第三層に入った頃かな……それとも、まだ第二層に居るのかもう直ぐ近くまで来ているのか……」
「さあな。だが、何かしらの行動には出ているんだろうな」
ライたちが国を進む中、"ヘルヘイム"ではヴァイス達が集まり会話をしていた。
その内容はライたちの行動について。この四日間で、ライたちは三つの世界を越えてきた。
一つ目は泉地帯。二つ目は第一層。三つ目は第二層。そして残り一つとなる此処、第三層。ヴァイスはライたちの行動の早さならばこの世界にもう来ていると考えているようだが、詳しくは分からない。なので気に掛かっているのだろう。
その横でシュヴァルツは寛ぎながら返す。
相手の行動を分かっていない事に違いは無いが、基本的な作戦などは全てヴァイスが考えるもの。なので自分は相手をしろと言われたら相手をするだけなので軽く返したのだ。
「そうだろうね。兵士たちを捜索して戦力を増やすにしても、既に兵士を見つけ出して此方に向かっているにしても、そのどちらにしても大規模な戦争が起こる事に変わりは無いだろう」
そんなシュヴァルツの態度を意に介さず、淡々とヴァイスは返す。
シュヴァルツの性格は理解しているので、態度が悪くとも気にする必要も無いのだ。そそして、寛いでいるというのは休んでいるという事。来るべき戦争に備えて寛ぐのは悪くないだろう。
「そうだ。なら、此方から偵察隊でも出そうか。それなら相手の動きを確認出来て此方も動きやすさが出てくる」
そんな事を話しているうちにふと思い付いたように話すヴァイス。それは偵察させる者達を派遣し、ライたちの動きを見ようというもの。
それならばわざわざヴァイス達が赴かなくとも確認の手間が省ける事だろう。
「良いかもしれねェな。だが、、兵士達だけを送るのか? 言ってしまえば、それだけじゃ簡単に見つかって返り討ちに合う。そして何も情報を得られない可能性の方が高いと思うが?」
「フフ。構わないさ。命令し、時刻を指定する。そして指定時刻まで帰って来なければ誰か敵が来ているという事になるからね」
「ハッ。成る程な。帰って来ても帰って来なくても良しの作戦か。悪くねェ」
その偵察という考えに疑問を覚えたシュヴァルツだが、帰って来ないならば帰って来ないで得られる情報もあると返すヴァイスの言葉を聞いて納得する。
確かにどんな言う事も聞き淡々と塾す生物兵器ならば偵察に向かわせ、戻って来る時間を指定すればそれによって相手の行動が少しだけでも分かるだろう。
「けど、それを待つのも退屈だね。早いところ僕の方に来てくれないかな、ライたち」
「フッ。そんなものは一瞬さ。時間というものは気付いた時には過ぎ去っているもの……特に君にとっては更に速い一瞬だよ」
ライたちの行動や此処に向かって来ているかなどを分かったとしても、退屈そうに話すグラオ。別段気が短いという訳でも無いのだが、第一層以降強者との戦闘を行っていないので退屈しているのだろう。
しかし待っている時間は一瞬であると告げるヴァイス。数百億年生きたグラオでも楽しみな事柄に対しては時間が長く感じている様子なのは見ての通り。ちょっとした気遣いみたいなものだ。
「まあいいか。なら命令をしておくれ、ヴァイス。生物兵器も早く帰って来てよね。それか、指定時間に帰って来ないでくれ。……あ、これは命令じゃないからヴァイスの言葉を命令として受け取ってね」
『『『…………』』』
生物兵器を偵察に向かわせると決まれば事を早く実行したいグラオは、さっさとヴァイスに促した。この言葉も命令として聞き取ってしまう可能性もあるので補足だけ加え、適当な場所にゴロンと寝転がる。
そんなグラオを横に、ヴァイスは改めて生物兵器の兵士達へ視線を向けた。
「じゃあ。偵察に向かうんだ、生物兵器達。君達の帰りを楽しみに待っているよ」
『『『…………』』』
ヴァイスが告げ、生物兵器達がライたちの偵察に向けてその場から消え失せた。今のライたちに意味は無いが、一応不可視の移動術を使用させているのだ。
その方が、生物兵器が囮であると悟られ難くなるので都合が良いのである。
第三層にある死者の国"ヘルヘイム"にて、ライたちの事を待ちわびるグラオとシュヴァルツ。そして何時も通りの態度で待つヴァイスだった。
*****
──"九つの世界・世界樹・第三層・炎の国・ムスペルヘイム・街の中"。
燃える建物と溶けた石畳の道を行くライたちは、周りの様子を見渡しながら警戒して進んでいた。
石が燃え続けるという現状にも驚いたが、そんな事を気にしている暇は無い。なのでじっくり見て回る訳では無くこの国を抜ける為に更に加速する。
「その名の通り燃えている国だな……石が溶けるなんてかなりの高温だ」
「うん。触ったら火傷じゃ済まないよね……私たちは大丈夫かもしれないけど」
「一応水魔術や風魔術を応用して兵士たちを冷やしているが……この温度では直ぐにお湯になってしまうな」
「右に同じ……」
「魔法も同じです……」
「"クリオキネシス"なら物体その物を静止させるから効果あるけど、範囲が広いから少し大変……」
国を進みつつ、周りの温度を気に掛けるライ、レイ、フォンセ、リヤン、ニュンフェにキュリテ。
あらゆる方法で周囲を冷やそうと試みているが、如何せん石も溶ける温度。読んで字の如く、焼け石に水という事だろう。
「ふむ。熱を感じるのは大変そうだな。私も天候を操り、雨を降らせようとしているのだが……降った瞬間に蒸発してしまうな。寒さに続いて暑さ。ライたちや兵士たちの疲労は募るばかりだ」
ライたちが話しながら進む中、あまり気温を感じないエマが天候を操りながら話し掛ける。
自分は平気なエマも何かの手伝いにと雨を降らせようとしているみたいだが、それも意味が無い様子。一先ず出来る事は早くこの"ムスペルヘイム"を抜け出そうというだけである。
「ムスペルヘイム……暑いから蒸すペルヘイムかなぁ……」
「……? キュリテさん、何か……」
「ううん、何でもないよ……暑いから気が動転しちゃって……」
暑さの疲労は体力的なものだけでもない。現に意識が朦朧としてしまうので自分でも分からぬ事を言ってしまう始末だ。
特にキュリテは、全体へ"クリオキネシス"を使用してるからこそライたちよりも遥かに膨大な量の魔力を消費しているのでその影響が大きく出ているのだろう。
何はともあれ、急いだ方が良いのだが急いだら急いだで熱量が増してしまうので大変な状態だ。
「……。はあ、面倒だな。此処に来て刺客も来た……」
「うん……。面倒臭そうな気配を感じる……」
先を急ぐ一方で、周囲に漂う複数の気配を感じるライとリヤン。二人は止まり、それに釣られるようにレイたちや兵士たちも停止する。
他人よりも遥かに気配を感じる事の出来るライとリヤン。だからこそ通常ならば見つける事はおろか、感じる事すら不可能な気配を読み取ったのだ。
「けど、気配からして主力クラスは居ないみたいだな……悪魔で偵察が目的って事か? 居場所がバレたら結構厄介だな……」
存在の気配はあるが、出てくる気配は無くライたちを囲むように集まっている謎の者達。その事からライはヴァイス達の偵察係と推測する。
しかし何だか腑に落ちない感覚もある。暑さで少し思考が鈍っているが、ただの偵察とは思えなかった。
「邪魔しないなら無視しても良さそうだけど、そういう訳でも無さそうだよな。逆に考えれば、ヴァイス達が俺たちの居場所を理解していないから複数の兵士達が此処に来ているって事だ」
「けど……どうするの……? このまま此処で止まっていたら皆疲れちゃう……」
「そうだな……。気配を感じているのは俺とリヤンだけ。適当に攻撃を仕掛けてそれも何かの作戦だったら……。うーん、上手く考えられないな……魔王を一割でも纏えば太陽レベルの熱にも耐えられるけど……今のままじゃ暑さで少し大変だ」
気配を感じているのはライとリヤン。そしてライは魔王の力を使えば太陽や超新星爆発。はたまた宇宙崩壊レベルの熱にも耐えられるようになるが、今は素の状態。
ある程度の物理的な攻撃を無効化出来るライ自身の肉体でも、体力を温存しつつ石が溶けるレベルの温度の中で考えるのは大変のようだ。
「良し。一先ず此処は仕掛けず、"ムスペルヘイム"を抜ける事を優先とするか。やっと分かった。倒しても倒さなくてもヴァイス達に俺たちの居場所が分かってしまうって事がな。どちらにしても分かっちゃうなら、一々面倒な兵士達を相手している暇は無い」
「うん……分かった……」
「気配は感じないけど……ライとリヤンがそう言うならそうなんだね。了解」
ようやく考えが終わり、ヴァイス達の狙いを理解するライ。それにリヤンも同調し、気配を感じずともライとリヤンを信頼しているレイ。そしてエマたちも頷いて返していた。
それならばと、後は余計な事を考えずにライたちは再び"ムスペルヘイム"の中を突き進んで行く。
*****
「そうか。ライ達は"ムスペルヘイム"を抜けて真っ直ぐ此方に向かっているのか」
『……』
一方、生物兵器を嗾けたヴァイス達。ヴァイスは生物兵器から情報を聞いていた。
といっても生物兵器は話せない。なのでその脳内の考えをマギアが抜き取り、見たものを映し出しているのだ。
何も考えずただ命令に従い続ける生物兵器だからこそ、脳を調べれば見たものがそのまま伝わる。実に楽なものである。
「クク、やっぱ向かって来てんのか。それは良い事を聞いた……」
「そうだね。それは朗報だ。それに、今の居場所が"ムスペルヘイム"なら本当にもうすぐ着くじゃないか」
その情報を聞き、楽しそうに話すシュヴァルツとグラオ。
退屈にしていた二人だからこそライたちが近付いているという情報はこの上ない朗報なのだ。
「なら、ライ達には簡単なおもてなしをしようか。これは戦争だというのに、四日目に入ってからはまともな戦いをしていないからね。ライ達にも運動をして貰おう」
「なんだ、誰か主力を送るのか?」
そして、ライたちが近付いているならとヴァイスは今度こそ刺客を送るらしい。それが主力かどうか訊ねるシュヴァルツに対し、ヴァイスは言葉を続ける。
「いいや、生物兵器さ。当然何時も通りの試作品だけどね。相手には兵士達が数百人と数百匹居るみたいだ。だから、少しでも数を減らしておこうと思ってね」
「なーんだ。つまらねェの。んな事しなくても俺が兵士くらいなら簡単に潰せるってのによ」
「フフ。その力は本番で使えば良いさ。今はまだ温存していた方が良いだろうからね。悪魔で簡単な相手を努めるだけだよ」
どうやらヴァイスは生物兵器を嗾け、敵の兵士を少しは減らそうと考えているようだ。
シュヴァルツはつまらなそうに言うが、此方の力を温存しつつ相手を少しでも疲れさせる方がヴァイスにとっては都合の良い事。なのでシュヴァルツは渋々承諾した。
元々相手が万全の状態ではグラオやテュポーンが出向いても決着が付かないので、選別の計画を順調に進める為には已む無しという事だろう。
その後、ヴァイス達は帰って来た生物兵器の兵士達を再びライたちへと嗾けた。
*****
「……。急に仕掛けてきたな。やっぱ最初から倒しておいた方が良かったのか?」
「さあ、どうだろう。炎の国を抜けられた今の方が相手するなら良かったし、さっきは無視して正解だったんじゃないかな」
「そうだな。"ムスペルヘイム"内ではフォンセたちが常に冷却の力を使っていたから今よりも苦労したかもしれない。と、そう考えれば今の方が楽で良いだろう」
「ああ。倒しやすさはあったな」
「右に同じ……」
「けど、こうも早く攻めてくるという事は、着実に近付いている証拠ですね」
「うん。これからが本番だよね」
ヴァイス達が生物兵器を嗾けてから数十分後、ライたちの前には細胞一つ残さず再生もしないように完膚無きまで叩きのめされた生物兵器の残骸が消し炭となって転がっていた。
炎の国"ムスペルヘイム"を抜けたライたちに生物兵器が襲い掛かって来たのだ。しかしその程度の敵、ライたちの相手では無かったという事である。
本来ならば不死身の肉体に鬼に匹敵する腕力。そして様々な武器や技を使ったりと一つの国も落とせる力を秘めている生物兵器だが、軽くいなしてしまったのは流石というべきだろう。
「さて、最後の国"ヘルヘイム"まであと一息だ」
生物兵器達を仕留めたライたちは、敵の拠点であろう"ヘルヘイム"を目指して道を進む。
宇宙サイズの大きさを誇る"世界樹"にて国から国へ数時間程度で移動出来たのはかなりのペースだろう。本来ならば数年掛けて進む距離である。なのにこのペースとは、ライたちならまだしも兵士たちもそのペースで進めるのは疑問である。
何はともあれ、ついには炎の国"ムスペルヘイム"を抜けたライたち。もう直ぐ敵の拠点へ辿り着く事となるだろう。




