五百三十一話 国の移動
──"九つの世界・世界樹・第二層・森の中"。
第三層の世界へ向かう第一陣は、第二層の世界を駆けて森の中を進んでいた。
第二層にある"ヨトゥンヘイム"から第三層へはそれなりに近く、数十分から数時間で行ける事だろう。このまま進む事が今の目的である。
しかし第一陣は敵陣へ切り込むに当たって、後方部隊よりも多くの兵士と戦う事になるだろう。なのでそれらを一掃出来るようなかなりの実力者でなくてはならない。
そう考えられた結果、強い力を持つライを筆頭に一つ目のチームとなっている。
「敵が既に来ている可能性もある。皆、気を付けてくれ!」
「うん! ライも気を付けてね!」
「フフ、私の心配は日光くらいだな」
「まあ確かに、用心するに越した事は無いな」
「うん……」
「アハハ♪ このメンバーってなんか懐かしいね♪」
「私は私が場違いな気がしますね……」
そんな一つ目のメンバーはライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンという何時ものメンバーに加え、キュリテにニュンフェというかつて共に旅をした者たちと魔族・幻獣の兵士たちが数百人(匹)だ。
共に旅をした中にはドレイクと孫悟空も居るが、彼らは既に支配者クラスの実力者。どちらかと言えば先陣を切るのでは無く後方にて待機している組みにしてある。
元々この中には支配者クラスの力を秘めた者も数人居る。故に、ライたちだけで十分過ぎる程の戦力となっているのだ。
基本的に一つのチームに支配者クラスの実力者を一人から数人置くという形が出来ている。本来の支配者には劣るかもしれないが、幹部や側近などの主力と支配者クラスの力があれば大抵の敵は容易く打ち払えるのだ。
ライたちは警戒を解かず、かなりの速度で森の中を駆け抜ける。
「それで、第三層へと続く道の手掛かりはあるのか?」
「ああ。"虹の橋"みたいな架け橋は無いけど、小人の国"ニダヴェリール"や黒い妖精の国である"スヴァルトアールヴヘイム"が第三層の近くにある。そこを通って行けばそれなりの時間で到達出来る筈だ」
「そうだな。そこから第三層にある氷の国"ニヴルヘイム"に到達する事が可能だ。フェンリルたちの話では既にドラゴンたちが向かっているという。何処かで会えるだろう」
森を駆けつつ、宛があるのかを訊ねるフォンセ。
それに対してライが返し、エマが補足と共に到達するであろう世界と国について話す。どうやら向かう場所にはしかと根拠があるようだ。
それならば何も言うまいと納得し、そのままライたちと共に先へ進む。走り続けて一、二時間。ライたちは第三層へと続く道に入った。
*****
──"九つの世界・世界樹・第三層"。
第二層の世界を抜け出し、第三層へとやって来たライたち第一陣。
そのまま周りに見惚れず、周りを気にせず第三層の世界を駆け抜ける。走り続けて居るので何人何匹かの兵士たちからも疲労が見え、比較的常人のような感覚を持つレイも少し疲弊している様子だった。
それに加え、此処の世界は第二層よりも遥かに暗く寒い印象を受ける。近くにある氷の国"ニヴルヘイム"も大きな要因の一つなのだろうが、周りが暗いのでその寒さが更に強調されるような感覚なのだ。
「皆、大丈夫か? 此処から一気に気温が低下した。数時間走り続けた事も相まって疲労が溜まってきている筈だけど……」
そんな疲労を察知し、心配そうに訊ねるライ。朝から動き続けていたので今はまだ寒さもそれ程感じていないかもしれないが、少し止まるだけでその寒さは実感出来る。
なので様子が気に掛かったのだ。止まると逆に恐ろしく強い寒さが襲うのでまだ走り続けているが、生き物である以上疲労が存在する。それによってはぐれたりしてしまわないかなど、レイを含め全体的な兵士たちを心配しているのだ。
「私はまだ大丈夫。長い戦闘に比べれば精神的にも肉体的にも後数時間は進めると思う……」
『我らも問題ありませぬ!』
「ええ。俺たち魔族もこの程度じゃ終わらないです」
そんな心配に対し、少し息を早くしながら返すレイとレイに続く兵士たち。疲労によって少し言葉は早くなっているが、軽く呼吸をするだけで息を整えられた。
汗は引く程の寒さだが、やはり体力的な問題が難点だ。しかしまだ今のレイたちは本人の言うように着いて行くだけなら問題無さそうな雰囲気である。なのでライたちは止まる事無くより寒さの強い方向へと向かう。
「彼処か……氷の国"ニヴルヘイム"……」
その後、ライたちは数十分で凍った街の見える場所にまで到達した。
その街は遠方から見ても分かる程の輝きを放っており、青い光が此方まで届いている。見えた瞬間に寒さが急激に増し、止まっていると凍り漬きそうな感覚が生まれる。のんびりはしていられなさそうだ。
「入るぞ。あの街に……!」
「「うん」」
「「ああ」」
「うん! 寒そうだねぇ……」
「ええ……!」
ライが指示を出し、それに返すレイたち。"ニヴルヘイム"はそれなりの距離があっても冷気が届く程。近付けば近付く程にその冷気は増すだろう。
かなり寒そうなので少々不安だが、行かなければならないのでライたちは意を決して先を進む。
「近付くとより一層寒いね……もう少し厚着してくれば良かったかも……」
「はい……。寒さは自然の天敵ですし……草木も生えない程に寒いのですね……。暖かい格好をするのも悪くないかもしれません」
「私なら"パイロキネシス"で何とか出来るけど……流石に全員分の体力は無いかな……」
「ふふ。しかし此処を越えれば直ぐに炎の国だ。暑さ寒さは私に関係無いが、人間や魔族からすれば辛いものがあるだろう。だが直ぐに抜けると考えれば厚着は要らないかもしれない」
肌の露になっている腕を擦り、身体を震わせながら白い息を吐くレイ。対してニュンフェも寒そうに話、キュリテも全体的に温度を上げる"パイロキネシス"を使っているが完全に暖を取る事は出来ないだろう。そんなやり取りの中、エマはライの後ろに隠れながらそれに返す。
今、氷の国"ニヴルヘイム"に入ったライたち。全ての建物が氷で出来ており、微かな光が反射して青白い光沢を生み出している。これも日光の反射なので直撃しないようにエマはライの後ろに隠れているのだ。
そんなエマを囲うようにレイ、フォンセ、リヤン、キュリテ、ニュンフェもおり、レイたちは仲間の体温で寒さを凌げる。エマは日光を避ける事が出来たりとこの体制は最適だった。
「誰も居ないように見えるけど、微かに何かの気配を感じるな。昨日か一昨日まで誰かが居たみたいだ。多分幻獣の国の者たちか……?」
「痕跡は当然消しているようだが……確かに何かが居た気配はあるな。ほんのりとだがな」
一先ず残った兵士たちなどが居ないかを捜索するライたち。痕跡はあるが気配は無い。その事から、既に此処に居た者たちが発ったと見ても良いだろう。
当然の事ながら痕跡も殆どは消えている。ライたちが注意深く見ていたので気付いたのだ。
「匂いも微かに残っている……。嗅いだ事ある匂い……。嫌な匂いじゃないから多分ドラゴンたちの匂いだと思う……」
その一方で周囲に鼻を利かせるリヤン。冷気があるので匂いを嗅ぐ度に鼻がツンと痛むかもしれないが、幻獣・魔物の力を宿しているリヤンならばこの寒さでも関係無く行動出来るのだ。
しかしライたちの観察力とリヤンの五感によってドラゴンたちが居たという事は分かった。ならばこの氷の国を抜け、先に進む事が先決だろう。
「良し。ならドラゴンたちが向かったであろう炎の国に進むか。魔力を温存しつつ簡単な熱魔法・熱魔術で支障が無い程度の熱を確保しておこう。それならあまり体力を消費せずに寒さが抑えられる」
進むにしても兵士たちにはこの寒さは中々堪えるかもしれない。
なのでライ、フォンセ、リヤン、ニュンフェを筆頭に炎の魔法・魔術の使える者が応用として周りの者の体温を上げていた。これならば寒さによって意識が薄くなる事も無いだろう。
しかしどちらにせよ、こんな過酷な環境の国に長居はしない方が良さそうである。ライたちは氷の建物を横に、先へ進む為再び進み出した。
*****
「見えてきた……ほんのりと暖かくもなってきたな。別れている道は正面と下の二つか……」
暫し氷像のような建物を見つつも兵士たちを捜索しながら進んでいたライたちは、巨大な亀裂と下に広がる穴のある場所に来ていた。
正面にある亀裂は炎の国"ムスペルヘイム"とこの国"ニヴルヘイム"を繋ぐ"ギンヌンガガプ"だろう。となると、下方に続く道は"ミーミルの泉"・"ウルズの泉"に並ぶもう一つの泉"フヴェルゲルミル"に続く根という事だろうか。
向こう側に炎の国が見えるのでほんのりと暖かくなってきたようだ。何はともあれ、寒く過酷な国"ニヴルヘイム"はもうすぐ抜けられるという事に違いはない。
「さて、となると……どうやって"ギンヌンガガプ"を抜けるかだな。空を飛べる者が居たとしてもそれなりの距離で体力の消費が激しそうだ。それに、"ニヴルヘイム"と"ムスペルヘイム"の温度差で暴風が吹き荒れている。かなり大変な道になりそうだぞ」
冷風に金髪を揺らし、ライに訊ねるように話すエマ。
"ニヴルヘイム"だけではなく、氷の国と炎の国を繋げる"ギンヌンガガプ"も過酷な環境である事に変わりは無いのでどの様に進むのかが気になったのだ。
深い溝と吹き荒れる暴風。そして左右から挟まる熱気と冷気。中間地帯は適温かもしれないが、中々に大変そうなものである。
「そうだな……無難な方法は魔法・魔術。キュリテの超能力かな……。それでも足りない程の数が居るから、時間が掛かっちゃうな」
それを聞き、確かに移動が大変だと悩むライ。船を造るのも良いが、吹き荒れる暴風の中では転覆してしまう恐れもある。
ライたちにはやり方が多くあるが、兵士たちはそうも行かない。何はともあれ、もう一度述べるが大変そうという事だろう。
「取り敢えず、やっぱり船を造るか。鉄で巨大な船でも造れれば転覆の恐れも無さそうだし、早速取り掛かろう」
ライが考えた方法は魔法・魔術を用いて船を創造するという事。
魔族と幻獣たちを全員乗せる程の船となればかなりの大きさになりそうだが、一流の魔法使いや魔術師なら出来ない事も無い。なので早速ライ、フォンセ、リヤン、ニュンフェを中心に船を創造する魔法・魔術を使用した。
「とはいっても、船の構造はよく分からないから手漕きの船になりそうだな。取り敢えず浮かせる事だけを考えよう」
本来鉄は浮かない。だが、鉄の船は浮く。それは水に触れる面積が水より軽くなっている事で浮いているので、それを目標に取り掛かる。
土魔法や土魔術を応用して鉄を生み出し、それを浮く事に適した形に組み立てる。専門家では無いので持ち合わせの知識しか使えないが、最悪ライが船を持ち上げれば良いので曖昧な知識を生かして造り出す。そして数分。船は完成した。
その船を試しにライが持ち上げ、"ギンヌンガガプ"の水に投げ付ける。それによって大きな赤い水飛沫が上がり、造り出した鉄の塊は水に浮いた。
「良し、浮かせる事は成功したな。後は風の魔法や魔術で進めれば良いだけだ」
一先ず浮かせられれば機動力はどうにも出来る。なので目的は達成されたという事だろう。
それから更に数分。ライたちと兵士たちは船に乗り込み、炎の国"ムスペルヘイム"目掛けて船を動かした。そして荒れ狂う水を渡り、出発してから数時間で炎の国"ムスペルヘイム"へと到達した。
*****
──"九つの世界・世界樹・第三層・炎の国・ムスペルヘイム"。
「ううん……今度はかなり暑いね……さっきの島は魔法や魔術越しでも震える程寒かったけど……今度は汗が止まらない……」
「な。言っただろう。数分間厚着をせずとも良いと。しかしこの国は暑いが……日光が爆炎か雲か何かで隠れているから私からすれば過ごしやすいな」
"ギンヌンガガプ"を越え、乗ってきた船を証拠隠滅の為に破壊した後"ムスペルヘイム"に降り立つライたち。
レイは大量の汗を掻き、服の首元をパタパタと仰ぎ呼吸を整えていた。エマは汗を掻いておらず、日光も黒煙に隠れているので過ごしやすそうな様子だった。
「やっぱり第三層の敵の拠点までは遠いな……。ここまで三、四時間以上か? それなりの速度で真っ直ぐ進んだのにな。いや、これでも早い方かもしれない……それと、"ニヴルヘイム"には敵の気配が無かったし、"ムスペルヘイム"にも敵の気配はない……。となると死者の国"ヘルヘイム"が敵の拠点なのか」
「そうみたいだな。だが、そこに向かうとすれば道中で敵が出てくる可能性もあるな。過酷な環境は敵にとっても同じ。だから此処や"ニヴルヘイム"には居なかったのだろう」
敵の気配が無い事から敵の拠点を死者の国"ヘルヘイム"と推測するライ。寒過ぎる国も暑過ぎる国も敵の兵士にとっては苦痛だろう。主力クラスですら参る可能性がある程だ。
なのでライたちは氷の国"ニヴルヘイム"と炎の国"ムスペルヘイム"に敵が配置されていなかったと考える。そうなれば、"ムスペルヘイム"を抜けたその時本当の戦争が開始されるという事だろう。
「さて、これからこの国を抜ける。皆も既に覚悟は出来ているな?」
「勿論……!」
「ああ。当然だ」
「そうだな。この国は暑い。さっさと抜けよう」
「右に同じ……」
「当然だよ♪」
「ええ……。この暑さは辛いので……私も早く抜けたいです……」
最終確認をし、全員に目配せをするライ。汗を掻いているレイ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、キュリテ。そして汗は掻いていないが暑さを実感しているエマがそれに返した。
此処に来た時点で覚悟は終えている。ライはそれを知っているが、奮い立たせる為に確認を取ったのだ。
他の兵士たちも同じ。そして暑さとはまた別の、緊張による汗が流れる。確実に敵地へ近付いている証拠だろう。
真っ直ぐ進み巨人の国"ヨトゥンヘイム"から氷の国"ニヴルヘイム"へ行き、二つの国を挟む"ギンヌンガガプ"を抜けて炎の国"ムスペルヘイム"へと到達したライたち。
ライたちの戦争は、敵地に近付くに連れてこれから始まろうとしていた。




