五百三十話 ラグナロク・四日目の朝
──"九つの世界・世界樹・第二層・巨人の国・ヨトゥンヘイム"。
"世界樹"に来てから四日目の朝。辺りは騒然としていた。
昨晩何者かが侵入し、一匹の幻獣兵士が焼き殺されたからだ。他の兵士たちは誰が犯人なのか検討も付かない様子だが、ライたちには心当たりがあった。
「焼き殺されたって事は、敵が炎を使うのは議論するまでもなく当然の事。となるとその犯人だけど……一瞬にして消し炭にする火力ってのは結構絞られるな。そして隠れるようなやり方の時点でヴァイス達や魔物の国の者達。百鬼夜行は関与していないと見受けられる」
「ああ。今までのやり方からして、そいつらなら俺たちの方に直接乗り込んで来るだろうからな。となると、悪神ロキの仕業か」
ライたちの検討していた犯人。それはロキ。今までの行動からしてヴァイス達や魔物の国。百鬼夜行がこの様な方法で来るとは考えられないからだ。
基本的にヴァイスの仲間達は正々堂々正面からぶつかる事を望む。そして魔物の国の者達も、案外正面からの戦いを好む。百鬼夜行も然り。
不意討ちのような形で攻めてくる事もあるが、基本的に正面から来る事の方が多く大きな戦争が迫った今にこの様なやり方は相手の性格上しないだろうと理解しているからだ。
「となると、何でロキは此処に来ていたかだな。俺たちと会わなかったって事は宣戦布告とかが目的という訳でも無さそうだ」
「かもな。しかも、こんな遠くの場所に居たって事は戻る途中か来る途中だったって事。見張りの兵士は一人や一匹だけにならねェ筈だから、犠牲者が一匹ってのはロキが帰る途中だったからか。帰る途中のロキにこの幻獣兵士が鉢合わせて証拠隠滅の為に焼き殺したという事……」
「けど、その跡から炎を使う存在という事は明かしている。完全なる証拠隠滅をしなかったって事は別に見つかっても構わないと考えていたみたいだな」
推測の犯人。ロキが残した一つの証拠。それからライとシヴァは思考を巡らせ何故、何の為に、何で来たのかを考えていた。
というのも、本当に証拠隠滅を図ったならばこの様に大きな爪跡を残さない筈だからである。ロキならば兵士に見つかり、バレたとしても完全に証拠隠滅する力は持っている筈。しかし、敢えて証拠を残したという事は犯人が自分と知られても構わないという考えがあったからだろう。
だからこそ謎だった。見つかっても構わないなら、何故この幻獣兵士を殺したのか。その事から推測出来る考えは絞られる。
「……。さっき自分で言った言葉を否定するようだけど……ある意味、間接的なものとはいえこれがロキ流の宣戦布告なのかもな。ロキが此処に侵入した理由は恐らく情報収集。それで俺たちが昨日の明日……つまり今日、第三層に攻め入る事を知った。だからロキも参加するつもりで幻獣兵士を殺したのかもしれない」
「確かに、それも考えられるな。ロキは目覚めたばかりで力を試したがっていた。遠回しの宣戦布告だとしても、揶揄う事が好きなアイツならやり兼ねない。嫌がらせや殺害も普通にするからな」
改めて考え、初めは自分で否定した宣戦布告が目的と思うライ。確かにロキは悪戯好き。そして他人の嫌がる事も好きな悪神。伝承でも神を間接的に殺し罰を受けた事もある程だ。
なので宣戦布告、兼、嫌がらせ目的で幻獣兵士を殺したのかもしれない。当然、断定は出来ない。ただ本当にたまたま幻獣兵士とロキが出会ってしまった故に殺された可能性もあるからだ。
しかし殺されたのは事実。元の世界に亡骸の炭を持ち帰るとして、今はその炭を友人だった兵士たちが涙を瞳に溜めながら保存していた。
『敵は白髪の侵略者達。魔物の国。百鬼夜行。そしてロキ。何れも強敵だ。皆の者、心して掛かるように』
「「ああ!」」
『『はっ!』』
犯人を推測で特定した後、巨狼の姿に戻ったフェンリルが魔族の兵士たち。幻獣の兵士たちに指示を出す。
二つの兵士たちはそれに返し、各々で武器などを持って陣形を整えた。
準備が終わったのを確認した他の主力たちは決められたチームに移り、そこで指揮官として指示を出す。
その後迅速に進み、第一陣が第二層の世界から第三層の世界へ向けて歩みを進めた。
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──"九つの世界・世界樹・第三層・死者の国・ヘルヘイム"。
「さて、敵はそろそろ準備が整った頃だろう。私たちもうかうかしていられない。さっさと迎え撃つ体制に入ろうか」
「何だ。攻めるんじゃなくて相手を待つのか。退屈だな」
「フフ、そう言わないでくれ。今までは私たちから攻める方が多かったんだ。たまには相手に攻めさせるのも良いだろう」
第二層で準備が整えられていた頃、第三層の世界ではヴァイス達も準備を整えていた。
しかし今回は自ら攻めるのでは無く、相手が攻めて来るのを待つとの事。
対してシュヴァルツは腑に落ちない様子だが、ヴァイスは特に気にしていなかった。悪態を吐きつつも、シュヴァルツは何やかんや協力的である事を理解しているからだ。
「まあ。僕的にはライと戦えるならそれで良いけど、待つだけってのは退屈だね。向こうも向こうで準備は整えているんだろうけど、数時間は待たなくちゃならないや」
近くの切り株に腰を掛け、軽く笑いながら話すグラオ。此方から攻めても、彼方が来るのを待っても構わない様子だが、下準備や移動を考えれば数時間は掛かると考え退屈そうだった。
数百億年生きたグラオならば一瞬に感じてもおかしくないが、楽しみというものは神ですら来るまでの期間が長いと感じるのだろう。
「フフ。時間ならもっと掛かるかもしれない。場所的にライ達とシヴァ達の居る所は出会わない所だけど、如何せん向こうは兵士達の捜索を行っている。それを考えれば、彼らが此処に来るとして誰が最初に来るか分からないという事だ」
「二チームが手を組んでいれば早いんだけどね。そんな都合の良い話はあるかなぁ」
ヴァイス達は、シヴァ達の行動をしらない。一番最後に出会ったのがマギアとブラッド、ヘルの三人。なのでその後の行動は不明のままなのである。
つまりライたちとシヴァたちが出会って居る事も知らない。しかしそれは、グラオの願望と一致している事。願望が叶うグラオや強者と戦いたいシュヴァルツからすれば良いかもしれないが、それがどう転ぶかは分からない。何はともあれ、まだ知らぬグラオとシュヴァルツにとっては嬉しい誤算だろう。
『それで、何時間後に来るか分からない者達を相手にするとして、此方側はどうするんだ? リーダークラスであるアジ・ダハーカ殿やヴァイス殿。そしてぬらりひょん殿が事を決めなくちゃならない。テュポーンさんはまあ、攻める方が好きだろうしな』
そこへ、話を静聴していたブラッドが訊ねるように話す。
今この場に居るのはヴァイス達が全員と、テュポーンを除いた魔物の国。そしてぬらりひょん率いる百鬼夜行。支配者のテュポーンはさておき、テュポーン以外の主力達は全員が揃っている状態だ。というのも、基本的に自由な存在である支配者。その中で最も自由なのがテュポーンといっても過言ではない。故に集まるも集まらないも自分次第という事だろう。
もしかしたら既に向かった可能性もあるが、一応まだこの世界に居るので問題は無さそうである。そんなテュポーンの居場所、
『フム。勝手に自由を約束していたみたいだが、それは置いておく。得られた自由でこんな狭い場所に居ては気が滅入ってしまいそうだな。退屈では無いのか、ドラゴンよ』
『フッ、そうでもないさ。こうでもしなくてはお前達の拠点へ辿り着くまで面倒な事が多かっただろうからな。それに、狭いというのは悪魔でお前にとっての事だろう』
ドラゴンたちの居る第三層の一部。
"ヘルヘイム"から然程離れていない、一つの土地にドラゴンたちが集まっていたのだ。
その土地はそこそこ広く、ドラゴン、ワイバーン、フェニックス、猪八戒と回収した幻獣・魔族の兵士たち数百匹も収まる程。それを狭いと述べるのは、ドラゴンの言うように本来は星一つ以上の大きさを誇るテュポーンだからこそだろう。
その返答に対し、ふぅと小さく一息吐いてテュポーンは人化する。
「フフ、しかしお前程の者が条件付きとはいえ敢えて捕まるとはな。何が目的かは分からないが、どうだ。余の部下にならぬか? お前達の様な実力者ならば歓迎するぞ。無論、仲間諸ともな。魔族の者では無く、余と協定を結ぼう」
『断る。お前達の協力者によって何匹もの幻獣兵士が命を落とした。それにはお前達も関与していたからな。そんな者と協力出来る訳が無いだろう』
人化し、ドラゴンを勧誘するテュポーン。しかしドラゴンは即答で断り、あっさりとその言葉を切り捨てた。
多くの兵士たちが以前の戦争によって命を落とした。その戦争を引き起こした張本人とも言えるヴァイス。彼と戦争の時点で手を組んでいたテュポーンは信用ならないのだろう。
その返答に人化したテュポーンは肩を落としてため息を吐く。
「やれやれ。たかが数十、数百匹の兵士などどうでも良いだろう。弱者が死ぬのは自然の掟よ。争いは未だに起こり続けているが、それも減ってきている。半端な平和になった所為で戦場へ駆り立てられる強者は多くの者が死に、戦争にも行けぬ弱者が生き残っては駄目だろう。弱肉強食の世。強き者が強き者と戦争で同等の合間見れる故に死する。どうせ殺されるならば、圧倒的強者である余に殺されれば良いものを。強き者が減り、退屈な世界になりつつあるんだ」
『悪いが、何を言っているのか分からないな。死する者が弱いといっている割りには強者が死すると言う。矛盾しているでは無いか』
その言葉を聞き、矛盾点が多いとテュポーンへ返すドラゴン。
テュポーンは弱者が死ぬ世が弱肉強食の世界と言っている割りに、強者の方が多く死んでいると述べた。テュポーンの理論ならばそれも弱者となるのかもしれないが、そういう者は強者であると言う。
要するに、言っている事が支離滅裂なのだ。
それを聞いたテュポーンはハッとし、補足するように言葉を続けた。
「そうだな。色々と短縮し過ぎた。この場合の強者は、戦争にも行かぬ弱者よりは強いに過ぎないという事だ。簡単に言えば、余の暇潰しの為に命を懸けてくれたら良いのにと思うに過ぎない」
『……。全ての生物をお前の暇潰しに使うという事か。やはり俺とお前は相容れないな。俺はどちらかと言えば部下を護る方だ』
テュポーンの考えとドラゴンの考えは真逆だった。
一方では兵士を何とも思っていないテュポーン。一方では兵士たちを大切に思い、護る事に力を入れるドラゴン。勧誘云々よりも前に、元々性格上気が合わないのだろう。
「そうか、残念だ。折角余が人化し、主よりも低い視線になってやったというのに。無駄足に終わったようだな。まあ最も、横から小さく聞いた会話では向こうが来るのを待つらしい。暫し主らと会話して暇を潰すのも良いだろう」
『残念ながら、会話をする暇はない。俺はもうお前と話す事も無いからな』
「悲しいのう。よもや余が会話をしてやろうと言うのに。ならば、暇潰しにそこら辺に居る兵士達を何匹か殺しておくか」
『それはさせぬ……! 俺に自由はあるからな。無論、部下を狙うならばそれを不測の事態と見なし、この場でお前を討ち取る』
「フフ、良いの。暇潰しに支配者と戦えるのは好都合だ』
暇潰しに会話をしようとしたテュポーンだが、それも断るドラゴン。
その腹いせに周りの兵士たちを殺害しようと人化したまま拳を握って動くテュポーンを前に、ドラゴンが片腕でテュポーンの腕を止めた。それによって砂塵が上がり、次いで風に巻かれて消えた。
受け止められたテュポーンは笑い、巨大化し魔物の姿に戻ってドラゴンを見下ろす。二つの巨腕を振るい、ドラゴンの頭へ叩き付ける。
『……。いいや。止めておこう。やはり自由があるとしても、今のお主達では退屈凌ぎにもならぬ。さっさと不測の事態が起き、本当の意味で自由を得た時相手しよう』
『そうか。余計な争いが無くなると考えればその方が良いだろう。俺は囚われの身。余計な争いは好まない』
『フン。なに、直ぐに一戦交えられる』
──前に、考え直してより力を出せる状況で相手をした方が面白いと考えるテュポーン。退屈しているからこそ、強者と戦いたいのだろう。
それ故に、まだ本調子では無いドラゴンとはまだ戦わないようだ。ドラゴンからしてもその方が良いので何も言わずにテュポーンの前から去った。
ライたちとヴァイス達。そしてロキにテュポーン。ピリピリとした、今にもはち切れそうな雰囲気の中、"終末の日"本当の決戦の日となる四日目が始まりを告げた。




