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元・魔王と行く異世界征服旅  作者: 天空海濶
第二十二章 ユグドラシルとラグナロク
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五百二十九話 三日目の終わり

 ──"九つの世界・世界樹ユグドラシル・第二層・巨人の国・ヨトゥンヘイム・巨人の館・スリュムヘイム"。


 少し時をさかのぼり、晩餐会を終えたライたちは食事の後片付けを済まし全員が湯殿に向かっていた。

 今日一日の疲労や怪我は既に回復済みだが、この世界に来てから湯浴ゆあみをする機会が無かったので流石に汚れが気になったのだろう。

 中には自分は良いと断る者も居たが、心機一転。湯浴みによって清潔感を保ち、心身共に休ませるのが目的という事である。


「てか、何で全員で向かうんだ? いや、兵士たちを含めていないから厳密に言えば全員じゃないけど。主力が皆、一時的にとはいえ風呂でのんびりしてても良いのか?」


 その道中、主力全員で浴場に向かう事を疑問に思うライ。

 確かに此処は比較的に安全地帯で、"スリュムヘイム"で何かあっても距離がなければ直ぐに気付けるが、敵地である事に変わりはない。なのでもしもの可能性を考えればゆっくりしている暇も無いのだ。


「フッ。コミュニケーションを取る事も大事であろう。故にこうして人化の状態で浴場へ向かっているのだからな。危機に貧している時程ゆとり。つまり余裕というものが大事なんだ。常に警戒していては疲れてしまうだろう」


「そういうもんかね。まあ良いか。それはさておき、此処って巨人の国でもそれなりに大きな館だけど、男湯と女湯で分かれていたりするのか? 男女で共に入浴する文化もあるらしいけど、基本的に一緒には入らないんだろ?」


 主力全員で浴場に向かう事へ対しての会話を中断し、次は男女に分かれているのかを訪ねるライ。ライ自身その理由はよく分からないが、レイからその様な話を聞いたので気になったのだ。


「まあそうだな。人間の裸体には興味が無いが、人は裸体を見られる事を恥と考える者は多いらしい。かなりの広さを誇る浴場。仮に分かれていなくとも、仕切りを挟めば良いだろう」


 対し、リルフェンの返答では仕切りを造れば問題無いだろうとの事。

 元々幻獣であるフェンリルは人間・魔族の羞恥心がよく分からない。しかし裸体を恥じるという話は聞いた事があるので分からないなりに考えた策もあるようだ。


「私も別に裸体を恥ずかしいと思った事は無いな。長く生きると羞恥心も薄れるものだ」


「私も知らぬな。他人に身体をまさぐられるのは確かに気色悪く、過去にその様な事をしてきた者達は全て吹き飛ばしたが……ライたちならばこれといってその様な感覚も無い」


「私も……」


「それは皆が普通じゃないからだよ……本来は成長すると共に恥ずかしさが芽生えるものなのに……」


 女性であっても、エマ、フォンセ、リヤンは羞恥心をあまり持ち合わせていないようだ。

 唯一普通の生活をしていたレイはその事にツッコミを入れるが、エマたちの経歴からして確かにそうなんだなと割り切る。


「私は、異性で一緒に入浴するなら精々ライさんやマルスさんくらいの年齢までですね。大人の方には欲の多い方もかなりおりますので」


 ライとリルフェン。レイ、エマ、フォンセ、リヤンの会話を聞いていたアスワドが考えるように話す。

 幹部にして、戦闘経験やあらゆる事に対しての経験も豊富なアスワドだが、そこはちゃんと羞恥心を持ち合わせているようである。


「何かトゲのある言い方だな。俺たち魔族はテメェに興味ねェよ」


「その言い方も少しイラッときますね。一応私は魔族の国幹部で、唯一の女幹部ですから少しは興味を持たれたいものです」


「我がままだな……。魔族の男は女よりはどちらかと言えば戦闘の方が好きだからな。たまに例外もあるが、基本的に興味ねェんだよ」


 対して、色気よりも戦闘の方が良いと述べるブラック。アスワドはそれもそれで気になるらしく、乙女心は複雑なものと理解される。

 しかし乙女心など全く知らないブラックはその理由が分からないようだ。


『ふうん。種族によって色々変わるんだな。俺たち妖怪は基本的に女好きだったりするからな。此処には居ないが、猪八戒辺りは元は女好きだったからな。好きのベクトルは違うが、沙悟浄も人を食らう妖仙だったし』


 その会話を聞き、孫悟空が種族によっての価値観の違いを興味深そうに話す。

 人間は良くも悪くも中立。どちらかと言えば争いを嫌う者も多い。しかし魔族は争いの方が好きである。幻獣は争い事をあまり好きでは無く、魔物は争い事が好き。と、争いの一つでも多くの考えがあるのだ。

 人間の場合は上に立つ者程争いを好み、魔族は上下関係なく争いを好む種族である。それは純粋に戦闘を楽しむ事と、領地を広げる為など理由が様々だが根本的な性格は大きく違うだろう。

 幻獣・魔物もしかり。しかし幻獣は四つの種族の中で最も争いを嫌う種族かもしれれない。ドラゴンの態度を見ればそういう事だと分かる。

 既に神域へ足を踏み込んでおり、仏に近い孫悟空が興味深いのはそこであった。


「ふうん。まあ、俺にはよく分からない世界だな。俺は魔族だけど、シヴァたち程争いが好きって訳では無いからな」


「私もだ。嫌いでも無いがな。恐らくは人間の国で育った魔族だからだろう」


 種族云々については詳しくないとライが返し、フォンセが同調する。

 環境によって生き物の性格は変わるのか、ライとフォンセはそこまで好戦的ではない。それでも常人に比べたら好戦的かもしれないが、魔族の中では平和主義者だろう。環境によって変わる生き物。それもまた一興である。


「お、見えてきたぞ。やっぱ館が広いと浴場までもかなり遠いな」


 その会話を途中で切り上げ、見えてきた浴場に視線を向けて話すシヴァ。ライたちも釣られるようにそちらを見、魔族・幻獣の主力とライたちは浴場前へと到達した。

 男湯と女湯の境目となる仕切りが無いので先に何人かの魔法使い・魔術師が仕切りを造り上げて完成させる。

 そしてライたち主力は、全員が浴場の扉を潜った。



*****



「へえ。更衣室も造ったのか。土魔法・土魔術の応用で木製だな」


「ああ。ちゃんと頑丈だし、形も良い。男女に分かれているから、他の女共が気にするような事にもなってねェしな」


 浴場に入ったライたち男性陣は、簡易的に造られた更衣室の中で服を脱いでいた。

 とはいっても当然女性陣も更衣室で脱衣作業をおこなっているだろう。魔法・魔術によって造られた更衣室は頑丈で、旅館などにある物と何ら変わりは無かった。

 むしろ、一流の魔法使いや魔術師が形成させた此方の方が質の良い物かもしれない。

 その様なやり取りをしつつ、湖程に巨大な湯殿に入ったライたち。どの様な魔法・魔術を使ったのかと見てみれば、土の魔法・魔術によって巨大な壁が立てられていた。巨人の浴場なので湯殿の底は深いが、壁から新たな土の魔法・魔術によって造られた大理石のような床が造られているので沈む事も無さそうである。


「成る程。これなら常に立ち泳ぎをしなくちゃならないって事態にもならなそうだ」


「そうだな。まあ、立ち泳ぎを続けるってのも鍛練になって良いかもしれねェけど」


「元々休むのが目的なら、鍛練になったら駄目だろ……多分。てか、よくまあ、こんな量のお湯を用意したな」


 広く、巨大な湯殿。此処に居るとして深さもそのままだったら休む事など出来なかったので足場が造られていたというのは良い事だろう。そして、水を好む者の為に深い所も残しているようだ。そこには今沙悟浄が居る。

 しかしこの広さ故に、温かい湯に浸かってもイマイチ風呂に入っているという感覚にはならない。そもそも、此処は誰も居ない筈の世界。どうやって湖程の量になる湯を用意したのかも疑問である。


「湯はまあ、魔法・魔術を使えばどうにでも出来るだろ。流石に惑星程のサイズはねェんだ。湖くらいの量なら簡単に創造出来るって事だな」


「確かにそうかもな。アンタに至っては幾つもの宇宙を形成しているし」


「ハッハッハ! 俺は支配者だからな! そんじょそこらの魔法使いや魔術師とは大きく違うぜ!」


 豪快に笑い、湯船に浸かるシヴァ。確かに主力クラスならば湖の水を用意するのも容易い事だろう。なのでライも湯の件について納得した。

 この広さにはやはり慣れないが、湯事態は心地好いものなので良しとする。


「それにしても、こうして皆さんと共にお風呂へ入る機会が訪れるとは……世の中何が起こるか分かりませんね。主力クラスというだけで豪華な顔触れです」


 そのやり取りを横に、周りに居る魔族の主力たちと幻獣の主力たちを前に呟くマルス。

 主力同士仲が悪いという事は無いのだが、別の種族と共に湯に浸かれる機会が訪れた事が感慨深いのだろう。


「そうだな。一時の休息だけど、こういうのも悪くないや」


「はい!」


 マルスの言葉にフッと笑い、確かに良いものだと話すライ。無防備になる風呂場でも警戒しなくても良い仲間というものは良いものだろう。

 ライと主力たちは、暫しこの休息を堪能するのだった。



*****



「やっぱり広いねぇ。巨人族のお風呂は」

「ああ。何だか、温水の湖に入っている気分だ」

「流水は駄目だが、風呂は問題無いな私は」

「…………」


 一方の、壁一つの向こう側に居る女性陣。レイが腕を伸ばして背凭せもたれに着きながら話、それに同調するフォンセ。そして普通の湖には入れないエマは、風呂の湯なら問題無いようだ。確かに今までも何度か入浴していた。その隣ではリヤンがボーッと湯船に浸かっている。

 その近くでは他の主力たちが会話を弾ませているようだ。


「広いお風呂って良いよねー♪」

「うん♪ 伸び伸び出来るからねー♪」


 一方では両手を伸ばし、くつろいでいるキュリテとラビアが共に過ごしており、


「ジルニトラさん。このお風呂ならば人化しなくても良さそうな広さですけど……」

「そう? けど私はやっぱり皆と同じ目線でお風呂に浸かるのが良いなー♪」

「私は元々人形ひとがたの種族ですからその感覚は分かりませんけど、やはり共に過ごすに当たってその方が良いのですか?」

「勿論だよ! だって楽しいじゃん!」

「ニュンフェさんの問いに対する答えになっていないと思いますけど……」


 一方ではニュンフェに人化したユニコーンとジルニトラが会話をしており、


「わーい! 泳げるー!」

「ヴィネラさん。お風呂というものは泳いだりせず、ゆっくりと浸かる物です」

「ふふ。良いじゃないですか、今日くらいは」


 一方では広い湯船内を泳ぐヴィネラと注意するシュタラに隣で笑うアスワドが。

 この様に、他の者たちも各々(おのおの)で湯を楽しみ、安らぎの一時を過ごしていた。

 連戦に次ぐ連戦で眠る時すら容易に警戒を解けない状態だった"世界樹ユグドラシル"での三日。ようやく休息と言える休息を取れているのかもしれない。


「そう言えば、ほんの数日だけどお風呂って久々だからね。身体が凄い汚れちゃっていたかも」


「一応水魔術の応用で汚れは払ったりしていたが……確かにまともな入浴は無かったな」


「私も日光による苦痛以外で汗は掻かぬが、泥に汚れたりもした。確かに久々の感覚だな」


「私は……どうだろう……。一応森に住んでいた時と同じように身体は綺麗にしていたけど……」


 久し振りに湯船に浸かる事を考え、エマたちに話すレイ。

 考えてみれば、魔術などの応用によって清潔は保っていたが体感ではやはり気になっていたようだ。なので久し振りという感覚が生まれるのだろう。


「だが、風呂の湯が全員の汚れで濁ったりしないのだろうか。仕切りの向こうにある男湯も合わせ、主力だけでそれなりの数は居ると思うがな」


 辺りを見渡し、白いてのひらで湯をすくってその指の隙間から流すエマ。すくわれた湯は滔々《とうとう》と流れ、エマの浸かる湯に波紋を広げた。

 綺麗な澄んだ湯だが、汚れた大人数が入っても大丈夫なのか気になったのだ。直ぐに湯も濁ってしまうのではと考える。一応他の者たちも清潔にしているので、悪魔でこの世界に来てから蓄積した汚れの事では無く、今日の一日で生じた汚れに付いてだが。


「ふふ。私が居るから大丈夫なのよ、ヴァンパイア。私の洪水魔術を応用すれば、常に新しいお湯に変わる。つまり、私の魔力が切れるまでなら半永久的にこのお風呂のお湯は新しいものになるわ!」


「「…………」」

「「…………」」


「な、何よ。その反応は……!」

「いや、急に入ってきたから驚いただけだ」


 その疑問を前に、湯に濡れた裸体でレイたちの前に立って自信満々に話すオターレド。それによって水飛沫が飛び、小さな波紋を広げる。

 何はともあれ、どうやら洪水の災害魔術でお湯を常に新しいものへ変えているらしい。だが、突然の事にレイたちは固まったのだ。


「失礼ね。疑問に思っていたから答えて上げたんじゃない」

「あ、ありがとう。オターレドさん」

「そう。それで良いのよ。女剣士。貴女は可愛がって上げるわ」

「えっ……」

「……。こんな性格だったか、お前」

「私もたまには弾けたい気分なのよ」


 一先ずお湯をどうやって用意したのか、何故湯が汚れないのかを教えてくれたのでレイはお礼を言う。オターレドはレイの近くに浸かり、頭を撫でて満足気に話す。当のレイは困惑していた。

 対し、オターレドと戦闘をおこなった事のあるフォンセは性格が変わったような感覚に新たな疑問が生まれていた。オターレドもたまには肩の荷を下ろしたいようだ。


「ふふ。元気なものだな。あまり戦闘をおこなっていないからか?」


「失礼ね。私もそれなりにやってるわよ」

「そうか、それはすまない事を言った」


 微笑を浮かべながらオターレドへ言い、ムッとした表情で返すオターレド。

 確かに主力クラスと戦う事は少なかったが、敵の兵士達も含めて一応何度か戦っているので少し腹立たしかったのだろう。対し、エマは軽く笑いながら謝罪を言う。


「ほらほらー。皆も楽しもうよ! 折角のお風呂なんだからさ!」

「そうそう! 折角集まっているんだし!」


「わっ!」

「……む?」

「……っ」

「わあ……」

「あら」


 そんなレイ、エマ、フォンセ、リヤンとオターレドに裸で抱き付くキュリテとラビア。胸と胸がぶつかって反発し、六人は弾力に軽く弾かれる。それによって少し高めの水飛沫が舞い上がった。


「キュリテ。ラビア。何故貴女たちはこうも元気なのかしら……」


 レイたちは突然現れたキュリテとラビアの登場に小さく驚き、その近くでやり取りを見ていたシターが呆れるように呟く。

 男性陣と女性陣。風呂の楽しみ方は違うが、それなりの休息は取れているだろう。

 "世界樹ユグドラシル"の九つの世界。巨人の国"ヨトゥンヘイム"内の館"スリュムヘイム"にて、主力たちはリラックス出来ていた。



*****



『では、俺はそろそろ外の見張りに向かう。主力の方々は居ないが、俺達は俺達で出来る事をしなくてはならないからな』


『ああ、そうだな。主力の方々よりも圧倒的に戦闘能力は劣るが、数が居る。フェンリル様に言われた陣形で明日あす勝負を決めるぞ』


『場合によっては更に時間が掛かるかもしれない。相応の覚悟は必要だな』


『ああ。お前達も頑張ってくれ。とは言えないな。俺も頑張らなくては』


『フッ、そうだな。じゃあ、外回りは気を付けろよ。何処に敵が潜んでいるか分からないからな』


『ああ。肝に命じておく。敵は直ぐ近くで観察しているかもしれないからな……』


 主力たちが風呂に入っている時、夕食を終えた兵士たちが集まり見張りをおこなっていた。

 此処が敵地である以上、いつ何時なんどき敵が来るか分からない。なので外回りなどの見張りも必要なのだろう。


『……』


 そして丁度今、一匹の幻獣兵士が外の見張り場所へ向かおうとしているところである。

 夜の山間は不気味な程に静かな空間。本来ならば騒がしいのだが、植物以外の生き物が創られていないこの世界。伝承では騒がしいと謂われている"スリュムヘイム"やその近隣も静かである。

 そんな現在、幻獣兵士は数十分程の時間進み続けていた。主力たちの場所からそれなりの距離があるだろう。


『……!』


 ──その瞬間、背後から足音が聞こえてくる。

 幻獣兵士はピクリと反応を示し、近付いて来る足音の主を確認しようと、ゆっくりそちらを振り返った。


『オイ。考えてみれば、見張りに行くのは良いが、一匹で行くのは頂けないな。危険という事もある。俺たちは精々敵の兵士と良い勝負だからな。出来るだけチームを組もう』


『……。ああ、そうだな。それが良さそうだ』


 その足音の主、もう一匹の幻獣兵士。どうやら一人で行動しようとしていた幻獣兵士に付き添いの形で同行してくれるようだ。

 敵の主力が来た場合、仮に一匹が始末されたとしてももう一匹が逃げ出せれば報告出来る。なので此方側の主力に伝える事も踏まえ、二人以上で行動した方が良いというのは確かにその通りだろう。


『しかし、こんな所にまで見張りをする必要があるか? 此処、"スリュムヘイム"からも凄く離れているじゃないか。主力の方々も集中しなくては気配を感じられぬ場所だ』


『ああ。念には念を入れなくてはならないからな。近くに来られてしまえば、俺たちが此処に居るよりも大きな被害が生まれてしまう。だから、事前に防ぐ為にももう少し外側に待機しているんだ。ほら、此処には見張りも何も居ないだろ?』


『成る程。確かにその通りだな。より迅速に、被害が起こるよりも前に待機していた方が良さそうだ』


 着いてきた幻獣兵士の言葉に返す、見張りに向かった幻獣兵士。遠方から攻められない可能性は無い。なので遠くの方を見張るとの事。

 着いてきた幻獣兵士も納得し、考えてみればそれにも一理あると納得したようだ。


『ああ。此処なら被害が最小限に()()()()


『……ッ!』



 ──その刹那、着いてきた幻獣兵士の身体に炎の槍が突き刺さった。



 見てみれば、此処に向かった幻獣兵士の身体が半分燃えている。その者も攻撃されたのだろうかと薄れ行く意識の中で思考するが、その幻獣兵士は笑っていた。


『……ま、まさか……!?』

『ああ。言っただろう。良かったではないか。被害が最小限にとどまって』


 それから何かを察する幻獣兵士。しかしその影はみなまで言わせず、炎槍を引き抜いて発火させた。

 次いで迅速に喉を潰し、声を封じる。その刹那に身体へ触れて不敵に笑う。


『運が悪かったな。そのまま行かせていれば私も手は出さなかった。味方の身を案じて着いてきた、そのちっぽけな正義感が命を失う切っ掛けとなってしまったようだ』


『……! ……!』


 喉が焼き潰され、何も話せない幻獣兵士。その影は幻獣兵士の身体から頭にてのひらを移動させ、一瞬にして消し炭に変えた。

 骨も残らず炎に焼き尽くされた幻獣兵士。それによって生じた一瞬の爆風と光で影の正体が明らかとなる。


『成る程な。既に主力達はみな集まっていて、明日あすにでも仕掛けるのか。フッ、楽しみだ。目覚めて一日二日。鈍った感覚を呼び覚ますには丁度良い』


 その者──炎の悪神、ロキ。

 ロキが幻獣兵士に得意の変身で姿を変え、兵士たちに紛れてライたちの動きに関する話を聞いていたのだ。

 炭という唯一残った幻獣兵士の亡骸から揺らめく陽炎と共に、ロキの姿がフッと消え去る。

 九つの世界・"世界樹ユグドラシル"に来ての三日目は一時の楽しい時間と裏腹に、明日あすへの不穏な気配を残して終わりを迎えるのだった。

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