五百二十一話 子供部屋の戦闘
ミニチュアの街から、巨大な爆発が起こった。実際は爆発していないのだが、爆発を彷彿とさせる程に巨大な爆風が吹き抜け街が弾けたのだ。
その爆風に煽られ、目の前の人の姿であるヴリトラに構えるライ。ヴリトラが蹴りを、ライは拳を放ち、再び大きな爆発が巻き起こってミニチュアの一角を消し飛ばした。
「ハッ!」
「っと、剣もあったんだな」
「寧ろ、剣がメインだ」
その剣を躱し、回し蹴りを放つライ。ヴリトラは跳躍して躱し、空気を蹴って隕石の如き速度で落下しながらライへ剣を突き刺した。
しかしライにはその程度の速度を見抜くのは容易い所業。ヴリトラの落下地点はそこを中心にクレーターのような跡が造られており、ミニチュアの街が殆ど消し飛んでいた。
「おいおい、こんなに壊したら子供も泣いちゃうんじゃないか?」
「そんな者は此処に居ないと分かっているだろう。最も、俺は生まれたての赤子も恨む存在。気にしないけどな」
「ハハ、それはご苦労なこった」
土台となる下敷きと床から剣を抜き、振り抜き様にライへ突き刺すヴリトラ。ライは紙一重で躱し、ヴリトラの腹部へ膝蹴りを放つ。それをヴリトラは避け、避けると共に回し蹴りを放った。
ライは仰け反り、髪を掠めて数本の髪がハラハラと舞う。そのまま飛び退き、ヴリトラが背後へ飛んだライに剣を振り下ろす。ライは片手で剣の腹を押して弾き、その場で跳躍してヴリトラの頭に蹴りを放った。
刹那にヴリトラはしゃがみ、その蹴りを躱す。躱されたライは空気を蹴って移動し、近くの瓦礫を足場に加速して眼前へ迫りながら拳を放つ。ヴリトラはそれも避け、隙の生まれたライへ向けて剣を横に薙ぐ。しかしライは空気を蹴って上空に逃れ、拳に軽く力を込めてそのまま下方へ放った。瞬間、圧縮された空気が一気に飛び出し、ミニチュアの街を先程ヴリトラが砕いた範囲よりも更に広く崩壊させる。
「飛ぶ拳。対して力を込めていないというのに空気が崩壊するとはな。やはり一筋縄ではいかんか」
「ああ。まあ、まだアンタも本気じゃないだろ。その姿で出せる一番低い力を使っていると見た。当然か。だから俺も相応の力を使っているのさ。そう言ったじゃないか。けど、まだまだ弱くても良さそうだな……」
【んだよ。俺の出番はもう終わりか】
ライが今纏っている魔王の力は二割。ライ自身の力を含めても、実質五割程度の力である。そこから更に力を落として手加減していると考えれば実質三割程度の力しか使っていない。
そこからライは魔王の力を消し去り、自身の三割だけを使用した。
「舐められたものだ。なら、俺も剣は仕舞って置こう。それくらいが丁度良さそうな雰囲気すら窺える」
「そうかい? まあ、別に構わないけどな。俺は剣の有無じゃなくて、アンタの身体能力に合わせているんだ。剣があっても無くても今の力は変わらないさ」
「そうか、やはり舐めているなお前。なら、此方ももう少し力の劣る姿で戦闘をしてやろう』
そう告げたヴリトラは人の姿を解き、黒い大蛇の姿となってライへ構える。それは数段回の変身を行えるヴリトラにとって、最も弱い第一形態。
蛇、龍、人と強い順に姿を変えるヴリトラだが、その中でも最弱の蛇の姿という事は、自身の三割しか使わないライならそれで良いと考えたのだろう。
『さて、行くぞ』
「ハハ。どの道アンタは手加減していた。さっきも言ったように、人の姿でもな。つまり、蛇の姿で手加減しているって事は前に戦った時の初期形態より数段弱くなっているって事だろ」
『そうだな。じわじわと嬲り殺すのも悪くないだろう』
「それは断る」
太く長い身体をうねらせ、街の瓦礫を更に破壊しながらライの元へ進むヴリトラ。ライは跳躍して躱し、途中で拾った瓦礫をヴリトラに向けて放り投げた。
ヴリトラはその瓦礫に当たらず、瞬く間に空中のライとの距離を詰めて長い身体を伸ばし、大口を開いて飛び掛かる。
「させるか!」
『ふむ、そのままでも素早いな』
その瞬間に空気を蹴り、飛び退いて口から逃れるライ。そのまま着地し、上を見上げた時再びヴリトラがライ目掛けて迫り来ていた。
ライは軽く退いて躱し、玩具の瓦礫を蹴って牽制する。ヴリトラは飛んできた瓦礫を正面から砕き、身体を高速でうねらせつつ一瞬にしてライの眼前へ姿を現した。
「どうやら、瓦礫の山みたいに障害物が少ない広過ぎる場所はアンタの方が有利みたいだな」
『……!』
その瞬間にライが第三宇宙速度で駆け抜け、砕けていない街の方へと向かう。ヴリトラの大口は空振り、そのまま虚空を食った。しかし次の瞬間にライの居場所を突き止め、巨躯の身体と蛇の見た目に似つかぬ程の速度で後を追う。
「……」
そんな街の物陰からヴリトラの様子を窺いながら移動するライ。気配などは既に探られ、大まかな位置はヴリトラからもバレているのだろうが、それは大した問題ではない。
ミニチュアの街にある建物や木々があれば蛇の姿であるヴリトラは自由に行動出来ないからだ。それらを砕いて進む可能性はあるが、それでも一瞬の隙が生まれる。なのであらゆる意味で狭い街に追い込むというのは最善の策なのである。
『フン。下らぬ時間稼ぎよ。ならば望む通り、所構わず破壊に勤しみ隙を生み出してやろうではないか!』
しかし、当然ヴリトラにはそんな意図など筒抜けである。なので敢えて誘いに乗り、玩具の家や木を砕いて進む。
それも既に理解しているので、ライは誘われたヴリトラの元へと一気に駆け出した。
「オラァ!」
『そこか!』
第三宇宙速度で拳を放つライと、そんなライの動きを見切って尾を放つヴリトラ。二つの打撃は衝突し、周囲に多大な破壊を生み出して玩具の街を消し飛ばした。
一人と一匹は吹き飛び、ヴリトラは街を更に砕きながら抉り、ライは衝撃で空中に投げ出される。そのままヴリトラは部屋の壁。ライは窓際に飛ばされた。
ヴリトラは飛ばされたまま壁に激突し、大きな穴を空けて停止する。ライは空中で勢いを殺し、近くにあった巨大なカーテンを掴んでぶら下がり空からヴリトラの衝突した壁に視線を向けていた。
『その程度か!』
「本気じゃないからな!」
刹那、先程壁に衝突したばかりのヴリトラが眼前に迫る。ライはそれを見抜き、カーテンから手を離して下方にあった子供用の巨大な椅子に降り立った。
またもや虚空を切ったヴリトラは勢いそのまま窓に衝突して外へと破片を散らし、木材から造られた窓の枠に身体を縛り付けてそこから椅子の上に立つライへ狙いを定める。
『シャッ!』
「っと!」
身体を勢いよく伸ばし、子供用の椅子に飛び掛かるヴリトラ。ライは跳躍して躱し、絵の描かれた紙が多数置いてあるテーブルの上へと移動した。先程までライの居た椅子は粉微塵に砕かれ、椅子の背凭れにヴリトラが身体を縛っていた。
間髪入れず、その椅子から再び飛び掛かるヴリトラ。ライは軽く身体を捻って躱し、ヴリトラの胴体に回し蹴りを放つ。それを受けたヴリトラは吹き飛び、窓際の壁に激突した。
その隙にライが駆け出し、ヴリトラの身体へ蹴りを入れる。壁に居たヴリトラは辛うじて躱し、ライに向けて飛び掛かる。ライは咄嗟に腕でガードし、ヴリトラの突進によって絵本のある本棚に飛ばされた。
だが先程のように空中で爆風を起こして勢いを殺し、本棚への激突は免れる。そこへ再び迫り来るヴリトラ。ライは近くの絵本を引き抜いて放り投げ、牽制した。
本は第三宇宙速度で飛び、ヴリトラは正面からそれを砕いて突き進む。次いで、正面からライとヴリトラがぶつかり合って互いを弾く。ライは本棚から衣類の仕舞うクローゼットへ吹き飛び、ヴリトラはドールハウスとは違う玩具の城に激突して玩具の欠片を巻き上げた。
「あの姿の手加減した状態でもそこそこ素早いな。伊達にNo.2は張っていないって事か。実質とはいえ、俺の力に着いてきているんだもんな」
【だったら早く俺を纏えよ。子供部屋を見ているだけってのは退屈だ。やっぱ破壊は自分でしなくちゃな】
(俺は破壊している訳じゃねえよ。余波で壊れちゃうんだ)
クローゼットの凹みに手を掛け、下方の城に落ちたヴリトラを見やるライ。
流石というべきか、実質魔王の三割に匹敵するライの力を受けても大した事無く互角に張り合う様子のヴリトラにライは感心していた。
そんな横で、魔王(元)は退屈そうに話す。やはり暴れたいのだろう。
(しょうがない。じゃ、さっきより少し上げて三割纏うか。前も始めはこれくらいの力だったからな)
【クク、話が分かるじゃねェか。流石俺を負担少なく纏える人材だぜ】
(じゃ、等価交換というか分からないけど……そのうちアンタの側近だったカリーブ・セイブルについて教えてくれ)
【……。あァ、考えとくぜ】
妙な間の後言い、ライに身体を纏わせる魔王(元)。ライの力と合わさり、実質六割程の力が生まれた。
ライが魔王(元)を纏っているその時、その下方の城にて翼と鱗を持った者が姿を現す。
『力を引き上げたか。だから俺も力を引き上げた。これで同じ力くらいの感覚だ』
「成る程ね。第二形態、黒龍の姿か」
それは龍に姿を変えたヴリトラ。ライの変化を読み取って変えたのか、蛇の姿ではキリが無いので変えたのかは分からないが、どちらにせよパワーアップはしたという事だろう。
だが、それはライも同じ。ほぼ確実にこの子供部屋は消し飛ぶだろうが、レイたちが近くに居ないのは幸いだろう。思う存分という程では無いが、それなりの力は使えるというもの。ライはヴリトラを見、軽く笑って話す。
「ハハ。玩具とはいえ、壊れた城に黒龍。まるでアンタがその城を壊したみたいに見えるな」
『俺は気にせぬ。直ぐにお前も壊れるのだからな』
翼を広げ、一度の羽ばたきでライの眼前に迫るヴリトラ。黒龍となった事で空での自由も利くようになったのだ。
それを見たライはクローゼットから下に降り、空気を光速で蹴って更に加速する。これならば空での自由を得たヴリトラ相手にもそうそう追い付かれないだろう。
床を砕く勢いで着地したライは砕けた床を蹴り、その場で加速してヴリトラの元へと向かう。
「オラァ!」
『今のお前と速度はほぼ同じだ!』
加速と共に跳躍し、ヴリトラに迫って拳を放つライ。ヴリトラは空中にてその拳を全身で受け止め、その衝撃によってフローリングの床がベリベリと音を立てて剥がれる。次の刹那に第二波となる衝撃が散り、複数の床を宙に浮かせた。
「そら!」
『……!』
即座に拳を引っ込め、ライは蹴りを放つ。それによってヴリトラが一瞬怯み、隙を突いて近くに来た床の欠片を足場に踏み込む。その足場は消え去り、同時にヴリトラの背後へと回り込んで踵落としを放ってヴリトラを下方に叩き付けた。
ヴリトラの落ちた床は大きく陥没し、周囲に破片を巻き上げる。その瞬間にライが空気を蹴り、ヴリトラの背部へ拳を打ち付ける。それによって床が更に沈み、ヴリトラが二階から一階へと落下した。
「よし。これでレイたちに影響が与えられる事は無くなったかな」
ヴリトラを二階から一階へと落とした事で、レイたちから遠ざけるという事も成功したライ。
巨人にとっての子供部屋はライたちにとってはかなりの広さ。だが、ライとヴリトラの戦闘ならば直ぐに崩壊してしまうだろう。なのでライはヴリトラを落とす事でその余波を少なくし、レイたちへ掛かる負担を抑えようとしているのだ。
結果としてそれは成功。このまま放って置けば追い掛けて来るだろうから、ライもその穴から飛び降りてヴリトラの後を追う。
「レイ! エマ! フォンセ! リヤン! マルス君! ヴィネラちゃん! 俺は一度ヴリトラを追いに下へ行く! 気を付けてくれ!」
「……! う、うん! 分かった! ライも気を付けて!」
一度ドールハウスの近くへ行き、レイたちに移動すると告げるライ。それを聞いたレイたちは魔物兵士達と戦いながら返事をした。
これでもう心配させる事は無いだろう。主力との戦闘を一人で挑むという事は心配の種になるかもしれないが、それくらいならば頻繁に行っているので心配も無用の筈である。
ライとレイたちが行う子供部屋での戦闘は、ライとレイたちが別々になる事で次の段階に進むのだった。




