五百二十話 子供部屋
──"九つの世界・世界樹・第二層・巨人の国・ヨトゥンヘイム・豪邸内・螺旋階段"。
会食場を抜けたライたちは、巨大な螺旋階段の欄干を駆け抜けていた。
そこはかなり長く、螺旋状で無ければ数十キロはあるだろう。先程見たロングテーブルの十倍近くだ。それに加え、螺旋となっているのでかなりの速度で進んでいたら目が回りそうだ。ライの事では無く、マルスのように常人よりは力が強いがライたちにはまだ遠い者や、ヴィネラのような常人よりも少し力の弱い少女の事である。
レイは戦闘になれば常人離れした支配者に匹敵しそうな力を使えるが、普段は力を抑えているという訳でも無いのだがそこまで強い力が使えるない。だがマルスやヴィネラのような心配は無いだろう。
マルスは最近修行を始めたばかり。ヴィネラは基本的に戦闘に拘わらない。と、それらの理由があってライたちに連れられて螺旋階段を上がっている。だが、それもあって少々酔っているという事だ。
「大丈夫か、レイ。マルス君。ヴィネラちゃん」
「うん。私はまだ余裕があるけど二人が……」
「うぷっ……へ、平気です……」
「おぇ……わ、私も……」
「……。二人が大変みたいだな。そのまま上に跳躍しても良いけど、壁というか床というか障害があるからな……その場でジャンプしたんじゃレイたちがダメージを負ってしまい兼ねない」
ライたちがその気になれば、一回の跳躍で天井を突き抜けて二階へ到達する事も可能だろう。しかし今のライはレイたちを運んでいるので少なからず影響は及ぶ筈だ。一度破壊した後で改めて運ぶという手もあるが、それでは二度手間。フォンセたちの魔術を使うという手もあるが、何が起こるか分からないので力は温存しておきたい。なのでライが両脇にレイとマルスを抱え、背にヴィネラを乗せながら一人で負担を担っているのだ。
音速は超えていないので今の速度ならば多少の風圧はあれどマルスやヴィネラも無事だろう。
「ライ。やはり私たちも手伝おうか? 此処は室内。私も問題無く行動出来る」
「ああ。それに、負担をライだけが抱えるというのも気が引ける」
「うん……。私も手伝う」
そんなライを横に、自分たちも手伝おうかと提案するエマ、フォンセ、リヤンの三人。ライ一人だけに任せるというのは彼女たちにとっても思うところがあるのだろう。
「ハハ。ありがと、エマ、フォンセ、リヤン。けど、俺なら大丈夫だ。空気と大差無い」
「けど、私も気になるな。ライにだけ負担が掛かっているし、何より担がれるのは少し恥ずかしい……」
「ぼ、僕も……大丈夫です……」
「わ、私も~……」
負担を与えるという行動には、担がれているレイたちも思うところがあるようだ。特にレイには順調に成長した羞恥心があるので、腰を捕まれ抱き抱えられるという行為に恥ずかしさがあるようだ。
「大丈夫さ。ほら、もう二階の廊下が見えてきた。此処まで一分ちょい。音速を出さなくても数十キロはそれくらいで行けるみたいだな」
「そ、そうですね……」
「……。……」
「アハハ……マルス君とヴィネラちゃんも参っちゃってるね……」
螺旋階段を上り始めて一分と数秒。二階への入り口が見えてきたようだ。
二人は少々参っているが、今後に影響する程の事は無いだろう。恐らく止まってから数分経てば体調も戻る筈である。
「さて、着いたな。当然部屋は複数あるけど、何処ら辺から探そうか。気配を集中させているけど、その気配は複数ある。どっちが敵でどっちが味方かもかなり重要だな」
「そうだね。慎重に探してみなきゃ、敵とであったら余計な疲労が溜まりそうだもん」
「まあ、主力格が居ないなら軽くあしらえるだろうが……確かに余計な戦闘は面倒だな」
「ああ。なるべく慎重に進むとするか」
「右に同じ……」
「ええ。優先すべきは兵士たちですからね」
「うん、良いよ」
余計な戦いを避け、兵士たちの捜索を優先する事にしたライたち一行。避けられる争いは、避けるに越した事は無いだろう。
なので全員が合意の上、ライたち七人は巨大の屋敷、二階の探索へと移った。
*****
「此処は子供部屋か? 玩具が沢山ある。布の人形やドールハウス。鉄から作られた兵隊に木材の馬車。細かい細工まで施されたお城……玩具だけで街まで作られているぞ。それとそこら中に落書きの絵が落ちている」
「一般的な物から高級そうな物。色々あるな。まあ幼い頃から玩具などで遊んだ事は無いが……しかし、相変わらず全てが巨大だ」
「うん。傍から見たら普通の家や人のサイズと変わらないね。けど、だからこそ隠れる場所も多そう」
ライたちが気配を感じた部屋。そこに入ったらそこは玩具類の多数ある子供部屋だった。
人形やドールハウス。兵隊に馬車に城。無造作に床に落ちている絵の描かれた紙。ミニチュアの街。巨人にとっては小さな世界。ライたちにとっては普通の街と何ら遜色の無い大きさの物だった。
そんな玩具の道を進み、玩具の街を歩くライたちは周りを見ながら興味深そうに歩いていた。
「こう歩いていると、普通の街を歩いているみたいだな。道や建物は煉瓦とは違う素材だし、木も本物じゃない。だけど見た目だけは本物みたいだ」
「数百年前は木材や石が主な素材となった人形とかだったが、こうも変わるのだな。私たちの世界にある物とほぼ同じという事は、この"世界樹"の世界も近い年代という事。娯楽の進化も止まらぬのだな」
「けど、やはりというべきでしょうか。普通の道を歩くのとは感覚が違いますね。言葉で現すのは難しいですけど」
気配を探りつつ、興味を示しながら街を進むライたち。ミニチュアの街なので本来とは少し違う感覚を味わっていた。
しかしのんびりはしていられない。なので改めて周囲の気配に集中する。複数の気配はミニチュアの街では無く、その先にある大きなドールハウスから感じていた。
「じゃ、一先ず彼処を目指して進むか」
「はい。そうですね」
その気配の場所へ向かう為、ライたちはミニチュアの街を先に進む。
家を象った玩具の内装なども気になるが、それを気にしても先へ進めないのでドールハウスへ向かって行く。
「道中、特に何も無く辿り着いたな。基本的に普通の家と同じみたいだ。ドールハウスっていうのは開閉式らしいけど、これは閉じている状態だな」
「うん。そうみたいだね。小さい頃はよく遊んでいたから分かるけど、身を隠すなら閉じている方が良いからね。多分それで閉じているんだと思う。敵か味方か分からないけど、どちらにしても身を隠せるのは好都合だろうな」
ミニチュアの街から少し進み、ライたちは巨大なドールハウスの前に来ていた。その道中何も無く到達出来たドールハウス。
そこに何があるか、気配は複数だが分からない。なのでライたちは慎重に扉を開け、ドールハウスの中へと入っていった。
「暗いな。いや、当然か。差し込む光は窓から入るものだけ。元々仕舞う事も兼ねている物だから、内部はかなり暗いんだ」
「この窓もガラスじゃないみたいだね。だから光もそんなに入って来ないや」
「私的にはこの暗さが丁度良いがな。暗闇でも周囲を見渡す事は可能だ。当然、探る事もな。そこに台が置いてある。足元に気を付けろよ」
「うぅ……少し怖い……」
「大丈夫だよ、ヴィネラちゃん」
思ったよりも薄暗いドールハウスの内部。障害物も多いので、ライたちは慎重に進む。ヴィネラは年齢からしてもまだ怖いものが多いのか、この暗闇を恐れていた。
暗い場所を好む魔族だが、幼いヴィネラは闇や未知の存在を恐れているのだろう。
色んな事を話しつつ、ドールハウスの中を先に進むライたち。寄り道はせず、気配の感じる方だけを目指して進んでいた。それから数分後、ライたちは気配を多数感じる部屋の前に到達した。
「此処が気配の根元か。じゃあ、開けるぞ」
「敵なら当然。例え味方でも、警戒してると考えれば襲い掛かって来るかもしれないな」
「うん。私たちも気を引き締めないとね」
「ふふ、まあ力付くで止めれば良いだろう」
「……」
「割りと物騒なんですね……フォンセさん」
「えーと……私はどうすればいいんだろ……」
扉に近付き、ドアノブに触れるライ。レイたちは念の為に壁際へ寄り、警戒する。
それを確認したライはゆっくりとドアノブを引いて扉を開け、中の様子を窺った。
──そこに居た者が、
「──久し振りだな、侵略者」
「……!」
剣を携え、振り抜いて扉を開けたライを扉ごと吹き飛ばした。しかしライは剣を防いでおり、嗾けた者をしかと押さえ付けていた。
よって、ライと人影がドールハウスの壁を砕き抜けて外へと飛び出す。空中にて二人がぶつかり合い、互いを弾いてミニチュアの街の建物を粉砕しながら着地する。
「ライ!」
「見えなかった……!」
「となると、かなりの実力者が……!」
「……!」
「主力格は居なかったのでは……!?」
「……!? ……??」
此処は玩具の街なので砂塵や粉塵は上がらない。目を凝らして見えたのは、砕けた玩具の建物の瓦礫からガラガラと立ち上がり、互いに構える二人だけだった。
『ギャアアア!』
『ゲギャアア!』
『ボギャアア!』
「……! どうやらこの部屋は外れだったらしい……!」
「うん、そうみたい!」
「やれやれ。厄介だな……!」
「……!」
「ヴィネラ、僕の後ろへ……!」
「う、うん……!」
砕けたドールハウスの部屋があった方の壁から飛び掛かる、複数の魔物兵士。レイたちは即座に戦闘体勢へ移行し、その兵士達を前に構える。
一方のミニチュアからなる街では、ライともう一人が向き合っていた。
「その剣に漆黒の肌……そして黄色い眼。アンタはヴリトラ……の人を象った形態か……」
「ああそうだ。覚えていてくれて嬉しいものだ」
「そんな事は全く考えていないだろ、アンタ。この世の全てを恨んでいるんだからな」
その者、全てを塞ぎ、生きとし生ける全てのものを恨む魔物──ヴリトラ。
その人化。もとい、神格化した姿である。そんなヴリトラが嬉しいと述べたが、そんな訳無いと切り捨てるライ。ヴリトラは言葉を続ける。
「フッ、バレたか。しかしまあ、恨んでいるとはいえ感情はある。お前を殺せるかもしれないと考えれば嬉しくもなるさ」
「物騒だな。殺すのはアンタらの目的じゃないんだろ?」
「それは悪魔でヴァイス殿にとってはだ。俺は殺しても殺さなくても構わないと思っている」
向き合いながら、互いに言葉を交わす二人。ヴリトラは全てを恨んでいるので殺害も厭わないという。
実際、ヴァイスは優秀な者の人選を中心に行っているが、魔物の国側からすれば暇潰しが出来れば良いだけ。元々自由な魔物だからこそ、縛られるという事柄が気に食わないようだ。
「まあ、俺も殺される訳にはいかないし。アンタがその気なら相応の対応はしてやるよ」
「それで良い。恨む者は他人に恨まれる事を想定していなくてはならないからな。俺が殺す気でお前を狙うとして、お前もそのつもりになってくれなくては困る」
「ああそう。というか、前はあまり恨みについて話していなかったけど、今日は随分と饒舌じゃないか」
「一度は敗北を喫しているんだ。恨みが深くなるのはある意味合理的だろう」
「成る程ね」
周りの瓦礫を除け、会話を終わらせるライとヴリトラ。ドールハウスで魔物兵士達と戦っているレイたちも含め、会食場にあった戦闘の形跡から居ないと思っていた敵の主力と出会ってしまった七人。
魔物の国の幹部にてNo.2の実力を秘めたヴリトラと出会ったライ。そしてレイたちは巨人の国にある豪邸の二階、子供部屋にて戦闘を開始した。




