五百十九話 巨人の家・探索
──"九つの世界・世界樹・第二層・巨人の国・ヨトゥンヘイム・とある豪邸前"。
探索を再開したライたちは、一先ず一番目立つ場所にあった豪邸前へと来ていた。
通常の建物ですらライたちの家の何百倍もあったが、この豪邸は更にその倍以上はあった。通常の建物に一つの小さな街並みのサイズがあるのなら、この豪邸はそれよりも大きな街並みのサイズ。隠れるにしても移動をするにしても大変そうである。
周りには草の一本一本がライにとっての木程のサイズがある芝生の生えた庭があり、この庭だけでジャングルのような場所を彷彿とさせる程だった。
「近付くと一層巨大に見えるな。何というか、威圧感が迫って来るような感覚だ」
「うん。まだ中に入っていないけど、ただ大きいってだけでかなりの圧が来るね……」
目の前にあるのは大きな建物。それだけならば今までも見てきたが、豪邸なのでかなりの迫力があった。
とはいっても、一概に豪邸と述べたとしても様々な建物があるだろう。此処は全体的に白と金を基調とされた家だった。
大理石からなる白亜の階段一段一段がライたちの背丈の何十倍もあり、それが五段程連なっている。その先に同じく大理石性であろう四本の柱とそれに支えられた屋根があり、更に巨大な扉が目に映る。あの扉も中々重そうである。
「さて、一先ずあの扉を開けるか」
そう言い、一度の跳躍で段の上に上がるライ。そのまま歩いて巨大な扉に片手を触れ、軽く押して扉を開けた。
豪奢な扉は重鈍な音と共に開き、外の光が中へと差し込む。ライの背後には既にレイたちも来ており、準備は出来ている状態だ。
幾ら高い扉とはいえ、フォンセやリヤンにとっては他人を浮かせる事など容易い所業。なのでその浮遊魔術などを使って飛べないレイやマルス、ヴィネラを運んで来たのである。
「じゃ、進むか」
レイたちを一瞥し、安全確認を兼ねて自分が先に入るライ。レイたちも頷いて返し、ライに続くよう中へと入って行く。
そして、外からでは分かりにくかった内装が明らかとなる。
「やっぱり、広いな」
「うん、かなり広いね」
「ああ。そうだな」
「この広さでまだ入り口付近か」
「大きい……」
「これ程の大きさの金や宝石類はどうやって中に入れたのでしょうか……」
「うわー。キレイ……」
先ずライたちの視界に映ったのは何処までも広く輝くフローリングの床。材質は木材なのだが、木材にしてはかなり眩しく輝いていた。恐らくニスのような加工物を床に塗ったのだろうと窺える。
そして左右には見た事の無い品々や巨大な花瓶などが飾られた棚があり、それらがライたちを迎え入れる。花瓶にはライの背丈の何倍もある花が生けられており、鏡のような物もあった。
正面は真っ直ぐな道が続いており、その道中に他の部屋などは無いようだ。しかし螺旋階段が遠方の広間に見えるので、更に上の階はあるだろう。
そして壁には金の額縁や巨大な絵画。宝石類が飾られた品々などがあり、上には小さな。といってもライたちにとってはかなり大きなランプがぶら下がっていた。今までの城などは入った瞬間エントランスホールにシャンデリアが迎えてくれたが、悪魔で豪邸程度の家。城などとは内装も大きく違いそうだ。
しかしその全ては規格外の大きさを誇っている。この国に来た時から思っていた事だが、まるで小人の気分を味わえた。
「じゃ、一先ず玄関ホールを探索しよう。此処にも隠れられる場所は沢山あるし、感じ切れない気配の持ち主とかが居るかもしれないからな」
「そうですね。けど、ライさん程の人ならばどんな気配でも見つけられそうなものですけど」
「ハハ。確かにそうだな。気配を感じる事は出来る。けど、やっぱり普段と違う建物の中。探索してみたいのが俺の本音だ」
「アハハ……ただの好奇心ですか……」
「おいおい、この世の全ては好奇心が始まりだぞ? 探求する心を忘れちゃつまらない世界さ」
いつも見ている建物よりも巨大な建物。その場所の探索というものは、ライの知的好奇心を擽るには十分過ぎる起爆剤となったのだろう。
元々好奇心旺盛な十四、五歳の少年であるライ。どちらかといえば、これが普通なのかもしれない。
「じゃ、俺はあの棚を見てくる。巨大な花瓶や見た事の無い珍品が気になるからな!」
「あ、ちょっとライさん! 行っちゃった……」
年相応の笑顔で跳躍し、ちょっとした城程のサイズはある棚へ登るライ。高いところから見れば周囲の様子もよく分かるので何気に悪い事では無いが、止められなかったマルスは少し肩を落とす。
マルスは元々真面目で、真面目だからこそ好奇心に任せた行動が気になるのだろう。それは王として仕方無い性であるが、中々に苦労しているようだ。
「ふふ、他人の好奇心を止めるのは無粋な事だ。私たちも探索をするとしよう」
「ああ。けど、確かに巨大な家の探索も面白そうだ」
「アハハ……まあ良いか。私たちも行こ、ヴィネラちゃん」
「うん。兄様、早く早く!」
「わ、分かったよ!」
ライの様子を見、レイたちも一応は探索へと移る。
しかし何も好奇心に任せただけで手掛かりが掴めない探索という訳でも無いのが実際の所だ。他の人や幻獣・魔物が居た形跡などな何気無い所に残っていたりするもの。なのでこの探索も決して無駄にはならないのである。
「へえ。大きな花だな……。数十メートルはあるぞコレ」
レイたちが探索に移る一方で、棚へ上がったライは花瓶の下に来ていた。見上げるとそこには巨大な花弁を開いた花があり、その花が影になって伸びていた。
当然こんなに巨大な花は見た事が無い。茎や葉の強度も中々に強く、ぶら下がったり登ったりしても千切れなかった。当然少し力を込めれば千切れてしまうのだろうが。それにしても巨大な花である。
「これは……写真立てか。玄関に写真って良いのか? まあいいか。写真は入っていないみたいだな……縁は金や宝石を装飾として使っているから大事な写真を入れる時に使いそうだな」
次に数歩移動して花瓶の隣に置いてあった写真立てを見るライ。しかし写真は入っておらず、縁しか残っていなかった。
恐らくグラオは写真まで再現しなかったのだろう。確かにそこまで細かい再現は大変そうである。
「で、次は……」
写真立ての上に跳躍して登り、そこから軽く飛んで花の葉に飛び移るライ。少し揺れたが大した影響は無く、そこから軽く飛んで花弁の場所まで到達した。
そこから更に上へ上がり、花の頂上で周囲の様子を眺める。
「ええと。他に目ぼしい物は無いみたいだな。他の品々は見た目が珍しいだけのオブジェや人形みたいな物か。ある程度は見たし、そろそろ次に進もうかな」
辺りを見渡し、他に興味の唆られる物が無いと判断したライは花弁から飛び降りてそのまま棚からも降りる。
数十メートルなので城などの屋上から飛び降りたくらいの衝撃が走ったが、特に何とも無い。下にはレイたちも集まっていた。
「おー。レイたちはどうだった? 何か目ぼしい物はあったか?」
「ううん。特に無かったかな。ライもその様子だとあまり成果は得られなかったみたいだね」
「ああ。あったのは写真が入っていない写真立てと、巨大な花が生けられた巨大な花瓶。後は少し変なオブジェやドワーフ辺りを象られた人形くらいだ。多分ここら辺にあるのはそれくらいだな。当然、兵士たちが居た形跡もない。次の場所に行こう」
自分の見た物を話、形跡等について言葉を続ける。しかし玄関ホール。即ちエントランスには何も無かったので、次に進む事にした。
「ライさん。貴方、普通に探索を楽しんでいますね……」
「ハハ。小人から見たような景色を見れるっていうのは滅多に無いからな。こういう経験には妙に惹かれるんだ。けど、捜索や探索は真面目に行っているからそこら辺は安心してくれて良いよ」
「は、はあ……。そうですか……」
ライの態度に少し気圧されるマルス。真面目に捜索などはしているというライだが、それと同時に楽しんでいるというのは確実だろう。
マルスは呆れながらも、確かに真面目という事は理解したのでこれ以上は何も言わなかった。
「ふふ。確かに好奇心は旺盛だが、普段はもう少し真面目なのだがな。やはり同年代の友が居ると違うのか」
「しかし、血縁者を友というのはどうなんだ?」
「さあ、分からないな」
ライとマルスのやり取りを見、珍しそうに話すエマ。
普段のライはもう少し落ち着いており、あんな風に話す事もあるが基本的に真面目で齢十四、五の少年に見えないのだが、マルスと共に居る様子では少し大人びただけである年相応の顔を覗かせていた。
もしかしたらあれが本来のライで、普段は自分たちに気を使って真面目な面持ちをしているのかもしれないとエマは考えていた。
「さてと。次の部屋に行くか」
そのやり取りの横でライが次の行動を話、レイたちが頷いて返す。此処から螺旋階段のある場所まで部屋などは無いので、先に進む方が良いと判断したのだろう。
実際、玄関口から螺旋階段まではライたちにとっては遠方だが巨大にとってはごく普通の距離。なので部屋などを作らなかったのかもしれない。悪魔でグラオの再現した世界なので作るも作らないもグラオ次第だが、なるべく本来の姿に近付けていると考えれば前者が正しい筈だ。
何はともあれ、ライたちは巨大の国にある豪邸内の探索を続ける。螺旋階段の上は後にし、一階の探索である。
*****
──それからライたちは、巨人の屋敷の一階付近の探索を行っていた。
先ず入った部屋は、どうやら書庫。常例通りの巨大な本棚があり、当然だが薄暗い景観である。
ライたちは本棚の上に上がって周囲を見渡す。そこにあったのは書庫を照らす為のランプや、多数存在する本。どうやら本も再現されているらしい。
「大きな本だな。いや、巨人用だからか。文字は見た事無いもので読めないけど、小さく描かれたイラストや文字の位置。それらの流れから大凡の推測は出来るな」
「す、凄いですねライさん……。見た事の無い文字を直ぐに解読するんですか……」
「ハハ。この本にはイラストがあるから分かりやすかっただけだよ。植物の本みたいだな。ほら、世界樹についても書かれている」
「ほらと言われても読めませんが……」
「まあ、推測混じりだけど基本的に俺たちの世界に伝わっている伝承と同じだ。完璧に解読した訳じゃないけど、多分あっていると思う」
ライたちにとって巨大な本棚は、本がびっしり詰められていても足場がある程である。なので本を取り出し、細い足場を軸に空中で本を支えれば問題無く読めた。
たかが紙の本だとしても、これ程の大きさと厚さがあれば数百キロにはなるだろう。だが、ライにとっては空気と同じ感覚の重さで全く関係ない。
「此処にも手掛かりは無いな。他の場所に移動するか」
「はい、そうですね」
巨人の国に存在する多数の本など興味深い物はあったが、兵士たちが来たという手掛かりは見つからない。なのでライたちは書庫を後にし、別の部屋へと向かう。
「此処は……調理場か。相変わらず巨大だな」
「そうみたいだな。流石に食材は置かれていないが、皿などの食器はある。中々に高そうな皿、フォーク、ナイフ。他にも諸々だ。だが、ある食器は銀。私にとっては触れる事すら出来ないな。それにこの大きさ。全身が大火傷してしまう」
「ハハ……ご苦労さん、エマ。けどまあ、此処にも形跡とかは無いな」
次に到達した場所は煉瓦造りの調理場である。食材を乗せる台や銀の食器。そして水の通り道などがあった。
しかし兵士たちの形跡は無く、調理場も不発に終わった。しかしまだ部屋はある。なので次の場所に向かうライたち。
「次は……風呂場だな。けど、凄い大きさの風呂だ。俺たちにとっての湖くらいはあるんじゃないか?」
「うん……。幻獣や魔物が棲んでいてもおかしくないくらいのお風呂……」
「確かにな。水場には菌類も集まる。この風呂に菌が繁殖したら森みたいになるかもな」
「…………。うぇ……。気持ち悪い……」
「ハハ……想像しなくても良いよリヤン」
次に着いた場所は風呂場。何故か既に水が溜まっており、その大きさも踏まえて湖を彷彿とさせる風呂だった。
豪邸だから広いのだろうが、それを差し引いてもかなりの大きさはあるだろう。
「けど、此処も特に手掛かりはないな」
「うん、そうだね……。大きいお風呂だけ」
「此処に来る前はこの時代の物にしては珍しくトイレもあったけど、そこにも居た形跡は無かったし……次に行くか」
「うん」
風呂場も不発。なので次の場所へ向かう事にしたライたち一行。今のところ手掛かりは何一つ見つかっていないが、何となく直感が何かあると示す。
行動の動機が好奇心と勘という少々心許ない理由だが、ライの勘はよく当たるのでそれに従い次へ進む。
「そして、次は……リビングか。ソファにテーブル、棚に暖炉、城とかでよく見るシャンデリア……。薄暗い雰囲気で落ち着ける場所みたいだ」
「そうみたいだな。けど、こうも暗くては気が滅入りそうだ。私たちにとっては全てが巨大だが、巨人にとっては広くとも薄暗く閉鎖感が否めないな。魔術を使って暖炉に火を入れておくか?」
「それ、この部屋を出る時に火を消さなきゃ下手したら火事にならないか?」
「そうだな。だが、元より誰も居ない家。火事になったところで大した影響は出ないだろう」
「まあそうだけどな。けど、敵に見つかる可能性もあるしやっぱ止めておこう。フォンセの炎魔術は中々消えないだろうからな」
「そうか。まあ良いが」
縁を黄金で加工された広場程の大きさはあるだろうテーブルの上に乗り、辺りを見渡すライたち。あった物はよく見るような物を巨大化させたような物と、この家に入ってからもよく見た物である。
「此処も外れ。残る部屋も僅かになって来たな」
「ああ。だが、他に手掛かりが無いのならさっさと行こう。暗い場所は落ち着くが、ヴィネラが怯えている」
「そうだな。そうしよう」
跳躍して巨大なテーブルから降り、次の部屋を目指すライ。行ったり来たりでヴィネラは既に疲労が募っているのでレイに背負われていた。
まだ続く探索、それを開始してから早数時間が経過していた。人間の国"ミズガルズ"を発ってからの時間も考え、もう既に昼を過ぎて二、三時間は経過している事だろう。
「あった。多分、この傷は兵士の誰かが付けたものかもしれない」
「うん。けど、螺旋階段から近い部屋だったね」
「ハハ……。なんか、毎回俺は遠回りをしている気がするな」
「もう疲れた……」
──その後、その他にも様々な部屋を回り、巡り巡って到達した最後の部屋。そこには長いテーブルと多数の椅子があった。それからするに、会食のような食事を行う部屋なのだろう。
長いテーブルというものはかなりの距離があり、ライたちから見てみれば数キロには及ぶ長さだった。しかし、そんな場所にて始めに登った場所に手掛かりがあったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。
「何か、あったんですか。ライさん!」
床に届きそうな程の長さはあるテーブルクロスを登り、ライたちに追い付くマルス。ライはそちらを見て頷いて返し、傷の方を指差した。
「ほら、此処ら辺。此処から中心に複数の傷が数キロに渡って広がっている。多分戦闘があった跡だ。それに、血痕もある。乾き切っているけどまだ新しい……。というか、この世界が出来て数日。新しいのは当然か。けど、これは今日付いたものだ。多分、どちらかが戦線離脱して螺旋階段を上がったんだろう。乾き具合から俺たちが来た時は既に二階か三階に行ったんだろうな。玄関や螺旋階段から近い部屋だし、隠れる為にも階段を上るのが一番手っ取り早いからな」
「な、成る程。血痕一つでそこまで推測しますとは。感嘆です」
「ハハ。褒め言葉は後でで良いよ。上や周囲から物音が聞こえないから、数時間は見つかっていないみたいだな。俺たちが彷徨いていたのが数時間だとして、その者たちは逆に休まってそうだ。味方ならラッキー、敵なら残念って事だな」
大きく抉れたロングテーブルの表面。その事から様々な可能性を見出だして推測するライ。確かにライたちが数時間。争いの音などは聞こえなかった。仮に味方だとして、ある程度休まって居ると考えればこの屋敷を脱出するにも中々都合の良い時間帯だ。
「なら、行くんだよね。ライ」
「ああ。この傷から見たところ、幻獣や魔物、妖怪の兵士達が争ったみたいだ。主力ならもっと砕けている筈だからな。一先ず兵士たちを手助けに行こう」
「「「うん」」」
「はい!」
「「ああ」」
ライの言葉に返すレイ、エマ、フォンセ、リヤン、マルス、ヴィネラ。手掛かりが見つかったので、既に全ての部屋を探し終えた一階にはもう用は無いだろう。遠回りをしていたかに思えたが、逆にライたちにとっての手間が省けたので好都合である。
巨人の国豪邸の探索は、ライの勘通り行方不明である味方兵士を見つける事が出来そうな状態という事だ。
ライ、エマ、フォンセ、リヤンはその場で跳躍。レイ、マルス、ヴィネラはロングテーブルからテーブルクロスを伝って各々の方法で降り、兵士たちが居るであろう二階へ行く為に螺旋階段を目指すのだった。




