五百十四話 悪神と破壊神
目の前に姿を現したロキ目掛け、黄金に濡れたシヴァは新たに二つの岩石を創造して放った。その一つをロキが焼き消し、もう一つはロキ自身が炎へと姿を変えてすり抜ける。
次いで姿を消し去り、シヴァ、シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドの中心にら現れるシヴァ。
『当たらんぞ。私は炎その物だからな』
「ああ、知っている」
破壊を創造し、ロキの炎の身体を消し去るシヴァ。それを知るロキは即座に身体を分離させてシヴァから距離を置く。故に消されたのはただの炎だけである。
そこへズハルが駆け、片手を差し出してロキの身体を掴む。
「一瞬でも実態がありゃ……"震動"!」
『地震の災害魔術か』
その刹那に身体を震動で振動させ、内部から破壊した。それによって出血するが即座に離れ、炎を使って身体を再生させる。
炎その物なので体内の傷も関係無く、形を作り出して炎でズハルを包み込んだ。
『残念ながら、震動だけじゃ炎は消えないな』
「……ッ!」
包み込んだ炎を更に炎上させ、ズハルを焼き尽くすロキ。震動の災害魔術で空気を揺らし周囲に空気の壁を作って防いでいるが、それも時間の問題。何れ炎が全ての空気を飲み込んでしまうかもしれないだろう。
「"豪雨"!」
『……!』
その炎へ洪水の災害魔術からなる雨を降らせて消し去るオターレド。その隙にズハルが炎から抜け出してロキへ構える。
それなりの火傷などもあったが、黄金の鍍金が少しは剥がれ動きやすくなったので良しとする。
「ありがとよ、オターレド。やっぱ炎その物を相手にすんのは結構キツイもんがあるな」
「そうね。油断はしない方が良いわ。まあそれは理解しているのでしょうけど、相手はロキ。一筋縄じゃ行かないものね」
立ち上がり、礼を言って構え直すズハルとそれに返すオターレド。
ロキの炎は水など容易く蒸発させてしまうが、それでも一瞬は隙が生まれる。ズハルはその隙を突いて炎から抜け出したのだ。
しかしまだ一難去ったに過ぎない現状。次々と難は嗾けられてくるだろう。なのでさっさと会話を切り上げ、二人はロキの出方を窺う。
「微力ながら、私も手伝いましょう」
そんなロキの注意を引く為、魔力から多数の人を生み出すシュタラ。作られた者は既に剣や槍、矢のような古来武器から拳銃やライフル様々な銃にロケットランチャーのような火砲などの現代兵器を携えていた。
周囲には馬や龍に跨がり銃口や矢を向けている者達がおり、それなりの広さを誇る黄金の部屋にて戦闘の体制が整えれられている状態だ。
一応建物の中なのでそれ程の数は出せないが、人が数百人。馬や龍が数十匹は居るだろう。時間を稼ぐという意味なら十分過ぎる数である。
「構え、発射!」
体制を整えた瞬間、間髪入れずに構えた武器を放たさせるシュタラ。
銃口や砲口から火が吹き出し、弦の撓る音と共に矢が放たれる。矢や大砲はは音速に届かずともかなりの速度が出ており、拳銃やライフルの弾丸は音速に匹敵する速度やそれを超えた速度が出されている。
この一斉砲火に焼かれたら最期、骨も残らず消え失せる事だろう。
『生き物を生み出す魔術。成る程、手強いな』
──常人の場合は。
炎を顕現させたロキはそれらに炎を放ち、全てを着弾する前に焼き落とした。そのまま跳躍して火球を生み出し、それを下方へ落とす。
よって黄金の床は溶け流れ、魔力の兵士や動物達は全てが焼かれて消滅した。そのまま黄金の波が目の前に居るシュタラ、ズハル、オターレドへと迫っていた。
「時間を稼げたなら十分だ。"時間停止"!」
その刹那に重力を一点に集中し、全ての時を遅くするウラヌス。徐々に時が遅くなり、最後には全ての時間が止まって無音の暗い世界が作り出された。
光も何も無いので目映い黄金の部屋でも灰色の世界しか映さない。しかしそれを使用したウラヌスには全てがはっきりと見えており、自由に動く事も出来る。
ただ時間を止めるだけなら光も空気も止まるが、ウラヌスの時間停止は自身に悪影響が及ばないもの。自在に重力を操れるからこそ、ウラヌスは止まった世界にて唯一動ける存在になっているのだ。
「時間停止を実行するにも数秒掛かるが、シュタラたちのお陰でその時間が稼げた。これで思う存分炎その物の悪神を砕けるって訳だ」
まずは半分が炎となっているロキへ重力を掛け、押し潰す。次いで溶けた黄金の中に沈むシヴァが造り出した岩を持ち上げ、勢いよく落下させて潰したロキを更に陥没させた。
それによって溶けている黄金が波打ち、大きく揺れるが一瞬後にそれも停止する。次いで重力を横に掛けて周囲に散った炎のロキを集合させ、軽く腕を鳴らして連続で重力の猛攻を仕掛ける。
正面の重力の塊で腹部を打ち抜き、上から掛けて更に潰す。そして左右へ引き裂き、最後により強い重力で吹き飛ばす。
飛ぶ直前に停止するが、それは知っている。その後重力を弱め、ウラヌスは時間停止を解除した。
『……!』
そして、それによってロキが吹き飛んだ。
吹き飛ぶ間にも一瞬にして停止の最中に受けたダメージが蓄積し、あらぬ方向へ身体が拉げて捻れて千切れる。そのまま正面にある黄金の壁へ激突し、その壁を溶かして粉砕した。
重力は全ての炎に掛けた。なので躱す事無く、諸に受けるだろう。かなりの高温なので壁の黄金が溶け、ロキの頭から降り注ぐ。それが固まり、ロキの形をした金塊が形成された。
『成る程。何かをしたみたいだな。重力で一瞬にして放てる攻撃は……恐らく時間停止などの類いか』
身体を炎に変化させ、纏割り付いた黄金を溶かすロキはウラヌスに受けた攻撃を推測する。
重力によってそれを実行出来るやり方から、時間停止と即座に見抜く。やはり頭も回るようだ。そのまま炎となって消え去り、ウラヌスの前から姿を隠す。
先程の攻撃を見ていたシヴァ、シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドは警戒を高め、ロキの出方を窺っていた。
『しかし、炎は再生する』
「……ッ!」
刹那、ウラヌスの脇腹が炎と化したロキの腕によって焼き貫かれた。
炎その物であるロキは、大抵のダメージならば即座に再生する事も可能。そのまま炎で貫く事も出来るのだ。
貫かれたウラヌスは吐血し、傷口が溶けて傷口から湯気が出る。次いでロキはもう片方の腕を炎に変化させてウラヌスへ、
「おっと、させねェぜ」
『速いな。流石だ』
突き刺す前に、姿を見せたシヴァがロキの腕を破壊して消し去った。その瞬間にロキが炎となって消え去り、シヴァたちから離れたところに姿を現す。
次いで両腕を炎に変化させ、炎の質量を上げた炎の拳を放つ。それも床や天井、壁の黄金を溶かしながら進み、シヴァたち全員を飲み込まんとばかりの大きさに変化して圧迫する。
「熱いな。いや、大した熱さじゃねェか」
その腕に片手を翳し、破壊して消し去るシヴァ。
しかし正面からロキは消えており、背後から新たな熱を感じた。それに気付いたシヴァは躱し、凍らせて防ぐ。そんなロキが放った熱の根元。
「黄金を溶かして波のように放ったって事か。確かに数千度の高温の波になる。常人なら死ぬだろうな」
──黄金。
金の沸点は2700℃。なのでロキにとっては容易く溶かせる温度だ。その様に溶けたばかりの黄金は相応の温度を保っている。なので数千度の波を放つ事でシヴァたち全員を飲み込もうとしていたのだろう。
しかしそれはシヴァが低温で凍らせる事で阻止した。黄金のみならず、金属は熱の通りがよく熱くなるのも冷えるのも早いので、マイナス数十度で抑えれば即座に固まるのである。
いや、マイナス数十度ならば大抵の物は即座に冷めるかもしれない。何はともあれ、シヴァたちの前には凍り漬いた黄金の壁のみが存在していた。
「また消えたか。炎なら少しはその場に留まっても良いんじゃねェの?」
『悪いな。私は揶揄う事が好きなんだ。消えた者を慌てて探す姿を見るのは楽しいだろう?』
「さあ、どうだろうな」
姿を現し、持論を述べるロキ。シヴァは現れたロキの炎を消し去り、破壊して消滅させたがまた移動してシヴァたちとは別の場所へ現れる。
そこで炎の塊を形成し、五人へそれを放つロキ。シヴァはそれも消し去り、片手に少量の魔力を込めた。
「"炎"」
それと同時に炎魔術を放ち、ロキの炎に自分の炎をぶつける。
ロキ本人以外の炎はシヴァの炎に焼かれて消え去り、ロキ自身の眼前にも既にシヴァが到達していた。
余裕のあったロキも少しばかり焦り、身体を即座に炎へと変えて逃げようと試みる。そこへシヴァが溶けない程に強度な岩を土魔術から造り出し、逃げられぬように閉じ込めた。
しかし閉じ込められる直前に炎の欠片を散らしていたロキはそちらに肉体を移し、新たな身体を生み出して復活する。
「"重力"!」
「"震動衝撃"!」
そこへウラヌスの重力魔術が加わり、一瞬動きが止まる。同時に黄金の床へ震動魔術が加わって衝撃を生み出しながら地に伏せるロキを内部から砕く。
だが、その程度でロキが堪える訳無いと理解している。シュタラとオターレドが遠方にて魔術を使い、更なる追撃を嗾けた。
重力に潰され、震動に揺れる。そして様々な武器で撃ち抜かれ、凶悪な雨が炎を消し去る。それらの攻撃を受けたとあらば、流石のロキもそれなりのダメージは受けるだろう。
『……ッ。成る程……今の私では実力が足りないようだ。これがあの少年の言っていた支配者達の実力か……!』
身体を炎の状態から解き、人の姿となって無理矢理その場から離れるロキ。
支配者という存在を詳しく知らなかったので実力もある程度しか分からなかったのだろうが、目覚めて二日目のロキにとってはかなり荷が重かったようだ。
自身の鈍りを実感しつつ、能力の相性的にも不利と判断したロキは改めてシヴァたちへ向き直る。
『どうやら、私は少々お前達を侮っていたようだ。少々ブランクもある。そろそろ別の場所へ向かおうかと思う』
「「逃がすか!」」
「逃がしません!」
「逃がさないわ!」
そのまま立ち去ろうとしたロキ。シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドは逃がさぬ為に後を追いつつ、更なる力を込めて兵器。震動。重力。豪雨を放った。
それらは先程までの攻撃と比にならぬ力が込められており、速さも破壊力も申し分の無い攻撃だった。
『一つ言い訳をしよう。私は昨日の今日で疲れがあるからな。今日は最初から全くの本気では無かった。総合力ならば昨日の者達の方が上かもしれぬな』
「「……!?」」
「「……!?」」
片手を翳し、雨と兵器を一瞬にして消失させるロキ。そのまま重力の流れに逆らい、溶かした黄金で震動を受け止めながら悠然と歩いていた。
震動を防ぐ為に作った黄金の壁は砕け、身体を再び炎へと変えたロキがシヴァの方へ視線を向ける。
『これで分かっただろう? 私が本当に本気では無かったという事が。だが、シヴァは流石だな。お前の相手をする時は昨日並みの力を使おうかと本気で思った』
「成る程な。確かに今までとは違うようだ。まあ、テメェは嘘吐きの悪神。実力を偽っていても何もおかしくねェ」
『フッ。それをお前が言うか? お前達全員、本気など出すつもりも無いだろう』
「それもそうだな」
互いに言葉を交わし、数十メートルの近距離で睨み合う二人。ロキは既に何処かへ行こうというつもりらしいが、最後に揶揄いの一撃くらいは放とうと考えているようだ。
しかし当然の事ながらそれを理解しているシヴァ。ロキは片手に炎を溜め、周囲の黄金を溶かしながら巨大な火球を創造する。そしてそれを小さく纏め、掌の上に小さな火球を浮かばせた。それによって周囲の黄金が溶け、一気に崩れ落ちる。
『此処は狭いからこの程度の大きさにしているが、まあ見ての通りかなりの高温だ。存在するだけで周囲の黄金を熔解させる程にな。この世界に来て一日。色々と試してみた結果、此処の世界は本来の世界よりもあらゆる物が強度に作られている事が分かった。だから今も形を保っているが、本来なら既にこの国は蒸発していただろう』
「ハッ。だからどうしたよ。俺たちにゃあんま意味ねェぜ? 見ての通りな」
『だからこれを放ったら私は別の場所へ向かうと言っただろう? この火球は目眩ましにもなるのさ』
──刹那、小さな火球が勢いよく放たれた。
大きさからして、例えるなら弾丸。それが音速以上。第三宇宙速度程の速度で迫っていた。
シヴァにとっては大した速さでは無いが、破壊する場所を間違えては近くに居るシュタラたちを巻き込んでしまうかもしれない。なのでタイミングを見計らい、一番適切な位置でその火球を砕いた。それと同時に目映い光が周囲に散り、溶ける黄金に反射して更に輝きは増していた。
「"凍結"」
その直後に溶け出した黄金の館を凍り漬かせ、熔解の進行を止めるシヴァ。
辺りには黄金の氷が作り出され、ロキの姿はもうなかった。有言実行というべきか、本当に何処かへ行ったのだろう。
「行ったか。だが、本当になんだったんだろうなあのロキは。たまたま居ただけって感じだが……俺たちと魔物の国の奴ら……両方の敵って言っていたな。また面倒な相手が増えたって訳だな」
「そうですね。けど、ロキが出会ったのは本当にブラックさんたちだけなのでしょうか。あの口振り……敵とブラックさんたち以外にも人が居たような感じですね」
「まあ、別におかしくはねェんじゃねェの? 支配者さんや俺たちが呼ばれたなら、他に呼ばれていた者が居てもおかしくないって事だ」
「ああ。そうかもしれないな。ロキがその前例でもある。別の者が呼ばれたなら、俺たち以外が居ても何ら不思議じゃない」
「そうね。ロキが居たのは謎だけど、他の人達が居るかもしれないのは私も思う事だもの」
ロキの存在は謎だが、それに伴って他の者が居る可能性も出てきた。それについて話すシュタラたち。
本来居ない筈のロキが居たので、呼ばれている可能性はあると考えているのだろう。その瞬間、固まった黄金の欠片が一つ地に落ちた。その横でシヴァが言葉を続ける。
「ま、取り敢えず考えていても埒が明かねェ。黄金の崩壊は止めたが、目的も済んだし此処に用は無いからな。ロキについてとか色々と話すのは他の奴らの前で良いだろう」
「「はい」」
「ええ」
「うす」
考えるだけでは意味が無い。なのでシヴァはシュタラたちに提案する。四人は頷いて返し、一先ずこの場は収まった。
シヴァとロキ。破壊神と悪神の戦闘はこれにて終わりを迎える。しかしまだ決着は付いていないので何れ会い再び交える事もあるだろう。
何はともあれ、小人の国"ニダヴェリール"黄金の館にて一つの山場が終わりを告げたのだった。




