五百五話 古城の戦い
ライたちとマギア達以外に誰も居ない、廃墟の古城にて始まった戦闘。ライは魔王の力を纏わず加速してマギア、ブラッド、ヘルへと迫った。
一瞬にして音速を超え、第三宇宙速度の速さで拳を放つ。その前にマギアが躍り出て魔力の壁を形成して拳を防いだ。
「あら? この感覚……ライ君、まだ魔王の力は使わないんだ。その力があればこんな壁簡単に壊せそうだけど」
「ああ。使わなくても砕けるからな」
「そうみたいだね」
壁に接触した拳に軽く力を込め、ライは壁を粉々に粉砕する。マギアは軽く笑って返し、新たな魔力を顕現させてライを弾く。
弾いたところを見ると、どうやら反発魔術を使ったらしい。風魔術でも弾き飛ばす事は出来るが、それよりも素早く弾くのが反発魔術である。
マギアは反発魔術によって弾かれたライへ近付き、風魔術と水魔術を合わせて衝撃波のようにライの身体を撃ち抜いた。
「そら!」
「あらら、体内への攻撃も効かないんだね」
衝撃波に撃ち抜かれたライは一瞬動きが止まるが、ダメージを受けた様子は無く即座に回し蹴りを放った。マギアはそれを見切って躱し、飛び退いてライから距離を置く。
ライの脚が通り抜けた場所は過ぎ去る爆風と共に大きく抉れ、辺りに床の欠片を散らした。
「はあ!」
そのやり取りの横で、レイが勇者の剣を振り抜いて横に薙ぐ。それによって生じた斬撃が飛び、ライごと切り裂く。
しかし当然ライはそれを読んでいたので跳躍して躱し、マギア、ブラッド、ヘルだけが斬撃に切り裂かれる。
「コンビネーションもバッチリだね。レイちゃんの動きはライ君が簡単に見抜いていたよ。お陰で上半身と下半身が離れ離れになっちゃった」
「ああ、そうだな。銀の剣だったら俺は死んでいた。生きているのは天のお陰だろう」
『全く。私はまだ何もしていないのに』
上半身と下半身が離れる三人は、骨肉や臓物が即座に再生して身体がくっ付いた。血溜まりは残っているが、それをグールとグーラ、そしてゾンビ達が啜っている。ライたちは何かとそれを眺めていた。
──次の瞬間、それによってそれらのアンデッドが急激に力を上げ、一歩踏み込むだけで王室全体に巨大な亀裂を生み出した。
その振動が周囲を揺らし、天井に掛かっているシャンデリアが激しく左右に揺れる。
「へえ? 成る程な。下手にアンタらを攻撃すれば、そこに居る他のアンデッド達が強化されるのか。スケルトン以外のアンデッドは血肉を貪って力を得るから、強い力を持つ者の血液は相応の力を与えるって訳」
「そうだね。ゾンビや屍食鬼は元々がそういう種族だから。まあ、自分で育てる事が出来るって意味なら生物兵器よりも使いやすさはあるかもね。主の言う事を聞くのは共通しているけど」
その様子を見、推測した事を話すライと肯定するマギア。特に隠している事でも無いらしく、知られても良さそうな事みたいだ。
しかし考えてみればそうかもしれない。下手に攻撃出来ないとなれば、それは自分達がダメージを受ける機会が少なくなるという事なのでマギア達からしても都合が良い。
それを理解した上で、ライたちは改めて構え直した。
「さて、下手に攻撃出来ないとなれば……スケルトンは放って置いても少し邪魔になるくらいだけど、グールとグーラ。そしてゾンビ達を何とかしなくちゃならないって訳だ」
「だが、生物兵器よりは生命力が低い。脳でも破壊すれば再生も無く仕留められるだろうさ」
「ああ。場所が場所……余計な破壊をせずとも打ち倒せるのは良い事だ。大きな破壊で目立つという行為はなるべく避けたいからな。今更だが」
力は強くなるアンデッドだが、生命力は低い。生物兵器ならば粉微塵にされようと再生するが、グール、グーラ、ゾンビは違う。
屍食鬼は元々吸血鬼になれなかったモノなので再生力が吸血鬼よりも低く、ゾンビは死者が動いているだけで再生力は無い。なので脳を砕いて動きを停止させるか、その身体を動けぬ程バラバラに砕けば良いのだ。そうする事で動きを停止させる事は可能である。
『『『ゲギャア!』』』
「速度も上がっているな。筋力が上がったから当然か」
その瞬間、マギア達の血液を吸収して力を増幅させたアンデッド達が飛び掛かる。その速度はかなりのもので、今にも砕けそうな程に腐った身体を持つ死者とは思えぬ速さだった。
「けど、まだ遅いな」
『『『…………!』』』
近寄る瞬間、一歩踏み込んで加速したライが肉迫していたアンデッド達を粉々に粉砕する。まだ魔王の力は纏っておらず、魔王の無効化する力すら纏っていない。
ライ自身の力も一割程で、それからするにその力だけでも十分に勝てる相手と踏んだのだろう。
実際に数体を粉々に出来たので、手下のアンデッド達には簡単に勝てそうだ。
「やっぱり少し強くなったアンデッド程度じゃ意味無いか"光の矢"」
ライを相手に肉弾戦やアンデッド達だけでは無理だと悟ったマギアは、光速の矢を放った。
放たれると同時に目映い光が周囲を照らし、光熱の籠った矢が直進する。しかしライは魔王の力を纏わずに光の速度を見抜き、拳を放って光を砕いた。
砕かれた光の欠片は周囲に散り、幻想的で美しい光景を生み出す。ライはその光が赤い絨毯に落ちるよりも速くに加速し、一瞬にしてマギアとの距離を積めた。
「オラァ!」
「あらら。光がバラバラ……概念も砕いちゃうんだね。その状態で光を見抜くってライ君無敵なの?」
距離を積めると同時に拳を放つライと、軽く跳躍しつつ浮遊魔術で宙に浮かんで話すマギア。
光の速度を見抜き、概念を砕くライを前に少々困惑していた。一応知っていた事ではあるが、魔王を纏っていない状態でそれを実行した事が疑問なのだろう。
「ハハ、俺は無敵じゃないさ。何度か大怪我を負っているし、前までは星を砕く一撃を砕くのに片腕を負傷していた。今は恒星を砕く一撃も簡単に防げるけど、銀河系や宇宙を消し去る攻撃はまだ結構痛い」
「それを言っている時点で次元が違うような気がするけど……。"霆の矢"!」
ライの耐久力を聞きつつ、次いで放ったのは雷速の矢。
先程の光の矢よりも速度は劣るが、周囲に霆を散らしているので威力は多少上がっている事だろう。
「そら!」
それをライは回し蹴りで纏めて吹き飛ばし、背後に居るレイたちに被害が行かぬよう打ち砕いた。
雷撃は周囲に散ったが、流血しているアンデッド達がそれを受けたので被害は無しである。
「次!」
そしてライは足場を踏み砕き、欠片を宙に浮かせる。次いで拳を放ち、その風圧によって床の欠片を弾丸のように飛ばす。その欠片の弾丸はアンデッド達を貫き、絶命させてその数を減らした。
欠片は散弾銃のようにマギア達を狙う。そこにライも駆け出し、欠片に紛れてその距離を詰め寄った。
「成る程ね。アンデッドを倒しつつ床の欠片で自分自身をカモフラージュをする。私たちに気付かれにくくなるって事"時限爆弾"」
欠片を全て消し飛ばし、ライに向き直るマギア。向き直った瞬間に魔力を込め、ライの周りに複数の起爆剤を配置する。
その名は時限爆弾というが、恐らく点火させるも消滅させるも全てマギアの自由だろう。魔力からなる時限爆弾なので、爆発魔術の一種と見受けられる。
「"点火"!」
「……!」
欠片に紛れるライを囲んだ魔力の爆弾。それを顕現させた瞬間にマギアが点火させた。それによって全ての爆弾が反応を示し、連鎖するように大爆発を巻き起こす。
瞬く間に衝撃と黒煙がライの身体を飲み込み、古城の王室全体を包み込む程の爆発が起こった。
その爆発で城全体が大きく揺れ、ひっそりと灯っていたライたちの居場所から離れた燭台の蝋燭の火が揺らぐ。
「随分と派手な爆発だな。レイたちは大丈夫か?」
「うん。大丈夫!」
「あ、やっぱり皆無事なんだね」
その爆風を掻き消し、マギアの頬を蹴り抜くライ。マギアの身体がそれによって吹き飛び、王室の壁に激突して巨大な亀裂を生み出す。
吹き飛ばした後で背後に居るレイたちの身を案ずるライだが、それは杞憂に終わったようだ。
そしてそれを見、殆ど無傷のマギアが立ち上がって軽く告げる。その後ろでは同じく何ともないブラッドとヘルも居た。しかし、他のアンデッド達は多少消え去ったようだ。
「あーあ、無駄に味方を減らす結果になっちゃった。ちょっぴりミスしちゃったね」
「だが、これも天命。そう気に病む事は無い。予め天によって定められていた事なのだからな」
『どうしてくれるのかしら? ただ此方が不利になっただけじゃない。どう責任取るの? 身ぐるみ剥いで亡者達の中に放り込むわよ』
「アンタらは天使と悪魔か。見た目や立場からしたら真逆の位置だろ」
マギア、ブラッド、ヘルのやり取りに思わずツッコミを入れるライ。方や責任を取る必要は無いと告げ、方や責任を取れと告げる。その内容も中々エグいのだから確かに天使と悪魔かもしれない。
しかしマギアは少しも気に掛けておらず、改めてライたちの方へと視線を向けて返す。
「やっぱり私とライ君は、戦闘では相性が悪いのかな。標的を変えなきゃならなそう」
「戦闘ではって……。他に相性の良し悪しがあるのか?」
「どうだろう。試してみる? そうだね……私とライ君でランデブーでも如何?」
「「駄目」」
「「駄目だ」」
マギアの誘いに対し、レイ、エマ、フォンセ、リヤンが即答で返す。
その勢いに思わず肩を竦めるマギアはふぅと軽く息を吐き、改めて魔力を込めて体勢を整えた。
「あら残念。随分と人気があるみたいだね。まあ、どの道アナタ達は私たちが連れて帰るから、その時色々とやってみよう」
「ならばというか……そう言えばだ。私とお前とは少々因縁があった事を思い出した。私たちが連れて行かれる訳にはいかないが、私と戦って貰うぞ」
「フォンセちゃんが相手か。見たところ、精神的に少し成長したんだね」
マギアの込める魔力に対し、フォンセが躍り出て魔力を込めていた。
同じ魔術師として、魔王の子孫とアンデッドの王として、少々因縁の深いフォンセとマギア。なのでフォンセが名乗り出たのだろう。
「なら、俺は愛しきエマと──」
「おっと吸血鬼。同種だけじゃなく、たまには俺とも戦ってくれや」
「……。猿には興味が無いんだがな」
次いでエマと戦おうとしたブラッドに向け、如意金箍棒を振り翳して放つ斉天大聖孫悟空。
ブラッドは孫悟空には興味無さげだが、勝負を挑まれたとあっては誇り高きヴァンパイアとして受けざるを得ないと構える。
「じゃあ、消去法で私たちがヘルの相手か? この人数さだと弱い者苛めみたいだから少し他へと割り振るか」
『相変わらずムカつく言い方ねヴァンパイア。誰が弱い者ですって!?』
「じゃあ、マギアの相手がフォンセとリヤンとレイ。ブラッドの相手が孫悟空とニュンフェ。ヘルの相手がエマとドレイクで良いか。これでも少しやり過ぎそうだから手加減はしなくちゃな。俺は周りのアンデッド達を倒して露払いをしておくよ」
「そうか、任せたぞライ」
『無視!? この死者の国の女神の私を散々虚仮にして! 呪うわよ!』
雑な扱いに苛立つヘルと、そんなヘルを無視してチーム分けをするライ。
それに対してヘルは更に怒り、瘴気の含んだ風を城内へと顕現させて構える。ライたちとマギア達の戦闘は、一先ず誰が誰と戦うか決定したのだった。
*****
──百を優に超える燭台。
その上にある、燭台と同じ程の数である蝋燭が揺れていた。元々は蝋燭一つにしか火が灯っていなかったが、それらは今、全てが激しく燃え盛っていた。
豪華絢爛な装飾品と無機物な鎧。蝋燭の炎は激しく燃え上がり、この層ごと不気味な絵画を焼き尽くす。
『久方振りの"世界樹"。少々雰囲気は変わったが、別に良いか。いや、どうやら本物の"世界樹"では無いらしい。逆さまだ。──さて、それは置いておこう。何やら上の階が騒がしいな。こんなに騒がしくては血が滾る。祭りならば参加してみる価値ありだ』
燃え盛る蝋燭と絵画。そこから揺らぐ幻影のように人影が姿を現し、全ての状況を一瞬にして把握する。
その状況から、それならばとその足を浮かせ、自身の身体を宙に舞わせて上層に向けて歩みを進める。
ライたちとマギア達の戦闘によって騒がしい古城内。そこにまた一人、目覚めたばかりの誰かが加わろうとしていた。




