五百四話 アンデッド達
──"九つの世界・世界樹・第二層・人間の国・ミズガルズの古城・王室"。
不規則に並ぶ鎧や絵画。彼方此方にあるそれらは王室でも同じらしく、玉座を囲むように並べられていた。
玉座までは赤い絨毯が続いており、周りには手下であろうグールとグーラが多数存在している。玉座の直ぐ上にある絵画には王のような人物画があり、そこに居た者、ヴァンパイアのブラッドは興味深そうに王の絵画を眺めていた。
「なんつーか、なんとも不思議な城だな。グラオ殿が創ったにしても、中々に奇っ怪な城みたいだ。本来あった城なのだろうか。答えは天のみぞ知るか」
この世界について、ライたちよりも詳しいであろう敵組織の主力ブラッド。だが、この城については何も分からないらしい。
"世界樹"の人間の国に名のある城も無く、特徴的な城もない。なのにこの城が存在するという事実が興味深いのだろう。
ブラッドも、エマの前以外では真面目なヴァンパイア。長年生きてきた故に、それなりの知識はあり知的好奇心も豊富に存在する。なので"地図に無い城"が実際に存在する矛盾が気になっているのだろう。
「見たところ宝石類も本物。鉄も本物。全てが本物だ。当然金銀も本物か。金はさておき、銀はうっかり触って火傷してしまわないように気を付けるか」
ブラッドが行っている事は、そこにある物の確認だった。
どうやら金銀宝石類は全て本物らしく、鎧や剣に盾も問題無く使えるらしい。だからこそヴァンパイアの弱点である銀に気を付けつつ辺りを見渡す。
ヴァンパイアは普通に武器などを扱う者も居る。なのであわよくば武器に使えそうな物でも探そうと考えているのだろうか。
「何してるのブラッド? 逆さまになんてなって」
「ああ、マギア殿。いや、リッチ殿というべきか。我らがアンデッドの王。いや、女王」
「そういう堅苦しいのは少し苦手かな。普通で良いよ。普通でね」
探索の為、シャンデリアに逆さまでぶら下がるブラッドに対し、アンデッドの王であるリッチのマギアが話し掛ける。どうやら"ミズガルズ"にはマギアとブラッドが送られたらしい。他にも主力は居るのかもしれないが、少なくともこの古城に居る者はマギアとブラッドのようだ。
「そうか。それを決めるのが天では無くリッチ殿。いや、マギア殿ならばそうしよう。本人の言葉を優先した方が良いだろうからな」
「うん。そうしてね。リッチって呼び方は可愛く無いからねぇ。まあ、呼びたいって言うならそこまで否定はしないけど」
ブラッドがシャンデリアから飛び降り、赤い絨毯の上に着地する。そこに向けてグールとグーラが集まり、ブラッドに従う魔物達。それを見る限り、屍食鬼とはしかと統制を取れているみたいだ。
その横でマギアの近くにマギアが魔力によって生み出したスケルトンが姿を見せる。どうやらこの二人は部下兵士では無く自分自身が自由に操れる者を連れて来たようだ。
マギアとスケルトン。ブラッドとグール、グーラが集まる中、もう一つの影が姿を見せる。
『あら? 此処に居たのね。といっても、既に彼らは来ているみたいだから此方としても自由に動けないと言ったところかしら』
「そうだね、ヘル。ライ君達はまだ一階付近を捜索しているから此処まではまだ来ないだろうけど、それも時間の問題。牢屋に居たグールとグーラは既に始末されちゃったし、ブラッドの存在はバレているかもね」
「気配は既に感じていると思うからな。遅かれ早かれ、俺が見つかるのは天によって決められていたんだ。どの道直ぐにマギア殿とヘル殿も見つかってしまうだろう」
もう一つの影、死者の国の女神ヘル。
そんなヘルはゾンビ達を引き連れてマギアとブラッドの前に姿を現す。そう、人間の国"ミズガルズ"に集ったのはマギアとブラッドだけでは無くヘルもだった。
何れも兵士達は連れていないが、半不死身のグール、グーラに不死身のゾンビ。そして幾らでも生み出せるスケルトンと数も実力も申し分無い事だろう。
『けど、アンデッド系列の私たちが揃うなんてね。何か理由があるのかしら……』
「アハハ。多分何も無いと思うよ。強いて言うなら、この廃墟の古城の雰囲気に私たちが合っているからだと思う。此処みたいな不気味な雰囲気と私たちは似合っているからねぇ。個人的にそう思われるのは嫌だけど」
「雰囲気に合っているからという理由だけで主力三人が呼ばれる……か。フッフ。中々酔狂ではないか。俺は嫌いではないな」
リッチ、ヴァンパイア、ヘル。世界を代表するアンデッドモンスターのマギア達。マギアはそのような位置付けは好かないらしいが、ブラッドは軽く笑ってそれを受け入れていた。ヘルはそんな二人を見て呆れる。
『好き嫌いの問題じゃなく、相手に勝てるかどうかではなくて? 悉く主力級が破れているというのに、呑気なものね……』
「まあ、それは基本的に多勢に無勢だったからで、本番はまだだからねぇ。本気になったらまた変わるんじゃないかな」
『本当かしら。それに、全員が集まった時に戦ったとして、相手には本物の支配者が一人と一匹居るし、支配者を打ち倒せる力を持つ魔王だって居るじゃない。勝てるのかしら?』
「その時はその時だね。勝つか負けるかって事に私たちのリーダーは特に気にしていないし」
今までヴァイス達。魔物の国。百鬼夜行の主力達は、本気ではないとはいえライたちに勝てていない。なのでヘルは本当に勝てるかどうか気になっているのだ。
対し、マギアは相も変わらずお気楽なもの。元々ヴァイスの方針は勝利が絶対ではなく、悪魔で目的の為の地盤固めでしかない。なのでマギアはそこまで勝利には拘っていないのだ。
「フッフ、全ては天が決める事。俺たちは天の委ねるままに進めば良いだろう」
『なら、貴方は天から見放されているじゃない。相手のヴァンパイアに振り向いて貰えないのでしょう?』
「それは違うとはっきり言おう。好きなもの程嫌うフリをしてしまうものなのだ。俗に言うツンデレだな」
『聞いた話では全力のツンな気がするけれど。微塵も好きって思われていないんじゃないかしら?』
「嗚呼エマ・ルージュ。俺の愛しき人よ……」
『聞いちゃいないわね』
『エマは渡さないから……!』
『貴女もなの……』
呆れ返り、物も言えない様子のヘル。ブラッドがこうなるともう聞く耳を持たないので無視するしかない。隣のマギアも妙な対抗心を持っており、ヘルは不死身にも関わらず痛む頭を抱える。
マギア、ブラッド、ヘルの賑やかなアンデッド三人衆は廃墟の古城。その上階でライたちを待ち続けていた。
*****
──"九つの世界・世界樹・第二層・人間の国・ミズガルズ・古城・大広間"。
牢屋から出たライたちは、玄関口にある大広間の方へと戻っていた。相変わらず違和感のある並びの絵画や鏡に鎧、そして燭台だが、二度目となれば流石に慣れたのか即座に階段の方へと向かう。
階段の下から左右に渡り廊下や道があるが、とっくにライたちはそこら全てを見て回り終えた。なので上階に向かう階段へと進んでいるのだ。
「この大きな絵。嫌な感じだな。なんだか見られているような、そんな気がする」
「ああ。此処が再現された世界である以上、"付喪神"などが宿るにしては経た年月が少な過ぎる。仮に本来の"世界樹"で数百年程経っていたとしても、再現されたのはつい先日。昨日だからな。魂が宿るにしては早過ぎる」
──"付喪神"とは、物に宿る神である。
長年使われた物には神や精霊などの魂が宿るとされ、物に手足や目に口などのパーツが組み立てられ、その物が様々な恩恵を持ち主に与えると謂われている。
その恩恵は大切にしてくれた恩を返す幸運だったり捨てられた事への怨みによって与える苦痛だったりと様々だが、何かしらを与える存在。
形がどうあれ長年使われた物に宿る神や精霊、それが付喪神だ。
そんな付喪神がこの大きな絵に宿っているのなら視線を感じてもおかしくはない。だが、そういう訳では無さそうなところ。
人の年によって生まれる付喪神だが、昨日創られたばかりの世界にある絵画にそんなものが宿る筈が無いからだ。
「……。気にしても仕方無い、か。さっさと先を進もう」
「うん。それが良いよ。不気味過ぎるのも問題だからね……」
考えても何もないので意味が無い。なので先を進むライと、こういった雰囲気で感じる恐怖を嫌がるレイ。
何はともあれ、先に進むという利害は一致したのでライたち一行は階段を上って次の階層へと向かうのだった。
*****
古城の二階は、長い廊下が続いていた。そこの両壁には複数の部屋があり、扉が存在している。そして当然のように複数の燭台が置いてあった。
此処の階層が王間へと続く道ならば、恐らく王の通り道には燭台のような灯りを付属させる事で闇から逃れたのだろう。
「さて、また一つ一つの部屋を探さなきゃならないみたいだな。少し面倒臭いけど、やらなきゃ始まらないし仕方無いか」
「そうだな。可能性があるなら、此方の戦力を増やすという意味でも探した方が良さそうだ」
無数にある部屋。そこを全て探すのはライたち八人が居ても少々面倒だろう。しかし兵士が居る可能性はあるので、愚痴や文句を言っていられない。
ライたちは古城の二階。そしてその更に上の階など、古城全体を八人で手分けして探索を開始した。
「さて、残ったのは結局最上階だけか……」
「無駄骨も良いところだったな。まあ済んだ事は良しとしよう」
──そして、探索を終えたが結局何も見つからず、敵すら見つからずにかつて王が居たであろう部屋に着いてしまったライたち。
あった部屋は全て一階で見たような一人部屋と同じようなもの。物の配置や飾りなどに少しの差違点はあれど、あまり変わった物でもなかった。
結果として、此処の王の部屋しか残った場所は無いのだ。探せば屋根裏部屋や壁の裏などに隠れ部屋もあるだろうが、この部屋から一際大きな気配が複数。小さな気配が複数あるのでほぼ間違い無さそうだ。
「んじゃ、取り敢えず開けるか」
部屋の扉に手を置き、ゆっくりとその扉を開ける。重そうな音と共に扉が開き、内部の様子が明らかになる。
「……!」
──そしてその瞬間、何処からとなく放たれた矢が音速に近い速度でライの眼前に迫った。
それをライは眉間の前で片手で受け止め、その矢を一瞥した後で直ぐ様離して矢を赤い絨毯の敷かれた床に落とす。
続いて視線を上げ、矢を放った主に視線を向けた。
「……。なんだ、どうやら此処に味方兵士たちは一人も居ないみたいだな。居るのは三人の主力と複数のアンデッド達。いや、三人もアンデッドか。いやいや、二人がアンデッドで、もう一人は半アンデッド……半デッドか」
『ちょっと! 半アンデッドで半デッドってなにっ!? 然り気無く私を馬鹿にしないで下さる!?』
「フッ、防がれたか。これも天が定めた事ならば、それを受け入れよう」
『貴方も何で普通に話を進めているのかしら!?』
その部屋に居たのは三人の主力。マギア、ブラッド、ヘル。そして複数のグール、グーラ、スケルトン、ゾンビ。
その数も去る事ながら、アンデッドという魔物の見た目からして物々しい雰囲気だった。しかし既に何度か見慣れているライたちが怯える事は無く、悠然とした態度で接する。
「さて、アンタらが此処に居るとしても味方になりそうな兵士たちは居ないし、回れ右で戻っても良いが……帰らせてはくれないんだろ?」
「うん。当然だよ、ライ君」
「俺はエマだけを連れられれば良いが……そういう訳にも行かないんでな」
『まあ、貴方達相手にこれだけってのは少し不安だけれどもね』
気付いた時に背後は複数のアンデッド系モンスターが囲んでいた。
話しているうちに囲んでいたのは気付いていたが、どうせ後を終われるだろうと気にしていなかったのだ。
マギア達は当然という面持ちでライたちに構える。ならばとライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空もマギア達に向けて構えた。
廃墟となった古城に潜入して数時間。ライたちとマギア達、両主力たちが王室の玉座前に揃う。何度目かとなる戦闘が、今始まろうとしていた。
*****
『……』
──そしてライたちとマギア達が構え合う城の中、暗く誰も居ない場所に置かれた数え切れぬ程ある燭台の蝋燭一つに火が灯った。
その炎が揺らめき、何処も開いていないにも拘わらず吹き抜けた風によって激しく燃え盛る。
この"世界樹"にて、果たしてまた新たな面倒事が起ころうとしているのだろうか。




