五百三話 廃墟の古城
──"九つの世界・世界樹・第二層・人間の国・ミズガルズ"。
「此処は……この世界の人間の国での城か」
「うん。そうみたいだね。大きなお城……」
「人間の国の城か。大層な建物だ。これも再現したらしい」
「何処まで本物に近い再現かは分からないが、実際の"ミズガルズ"にも城はあるのだろうか」
「どうなんだろう……。街並みとかも結構寄せているからね……。本来の街並みは分からないけど……」
人間の国"ミズガルズ"を探索しているライたちは、ライたちのチームとブラックたちのチームに分かれて行動をしていた。
その中でライたちの方では、一際大きな建物の前に立っていた。
それは見ての通り城であり、外装からでも分かる程に豪華な場所だった。
城の周りは水で囲まれており、草花もあったりとで自然が多い。出入り口であろう扉の前にだけ橋が掛かっているので、攻めるとなれば基本的に遠距離からの投石や正面突破というやり方だったかもしれない。
他の建造物と同様城の造りもライたちの世界と同じようで、煉瓦が組み立てられており外壁は殆どが煉瓦だ。正面にある巨大な扉は木で造られており、素材から見て火に強い木だろう。
昔から火事というものは建造物の天敵。外壁や基本的な素材が燃えにくい煉瓦だとしても骨組みは木なので引火してしまえばそこから広がる可能性もある。なので火に強い素材が多めのようだ。
因みに、実際の"世界樹"には名称のある城など無い。宮殿のような建物で名称があるのは第一層の"アースガルズ"にある"ヴァルハラ"くらいなので、この城が幾ら豪華だとしても元々あった名も無き城なのだろう。それにしてはかなり豪勢な城である。
「名前の無い豪華なお城ですか……。此処ならば兵士たちも隠れやすそうですね。何より目立ちます」
『ああ。だが、目立つというのは敵からも言える事。味方だけでは無く、敵が拠点にしている可能性もあるな。まあ、第一層が消え去って敵もあまり自由な行動は出来ないだろうが』
『そうだな。ま、どちらにせよ探してみなきゃ始まらねえって事だ』
味方が居るか敵が居るか。その答えは分からない。その気になれば城の外から中の気配を探る事も出来るが、様々な気配が複雑に混ざり合っているので少々難しい。敵か味方か分からないが、それなりの数は居るらしい。
一先ず考えていても意味が無い。ライたちは降ろされている石橋を渡り、城の中へと入って行くのだった。
*****
──"人間の国・ミズガルズ・城"。
城の中へと入ったライたちの前に映った物は、豪華絢爛な装飾品の数々だった。
元の世界でも何度か城に入った事のあるライたちだが、やはり装飾品などが気になるものだ。
そこにあるのは、常例通り巨大なシャンデリアと長いレッドカーペット。その左右は剣と盾を携える鎧が佇んでいた。レッドカーペットの先には大きな階段と踊り場の壁にある巨大な絵。そこ以外にも周りには高価そうな絵画や光沢のある金銀宝石類の装飾品があり、鎧の近くにある台の上には複数の燭台が置かれていた。
この場合の複数は一つの台に複数置かれているのではなく、鎧の間や絵画の下に台が置かれていて、そこの上に一つの燭台があるという事。どうやら手持ち用というだけでは無く、様々な用途があるようだ。恐らく暗くなった時此処の回廊を照らす役割があるのだろう。
蝋燭一つにつき数十メートルは照らせる。複数集まればシャンデリアだけでは足りない光も補えるというもの。
つまるところ、この城が本来の"世界樹"にあったならそこの持ち主はかなりの臆病者だったのかもしれない。何時でも光を手に取れるような位置に置いてあるのだから。
「装飾品は今までに見てきた城と似ているけど、燭台の数がかなりあるな。どれ程闇を恐れた主がこの城に居たんだろうか……」
「けど、逆に不気味だね。レッドカーペットを囲む兵士と一つ佇むシャンデリア。そして暗い風景画や異形に笑う人物画が書かれた絵画……。少し怖いかな……」
「闇を恐れるあまり、恐怖で恐怖を上書きしようとしたのかもしれないな」
そんな品々が並ぶ玄関でレイが不安そうに呟く。
そう、そこにある物は全て暗く不気味な物が多かったのだ。その物の感覚のみならず、物の配置からして不安を煽るような物が多い。
わざと不規則に並べられたような物や、燭台の蝋燭に灯りを点けた時気味悪く笑う絵画が照らされる形となる。
よく見れば端の方に姿見が置いてあり、その姿見から見て正面にある紳士風の男を映し出している。仮にそこへ誰かが立てば、頭の方に紳士を描いた絵画が映るだろう。意図があるのかは分からないが、何とも不思議な感じだった。
「……。先に、進んでみるか……?」
「「うん……」」
「「ああ」」
「はい……」
「うむ。そうだな」
『それが良さそうだ。此処に居ると気味が悪い。妖怪の俺が言うのもなんだけどな』
恐る恐る歩を進めるライたち一行。レイとリヤンは怯えており、ライの両腕を二人が各々で掴んでいた。その近くではエマとフォンセが楽しそうに笑っており、此方はわざとライの腕を掴む。ニュンフェも怯え、ライの服の裾を掴みながら歩みを進めていた。
その後ろではドレイクと孫悟空が辺りを警戒しながら先を進む。因みにドレイクは龍にとっては狭い城内なので人化した姿である。赤い髪が何だかレッドカーペットとマッチしており可笑しさもあった。
「って、何でレイたちは俺の後ろに居るんだ……? エマやフォンセに至ってはふざけているだけじゃないのか?」
「だ、だって~……」
「うん……。怖い……」
「ふふ、男なら女性を護らなくてはな?」
「ああ、そうだぞ。ライ」
「失礼ながら、私も少々怖くて……」
『俺たちは背後を常に警戒しているからな。先に進むのが遅くなるから、必然的にお前が盾となっているんだ』
「案ずるな。ライ殿たちは我らが護る」
そして、動きにくい事を気に掛けてレイたちに訊ねるライ。どうやらこの城内の雰囲気が嫌なのでライに抱き付いているらしい。ドレイクや孫悟空は周囲の警戒で忙しいので、頼れるのがライだけという事だ。
エマとフォンセはさておき、やはりレイたちのように基本的な感性が常人と同じ者はこの景観が恐怖対象となるのだろう。
「ハハ。それはありがとさん。……にしても、この城は一体何なんだろうな。よく見れば所々にヒビがあったり、整備されていない箇所が目立つ。グラオが"世界樹"を創った時に手を抜いたって可能性もあるけど、そういう感じじゃない。本来のこの城は少し古い……俗に言う古城ってやつだったのかもな。ただの古城じゃなくて、捨てられたばかりの廃墟となった古城だ」
辺りを見渡し、気になる箇所を話すライ。城という物は、廃墟となってからでもそれなりの時間形を保つが、この城はまだ少し新しさがある。
元々創られたのは昨日だが、年月も再現したとあらばその月日もグラオが"世界樹"に寄りその時に見たままだろう。なので捨てられてから間もない時の城だったらしい。
「名も無き古城か。ふふ、中々風流じゃないか。崩れかけの中にも確かに存在する上品さ。歪な配置の物も中々見てて面白いぞ」
「うぅ……。エマは変わっているね……。元々夜を好むヴァンパイアだから? 私は周りを楽しむ余裕なんて無いよ……」
「さあ、どうだろうな。確かに渡り廊下の方へ出たら少し暗くなった。灯りを点けていないから、最奥へ進むに連れて暗くなるようだな」
ライたちは正面口を抜けて、下方を進み今は渡り廊下のような場所に居る。階段の上も気になったが、先ずは下から調べるという考えなのだ。
というのも、感じた気配は複数。上下関係無く気配があったので、虱潰しに探したとして下から探そうという魂胆である。どの道上階に行く事は変わらないので、下から探した方が何かと都合が良いのだ。
渡り廊下にも赤い絨毯。即ちレッドカーペットがあり、左右を鎧や絵画が囲む。此処にも燭台の数は多く、それからするにやはり城の主は暗闇を嫌っていたのかもしれない。
上には点かなくなった豪華絢爛なシャンデリアがぶら下がっており、十メートル進む程に新たなシャンデリアが顔を見せる。これ程のシャンデリアがあるなら普通に明るさを確保出来そうなものだが、燭台の数は疑問に思うところだ。
そして此処はエマの言うように、奥に向かうに連れて闇が増す。元々窓が無く、差し込む光も無いので構造的にどうしても暗くなってしまうのだ。
「うぅ……。ますます不気味になってきた……帰りたいけど戻るのも怖い……」
「……」
辺りを見、怯えが増すレイはライを少し強く掴む。リヤンは何も言わずにライへしがみつく。どうやら見掛けに寄らず、リヤンも中々に怖がりのようだ。
妖怪や幽霊などはその気になれば力を得られるので怖くないが、景観が生み出す不可思議な感覚は恐怖対象なのかもしれない。五感が鋭く、他人よりも感覚を多く受けるリヤンだからこそ恐怖が増すのだろう。
「ハハ……。大丈夫か? 二人とも。けど、少し気になる所があるな。それに、下の方から感じる気配はごく僅かだ。どうする? 此処からは部屋も増えているけど、探すか?」
「まあ、当然部屋を捜索するしか無いだろうな。宛も無い。何処に居るかという保証も無い。なら、捜索場所は部屋の中という訳だ」
「へ、部屋の中……」
チラッと視線を向け、無機質な部屋の扉を見るレイ。赤く、木で造られた扉が悠然と佇む。
一見普通の扉だが、場所が場所なので不気味に見えてしまう。しかし開けなくては先に進めないので、意見は言わず流れに身を任せる。ドアノブに手を掛け、ライはゆっくりと扉を開けた。
「……。どうやら外れみたいだな」
「……。うん……」
部屋にあったのは、化粧台とベッド。そして窓と絵画。
そこは見て分かるように一人部屋であり、窓以外に光となる物は無い。その窓にも今は少し古いカーテンが掛かっているので暗いままだ。廊下や玄関口にはあれ程の燭台があったというのに、此処にはそういった闇を照らす物が無いのだ。
それは何故か分からないが、シンプル故に特に目ぼしい物も無いのでライたちは部屋を後にした。
そこから更に先へ進み、色んな部屋を捜索する。あったのは先程のような一人部屋にそれよりも広い二人部屋や複数人が入れる大部屋。武器庫に調理場、トイレなど様々な部屋があった。しかしライたちが捜索している兵士たちの姿は無く、最後に行き着いたのは他の部屋よりも無機質で古く壊れ掛けている色も塗られていない扉だった。明らかに何かありそうな扉だが、開けなくては始まらないのでライたちは意を決してその扉を開いた。
「此処は……牢屋か……」
そこにあったのは、鉄の檻。即ち此処は牢屋である。
無論の事閉じ込められている者は居ないが、この牢屋だけ何故か雰囲気が異質だった。それは死臭に近いのだろうか。閑散とした空気と囚人や死刑囚、拷問などの後ろ向きな先入観から死を彷彿させるのだろう。
そして、閉じ込められている者は居ないが牢屋の外には人影があった。その人影は小さく、大人の者では無いようだ。
「子供……? マルス君……の訳は無いな。気配が違う。となると、敵か味方か……」
「ふふ、子供と言えばライも子供では無いか」
「見た目だけならエマの方が幼いと思うけど……」
その小さな人影に対して気に掛けるライだが、特に緊張感などはなかった。
というのも、敵ならば倒すだけで、味方かならば此方に引き入れると取るべき行動は簡単。仮にこの世のモノで無くても魔王の力なら簡単に消し去れる。
つまり、相手が主力クラスでなければどちらに転んでも適切な対応が出来るのだ。一応それなりの警戒はしているが、それだけである。
「なあ、君は……」
『『ギャア!』』
──ライが二つの影に話し掛けたその刹那、二つの影は牙を剥き出しにし唾液を散らしながらライへと飛び掛かった。
「こっちのパターンか」
その二つを躱し、改めて見やるライ。レイたちも影が動き出した瞬間に警戒しており、武器などを向けて各々の戦闘の構えを取っていた。
そんな中でライが見る二つの影は、身体が普通ではなかった。変色しているのだ。口元からするに、恐らくライを食そうとしているのだろう。
そう、この敵──
「グールとグーラ……。成る程な。どうやら此処の城には主力が居るらしい。グールとグーラを連れる魔物──ヴァンパイアのな」
「やれやれ。またアイツか。苦手なんだよな、私は奴が……」
──純潔では無くなったが為に吸血鬼になれなかった死肉を貪る屍食鬼、グールとグーラ。
そしてこの者たちが居るという事は、相手の主力で誰がこの不気味な古城に来ているのか理解出来た。複数の気配のうち、その何れかはグールとグーラだろう。
「さて、取り敢えずコイツらを片付けるか。理性の無いただの鬼だ」
「ああ、そうだな。私も賛成だ。是非ともそうしたいね」
一瞬のうちに飛び掛かるグールとグーラ。ライたちにとっては相手にならない敵だが、この二匹を連れる主力は少々面倒臭い相手となりそうだ。
「ほい」
「失せよ」
『『グギャ!?』』
グールに向けて拳を放ち、半不死身の怪物を破壊するライ。そしてグーラに向けて牙を打ち込み、吸血鬼のエキスを取り出して吐き捨てるエマ。それによってグールとグーラは絶命する。
人間の国"ミズガルズ"にあった廃墟の古城にて、ライたちは主力の連れるであろう敵と出会った。その瞬間にこの者達を打ち倒し、改めて古城の探索へと向かうのだった。




