四百九十六話 魔物の国の支配者
「邪魔はしないでよ、支配者さん」
「それは此方の台詞だ、カオスよ」
何やらギスギスした雰囲気のグラオと支配者。しかしその実力は確かなので油断は出来ないだろう。
この二人が協力する姿は想像出来ないが、協力などしなくとも十分過ぎる程に驚異的だからだ。
「喧嘩している所悪いが、気にせず撃つぞ」
「構わないよ」
「構わぬ」
刹那、遥か上空に雷雲が作り出されてそこから稲光と共に落雷が繰り出される。そして、その雷撃がグラオと支配者を打ち抜いて感電させた。その霆は即座に晴れ、無傷の二人が煙の中から姿を現す。
『続くぞ!』
『うむ!』
その二人に向け、孫悟空とドレイクが加速して距離を詰め寄る。孫悟空は如意金箍棒を振るい、ドレイクは巨腕を落とす。グラオと支配者はそれを受け止め、一気に詰め寄って一人と一匹を吹き飛ばした。
しかしただでやられる訳の無い一人と一匹。支配者クラスあると言われているだけあって、簡単には吹き飛ばされず空中で体勢を立て直して炎を吐き、炎妖術を放つ。
「まあ、簡単には決められないか」
「お主が邪魔だからな。ついでに、お主を纏めて始末しておくか」
「へえ? なら、僕も相応の返しをしなくちゃね」
孫悟空とドレイクの炎を躱し、空中で足をぶつけ合うグラオと支配者。それによって周りが消し飛び、二人が弾かれ吹き飛んだ。そこへ孫悟空とドレイクが来、孫悟空が獰猛に笑う。
『ハッ! 俺たちの事はもう無視するのか御二人さん!』
「「当然、打ち倒すつもりだ!」」
対し、二人は一人と一匹に構える。そのまま空中で再び衝突した。よって、下方数キロが消し飛ぶ。これ程の破壊力では他の者たちも危ないかもしれない。
だが、主力のエマたちはそれを防ぐ術を当然持ち合わせているので戦闘の余波に巻き込まれる心配は無いだろう。
「やれやれ。私では踏み込めない領域だな。私もそれなりの力を持っていると思うが、神域には到達出来ていない」
孫悟空、ドレイク、グラオ、支配者によって織り成される戦闘を前に、行動に移れず止まるエマ。エマのみならず、ニュンフェ、アスワド、ラビア、ジャバルもその様だ。
幹部や側近もかなりの実力を秘めているが、支配者クラスとは力に差が有り過ぎるから少々分が悪い。足手まといになるかもしれないので手出しが出来ないのだろう。
『伸びろ如意棒!』
『──カッ!』
「邪魔だよ!」
「主ら全員がな!」
味方である筈のグラオと支配者も争っており、孫悟空とドレイクはそこを突いて二人を狙う。
純粋な力ではグラオと支配者の方が上だが、チームワークがあるので力の差を少しでも埋める事は出来ていた。だが、それでも埋まり切らない差なので、少々気苦労が多そうだ。
「目障りだ!」
その中で支配者が動き出す。先程から攻撃は仕掛けていたのだが、別の動きを見せたのだ。
片手を差し出し、その腕を巨大化させる。魔物としての本性を見せたのだ。その腕は孫悟空、ドレイク、グラオを薙ぎ払いその衝撃で周囲に衝撃が走った。
此処が空中でなければ、それだけで第一層の大部分が崩壊していた事だろう。
「さて、お主ら全員、この世から消し去ってやろう」
「それ、ヴァイスの目的と違うんじゃない? まあ、君はやりたい事しかやらないから関係無いんだろうけどね」
「フッ、よく分かっているではないか。余は余の退屈を凌げれば良いのだ」
ドレイクの腕よりよ更に巨大な腕を振るい、周囲を払う支配者。グラオと孫悟空たちはそれを躱し、空中で体勢を立て直して支配者へ向かう。
「君達、空飛べるんだ」
『それはこっちの台詞だ。カオス。やはり仮にも神。空は飛べるか』
「仮じゃない。本当に神様だからね」
『ハッ、俺も神に等しき者だ。空なんぞ簡単に飛べる』
空中で激しくぶつかり合いつつ、支配者を目指す二人と一匹。女体化しており、基礎能力も少し低くなっているグラオでさえこの力。逆に本来の力を少しだけ解放した支配者はかなりのものだろう。
『大きさには大きさだな。"妖術・巨腕の術"。"妖術・硬化の術"!』
『なら、俺は普通に力を込めるか』
「なら僕は、君達を全員纏めて吹き飛ばすかな」
「なら余は、お主らを全員消すか」
三人と一匹が正面からぶつかり合い、更なる爆風を巻き起こす。それによって上空が吹き飛び、この世界の宇宙に放たれ近隣の星々が消滅した。
今は昼間だが、星が消え去る光は青い空に映し出されていた。これが夜だったならば、さぞ美しくも儚い空が映し出されていた事だろう。
「オイオイ、このままでは第一層が消し飛んでしまうんじゃないか? 大丈夫か」
「そうですね……。支配者クラス同士がぶつかり合うと、本人たちよりも周りへ与える影響の方が大きくなってしまうみたいです」
「私たちも、星を砕く攻撃を放てば一矢くらいは報えそうですが……直ぐに弾かれてしまうのがオチでしょうね」
「脚を使う俺に至っては、参加した瞬間にバラバラになりそうだ」
その様子を、下方から眺めるエマたち。
そう、あの破壊力で延々と攻撃を続ければ、この世界が消え去ってしまうのも時間の問題。
止められるのならば止めたいが、それ程の力も持ち合わせていない。なので戦況を見守るしか出来ていなかった。
「滅びよ!」
「消し飛びな!」
『させねえよ!』
『無論だ!』
三人と一匹が弾かれ、同時に加速してその距離を詰めつつ次の一撃を放つ。それによって第一層の世界が大きく揺れ、大地が割れて浮き上がった。その大地は浮かんだ瞬間に消え去り、砂塵となって周囲を覆い尽くす。
「また自然が……。いえ、この世界が……」
「ああ。世界その物が滅びてしまいそうだな。多分私は無事だが、お前たちはどうだ?」
「さあ、多分死んでしまうでしょうね」
「ああ。死ぬな」
消し飛び、消え去る自然。ニュンフェは悲しそうな目をするが、自身に力が無いので歯噛みするしか出来なかった。このままでは第一層が滅ぶだろう。
そんな大地は軋むように揺れ、第一層の世界がまた一歩崩壊への道を辿る。最早この世界もこれまで。もう成す術も無く、
「オイオイ……何かすげえ事になってるなぁ。やっぱもう少し早く来るべきだったか?」
「む? ライではないか。流石にこの騒ぎに気付いたか」
「ああ。なんか大変そうだな。世界が滅ぶ一歩手前って感じだ」
──そこへ駆け付けた少年、ライ・セイブルは周りの様子を見て呆けていた。何かの気配があったので此処へ来たが、この惨状は流石に予想不能だったからだ。
しかし、それでも案外すんなりと受け入れる事が出来たのは争いで世界が崩壊するという事があり得ない事では無いからなのかもしれない。
支配者であるシヴァと本気で戦った事のあるライ。その力は一挙一動で銀河系を消し飛ばす程。この世界がまだ無事という事への安心の方が勝る程なのだ。
「まあ、見ての通りだ。生憎私たちでは手が出せないのでな。取り敢えず敵を倒してきてくれ」
「俺は清掃係か何かか? まあ、やらなきゃこの世界が危ういしやるべきなんだけどな」
ため息を吐き、自身の力を三割。魔王の力を四割に引き上げるライ。
少し力を込めて漆黒の渦が纏割り付き、実質的な七割に等しい力へと引き上がる。
「じゃ、行ってくるか」
その瞬間に踏み込み、光の速度を凌駕して加速するライ。瞬く間よりも早くに孫悟空、ドレイク、グラオ、支配者の元へと到達した。
当然彼らは全員がライの存在に気付き、グラオと支配者がライの方へ視線を向けた瞬間──
「オラァ!」
──グラオと支配者を殴り飛ばした。
殴り飛ばされた二人は空中から消え去るように飛び、一瞬よりも早くの時間で地に到達して大爆発を巻き起こす。
次いで空中を蹴り、更に加速して二人の落下地点へと向かった。
「そら!」
そのまま拳を突き出し、落下した場所へ到達した瞬間、その拳は一つの掌によって受け止められた。
次の瞬間に顔へ足が放たれ、ライはそれを紙一重で躱す。その衝撃と風圧だけで背後に聳える山が砕けたが、特に気にする事は無い。その気になれば風圧で世界を砕ける者たち。それくらいの所業、容易く推測出来るからだ。
「ついに真打ちの登場かな。待っていたよ、ライ」
「フフフ……! ようやく見つけたぞ……! 侵略者!」
瓦礫と土塊から飛び出し、獰猛に笑うグラオ支配者。背後にその瓦礫が落ち、振動を周囲に走らせる。
それに伴い、幾度と無く舞い上がる砂塵と粉塵。それらを払い、ライ、グラオ、支配者が一気に加速した。
「貴様! よくも以前余を殴り付けてくれたな! その罪は、今この瞬間更に増えたぞ!」
「随分と根に持つタイプだな、支配者さんよ! ちょっとしつこいんじゃねえのか?」
怒り、本来の巨腕を更に増やして二つの巨腕で振り掛かる支配者。ライはそれらを全て見切って躱し、巨腕を駆け抜けて行く。
「ハハ。君とは前から因縁があった。僕の事を忘れないでくれよ!」
「……。えーと、何となく殴り飛ばしたけど……アンタ、誰?」
「オイオイ。この見た目で分からないのかい?」
「いや、上半身裸の女性がこの見た目って言われてもな。レイが言っていたけど、女性は裸を異性に見られるのが恥ずかしいんじゃないのか?」
「あ、忘れてた」
続いてもう片方の巨腕を駆ける褐色の女性、グラオ・カオス。
グラオもライに因縁があるのだが、何分今は女体化した状態。何となくで殴り飛ばしたライだが、その正体がグラオとは分かっていなかったらしい。
かく言うグラオも自分が女体化していた事を忘れていたらしく、思い出したように口走る。だが、まだ戻るつもりは無いようだ。
「僕だよ。グラオ・カオス。結構会っているだろう? ちょっと訳あって女性の姿になっているんだ」
「へえ。……って、は? いや、見た目が変わり過ぎだろ!? 気付く訳ねえよ!」
「ハハ。見た目が変わっても性格はそのままだよ。ちょっとしたイメージチェンジ。略してイメチェンさ」
「はあ……」
グラオの見た目の変化に驚愕しつつも、取り敢えず無理矢理納得するライ。
これ以上ツッコミを入れていてはキリが無いので、神クラスは女体化くらい普通にするのだろうという事にした。
実際にそれを目の当たりにしているので、それならば納得出来るだろうからだ。
「主ら……余の腕を道にするな!」
駆ける二人を前に巨腕を持ち上げ、空中に打ち上げる支配者。そのまま左右の腕を振るい、周囲を砕きながら暴れ回る。ライとグラオも空中を踏み込みながら躱す。
ただ闇雲に暴れているだけならば避け易いのだが、暴れながらも標的を的確に狙っているので危険極まり無かった。
「やはり。このままの姿では駄目のようだな。探し求めていた"敵"を見つけたのだ。相応の力を放とうでは無いか……!!』
「……! 巨大化していく……! 本流発揮か……」
躱すライたちを見、痺れを切らした支配者がその身体を変化させる。既に巨大な両腕を筆頭に身体を変え、全身が巨大化した。
肩からは複数の蛇が生え、顔から燃え盛る炎が放たれる。下半身が蛇のように変わり、蛇の生えた肩下に翼が生えた。頭や胴体は人間。しかし背部に蛇と翼が生え、蛇の下半身を持つ魔物の国の支配者──神魔物。その正体が明らかとなった。
『余の名は"テュポーン"。魔物の国を収める者だ……!』
──"テュポーン"とは、様々な生物の特性を持つ巨大な魔物である。
今回は場合なので少々小さいが、本来の大きさは頭が星から星まで届く。そして両腕を伸ばすだけで世界の端から端まで届く程と謂われている。
かつてはその巨体を持ってして宇宙で暴れ回り、全ての宇宙を崩壊させたという。
力は無限に強くなり、決して疲れる事は無いと謂われている。炎を吐き一言を発するだけで山が揺れる。天候も司り、存在その物が天災である。
全ての魔物の王として君臨する宇宙を容易く砕け、無限に強さが増す巨大な魔物。それがテュポーンだ。
「テュポーンね……。ようやく見せた正体だけど、まだ本気は出さないか。有り難い限りだな」
『フン、その戯れ言が貴様の最期よ。ただの一度でも余を激昂させせた報い、しかと受け入れよ!』
神魔物と謂われる魔物の国の支配者──テュポーン。既に戦闘の準備は整っており、今すぐにでもライを打ち倒せる体勢へとなっていた。
魔物の国の支配者が分かった今、多数の主力級が集う九つの世界・"世界樹"の第一層で行われる戦闘が、より一層その激しさを増す事となるだろう。




