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元・魔王と行く異世界征服旅  作者: 天空海濶
第二十二章 ユグドラシルとラグナロク
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四百九十四話 ユグドラシルの主神

 ──"九つの世界・世界樹ユグドラシル第一層"。


 魔族の兵士たちを捜索するライたち。その中でライは、全力疾走をして第一層の森の中を奔走していた。

 いや、全力疾走では動くだけで世界が崩壊してしまう。ライとしての、一割の力。つまり第一宇宙速度で森の中を駆け抜けていたのだ。

 下手したら周りを巻き込むかもしれないが、気配によって第一宇宙速度で行動していても分かるのでその点に関しては無問題だった。


「さて、何処に居るんだろうな。これだけ探しても見つからないって事は、この層にマルス君たちは居ないのか?」


 誰に言う訳でも無く呟きながら駆けるライ。他の兵士たちは何人か見つけており、それに伴って兵力を増やしている。しかし本命のマルスが見つからないので単独で高速移動して捜索しているのだ。

 その一歩を踏み込むたびに小さなクレーターを造り出し、粉塵を巻き上げて加速する。その様な進み方をしているうちに森を抜け、ライはひらけた場所に到達した。


「……! 此処は……!」


 そこに広がるものは、黄金の都市だった。いや、厳密に言えば黄金とは少々違う。それは真鍮しんちゅうという訳でも無く、その街並みの美しさと差し込む光の色合いによって石造りと言えど黄金に輝いているように見えたのである。

 しかしそれを差し置いても、純白の建物とそれの下方に広がる白亜の歩廊だけでも十分な美しさを秘めていた。全てを反射する程に純白なので黄金の都市と錯覚した可能性もあるだろう。


「街か……。けど、かなり整った綺麗な街だな。一瞬眩しかったけど、この白さが反射したのか……」


 その街の、全体的な景観は前述したように白亜の歩廊と純白の大理石からなる建造物が中心となったものだった。

 規則正しく並べられた煉瓦群。ふと横を見れば小川を彷彿とさせる透き通った水がサラサラと流れており、日の光に反射してキラキラと輝く。

 街路樹のような木々が連なり、その下に色取り取りの花々がある。建物だけ見れば古代の都会に見えるが、小川に木々に花と自然もかなり豊かだった。

 一先ず第一宇宙速度で進むのを止め、周囲を見渡しながら歩くライ。街中ならば、他の兵士たちや味方となる者が居る可能性は高い。その分敵の居る可能性も高いのだが、探すのなら探した方が良いだろう。仮に此処に居るのが敵だったとしても、主力クラスで無ければ簡単に勝てるからだ。


「第一層にある国は神の国"ヴァナヘイム"と、妖精の国"アルフヘイム"……そして主神の国"アースガルズ"だっけか。妖精の国にしては大き過ぎるし、"ヴァナヘイム"はもう既に魔族たちが寄っているからこんな遠方にある訳無い。成る程ね。此処が"アースガルズ"か。主神の住む国らしく、かなり綺麗な場所だ」


 日に輝く白亜の街を歩きつつ、此処が何処の国かを思案するライ。

 聞いた話と元々持ち合わせている知識から割り出し、恐らく此処は"世界樹ユグドラシル"の主神が住んでいたという"アースガルズ"と推測した。


【クク、中々キレーな場所じゃねェか。俺個人的には白よりも黒の方が良いがな】


(お前個人の事なんか知るか。まあ、神と魔王ってのは対になってたりもするし、それくらい食い違っていた方がそれっぽいけどな)


【ハッ、そうかよ。確かにそうだな。だが、俺は神よりも勇者の方が興味ある。なんたって俺を倒した相手だからな!】


(今は全く関係無い話だろ、それ)


 街を眺めながら話すライの中で話し掛ける魔王(元)は、"世界樹ユグドラシル"きは関係の無い事を話していた。どうやら暇なので雑談程度の話をしたいのだろう。

 ライは呆れたようにツッコミを入れつつも、歩みを止めず足を動かして先へ進む。しかしそこにあるのは閑散とした空気と静寂のみ。美しい街だが、人が居なければ動かぬ彫刻と何ら変わりの無い物だった。逆に、その静けさから物寂しさすら生じる程だ。


(何だか、此処だけ別の世界みたいだな。他の街は人が居なくても……静寂といえば静寂だけど、こんな空気じゃなかった。俺一人ってのも関係しているかもしれないけど、妙に静かだ)


【クク。そりゃオメー。今は風一つ吹いていねェだろ? だからだよ。他の街の時は風一つで木々が揺らぎ、静かながらも音を奏でていた。だが、この国はそうじゃねェ。風一つ無く、木々も花も停止してんだよ】


(風がねえ……。確かに風を感じないな。それだけでこんなに静まり返るのか)


 風が無い。それが静かな訳という魔王(元)。

 確かに風が無ければ音も無く、ざわめきも何も残らない。だからこそこの静かさなのだろう。

 因みに余談だが、"世界樹ユグドラシル"を吹き抜ける風は"世界樹ユグドラシル"に居る鷲の羽ばたきで生まれるらしい。この"世界樹ユグドラシル"に生き物は創られていないみたいだが、鷲が居るのか気になるところだ。


(まあ、鷲の件は置いておこう。静かだし、生き物の気配も無い。今は街の探索だな)


 取り敢えず静かだとしても、別にそれでも構わないとライは考える。静かならば逆に兵士たちの探しやすさもあるという事である。

 少し進むと、湧き出る泉のある場所が目の前に現れた。そこは他よりも高台にあり、どうやらその泉から溝を伝って小川の方へ流れているらしい。輝く水は一定の速度で進み、下方へと流れ行く。

 ライは何故かその泉に引かれ、腕を組んで眺めていた。一定の速度で流れるだけの水。何故こうも引かれるのか、その答えは一陣の風と共に明らかになった。


「気付いたみたいだな。流石はエラトマを連れる少年だ。この泉。いや、この世界を此処まで再現するとは、カオスという神は相変わらず凄まじい力を持っているようだ」


「アンタは……【ハッハ! これは驚いたな! 何でテメェ程の奴がこんな偽物の世界に来てんだよ?】……知っているみたいだな、魔王。なら、説明は任せた。【おう、任されたぜ!】」


 風と共に姿を見せた一人の人物が潜んでいたからである。

 その姿はつばの広い帽子を被る長い髭を蓄えた老人で、片目が髪で隠れている。片手には禍々しくも美しい槍を持っており、静謐せいひつな目付きでライを見ていた。

 それが誰か分からぬライが訊ねようとするが、魔王(元)が横から話した言葉でライは知り合いと理解する。なにより、魔王(元)の名である"エラトマ"。"ヴェリテ・エラトマ"を知っている時点でただ者ではないだろう。

 なので途中で言葉を止め、魔王(元)に意思を委ねた。成長した事によって前よりも魔王(元)が長い時間外に出る事が出来る。なので話を聞く事は可能なのだ。


「ふむ、成る程な。今のエラトマはこんな風に外の世界へ出ているのか。封印されていたのだから当然だが、不便なようだな」


【ハッ、んな事を言いに来たのかテメェは? 今の宿い主がテメェの事を知りたがっている。取り敢えず教えてやれ】


「む? そうか。名乗り遅れたな。私の名は"オーディン"。此処とは違う、本来の"世界樹ユグドラシル"で主神を努めている者だ」


「……ッ!? オ、オーディンだって!?」



 ──"オーディン"とは、戦争と死。そして詩を司る"世界樹ユグドラシル"の主神である。


 誰よりも知識を欲し、"世界樹ユグドラシル"にあり、ライたちも寄った"ミーミルの泉"で知識を身に付けたとされる。髪に隠れて見えない片目は、その代償に失ったものと謂われている。


 多種多様の魔術を使い、全知全能とも謳われる事のある神で、片手に持っている槍はグングニルと言い穿うがてば必ず勝利する槍と謂われる。


 他の生き物に変身する事も出来、場に応じて別の姿で行動する事もあるという。

 それ故か、全知全能だからかは定かでは無いが様々な異名も持つという。


 "世界樹ユグドラシル"の主神にして全知全能の神。それがオーディンだ。



「ふっ、少し驚き過ぎでは無いか?」


「い、いや。主神が来たら誰でも驚くと思うけど……。いえ、思いますけど。何故此方に?」


「ふっ、そうかしこまらなくても良い。エラトマを連れる少年よ。新しい世界が創られ、気になって来てみただけだ。また随分と私の居た世界にそっくりな世界だなと思う。取り敢えず、普段のような口調で構わぬさ」


 オーディンがこの世界に来た理由。それは新たな世界が創られたという事を感覚で分かったかららしい。

 全知全能ならば創られる前から知っていそうなものだが、全知は悪魔で物事から得た知識。なので新たに起こる事柄は分からないようだ。


「そうか? ……いや。やっぱり主神にその様な口は聞きにくいですね。俺的には此方の方が良さそうなんで、敬語を使いますよ」


「ふむ。まあ良いか。さっきも言ったように、取り敢えず此処に来た事へ特に理由は無いからな。強いて言えば私の国にそっくりなこの国と、知った気配があったから来ただけ……直ぐに本来の"世界樹ユグドラシル"へ帰るつもりだ」


 敬語を止めようと思ったが、やはり気に掛かるので敬語で話すライ。オーディンが来た理由は特に無いらしく、簡単に言えば気紛れとの事。

 本当にそれだけなのかは分からないが、敵意があるという訳でも無いので置いておく。何はともあれ、オーディンについて知っている事は伝承程度なので知らない事は多いだろう。

 最も、この世界とは違う"世界樹ユグドラシル"は滅んでいるのだが。ライたちの世界では本来の"終末の日(ラグナロク)"が起こらなかったのでオリジナルの"世界樹ユグドラシル"は滅んでいないのだろう。


「【んじゃ、そろそろ俺も話すか。ま、つまりそういうこった】いや、知らねえよ。端折り過ぎだろ……。【オイオイ。話を聞いていたんだろ? しょうがねェ。俺とオーディンは昔からの知り合いでな。俺が世界を支配していた時に何度か会ってんだ。俺の噂は宇宙を渡って天界や"世界樹ユグドラシル"。多元宇宙にまで届いていたらしいからな。それで興味を示して来たって事だ。その時知り合った】……。成る程な。そこまで親しそうでは無いけど、確かな知り合いみたいだ」


「傍から見れば、一人で話しているようにしか見えないな。何とも苦労が多そうだ」


【ハッ、退屈な日が多いって以外はそうでもねェよ。たまに外に出られるし、コイツが見ている景色は俺の目にも映る。目が無いのに映るってのはおかしいがな。まあ、変わった世界を見るのは中々に楽しめるぜ】


 ライと魔王(元)のやり取りを見、苦笑を浮かべるように薄く笑うオーディン。しかし魔王(元)的にはオーディンに思われるよりも悪い事では無く、逆に現状を楽しんでいる様子だった。


「ふむ。その様な身体になったのは確実に悪事を働いたエラトマが悪いが、エラトマ自身は特に気にしていないようだな。ちょっとした呪いのようなものだぞ。その現状は」


【ハッ。んな事は関係ねェよ。自分の不幸を呪っている暇があるなら、それを正面から打ち砕きゃ良いだけだ。この世界はつまらねェ事も多いが退屈しねェ。何でもありの世界だよ。それについては全知全能のテメェもよく知ってるだろ】


「フッ。確かに私は多数の知識を得ているが、それでも足りない程に知識は増え、常識は変わっている。退屈しない。一理あるな」


 魔王(元)の身を案じたオーディンは訝しげな表情で訊ねるが、その態度と現状についての答えに思わず哄笑を上げる。

 特別仲が良いという訳では無く、ただの知り合い。主神のオーディンからすれば、敵対するかもしれない相手の魔王(元)。しかしその自由奔放な気儘加減には思わず笑ってしまうのだろう。

 神と化す為に。いや、神だからこそ何度も死を確信した事のあるオーディンだからこそ、底抜けの明るさを持つ魔王(元)の存在は可笑しいのだ。

 既に死している。もしくは封印され、数千年眠り続けていた存在。実質的な死を間近にしてもこの世を楽しむという姿勢には敵かもしれぬ存在とはいえ素直に称賛出来るのだ。


「だが、そんなお前がこうも惹かれているその少年。益々(ますます)気になる。ライ・セイブル。かつて魔王に仕えていた側近、『カリーブ・セイブル』の子孫。『ドゥーシャ・セイブル』の孫だったか」


「……な!? その名は……!?」


 オーディンの出した二つの言葉を聞き、再び驚愕して目を見開くライ。

 一つは魔王に仕えていたという側近、カリーブ・セイブル。もう一つはライの実の祖母、ドゥーシャ・セイブル。その二つの名は、ライの知らない名前だった。

 そう、先祖と祖母。両方の名をライは知らなかった。祖母の場合は、隠れ住んでいたが故に名前で呼ばれる機会が無かったから。先祖の名は、先祖が魔王の側近だったと知ったのがつい数ヵ月前の"マレカ・アースィマ"で初耳だったからだ。

 それらの理由が合わさり、聞く機会が無かった名。それを初めて聞いたライは固唾を飲み込む。


「やはり知らなかったか。まあ、そうだろう。機会が無ければ得られる知識も無い。タイミングが悪かったのだな、少年」


「……」


 ライの驚きを知っていたかのように話すオーディン。このタイミングで話したのは、何の理由も無くてとは考え難かった。

 そんなオーディンは少し考え、ライに向けて話し掛けた。


「エラトマが一人の少年に宿って世界を征服する為の旅に出た時は私も相応の覚悟は決めたが、どうやら杞憂だったらしい。少年は心優しき者だ。世界征服と一言で述べても、破滅の世界になる事が無さそうで安心した。私はそろそろ帰るとしよう」


「ま、待ってくれ! 俺は、もしかしたら俺の祖母が生きているかもしれないって思っているんだ! 何故なら、初めて会ったのに俺を知っている謎の老人に貰った物があるからだ! アンタが祖母を知っているなら、それが本当かどうか聞かせてくれないか!?」


 言いたい事を言い、帰ろうと行動に移るオーディン。

 しかしライは府に落ちず、何時かに寄った魔族の国"タウィーザ・バラド"にて奇妙な老人から貰った物を取り出そうとする。その慌て方は冷静では無く、敬語を心得ていたがそれすらしなくなる程。

 だがオーディンはそれを制し、フッと笑って言葉を続けた。


「急ぐな。少年。私は年老いた、しがない神でしかない。全知全能と謂われていたが、悪魔で異名。知らぬ事も多いのだよ。それが本当に確信する道具であるなら、来るべき時まで取って置きたまえ」


「待っ……!!」


 それだけ言い、オーディンはその場から完全に消え去った。ライは後を追おうとするが、探知出来ない。成長したライならば不可視の移動術だろうと容易く見つけられるのだが、そういう訳では無さそうだ。


「……。俺は……」


 呆然と立ち竦み、悩むライ。

 豊富な知識を持つオーディンならば、知りたい事が分かると思っていた。だが、それに対する答えは無し。

 確かに人生に置ける答えは自分自身で見つけなくてはならないが、それを実行するにはライはまだ若過ぎる。故に、答えが分からなくてはやりようが無いのだ。

 それを見、聞いていた魔王(元)は笑うような声音でライへ話し掛ける。


【クク。オーディンの言う事は最もだ。ガキのテメェじゃ、まだまだ足りねェもんが多過ぎんだよ】


「……。(…………)」


 その言葉は聞こえたが、次に吹き抜けた風がそれを掻き消した。確かに魔王(元)の言っている事は正しい。だが、言葉に表せぬ牴牾もどかしさがライを包む。

 ライと魔王(元)は第一層"アースガルズ"で"世界樹ユグドラシル"の主神オーディンと会って話を聞いたが、本当に知りたい事は分からなかった。

 そしてそれが終わった瞬間に、辺りは再び静寂の世界へと戻っていた。

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