四百九十二話 vs第三層の生物兵器
──"九つの世界・世界樹・第三層・ニヴルヘイム"。
辺り一帯が冷たい氷に覆われた世界。第三層"ニヴルヘイム"。そこではワイバーン、フェニックス、猪八戒と数百匹の兵士たちが生物兵器の未完成品と相対していた。
しかし、一撃も攻撃を行っていないので生物兵器についてまだ何も分からない状態の彼ら。目の前に居る敵が生物兵器という事もまだ分からぬままだろう。
『……』
無言のまま魔力を込め、三つの魔弾を放つ未完成品。それは魔力の塊ではあるが四大エレメントの何れでもない。ただの塊だった。
なのでワイバーンたちは目視すると共に躱し、自分たちから攻め入る。
『遅いぞ!』
一瞬にして未完成品の前に姿を現し、灼熱の炎を吐き付けるワイバーン。未完成品は正面からそれを受け、炎に飲み込まれて焼かれる。本来ならばこれで決着が付いてもおかしくないのだが、
『確認。龍ノ炎。収集完了。戦闘続行。再開』
『再生した……? 成る程、この者らは生物兵器の一種か。言葉を話す知能と、何かを収集する力を秘めているらしい』
再生し、無傷に等しい状態で背後に姿を見せる未完成品。
その事から、この者が生物兵器であり何かを集める力を持っていると見抜くワイバーン。そのまま体勢を立て直し、未完成品に向き直ると共に尾を身体に叩き付けて吹き飛ばす。
吹き飛ばされた未完成品は凍った建物を貫通して突き進み、遠方にて氷塵を巻き上げていた。
『さて、』
『……………………』
『まだまだか』
その瞬間、再びワイバーンの背後に姿を見せていた未完成品。既に新たな魔力の塊を形成しており、今すぐにでもそれを放てる体勢へとなっていた。
どうやら四大エレメントは使わないらしく、悪魔で様子見の段階に留まっているらしい。
『本当に厄介な相手みたいですね』
『ブヒッ』
『ワイバーン様! 我々も戦います!』
『指を食わえてみているだけなんて真っ平御免です!』
『四足歩行なので指は食わえにくいですけど、一応そう言っておきます!』
『それは捨て置き。何はともあれ、手伝います!』
未完成品と戦闘を行うワイバーンに対して、フェニックス、猪八戒と幻獣兵士たちが構えていた。
元々この未完成品は幻獣たちのデータを取る為に送られた刺客。ワイバーンたちは知らないが、未完成品は全員と戦うつもりでいるのだ。
故に何人何匹何十人何十匹、何百人や何百匹が相手だろうと、ただ目的を遂行する為だけに、戦闘を行い続ける。それが生物兵器の"未"完成品である。
ただの完成品だけでは無く、完全なる生物兵器を完成させる為の駒でしかない。与えられた事が戦闘。だからこそ、止まらずに戦い続ける。
『続行』
短く一言。それと共に魔力の塊を周囲に放つ。ワイバーンたちはそれらを躱し、一気に未完成品の元へと迫り行く。
単調な動きで放たれる魔力の塊は、それなりの威力は秘めているが速度はそれ程速くない。主力たち程機敏に動けぬ兵士たちですら躱せる速度だった。
躱しつつワイバーンに同行するよう、フェニックス、猪八戒の主力たちも未完成品に向かう。相手はまだ学習し切れていないのか、単純な動きしかしていない。ならば叩くのは今が一番のチャンスなのだ。
『──カッ!』
『ハァッ!』
『ブヒィ!』
『……!』
ワイバーンとフェニックスの炎が未完成品を焼き払い、その炎陣を九本歯の馬鍬で切り裂いて未完成品へと叩き込む猪八戒。
フェニックスの炎は、本来ならば生物を焼き殺す力は持ち合わせていない。しかし、悠久の歴史が続く中では悪魔としての伝承もあるフェニックス。
なのでその感覚を目覚めさせる事によって、"癒し"と"再生"を司る優しい炎を"破壊"と"死"へと誘う悪魔の炎に変化させる事も出来る。故に今はそれを使い、生物兵器の未完成品を容赦なく狙っているのだ。
その効果は如何程のものか分からないが、確かな手応えを感じる事は出来ていた。
『やあ!』
九本歯の馬鍬で炎に包まれた未完成品の脇腹を打ち抜いた猪八戒は力を込め、凍った建物に激突させる。が、しかし吹き飛ばしはしない。
そう、今回は悪魔で動きを止める事が目的であり、それ程の力を入れずに凍った建物へ叩き付けたのだ。なので今の未完成品は建物に挟まれており、一瞬だけその動きが止まっていた。
『その一瞬を狙い撃つ!』
『はい!』
一瞬の停止を確認した瞬間、再び炎を放つワイバーンとフェニックス。凍り付いた建物はそれに焼かれて溶け、溢れた水すら蒸発した。それによって生じた水蒸気が辺りを包み、ほんの少しの砂と水蒸気が混ざり合い、炎が引火して大爆発を引き起こす。
その結果、周囲は爆風と衝撃が襲い、未完成品の激突した建物は影も形も無く消滅した。
これならば流石の生物兵器も一堪りも無く、細胞一つも残さずに消し飛んだ事だろう。
『不死鳥ノ炎ト豚妖怪ノ武器。確認。収集完了。戦闘続行。再開』
──悪魔でそれは、直撃していればの話だが。
フェニックスの炎と猪八戒の武器。それらを受けた未完成品は凍り付いた建物に激突し、消し飛ぶ寸前に"テレポート"を使用して移動したのだろう。
『豚妖怪って……。事実だけど、なんか失礼だな……!』
呟き、九本歯の馬鍬を持って飛び掛かる猪八戒。未完成品が"テレポート"で移動したのは基本的に背後。それは既に読んでいたので、背後へ転換すると共に駆け出して向かったのだ。
『……』
『やあ!』
無言のまま魔力の塊を放つ未完成品と、それを正面から砕いて頭上に馬鍬の歯を落とす猪八戒。
それは見事に命中し、未完成品の頭を抉って身体から引き離した。そこから真っ赤な鮮血が噴出し、周囲を赤く染める。次いで短い脚で蹴りを放ち、その短さからは想像出来ない威力でワイバーン、フェニックスの方に吹き飛ばす。
『──ハッ!』
『──はあ!』
正面に向けて炎を放ち、その身体を焼き尽くす二匹。今度は命中し、その身体を消し炭に変えた。そのまま炎が正面を突き進み、氷の世界を赤く染める。
『駄目か。少し火力不足だったようだ……』
『ええ、そうですね……。あまりの熱量だと全ての氷が溶けてしまいます……。この国では少々やり難さがありますね……』
そう、悪魔で消し炭の状態なので消し去ったという訳では無いのだ。
炭になっても細胞一つ残らず消滅したという事では無い。大凡の組織は死んでいるが、完全に消えた訳では無いので倒し切れていないのである。
『確認。既ニ所得確認済。全データ所得完了。排除ニ移行スル』
『……。何だか、物騒な言葉が聞こえた気がするな……』
『多分、気がするだけではありませんね』
『ブヒ』
ワイバーンとフェニックス。猪八戒のデータを所得した未完成品。まだ入手していないデータもありそうだが、その数からして大凡のデータは推測や進化の過程で入手出来ると判断したのだろう。
よって、今度はワイバーンたちを排除する形に移行したのだ。それならばワイバーンたちの対応は簡単。此方も相手を始末するだけである。
『……』
戦闘へと移行した未完成品が"サイコキネシス"を用いて周囲の建物を持ち上げ、複数をワイバーン、フェニックス、猪八戒に放つ。
それに対してワイバーンが炎を吐き付けて溶かし、猪八戒が馬鍬を使って全ての水を消し去った。圧倒的に力不足である兵士たちはフェニックスが避難させ、未完成品を前にワイバーン、フェニックス、猪八戒の一人と二匹が立ちはだかる。
『……』
依然として無言のまま、次々と凍り付いた巨大建造物を持ち上げる未完成品。魔法・魔術を使わないのはワイバーンたちにはその程度では意味が無いと悟ったからのようだ。
先程から放っていた魔力の塊。それは魔の力の塊である。その魔力が砕かれたので、魔力を宇宙に干渉して生み出す四大エレメントが効かないというのは容易く推測出来るのである。
最も、魔力は悪魔で過程の一つ。やり方では魔力の塊を放出するが最大級の威力となりうる事もあるが、未完成品が放った塊は様子見程度。
今回未完成品の使ったものが本来なら四大エレメントに干渉すれば威力も倍増する力という事である。
『氷なら通じんぞ。岩もな』
炎を吐き、建物ごと氷を溶かすワイバーン。そのまま翼を羽ばたかせて加速し、瞬く間に未完成品へ詰め寄って近距離で焼き払う。
しかしそれを未完成品は"サイコキネシス"で受け止め、逆にワイバーンへ放った。
だが、自分の炎で自滅するワイバーンではない。返された炎を新たな炎で消し去り、未完成品に体当たりを放つ。それによって遠方に飛ばされた未完成品と、追撃するように雷を落とすワイバーン。仮にも龍。自然を操り、天変地異を引き起こす事も可能なのだ。
『龍ノ雷。収集完了。未データ有リ。戦闘続行。再開』
その雷を学習し、戦闘へと戻る未完成品。要らないと判断された他のデータだが、攻撃を加えればそれを学ぶらしい。
しかしデータについての事はよく分からない幻獣たち。なので構わずに追撃を嗾ける。
『……』
『しまっ……!』
だが、それは未完成品も同じ事。次いで未完成品は魔力の槍を形成し、"テレポート"でフェニックスの背後に回り込んでいた。
フェニックスはそれに気付いたが時既に遅し。反応を示すよりも前に両翼を魔力の槍に撃ち抜かれる。それは槍魔術のようなものでは無く、即席の槍なので威力は低いだろうがフェニックスの炎翼を貫くには十分過ぎる威力だった。
『続行』
『……ッ!? ああ……ッ!』
次いで"アポート"を使い、フェニックスの胴体に建造物を移動させる。内部に移されたそれはフェニックスの身体を貫き、そこから大量の炎が血のように放出されていた。
これが炎の身体では無いワイバーンや猪八戒の身体だったのならば、内部から破裂していた事だろう。
『『フェニックス!!』』
そこに向け、加速して進むワイバーンと猪八戒。即座に翼を叩き付けて未完成品を払い、馬鍬を頭上から振り下ろして打ち抜く。それを受けた未完成品は下方へ吹き飛び、大地に衝突して大きな粉塵と氷塵を舞い上げた。
『大丈夫か!? フェニックス!』
『ブヒッ! だ、大丈夫!?』
『え、ええ。問題ありません。かなりの激痛でしたが、無事再生しました……』
建造物を砕いて取り除き、フェニックスの安否を気に掛ける一人と一匹は建造物が無くなった瞬間に自然治癒されたフェニックスの身体を見、一先ず安堵した。
安否確認を終えた後、ワイバーンたちは下方へ降り立つ。そこの中心では、身体が粉々になりつつもデータ回収をしている未完成品の姿をがあった。
『不死鳥ノ再生力。収集完了。次ノ行動ニ……』
『行かせぬ!』
フェニックスのデータを再び回収した未完成品。そのまま身体を再生させ、戦闘へと移行しようとしていたがワイバーンが巨大な足で身体を踏みつけ、それを阻止する。
その状態でも再生はするのだろうが、それをさせまいと大口を空けて高温の炎を溜めていた。
そして次の瞬間、その炎が一気に放出される。炎は未完成品の身体を焼き尽くし、細胞一つも残さずに消し去った。これならば再生する事も無いだろう。
そこから聞こえた、未完成品最期の言葉がワイバーンたちの耳に入る。
『ミッション。完了』
『なに?』
それに反応を示した刹那、残った一つの欠片が何処かへと吸い込まれて消え去った。"ミッション完了"。その言葉が意味するのはそのまま。なのだろうが、猛烈な違和感がワイバーンを襲う。完了してしまったならばそれは好ましくない事。何か良からぬ事の前兆かもしれない。そして、細胞一つ残せぬというのに欠片の一つが吸い込まれるように見えた事について。
消え去る直前の物を見間違えたのなら良いが、その言葉を聞いてしまったが為にイマイチ倒したという実感が湧かぬワイバーンだった。
近くに居たのでその声を聞いたのはワイバーンだけだが、謎が残る。
そんな、ワイバーンたちには見えぬ位置に白髪の男がおり、小さな小瓶を片手に不敵な声で笑っていた。
「やっぱり、倒される直前に私が姿を見せるよりは始めから回収用の魔法道具を備えていた方が良さそうだね。まあ、残りの未完成品は少ないから……今更という感覚は否めないや」
──その者、生物兵器の未完成品を嗾けた張本人であるヴァイス・ヴィーヴェレ。
恐らくその小瓶にはワイバーンたちと戦った未完成品の欠片が入っているのだろう。前までは自ら回収していたが、今回は予め任務を終えたら回収するように魔法道具を使っていたのだろう。
だからこそ、ミッションは"失敗"したのでは無く"完了"したのだ。前はデータを収集したが、ヴァイスが来なければ消え去っていたので失敗。だが、今回は予め用意されていた事柄のお陰で成功という事だ。何とも用意周到な者である。
「おや、あれはドラゴン。……ふむ、ドラゴン程の直感ならば私が居る事もバレてしまう。さっさと帰った方が良さそうだ」
誰に言う訳でも無く、独り言を告げてヴァイスは不可視の移動術を使って逃走する。"フヴェルゲルミル"から出て来たドラゴンからは五百メートル以上離れているが、その直感ならば気配を消していても簡単に気付かれると踏んで逃走を図ったのだろう。
『……む? 何やら、敵の気配が……』
そしてその推測通り、ドラゴンはヴァイスの気配に気付いた。が、それはより薄まった残りの変化だけだった。なのでこれ以上の気配は無く、ドラゴンは翼を広げてワイバーンたちの元に戻る。
ワイバーン、フェニックス、猪八戒と行われていた生物兵器の未完成品との戦闘は、またもや謎を残す腑に落ちない形で幕を降ろしたのだった。




