四百九十話 二体の生物兵器
──"九つの世界・世界樹・第三層・氷の国・ニヴルヘイムと泉地帯・フヴェルゲルミルの間"。
『急げ! 早くしないと余波に巻き込まれるぞ!』
『だが、本当にドラゴン様だけで良かったのか!?』
『それは俺も不安だ……。ドラゴン様、大丈夫なのだろうか……』
『フッ、案ずるな。争いを好まぬドラゴンだが、幻獣の国の支配者を努めているだけの実力は兼ね備えている』
根元の泉"フヴェルゲルミル"から移動したワイバーンたちは、根元を駆け上がり"ニヴルヘイム"付近へと到達していた。
しかしまだ距離はあり、ワイバーンが負傷者を全員背負いつつ進んでいるがまだ時間は掛かりそうである。その横では、他の幻獣兵士たちがドラゴンの心配をしている。ワイバーンは心配無いと告げたが、やはりドラゴンが戦っている様子をあまり見た事がないので不安なのだろう。
『し、しかしワイバーン様。やはり不安というものが生じてしまいます。ドラゴン様の強さはしかと理解していますが、それでも心配で……』
『心配ならば自分の心配をしていろ。重症兵士は我が全員を運んでいるが、お前たちも負傷者だからな。ドラゴンが本気で無くとも戦闘を行うのなら、あの狭い"フヴェルゲルミル"など容易く崩壊してしまう。最も、"世界樹"の一部なら即座に再生するだろうがな』
『けど……』
──その刹那、ワイバーンたちの背後。つまり"フヴェルゲルミル"へと続く根の一部が爆炎に包まれて内側から爆ぜた。その轟炎の風圧がワイバーンたちを煽り、周囲の氷が溶解する。
溶けた水が押し寄せる波となって降り掛かり、その後ろから灼熱の炎が現れる。炎は水を蒸発させ、一瞬にしてワイバーンたちは囲まれた。
『やれやれ、言っている側から始まった。つまりこういう事だ。先を急ぐ理由が分かっただろう。このままではドラゴンたちの争いに巻き込まれ、我ら自身の身が危ない。死にたくなければ急げという事だ』
『『『は、はい!!』』』
その炎に対して翼を羽ばたかせ、全て消し去るワイバーン。熱気の込められた爆風に羽ばたきで生まれた爆風がぶつけられ、二つの風は相殺される。それと共に炎も完全に消え去り、兵士たちはその一瞬の攻防を見て息を飲む。先を急ぐという言葉の意味が分かったので、改めて気を引き締めたのだ。
それから少し経ち、"ニヴルヘイム"へと戻る。ワイバーンと兵士たち。到達すると共に冷たい風が吹き抜けた。根元付近に風が吹いていなかったのは根や壁が風除けとなっているからで、それが無くなったので再び風が生まれたのだろう。
『ワイバーン様! あれ? ドラゴン様はどちらに? あ、後ろに居るのは他の兵士たちですか!?』
『ああ。訳は先へ進みながら話す。一度他の主力たちの元へ戻るぞ』
『『『はっ!』』』
飛び出したワイバーンを前に、小首を傾げながら訊ねる幻獣兵士。ワイバーンは説明している暇は無いので、戻りながら説明すると告げた。
その事から何か訳があると理解し、兵士たちは素直に了承する。そのまま此処に居る主力たち。フェニックスと猪八戒の元に戻った。
『ワイバーンさん! あれ……? ドラゴンさんは居ないみたいですね』
『ブヒッ? そう言えば……という事はもしかして……?』
『そうだ。先程捜索に向かった場所……"フヴェルゲルミル"で味方の兵士と敵を見つけてな。ドラゴンはそこで戦闘を行っている最中だ。我は他の兵士たちを安全な所に運ぶという口実で此処へ来た。ドラゴンが戦っているのなら、"フヴェルゲルミル"に安全な場所は無いという事だからな』
そんなワイバーンを見てドラゴンの事を訊ねる一人と一匹。ワイバーンはそそくさと概要を簡潔に述べる。
それは"フヴェルゲルミル"があり、味方がおり、敵がおり、味方を連れて此処に来たという簡単な説明だったが一人と一匹はそれだけである程度を理解した。
説明を終え、背に乗せていた兵士たちを降ろすワイバーン。他の兵士たちやフェニックス、猪八戒も手伝い、数分程で安静にさせる。治療を行うフェニックスも居るので、少し休めば完治するだろう。
『しかし、この国の近くに"フヴェルゲルミル"があったとは。となると、そこに居る敵の主力はニーズヘッグ辺りでしょうか。完全に伝承のイメージですけど』
『多分な。主力を見てから移動していたのでは兵士たちを安全な場所に運べぬから、我らはさっさと移動したが……恐らく間違いないだろう。まあ、悪魔で勘だがな。龍は古来より神や魔物として讃えられ、恐れられた生物。こういった勘は当たるんだ』
フェニックスが推測を話、実際には見ていないがワイバーンが返す。曰く勘は当たるらしいので、"フヴェルゲルミル"にはニーズヘッグが居るとワイバーンも考えていたみたいだ。
その横で、小首を傾げながら猪八戒が疑問を浮かべていた。そしてその疑問をワイバーンとフェニックスに話す。
『へえ。けど、他にも兵士たちが居たなら、主力が一匹とは限らないよね。もしかして他にも主力が居たりして……』
『……。成る程、その線は有り得る。魔物兵士と妖怪兵士が居て、生物兵器は居なかった。となれば、妖怪……百鬼夜行の主力が居てもおかしくはないという事だ』
その言葉に、納得して返すワイバーン。
そう、ドラゴンとワイバーンが"フヴェルゲルミル"にて戦闘を行っている幻獣兵士たちの様子を見ていた時、ついでに敵の兵士観察していた。そこに居たのは魔物と妖怪。
生物兵器はおらず、魔物兵士と異形の化け物である妖怪達が居たのだ。改めて考えてみれば、それは色々とおかしい。何故その二つなのか。何故生物兵器は居なかったのか。戦闘ならば、生物兵器はかなりの戦力となる筈だ。数人居れば良いので、負担もそれ程掛からずに済むのだから。
当然の事ながら、ただ単に相手の気紛れという可能性も勿論ある。だが、何かが引っ掛かっていた。
『やはり、今一度ドラゴンの元へ──』
疑問を解消する為、ドラゴンの元へ向かおうと翼を広げ、羽ばたくワイバーン。
『────!?』
──その刹那、ワイバーンの片翼は槍状に形成された炎によって撃ち抜かれた。
次いで両腕と両足。そして胴体に炎の槍が突き刺さる。そこから勢いよく発火し、ワイバーンは大きく怯む。
『何事だ……!』
そんなワイバーンは身体を軽く振るい、それらを消し去る。そして炎槍の飛んで来た方向を見やり、低く唸るように構えた。
横ではフェニックスと猪八戒、幻獣兵士たちも構えを取っており、その犯人へと視線を向けていた。
『確認。敵、三体ト数百体。ウチ、数百体ハ無視マタハ殺害、殲滅。ヨッテ、三体ノミヲ目的ニ構エル』
『何だ、コイツは……?』
わざとらしい片言で話す、突如として目の前に現れた人形のナニか。
それは明らかに異常な存在だった。五感が優れており、野生の勘が鋭い幻獣たちだからこそそれが即座に分かる。その雰囲気から、如何程の強さを持っているかも理解出来る。
少なくとも、幹部クラスと同等の力は秘めている事だろう。
『目標、三体。戦闘ヲ開始スル』
『来るぞ……!』
『ええ!』
『ブヒッ!』
同時に踏み込み、加速する謎の存在。ワイバーンの言葉を筆頭にフェニックスと猪八戒は構え、幻獣兵士たちも完全なる戦闘態勢へと移行していた。
氷の国"ニヴルヘイム"にて、ワイバーンたちを新たな刺客が襲う。
*****
──"九つの世界・世界樹・第二層"。
『何者だ、こやつは……』
『さあ、分かりません。けど、かなりの実力者みたいです……!』
『確認。主力、五体。オマケ、二体。プラス、数百体。依然、異常無シ。目的ヲ遂行スル』
時同じくして第二層の森の中。マルス、ヴィネラとフェンリルが他の主力や兵士たちと合流したが、その矢先に不思議な敵が姿を見せていた。
その不思議な話し方と隠し切れぬ実力を前に、フェンリルたちとマルスたちの間に緊張が走る。目の前に居るモノは不可思議な事の多い存在だが、自分たちの敵でありかなりの実力を秘めているという事は即座に理解出来た。
『確かに、敵という事には違いないようだな。何故かは知らないが、我らを観察しているようだ。目的という事は、我らを打ち倒す事で何かの目的が達成されるみたいだな』
観察している不思議な人形のナニかを逆に観察し、その事から色々と推測をするフェンリル。
醸し出している殺気とその発言から自分たちを打ち倒す事で達成される目的という事は推測出来た。となると残った問題は、相手の目的である。
『目標、五体。戦闘ヲ開始スル』
『『『…………!』』』
次の瞬間、そのナニかはフェンリルたちの背後へと回り込んでいた。その手には魔力が込められており、今にもその魔力が解放されるという、そんな状態だった。
『"テレポート"に魔力だと……!? まさか、魔法・魔術か超能力を使うのか……!』
それをいち早く察知したのは戦闘経験が豊富な沙悟浄。
"テレポート"による瞬間移動と、込められた魔力によって何を扱うのかを即座に見破る。この洞察力は流石という他ならない。
『移動しても、気配で分かる!』
『……!』
背後に回ったナニかに対し、振り向き様に巨腕と鋭い爪を叩き込むフェンリル。それらによって打たれたナニかは吹き飛び、木々を砕いて砂埃を舞い上げた。
『──カッ!』
同時に炎を吐き付け、ナニかが激突した周囲を焼き払う。その炎。それは炎によって作られた紅蓮の火柱が天へと伸び、周囲を赤く染める程の轟炎だった。
通常兵士ならば、これを受けて生きている筈が無いだろう。そう、通常兵士ならば。
『大狼ノ腕力ト炎。収集完了。尚、危険者確認。フェンリル。沙悟浄。戦闘続行。再開』
『再生している……! こやつ、生物兵器の一種か! しかし、何か違う。何かを収集している……!』
その火柱から姿を現し、二つの魔力を込めるナニか。もとい、生物兵器の未完成品。
フェンリルは再生過程から生物兵器と見抜いた。しかし、まだ通常の生物兵器よりも遥かに格上な未完成品という事には気付いていないだろう。だが、それも時間の問題だ。
『行くよ!』
フェンリルがナニかの正体は生物兵器の一種であると明かした時、その横ではジルニトラが魔力を込めていた。魔力は口に込められており、その魔力が四大エレメントを形成する。
『はぁ!』
次いで、それが炎となって未完成品に放たれた。炎は渦を巻き、焰の瞬きを激しくさせる。火の粉が周囲に散り、高速で未完成品へと向かった。
そのまま炎が直撃し、炎の壁を彷彿とさせる程の大きさで燃え盛る。生物兵器と分かればその細胞を一つ残らず消し去らなくてはならない。なのでそれ程の破壊力の炎魔法を放ったのだ。
『魔龍ノ魔。収集完了。戦闘続行。再開』
『効いていない……!? いえ、直撃したけど、ギリギリで抜け出したんだね……!』
背後から声が掛かり、ジルニトラは翼を羽ばたかせて飛び退くように飛行する。何かの情報を収集しているので、一瞬の隙ならば問題無く行動出来るのだ。
しかし、少しの隙ならば生んでも問題無い今の情報収集。それが終わった時、そんな一瞬の隙が命取りになるだろう。
『闇雲に狙っても駄目という事ですね。残念ながら、私は生物兵器を一瞬で消し去る術は持ち合わせていません……。精々吹き飛ばすのが関の山です』
『まあ、仕方無いだろう。本来は死なない身体を持っているからこその不死身なんだ。支配者クラスの実力があると言われている私も細胞を残らず消し去るのは至難の技だからな。近接戦がメインなんだ』
未完成品を前に、己では何も出来ない事を歯噛みするユニコーン。そんなユニコーンを励ますガルダ。
ガルダ自身、纏めて相手を消し飛ばすという術は無い。肉体的な強さは世界でも屈指のものだが、それは主に近接戦に長けているもの。魔法・魔術の類いもほんの少ししか使えないので、生物兵器が相手では少々分が悪いだろう。
『やれやれ。コイツは厄介だな。様々な力を使う生物兵器か。私たちの中で決定打を放てそうなのはフェンリルとジルニトラくらい。中々に骨が折れる戦闘になりそうだ』
『収集完了という言葉も気に掛かる。何かの情報を集めているというのは分かるが、何の情報を集めているのかが分からないからな』
『それも踏まえ、警戒しながら相手をするという事は確定だな』
『うむ』
警戒し、細心の注意を払いつつ推測するフェンリルと沙悟浄。一番始めに狙われているという事は未完成品の言葉から理解出来たので、先ずは自分たちを中心に作戦を組み立てているのだ。
ワイバーンたちとフェンリルたち。ドラゴン。彼ら幻獣の国の主力たちは皆、"世界樹"で同じ時刻に強敵と相対していた。