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元・魔王と行く異世界征服旅  作者: 天空海濶
第二十二章 ユグドラシルとラグナロク
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四百八十六話 兄妹の戦い

 激しくなりつつある戦闘の最中。舞台となっている第二層にある薄暗い雰囲気の森の中で敵対している兄妹、フェンリルとヘルが向き合っていた。


『しかし、今は敵対しているからとはいえ妹と戦う事になるとはな。兄弟ならばヨルムンガンドとも戦った事はあるが、住んでいる国が違うだけで兄弟や兄妹と戦わざるを得ないとは中々思うところがある』


『フフ、そう? ならお兄ちゃんも魔物の国に来たらどうかしら。お兄ちゃんなら幹部の座はほぼ確実でしょ』


『そうかもしれないな。だが、そんな気は毛頭無いという事は分かっているだろう。誘うだけ無駄と悟った方が良い』


 敵とは言え、妹であるヘルとの戦闘に少々気が引けている様子のフェンリル。ならばと魔物の国に誘うヘルだが、フェンリルはほぼ即答でそれを断る。

 過去のフェンリルはどうだったのか分からないが、幻獣の国の幹部になってからはそこまで好戦的では無い。なので常に争いをおこなっている魔物の国に行くつもりは無いのだろう。

 そしてどういう経緯でフェンリルが幻獣の国へ入ったのかは不明だとしても、魔物の国へ行くつもりは無さそうだ。


「えーと。久々の再会でつのる話がある事も理解していますし、横から話し掛けるのも気に掛かります。そして呼び押せて置きながら図々しさも承知ですけど……フェンリルさんは味方ですか?」


『まあ、そうだな。幻獣の国と魔物の国は今現在、敵対している最中さなか。仮に兄妹だった者だとしても互いに争わなくてはならぬ時もある。現在の"世界樹ユグドラシル"のみならず、本来の世界が争いの絶えぬ世界である以上、常に覚悟は決めている事だ』


 ヘルと親しそうに話すフェンリルを見、本当に味方かどうか気に掛かるマルス。しかしフェンリルはしかとマルスの味方であると告げ、ヘルに対して向き直った。

 この世界は何処もかしこも争いの絶えぬ世界。それは全世界の者が理解している。だが、それでも争ってしまうのが知能の高い生き物のみならず全ての生き物に当て嵌まる欠点である。野生動物も縄張りや餌などの争いはあり、知能が高くともそれは変わらない。争いによって失うモノは多いが、得るモノも多いので争わざるを得ないのだろう。

 フェンリルを見て言葉を聞いたマルスはハッとし、ヘルへの構えを解かずに言葉を続ける。


「……。どうやら、野暮な事を訊ねてしまったみたいですね。すみません。ならば何も言わず、今は敵であるヘルさんを倒しますか……」


『フフ、敵でも"さん"を付けてくれるのね。王様なのに随分と礼儀正しいじゃない。まあ、偉そうな王様というものは御伽噺おとぎばなしには多くても現実は少ないかもしれないけど』


「僕の場合は心身ともに若輩者ですから。立場上、どうしても目上の人と話す機会が増えてしまうので常に敬語を心掛けています。相手を不快にさせては進む話し合いも進まなくなってしまいますからね」


 淡々とつづりながらヘルに話すマルス。フェンリルの言いたい事も分かり、自分の言いたい事も告げた。

 なので次は戦闘体勢へと再び意識を集中する事が優先である。ヘルもそれを理解したのか、マルスの言葉を聞いて再び瘴気しょうきの含んだ猛毒の風を展開させた。


『お兄ちゃんでも容赦はしないから!』

『ふっ、来てみるが良い!』


 次の瞬間、嵐よりも遥かに強い暴風と一瞬にして辺りを焼き尽くすレベルの炎が同時に放たれた。

 その二つが互いの中央で衝突し、炎と風によって火災旋風のような火柱となる。上空にあった雲々と周囲にあった木々は消え去り、熱と暴風だけの空間が創り出される。


「流石フェンリルさんだ……! 小手調べ程度の炎であの威力……此処に居たら僕たちまで巻き添えを食らってしまう……!」


 炎と風の強さを分析し、一人と一匹から距離を置いてヴィネラの元へ駆け寄るマルス。とても自分が入り込めるような隙は無く、不完全な魔法・魔術を使ってヴィネラと自分の身を護るので精一杯だった。

 神々に恐れられた狼と死者の国を収める女神。彼らの勝負ではこの世界が形を保っている事すら奇跡に等しいものだろう。しかも互いに全くの本気では無い。本気になれば、マルスとヴィネラも死してしまう可能性が高い筈だ。

 故に、二人はこの戦闘を見守る事しか出来ていなかった。


「すごい……」


「うん。主力格同士の戦いは、この領域に達するんだね……。今の僕には、とても太刀打ち出来ない……!」


 ぶつかり合う炎と風。爆風に煽られるマルスは手伝いたいが、それが出来ない牴牾もどかしさを感じながら歯噛みする。

 フェンリルとヘルは世界を壊せる力を持つ者なので、この凄まじさも分かる。分かってしまうからこそ、より一層焦燥に駆られるのだ。


『あら、貴方もまだ終わりじゃなくてよ。お兄ちゃんを相手にしながら貴方と戦うと、私と貴方が危ないわ。お兄ちゃんとは一対一で戦わなくては私がやられてしまうもの。だから、貴方が入り込めば手加減出来ずに殺してしまいそう。貴方には貴方の相手を用意しておくわ』


『ふっ、俺との戦闘の最中に話をする余裕があるとはな。随分と舐められたものだ』


『いいえ全然。全く舐めてなんかいないわ。舐められる筈が無いじゃない』


 マルスに向けて片手を振るい、直ぐ様フェンリルに向き直るヘル。何をしたかは分からないが、何かを仕掛けて来るという事は確定的だ。

 なのでマルスは警戒を高め、ヴィネラを庇いながら周囲に気配を集中させる。そして、何処からともなく物音が聞こえてきた。


「そこです!」

『……!』


 そこに向けて剣を振るい、何かを切り裂くマルス。剣の通り抜けた場所からは真っ赤な鮮血が噴水のように噴射し、上にあった頭が無くなった事で身体の自由が効かなくなったとあるアンデッドが倒れていた。


「きゃっ!」

「成る程……ゾンビですか……」


 よく見ると、肉が腐っており目玉や臓物類がはみ出している。それを見るだけで吐き気を催すが、自分よりもまだ幼いヴィネラの目を隠すマルス。幼いヴィネラには刺激が強過ぎる事だろう。なので首がねた瞬間に目を隠して見せぬようにしたのだ。

 ふと見れば、周りは既に数十体のゾンビに囲まれていた。マルスはヴィネラの目を片手で隠しながら、耳元で囁くように話す。


「ヴィネラ。目を瞑っているんだ。ヴィネラには刺激が強過ぎる。これでトラウマにでもなったりしたら大変だからね」


「う、うん。見ないでおく!」


 ヴィネラから手を離し、その顔を確認する。ヴィネラはギュッと目を瞑っており、更に両手で覆っていた。

 これならば思わず目を開いたりしなければ刺激の強いゾンビを見る事は無いだろう。それでも厄介なので、マルスはさっさとゾンビ達を葬る事にした。


「すみません。死者の国へ帰って下さい……!」


 葬る前に一言告げ、剣と銃に魔力を込めて駆け出すマルス。ゾンビと言えど、元々は生きていた人間である。

 なのでそれをほふる事の意は、生きていた者を殺すのと同義の意。死後の安寧を願い、魔力を纏った武器類で頭を砕き葬って行く。


『へえ。ゾンビじゃ相手にならなそうね、彼』


『余所見ばかりだな。そんなに気になるか? 魔族の王が』


『まあそうね。私は死者の国の女神でしょ? だから親近感を感じるの』


 巨腕を押し付け、ヘルの居た場所を粉砕するフェンリル。

 ヘルはそれを跳躍してかわし、触れたら身体をむしばむ風を放出する。それを腕の一薙ぎで払い除け、同じく跳躍してヘルの上から巨腕を叩きつける。それによってヘルは重い衝撃に押され、勢いよく落下して大地に粉塵を巻き上げた。


『妹なのに容赦しないんだね』

『兄に向けて死の風を放つお前が言うか』


 そこの中心から飛び出し、次は触れたら死に至るかもしれない風を放出するヘル。

 フェンリルは呆れたように返しつつ腕を薙ぎ、ヘルの風をそれによって生じた爆風で逆に吹き消した。

 周囲は二つの爆風に飲み込まれて吹き飛ばされ、周囲の木々や岩が消し飛ぶ。いや、消し飛ぶという表現には些か差違がある。正しくは消えたと錯覚する速度で遠方に飛んだという事が正しい事だろう。


『風を腕力の爆風で消せるなんて……。相変わらず馬鹿げた力ね……』


『その気になれば即死の風を放出する事が出来るお前の方が驚異的な気もするがな』


 互いに相手の力を認め、警戒しながら話す一人と一匹。共に相手を認めているからこそ、それを警戒して向き直る。

 フェンリルには即死の技を無効化する術が無く、ヘルはフェンリルの腕力に敵わない。つまり、互いは互いで相手に対してどうしてもやりにくさが生じてしまうという事である。


『しかしまあ、俺を本気で仕留めるつもりの無い事は見て分かる。恐らく、魔族の王がゾンビ達を全て打ち倒すのを待っているのだろう。俺が来た事によって殺さぬように痛め付ける事はほぼ不可能となった。故に、見守ろうと言う魂胆か。何故殺さぬように手加減しているのかは不明だがな』


『さあ、どうかしらね。けど、殺さない理由は理解していると思うわ。ほら、私たち魔物の国の者が同盟を組んでいる人たち。彼らは優秀な生物の選別を目的としている事を知っているでしょう? だから殺さないで連れて帰ろうとしているのよ。彼は見込みがある。死者の国で多数の亡者を見てきた女神の私が言うんだから間違いないわ』


『ふむ。成る程な。だから今回は魔族の王を見逃そうとしているのか』


『もう一度言うわ。さあ、どうかしらね』


 警戒しつつも戦闘を中断し、ヘルに対して話すフェンリルとそれの返答を行うヘル。

 フェンリルは長年の勘と血の繋がりがある者としてヘルの性格を理解している。そして、何をしようとしているのかも分かっていた。当のヘルは適当に調弄はぐらかすように話すが、その態度と声音から分かるのだ。

 ヘルは今回の戦闘で決着を付けようとしていない。マルスの成長を見届け、頃合いを見て撤退しようとしている事を見抜ける。しかし本人は依然として教えるつもりが無さそうだった。


『なら、見届けようではないか。若き王の奮闘をな』


『……』


 次は言葉を返さない。フェンリルがマルスの方を見、ヘルも釣られるようにそちらに視線を向ける。

 ヘルがマルスにけしかけたゾンビ兵士は数十体。殺さずとも、脳を破壊するか身体の自由を奪えれば勝利となる。マルスの足元には、既に二桁程の数のゾンビが転がっていた。


「ハッ!」


 剣尖を振るい、ゾンビの首を斬りねる。命令を下す頭が無くなったゾンビの胴体は糸の切れた操り人形のように倒れ、そのまま動かなくなった。

 頭はまだ動いており、腐り切った目がマルスを睨んでいるが気にしない。ゾンビの頭をボールのように蹴飛ばして距離を置き、次のゾンビに構える。

 ゾンビはそのエキスに感染する。それはウイルスだったり体液だったりと様々だが、ヴァンパイアに噛まれた者がヴァンパイアになるのと同じ理屈だろう。

 差違点と言えばヴァンパイアは自分の意思で隷属させるかどうかを決められるが、ゾンビの場合は感染した瞬間意思を問わず腐った肉の塊になるという事だ。


「あと、十三体……。行きます!」


 残りの数を大凡おおよそで判断し、剣と銃を握り締めて駆け出すマルス。

 もしもの時に対処出来るよう、ヴィネラから数メートルの位置でゾンビ達を迎え撃って行く。

 正面から来る者は銃弾で撃ち抜き、左右から攻める者は剣を横に薙いで切り伏せる。攻撃の際に飛び散る体液には掛からぬよう気を付け、ゾンビ達をことごとく打ち砕くマルスはその速度と力を更に上昇させていた。


『へえ。彼、やっぱり潜在能力が素晴らしいわね。もう分かったわ。そろそろ帰るとしましょう』


『ふっ、ほらな。やはりあの少年が気に掛かっていたのでは無いか』


『ええ。そうね。さっきの言葉に返すなら、ええそうよ。私は彼や彼の妹に興味があったの。このまま見ていても、結果は分かり切ったわ。ゾンビ達じゃ相手にならないって事がね』


『……今更か、やれやれだ』


 それだけ言い、瘴気しょうきの含んだ風を収めてその場から退散するヘル。フェンリルは呆れるが戦う気の無い相手を追撃せず、ヘルを一瞥し終えた後マルスの奮闘を見守る。そして次の瞬間、最後のゾンビが銃弾で撃ち抜かれて絶命した。

 これにてマルスの勝利が決まる。


「もう大丈夫だよ、ヴィネラ。けど、少し離れてから目を開けた方が良さそうだ」


「うん、分かった。お兄ちゃ……兄様」


 勝利したマルスは目を瞑っていたヴィネラの手を引く。ヴィネラは頷いて返し、マルスにくっ付いて歩を進めた。

 マルスへの呼び名を変えたのは、フェンリルが居ると分かったので慌てて王妹っぽい言葉を使ったのだろう。年相応でフェンリルはフッと笑った。


「フェンリルさん。このたびは手助けして下さり有難う御座います。それで、ヘルさんは……」


『ああ、帰った。元々本気で戦うつもりも無く、ただ力量を見計らっていただけのようだ』


「成る程。確かに相手の力量は知りたいですからね。けど、恐らくフェンリルさんが来てくれたので帰ったのでしょう」


『多分な。ヘルは少年たちを元々連れて帰るつもりだったみたいだ。だが、俺が来た事で面倒と判断したのだろう』


「そうですか。本当に有難う御座います。僕だけではとても倒せなかった相手でしたから……」


 ゾンビ達を打ち倒して戻って来たマルスに対し、ヘルとの会話の概要を話すフェンリル。今後も狙われる可能性があるので、必要な情報は与えておこうという判断だろう。

 その説明を聞いたマルスが再び頭を下げる。王が簡単に頭を下げるのはどうかと思うが、感謝の意を示す事はマルスにとって重要な事なのだろう。


「ねえ、兄様。もう目を開けても良い?」

「ああ、良いよ。ヴィネラ。刺激の強い物はもう無くなった」


 その横で、依然として目を瞑り続けていたヴィネラが小首を傾げてマルスに話す。此処ならば茂みの奥に転がっているゾンビ達の死体も見えないのでマルスは了承した。


「ふっ、仲が良さげで何よりだ」

「……? あなた、誰?」

「む? ああ……俺の名はリルフェン。マルス王の知り合いだ」

「ふうん? さっきの狼……フェンリルは消えちゃったんだ」

いずれ分かる」


 そのやり取りを微笑ましそうに眺めるフェンリルと、キョトンとした表情になるヴィネラ。

 目を開けた瞬間にフェンリルの巨体を見れば普通なら驚くかもしれないが、フェンリルはいつの間にかリルフェンとなっていたので特に驚かれはしなかった。

 人化した事を説明すると少し時間を食うので、軽く交わすだけで留まったのだ。次いで、リルフェンはマルスに訊ねる。


「それで、マルス王は何故こんなところに? と言っても、恐らく俺たちと同じく連れて来られたのだろう」


「ええ、お察しの通りです。詳しい説明は歩きながら話しましょう。フェン……リルフェンさんは見たところ第二層を探索しているようなので」


 フェンリルの名をリルフェンと言い直し、言葉を続けるマルス。何故人化したかを理解したのでそれに乗ったのだ。

 それはさておき、二人が行う話の内容はどうやってこの世界に来たか。しかしある程度は推測出来るので、この話は早いうちに終われそうである。人化したフェンリルは言葉を続ける。


「まあ、そうだな。しかし、王と王妹を二人だけにするのも忍びない。一時的かもしれないが、俺たちと手を組んでは如何だろうか?」


「それは。此方から頼みたい程です。リルフェンさんたちが居てくれれば頼もしい限りですから」


「そうか。なら、先を急ぐとしよう。仲間たちにも説明は必要だからな」


 マルスとヴィネラ。そしてフェンリル。もとい、リルフェンは共に協力する事となる。というのも、この世界は危険が多い。敵の兵士達だけならまだしも、主力級が相手とあればマルスたちだけでは荷が重いからだ。

 それはマルスにとっても有り難い事なので、マルス自身もこころよく了承した。

 九つの世界・"世界樹ユグドラシル"・第二層と第三層付近で行われた戦闘は、これにて幕を降ろすのだった。

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