四百八十二話 二人の支配者
空から落下する、複数の隕石。それが待機中の摩擦によってプラズマとなり、第二宇宙速度を超越した速度で辺りに降り注ぐ。
一つ一つに半径数キロを粉砕する破壊力が秘められており、それが上空数キロに届いた瞬間周囲に多大なる影響を与える事だろう。
「小賢しい真似を」
その隕石に向けて軽く手を薙ぎ、全て宇宙空間の段階で消滅させる魔物の国の支配者である神魔物。
支配者の二つ名とも言える異名。"人神"、"魔神"、"神獣"、"神魔物"のうちの一つを持つ者。人化したままではあるが、その力は依然として健在という訳だ。
隕石は欠片や存在していたという証拠すら無くなり、それを粉々に消し飛ばした神魔物は一瞬だけシヴァを見て即座に踏み込み駆け出した。
「そんな童でも行える石ころ遊びで余を止められるとでも思っていたのか!」
「ハッ! 思う訳ねェだろ!」
明らかな苛立ちを見せて拳を放ち、シヴァを狙う神魔物。シヴァは紙一重で躱し、その顎に爪先蹴りを打つ。しかし神魔物もその程度でやられる訳が無く、進んだまま身体の方向のみを転換し、拳を放っていない方の腕で裏拳を放った。
シヴァはそれを軽い跳躍で背後に飛び退いて躱し、着地と同時に片足へ力を込めて加速する。一瞬にして回転途中の神魔物の懐へと入り込み、アッパーカットのように腕と拳を振り上げた。それを確認した神魔物は回転を強制的に止め、思い切り仰け反って避ける。
「フッ、単純な武術で押そうとでも考えておるのか? 仲間とやらに影響を与えたくないらしいが、確かに大きな破壊を生まぬ最低限の力しか使っておらん」
「ハッハ。俺が言えた事じゃねェが、一撃の度に惑星や恒星。銀河系を破壊しちまうってのは少々被害がデカ過ぎる。本気で倒すつもりじゃねェ今の足止めには、このくらいが丁度良いんだよ!」
力ではなく技で攻めるシヴァに対し、つまらなそうに吐き捨てる神魔物。周囲を粉々に粉砕するレベルの戦いを続けたかったみたいだが、シヴァが仲間を優先した戦闘を行うので退屈なのだろう。
確かにシヴァは技にもキレがあり、一撃一撃が鋭くとてつもない威力を秘めている。元の力が強いので、力に頼らずとも相応の破壊力は秘められているだろう。それが一点に集中した一撃となれば、例えば世界一硬い物質があるとしてその十倍の硬度を持つ物質を一突きで砕ける程。大抵の生物は指先一つで貫通死させる事も出来るが、相手が支配者では当たったとしても少しのダメージを与える程度にしかならない。なので技。即ち手数で攻め続けているのだ。
「ならば、此方は力で攻めてみよう」
「そうかい」
片手に力を込め、その拳を放つ神魔物。それを読み取ったシヴァは攻撃の届かぬ、神魔物の背後へと移り──『シヴァと神魔物前方が消し飛んだ』。
神魔物の放った拳。それは本気では無く更には人化しているにも拘わらず驚異的な破壊力を生み出し、前方の横幅数キロ。縦へ数万キロは続く程に抉ったであろう溝が造られていた。
これ程の溝が造られては、捜索隊が少々心配でもある。星一つを砕く力は無かったが、支配者として部下兵士たちや側に努める幹部や側近の事は気になるのだろう。
「他人を心配している場合か!」
「ま、それも一理あるがよ」
次いで、背後に居るシヴァへ裏拳を放つ神魔物。それを跳躍して躱し、腕の通った場所は横に大きく裂けており奈落や雪山などに見られる落ちたらほぼ助からぬ穴、クレバスを彷彿とさせる亀裂が生まれていた。
神魔物の一振りは地形をも容易く変化させる力が秘められたものと改めて実感するシヴァ。しかしそれは自分にも行えるので、特に驚きなどは無かった。
「なら、創造っ言ー技を使うのも一つの手だな」
「ほう?」
神魔物の左右に大岩を形成し、クッと笑うシヴァ。次いでそれを勢いよく閉じ、神魔物を押し潰す形となった大岩がそこに佇んでいた。
ほんの少しの隙間もない状態であり、それに押し潰されたとあっては全身の骨や五臓六腑は粉々になっている事だろう。
「まあ、確かにそうであるが……ちと脆い岩だったな」
「そうかよ。クク。だが、ほんの目眩まし程度にはなっただろ?」
「減らず口を叩きおって。その余裕、いつまで持つかのう……」
「ハッ、殺すや死ねって物騒な言葉を連呼しておいて、そんな素振りを全く見せねェテメェには言われたかねェよ。何やかんや、テメェは自分の部下達にゃ手を出して無さそうだ。案外優しいんじゃねェか?」
「フッ、下らぬ。余の為に動いている駒を一々壊していては余の暇潰し相手が減るという事だ。主も分かっておろう。支配者故に挑んで来る者も少なく、常に泰平の世を退屈に生きておる。唯我独尊と言うだろう。余以外に肩を並べる者の少なき世界。だからこそ駒は減らさぬようにしているのだ」
部下達はただの道具。支配者を満たす存在でしかないと告げる神魔物。
それが本意かどうかは思考が読める訳でも無いので定かでは無いが、それを聞いたシヴァは再びクッと笑って言葉を続ける。
「クク……そうか。なら、世界に少ない支配者同士の戦闘を今一度満喫していようじゃねェか」
「フンッ、互いに本気では無く……主も本気を出すつもりの無いこの戦闘。さっさと終わらせて先に進みたいものよ」
片腕を横に突き出し、その腕を変化させる神魔物。見る見るうちにその腕が巨大化し、天を突く程の大きさとなる。元の姿には戻らないが、埒が明かず面倒臭いので一部だけ力を解放してシヴァに挑むつもりらしい。
「どうした? もう終わらせるつもりなのか?」
「このまま時間潰しも悪くないが……少々飽きた。どの道本気を出さぬのなら、さっさと終わらせてしまおうと思った次第よ」
「成る程な。その腕が魔物の姿の一部か。見る限りじゃ、バランスが悪くて不便そうにも見えるな」
「不便かどうか、試してみるが良い」
巨大化させた腕を伸ばし、横に薙ぐ神魔物。シヴァはその腕を跳躍して避け、腕の通った先には鋭利な刃物で切断されたような亀裂が生まれていた。
その亀裂が生まれたのは土では無い。森を切り裂き、遠方に聳える山や壁を両断したのだ。
そこに空気が吸い込まれ、周囲に爆風が広がる。神魔物はただの一振りで森と山、空気を切り裂いたという事。
「おーおー、怖ェ怖ェ。掠っただけで身体がバラバラになっちまいそうだ。まあ、バラバラになったくれェじゃ死なねェけどな」
「創造神は己も創造するのか。フッ、理不尽な力だな。創造と破壊を自由に行えるとは」
「かつてその身一つで宇宙を滅茶苦茶にしたテメェに褒められるとはな。鼻高々って奴だ」
「宇宙程度、支配者格ならば誰にでも砕ける」
巨大な片腕を使い、再びシヴァへ薙ぐ神魔物。シヴァはそれをしゃがんで掻い潜り低い体勢のまま駆け出して神魔物の懐へ迫る。
しかし何度も懐へ忍ばせる神魔物では無い。懐へ入り込まれるよりも前に巨大化させた片腕を鞭のように振るい、直進するシヴァを止める。
シヴァは腕を跳躍して躱し、その腕は空を切り裂きながらも大地に激突して当たった大地が縦に割れるように大きく粉砕した。その腕へ足を付け、そのまま踏み込んでシヴァは加速する。神魔物は特に気にせず腕を払い、シヴァの身体を空へと舞い上げた。
そして一旦腕を引き、加速を付けた腕が意思を持った鞭。即ち蛇を彷彿とさせる不規則な動きでシヴァの方へ放たれる。それを紙一重で避けたシヴァは更に踏み込み、神魔物の眼前に迫った。
「猪口才なッ!」
「洒落臭ェッ!」
巨大な腕を渡り、己の拳を翳すシヴァと巨大化させていない方の腕を構える神魔物。次の刹那にその二つが衝突して周囲の大地が剥がれて大きな土塊を巻き上げた。
その土塊を全て粉微塵に粉砕して撓る巨大な腕と、それを見切って躱す人影が映る。一撃だけ衝突し、次の瞬間には別の攻撃に移転していた二人。
行動しているのが単純な動きだとしても、その速度によって常人の領域は超越する。光に匹敵する速度で攻防を繰り返し打ち合い鬩ぎ合う二人。全くの本気では無いので光程度の速度しか出ていないが、一秒あれば三十万キロ進める速度で動けばそれだけで大陸や惑星に多大なる影響を与える。通常の世界よりも強度の高いというこの九つの世界・"世界樹"だが、いつまで持つかは時間の問題であろう。
「シャアッ!」
「ハッ、獣に近い声なってるぜ!」
巨大な腕の一振り。それだけで縦横無尽に腕が放たれ、通常ならば予測も出来ぬ程の不規則かつ不確かな動きで上下左右とありとあらゆる方向から向かって来ていた。
だが、それは通常ならではの話。通常という存在から大きく掛け離れた超常的存在であるシヴァからすればそれら全てを避ける事など、最初の一撃を見れば目を瞑ってでも避けられるのだ。
「だが、大した攻撃はしてねェな」
「跳弾。とは些か違うが……其処らに衝突して跳ね返る位置を全て見抜いたか。厄介よのう。未来を見ているのかと錯覚してしまう程だ」
「ハッ、未来なんか見えねェよ。常に前は見据えているがな」
そう。最初の一撃から避け続けたのだ。ただ純粋に避けただけである。一度見れば何処で跳ね返り、何処に向かうかを容易く推測出来る。
未来予知とは違うが、先を読むという意味では確かに未来予知のような感覚にも似ているだろう。
「ほらよ……!」
「また下らぬ投石か」
次いで大岩を二つ形成する。そしてそれを放ち、神魔物が正面から打ち砕く。次いで巨大な腕を薙ぎ、シヴァの腹部へ一撃を入れた。
それを腹部に受けたシヴァは少しだけ空気が漏れ、森の方へと吹き飛ぶ。それを追撃するよう、神魔物がシヴァの位置を一瞬で特定して腕を振り落とす。数百メートルの巨大な壁を彷彿とさせる土煙がそこから上がり、連続して同じ箇所を叩く。それによって生じる轟音と破壊からは、この世界が崩壊するのではと思わせる力が秘められていた。
「闇雲に暴れてやがるな。いや、滅茶苦茶に見えて闇雲じゃねェってのが支配者か。的確に俺が居た場所を狙っていやがる。んで、まだ攻撃を続けているっ言ー事は何かの狙いがあるのか」
「うむ。そうよの。お主の場所はお主が余の背後に回った瞬間に気付いたが、何度も投石されとるからの。此方も岩で対抗しようという訳よ」
刹那、周囲の山々が勢いよく崩れ落ちてシヴァを狙う。
その欠片をシヴァは微動だにせず炎で焼き消し、クッと不敵な笑みを浮かべ続けていた。そう、神魔物はシヴァが移動していた事は既に気付いていた。それでも敢えて何もない場所を攻撃し続けていた理由は、崖崩れ引き起こしてシヴァの投石への仕返しをしたかったからとの事。
負けず嫌いな性格で自由奔放な神魔物。それだけならば相手をするにもやり易さはあるが、感情に任せずしかと考えて行動しているので面倒臭さが際立っていた。
「これで終わりよ!」
「"星の隕石"!」
巨大な片腕に力を込め、勢いよく放つ神魔物。対し、惑星サイズの隕石を上空から落とすシヴァ。幾ら広いこの世界とはいえ、この隕石が落ちてはただでは済まないだろう。しかし、シヴァは敢えてそれを放った。空中に留まっており、背後に隕石を構える。なので神魔物は必然的に上空を狙うだろう。
つまり、惑星サイズの隕石を砕く為に手を伸ばし、シヴァごと吹き飛ばそうと試みると推測したのでこの階層を崩壊させるレベルの攻撃を放ったのだ。
──そして巨大な腕と惑星サイズの隕石。それら二つが正面衝突して亀裂が生まれ、その爆風に煽られてシヴァと神魔物が互いに遠方へと吹き飛ばされた。
*****
「ぬぅ……。吹き飛ばされてしまったか……許さんぞ、シヴァ……! ライに続き、奴にも狙いを定めてやろうか……!」
爆発に巻き込まれ、その身体が虹の橋からかなり飛ばされた魔物の国の支配者は、第一層の森に居た。
巨大化させた腕を縮ませ、辺りを見渡して悪態を吐く神魔物。身体は土汚れに塗れており、見て直ぐに分かる程に苛立っていた。
「フン。つまらぬ。さっさとライを見つけ出すか、シヴァを見つけ出して葬るとしよう」
苛立ちながら呟き、歩を進める神魔物。その言葉からするに、同じ支配者という立場だがシヴァも標的の一つになったらしい。
しかしまだライへの執着が強く、第一優先はライのようだ。ライたちからすれば迷惑な話だろう。そして神魔物。もとい支配者は辺りをもう一度見渡し、森の奥へと進んで行く 。
*****
「……ま、何とかアイツらと魔物の国の支配者との距離を置く事が出来たな。多分面倒臭ェ恨みは買ってると思うが……まあ良いか」
時同じくして、此方のシヴァは第二層へと吹き飛ばされていた。周囲は暗く、視界があまり良くない。
魔物の国の支配者と同じように土汚れがあり、それを軽く払って遠くの空を見上げる。
支配者同士の戦闘というものは、かなりの労力を消費する。例えそれが互いに本気では無くてもだ。なので正面から打ち倒すのでは無く、互いを弾き飛ばす事で決着を付けたのである。
本来のシヴァならば本当の決着が付くまでやっていたが、支配者という立場上場は弁えている。なので今回は幹部や側近の為に途中で切り上げたという事。
何はともあれ、互いの距離は離れたので一時的に無効化する事は出来た。
「さて、もう一度虹の橋に向かうかどうか……。もうアイツらは此処に来てると思うが……付近に居るか奥へと来ているか……」
立ち竦み、腕を組ながら悩むシヴァ。割りと遠方まで飛ばされたので、虹の橋へ戻って探すか先に進みつつ探すかを悩む。
どちらかには確実に居るので、早めに出会うかどうかという事なのだ。幹部や側近たちの事を信用しているので、ちょっとやそっとでは無問題とも知っているのだが気になる事に変わりなし。
シヴァと魔物の国の支配者。その戦闘は明確な決着が付かないうちに終わらせた。
一つの戦闘を終わらせたシヴァは仲間を探す為、到達した第二層の世界を進み行くのだった。