四百八十一話 "ビフレスト"
──"九つの世界・世界樹・第一層・第二層・虹の橋"。
時を少し遡り、数分前。第一層から上層へ向かう為に自然豊かな世界を進んでいたシヴァたち進行隊。
その進行隊は今、第一層と第二層を繋げる架け橋となっている"虹の橋"に居た。
そこは第一層特有の明るい美しさと第二層の暗さが混ざり合い、異質な雰囲気を醸し出していた。一方では新緑の木々が生い茂り、木漏れ日が周囲を照らして明るく。一方では鬱蒼と生えた葉によって日光が遮断され、重い雰囲気の木々が森となって包み込んでいるので昼間でも薄暗い。
前方に広がる虹の橋は七色の淡い輝きを見せており、踏めば透けて落ちてしまいそうな儚さがあった。実際、シヴァたちは虹に乗った事など無い。だからなのか兵士たちは多少なりとも不安がある様子で、本当に乗っても大丈夫なのかと警戒してしまっているという事である。主力たちは流石と言うべきか、全く不安な様子は無かった。
「おいおい、怖じ気付いたのかテメェら? 確かに落ちるかも知れねェが、落ちたところで死ぬ訳でもあるめェし」
「いえ、普通死ぬんですけど……」
「ええ。俺たち普通の兵士なんです……」
「確かに支配者様や幹部様、側近の方々は仮に上空数万メートルから落ちても大丈夫なのでしょうが……」
不安そうな兵士たちに向け、やれやれと呆れた口調で話すシヴァ。
兵士たちは上の立場の者にも拘わらず、思わずシヴァへとツッコミを入れてしまう。しかし兵士たちは本当に死に兼ねないので必死だった。
「仕方ねェ。不安な奴は魔法・魔術を使って浮遊しておけ。それらを使えない奴は誰かに運んで貰え。超能力者のキュリテか、風の魔法・魔術を使えるオスクロかゼッル。後はまあ、重力を操作して物を持てるウラヌスとかでも良い。取り敢えずそれらを用いて移動しろ」
「「「はっ!」」」
シヴァの提案に、ビシッと構える兵士たち。魔法・魔術を使える兵士たちも中にはおり、使えなくとも主力の中に応用する能力を秘めた者は多い。
なので不安な時はその者たちへ頼るのも一つの選択肢であると告げる。それにて会話が終わり、シヴァたち進行隊は七色の光に包まれた幻想的な橋──"虹の橋"を進む。
「む? 強い気配を辿って来たら、ライでは無く別の者が現れたな。紛らわしいのう。殺してしまうか?」
そこに、そんなシヴァたちが渡ろうとした橋の先に一人の者が腕を組んで仁王立ちしていた。
その者はやけに高圧的な話し方をしており、物騒な事を口走る。そして、シヴァたちも知るとある人物の名を口にしていた。
「……ライ? それってライ・セイブルの事か?」
「ああ、そうだ。余は奴に少々恨みを持っていてな、これから殺す為に奴の居る第一層へ向かおうとしていたのだが……貴様が来た所為で時間を無駄にした。だから殺してやると言ったのだ」
「……。それはそれは、かなり物騒な性格をしているもので。なあ、魔物の国の支配者殿?」
「……ほう、主……魔族の国の支配者か」
その、如何にも怪しい男──世界を連ねる四つの国のうちの一つ。魔物の国を収める"神魔物"と呼ばれる存在、支配者。
その言葉を聞いた魔物の国の支配者は目の前に居る者が魔族の国を収める──"魔神"と云われる支配者のシヴァと気付いた。
「な、まさか……!」
「魔物の国の支配者が……!?」
「直々に出向くとは……!!」
「人化したままだが……支配者様たちしか勝てる気がしねェ……!」
支配者という存在を前に、一斉に戦慄く兵士たち。それは兵士のみならず、多くの修羅場を抜けてきた幹部や側近たちも同様。凄まじい威圧感に押され息苦しさを感じていた。
存在するだけで周囲に多大なる影響と共に圧を掛ける支配者。殺意を放てばシヴァも辺りへ大きな影響を与えられるが、常に何処かしらに殺意を持っている魔物の国の支配者を前にすると、兵士たちのようなそれ程力を持たぬ者は立っている事すら儘ならないようだ。
「ならば、丁度良い暇潰しだ。主ら、今から死ぬか?」
「断る。俺たちが死んだら管理している星や銀河系の幾つかが滅びちまうからな」
「それなら、我ら魔物が変わりに支配しておこう。その方がより良い世界を作れる」
「アホか」
「良し、殺す」
次の刹那、一歩踏み込んで虹の橋の端からシヴァの眼前にまで瞬く間に肉迫する支配者。人化した魔物の支配者の身体にある、その拳がシヴァの鼻先に迫っていた。
「随分と好戦的だな。大歓迎だ」
「ふむ、そうか」
拳の側面を掌で叩き、魔物の国の支配者、神魔物の腕を逸らすシヴァ。神魔物はそこから裏拳のような形へ移行し、シヴァが仰け反ってそれを躱す。そのまま倒れるように地へ掌を着け、力を込めて両足蹴りを放った。
神魔物はしゃがみ込んで避け、片足を勢いよく上昇させて蹴り上げを放つ。空中で方向転換したシヴァはそれも躱し、片手に小さな星を創造して神魔物に叩き付けた。そして、当の神魔物はそれを片手で粉砕して消し去る。
「ほぼ互角ってところか。まあ、俺は全くの本気じゃなくて、テメェは本来の姿よりも力の劣る人化した姿だけどな」
「そのようだな。だが、主の本気はまた別にあるのだろう? 確か、"三叉槍"という武器を使うらしい。支配者の情報は様々な手法で入手している。まだ知らぬ事も多いが……奥の手があったとしても、そう簡単に決めさせられると思うでない」
「ハッ、俺はテメェが何の魔物かも知っている。当然その戦闘方法もな。当然知らねェ事も多々あるが、互いを熟知しているってのは互いに同じだ」
距離を置きつつ互いに交わし、シヴァと神魔物は一歩踏み込んで再び肉迫した。次いで拳を放ち、打ち合わせて周囲に強大な衝撃を撒き散らす。それによって大地の欠片が浮き上がって粉砕し、大きな振動と共に第一層と第二層。二つの層に存在する対照的な印象を持つ森の一部が消し飛んだ。
その粉塵の中でシヴァが回し蹴りを放ち、全ての粉塵を消し去る。同時にもう一度二人が踏み込み、互いの距離を一気に詰めた。しかし二人の拳や脚は空を切り、その挙動だけで周囲が爆散する。互いにほんの少しも本気では無いが、その一挙一動には天災すらをも容易く凌駕する力が秘められていた。
「そう言えば、主の部下達は戦闘に参加しないのか? 余は何人が相手だろうと構わぬぞ?」
「ハッ、それもそうだな。だが、俺たちには目的があるからな。ライを探しに来たって事は、ライが此処に居る事を知っているっ言ー事。多分俺たちの目的も既に分かってんだろ。だから俺はテメェを足止めして、必要の無い犠牲は払わねェって事だ」
「……! 成る程のう……。もう既に部下達は虹の橋を渡っていたという事か」
そこには既に、シヴァと神魔物以外の者は居おらず閑散とした空気が漂っていた。
そう、それこそがシヴァの狙いである。魔物の国の支配者と戦闘を行う事で気を引き、幹部や側近。兵士たちを移動させる。戦闘によって生じた粉塵や土煙もあって姿は見えにくく、シヴァが相手では周りに払う注意も疎かになる。
不意討ちなどには対応出来るような警戒はしているのだろうが、殺意も殺気も無くただ通り過ぎるだけならばシヴァが支配者の気を引き付けるだけで十分なのだ。
そんなシヴァも、魔物の国の支配者である神魔物がライの居場所を特定していた事から既に自分たちの目的、他の兵士たちの救出もバレていると踏んでいたので更に時間を稼ぐ為にもその事を教えたのだろう。
「しかし、それはそれでどうでも良い事よ。どの道、お主とはただの暇潰し。本命であるライと戦う事が余の目的だからな」
「ハッ、俺は二番目の男って事か。だが、どうでも良いのは俺も同じだ。優先順位は戦闘に置いて関係無いからな。だが、何でテメェは人化したままなんだ?」
「愚問よ。本番はライ。主にはこの姿で十分という事だ」
「全てに置いて二番目って事か。ハッ、まあ構わねェよ」
「……む?」
両手に二つの星を作り出し。軽く放るシヴァ。刹那にその星が加速し、神魔物の両脇に漂う。当の本人は小首を傾げて疑問を浮かべており、それを余所にシヴァはクッと歯を剥き出しにして笑った。
「"星の爆発"」
「……!」
そして、その星を爆発させる。
爆発は周囲を飲み込み、二つの層を大きく振動させる。数キロには及ぶ爆風が周囲に広がり、辺りを鈍色の煙が包み込んでいた。
それは星の爆発だが、大きさや星の種類からして超新星爆発とは些か違いがある。なので普通の爆発のようだが、威力が桁違いだ。
星の爆発はその大きさ故の破壊力だが、それは小さくとも十分な威力を発揮する。純粋な破壊魔法・魔術の数十倍の威力は秘められている事だろう。その結果がこれである。
「ふむ、不意を突かれたな。いや、今回ばかりは警戒していなかった余に不備があるな。殺す、殺さずとも打ち倒す事に変更は無いが……これを逆恨みとして挑む事はせんぞ」
「クク、ありがとよ。まあ最も、負けるつもりは全く無いけどな」
「何だ、またその手か。多少は増えているようだがな……」
次いで作り出した、小さな星を複数個。それらを再び神魔物の周りに漂わせる。神魔物も流石に慣れたらしく、もう全く驚かなくなっていた。しかしシヴァは気にしておらず、不敵な笑みのままその星を複数個全て爆発させた。
「それはもう良い!」
その爆風を爆発した瞬間に消し去り、一歩でシヴァに攻め入る。しかしそこにシヴァはおらず、神魔物の背後から手刀を横に薙ぐ形となっていた。そこでシヴァに向けた背後蹴りを放ち、牽制する神魔物。シヴァは大岩を形成しており、その大岩が粉々に砕け散る。その隙間からシヴァが姿を見せ、両手には炎が纏われていた。
「ならこれはどうだ? "炎の槍"!」
「基礎の炎魔術か。それの応用だな」
両手から槍のような炎を放ち、神魔物に突き刺すシヴァ。身体が貫かれ、突き刺さった傷口から発火する。しかし神魔物は慌てず、冷静に炎を消し去った。
シヴァの炎には、基礎の炎魔術でも数万度は容易く凌駕する温度がある。本気ならば宇宙を蒸発させる事の出来るシヴァ。数万度程度の低温など、まだまだ序の口でしかないのだ。
「次は此方から行くぞ……!」
「……っと」
消し去ったその瞬間にシヴァへ迫り、その顔へ拳を放ち吹き飛ばす神魔物。殴られたシヴァは吹き飛ぶが、即座に地へ降りて体勢を立て直す。
その拳にも山河を吹き飛ばす威力はあったが、シヴァにとっては大した事の無い破壊力だった。
「ハッ! まだまだだッ!」
次に放つのは建物サイズの星。単純な見た目だけではただの大岩のようだが、多少の重力は纏われている。普通に岩を放るよりもその威力は格段に違うだろう。
その星が光の領域を超えて進み、神魔物は正面から打ち砕く。その砕いた小さな欠片を足場として踏み付け、加速してシヴァに向かった。
「この程度しか出来ぬのか! つまらぬぞ!」
「その気になったら本気じゃなくてもこの層が砕けちまうからな!」
シヴァに対して吐き捨てるように言い、つまらなそうに蹴りを放つ神魔物。それを片手で受け止め、地に叩き付けるシヴァ。対して神魔物は掌をするりと抜け、掴まれなかった方の片足を地に着けて直進と共に爪先蹴りを入れる。シヴァは顔を逸らしてそれを避け、片足髪を掠めるように突き抜ける。足の通った場所の髪は消滅し、丸い穴が空いていた。
その膝元を狙って拳を放つが、片足を勢いよく振り落としてそれを躱した。それによって粉塵が舞い上がるがそれは即座に消え去り、中心では互いに拳を放つ体勢となったシヴァと神魔物が居た。
「ハッハ。俺は悪魔で時間稼ぎが目的だからな。避ける時はそこそこの力を使うが、攻撃にはあまり力を入れてねェ」
「舐め腐りおってからきに……。やはりその命、賭す覚悟はあるようだな……!」
「さあ、どうだろうな。元々本気じゃねェってのは知ってた筈だ」
そして上空に顕現する、山程の大きさはある大岩。それも一種の星である。
不敵に笑うシヴァは軽く力を入れ、その星が神魔物目掛けて振り下ろした。一瞬にして頭上に迫ったその星は、
「下らぬ!」
掌で軽く触れられ、遥か遠方へと吹き飛ばされた。その直後に山サイズの星が砕かれたように粉砕し、苛立ちが目に見えている神魔物がシヴァを睨み付ける。
「しかし、逆に面白さもある。余がこの姿のままで主をその気にさせ、正面から打ち砕くという新たな楽しみが生まれたからのう」
「いいぜ、来てみろよ。時間を稼げて運動になるってのは、中々に良いもんだ。時間稼ぎでも手加減するのはあまり好かねェが、仲間優先なのは当然だろ?」
「仲間? そんな物の為に力を出さぬのか。下らぬのう」
「おっと、そういやテメェはそういう性格だったな」
クッと笑い、挑発するように話すシヴァ。神魔物にそれは効いたかどうかは分からないが、手加減している事に腹を立てていたので暫く足止めは出来る事だろう。元々知っていたとしても、面と向かって言われると違う腹の立ち方もあるらしい。
"世界樹"の第一層と第二層の中間にある虹の橋にて、二人の支配者が相対している状態は崩れずに続いていた。