四百七十七話 第一層・もう一人の刺客
──"九つの世界・世界樹・第三層・ヘルヘイム"。
第一層での戦闘を終えたマギアとヒュドラーは、自分たちが拠点としている死者の国"ヘルヘイム"へと戻っていた。
そこには魔物の国の主力達。ヴァイス達。百鬼夜行というライたちと敵対する者らの主力が集っており、マギアとヒュドラーの話を聞く為にその一人と一匹を囲んでいた。
「それで、相手の目的はそんなところかな。私もヒュドラーに聞いただけだからよく分からないけどね。そのヒュドラーは此処に来た瞬間また意識を失っちゃったけど、まあ私が話した事くらいしか言っていないね」
「そうか。ありがとう、マギア。成る程ね。彼らは仲間の捜索を行っているって事か。しかし、魔族の仲間を探しているとはね……戦力的にも有利にはなると思うけど、ライたち全員が上を目指さずに第一層を探索しているのは少し気になるね……」
「全員……? エマやニュンフェちゃん、龍と斉天大聖は見ていなかったけど……」
「ふふ、ただの推測さ。仲間の捜索だけでリーダーであるライや、勇者の子孫。魔王の子孫。神の子孫が加わっているのはおかしいと思っただけだよ。数人だけ置いて、残りのメンバーは先を目指しても良さそうだからね。多分魔族はそうしているだろうさ。魔族の場合は単純に人数が多いというのもあるけど」
マギアの言葉から、会話を進めるヴァイス。推測の範囲ではあるがライたちの行動について話しており、その殆どが的を得ていた。
確かにライたちは全員が魔族兵士たちの捜索に加わっている。純粋な人数が少ないので一斉捜索という線も考えられるが、元々魔族たちが多いのでそれは無いと踏んだのだろう。
「ハッ! なら話は早ェ。第一層に行きゃ、ライたちと戦えるっ言ー事じゃねェか」
「ほう? 確かにそうだな。それならば余の目的も達成されるという事。ならば直ぐに向かう」
「あ、オイ支配者!」
シュヴァルツがヴァイスの言葉を聞き、一つの事を思い付いた。そしてその瞬間、ライと戦闘を行いたい魔物の国の支配者が誰の話も聞かずに飛び出した。シュヴァルツは先を越されまいと止めたが、それも無意味に終わる。
「ふふ、せっかちな支配者さんだ。けど、ライたちとは何れ戦う事になる。それが早くても全然問題は無いね」
「逆にテメェは楽観的だな、ヴァイス。つか、グラオの野郎も行っちまったぞ」
「ふふ、それも想定の範囲内だよ。ライは此方側の主力たちに大人気だからね。一つの戦闘が終わったとしても気の休まる暇が無いという事だ。例え死んでも生き返らせる事は簡単。選別に置いて、彼らは必要不可欠だからね。勇者と魔王と神。これ以上に優秀な力を秘めた者をあまり知らない」
どうやらグラオもライたちの方へ向かったらしく、呆れるようにシュヴァルツが話していた。
しかしヴァイスは特に気にしておらず、支配者とグラオが向かった事を好意的に捉えていた。というのも、ライたちが強敵であるとは理解しているヴァイス。どの道グラオや支配者のような、ヴァイス達、魔物の国の主力達の中でも頭一つ以上抜けている実力者でなければ勝てない。もしくは勝つ事が難しいのも知っているのだろう。
それならば始めから彼らを送れば良いという意見も出る。しかし支配者から逃げていたように、あまりの実力者が相手だとライたちが相手をしてくれないので他の者を送っていたのだろう。事実、支配者からは逃げ続け、シュヴァルツやニーズヘッグからも逃げていた。魔族の国はさておき、幻獣の国も然り。なので逃げないであろう今の状況がグラオ達を送り込むに当たって都合が良いのだ。
最終的にはこの世に住まう全ての生物を選別する事が目的。どちらにせよ手にするなら、戦える時に送った方が良いと考えているのかもしれない。
「純粋な実力と血縁だけで選別対象か。クク、お前とはそれなりに長い間一緒に居たつもりだが、未だにお前の事が分からねェよ。ヴァイス。他にも色々と裏がありそうに思えてならねェ」
「フフ、選別に置いて最優先はどれ程優れた人材かという事。人間・魔族・幻獣・魔物問わずにね。それを理解した上で協力してくれている事は変わらない。ただそれだけが優先。裏も表も何もないさ」
「本当にそうかは気になるがな。まあ、お前がそう言うならそれで良いか。一々考えるのは面倒臭ェからな。参謀っ言ーのかは分からねェが、取り敢えず参謀の言う事に従っとくか」
「そうしてくれると有り難い。私も説明するのは面倒臭いからね。選別に当たって、優秀な逸材は皆が必要不可欠である事に違いは無いさ」
これにてヴァイスとシュヴァルツの会話が終わる。ヴァイスは別に、ライたちに執着しているという訳では無いようだ。優秀な者は問わず、選別対象である事には元より変わり無いらしい。
それはそれで理解し兼ねる部分もあるが、細かい事は気にしない性格のシュヴァルツは気に掛けずにいた。
「さて、今は取り敢えず……グラオと支配者さんの成果を待つとしようか」
「クク、そうだな」
「勝手にすればー?」
言いたい事を言い終え、グラオと支配者の向かった方向を見るヴァイス。シュヴァルツはクッと笑って頷き、マギアは呆れたように話す。何はともあれ、新たな刺客がライたちに向けて放たれたという事柄に変更は無い。
*****
──"九つの世界・世界樹・第一層・森の中"。
ライたちとは別のチームになったエマ、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空の四人とアスワド、ラビア、ジャバルの三人。計七人は第一層にてライたちとは別の場所を探索していた。
しかし先程から何やら轟音が響き渡っており、足元の大地が割れたり遠方で山並みの粉塵が巻き上がったりと賑やかな様子だった。
「……。ライたちが敵とでも邂逅したのか? 先程から賑やかだが」
「そうだねぇ。何かやっているのかな?」
「この場合は賑やかとは少し違うと思いますけど……」
「けど、確かに騒がしいですね。実際に向こうはライさんたちが探しているエリア……何かあったと考えるのが道理かもしれません」
向こうから響き渡っている音を聞き、疑問に思うような表情で話すエマそれに同調するラビア。ニュンフェは苦笑を浮かべて小さくツッコミを入れ、その横ではアスワドが一理あると頷いていた。
現実問題、騒がしいのは事実なので、ライたちに何かあったと考えるのは至極当然の事だろう。
「まあ、ライたちなら問題無いだろう。一挙一動で世界を崩壊し兼ねない攻撃を放つのはライも同じ。逆に、ライが敵を吹き飛ばした音かもしれない。どちらにせよ戦闘ではあるが、余程の相手で無くては殆ど傷も負わないだろう」
「ああ、そうみたいだな。女剣士となら戦ったが、アイツもかなりやる。そして俺たちの幹部に勝った奴なら、敵の幹部が相手でも関係無いだろ」
「うむ、そうだな。ライ殿の強さは理解している。その仲間であるレイ殿、フォンセ殿、リヤン殿の強さもな。ブラック殿、サイフ殿とは会った事はあるが戦闘の様子を見ていないから分からない。ルミエ殿とのは会った事すら無いから何もかも不明だが、長い付き合いのエマ殿や同じ魔族の国のアスワド殿とジャバル殿が信頼しているのなら相応の力を秘めているのだろう。心配するに値はしなさそうだ」
気にはなるが、心配はしていないエマ、ジャバル、人化したままのドレイクたち三人。
詳しい事は知らず、ライたちとの旅も日が浅いドレイクは本来の力が如何程のものか分からないが、信頼はしているので問題無いとの事。ライたちと付き合いの長いエマや魔族の国のジャバルも信頼しているので心配はしないのだ。
「まあ確かに信頼はしていますけど……やはり気になってしまうものなのです」
「ええ。ニュンフェさんに同意です。確かな信頼はあります。ライさんたちとも何度か戦闘をご一緒させて貰ってその強さは分かりましたが……心配なものは心配なんです」
ニュンフェとアスワドも、信頼していないから不安なのでは無い。当然の事ながらライたちの実力を理解しており、相応の信頼もある。
しかしもしもの可能性もある。0という訳では無いので、どうしても多少の不安は残るのだろう。エマは肩を落とし、ふう。と一息吐いてから言葉を続ける。
「案ずるな。多少の心配は否定しない。学舎や使いに行く子を見守る親のようなものなんだろう。慣れ親しんだ道だが、不安に駆られる衝動のようなものだ。子は居た事が無いが……それは置いておく。何はともあれ、信頼していても不安になるのはしょうがない。私たちは私たちでその不安を更なる信頼に寄せ、先に進む他あるまい」
「「はい……」」
エマに言いくるめられ、不安そうな表情をしつつも静かに頷いて返すニュンフェとアスワド。
少し厳しいかもしれないが、心配や不安のような負の感情になっても仕方無い。もしもライたちが本当に戦闘を行っているのなら、勝利を祈って進むのが先決。なので気にしている暇は無いのである。
会話を切り上げ、エマたちは魔族兵士たちの捜索を続ける為に先へと進んで行く。
*****
──数十分後、同所。
気を引き締めて先に進む事数十分。エマたちは先程よりも深い森の中へと入っていた。既に戦闘のような音は聞こえておらず、自分たちが足元に茂る草を踏む音のみが周囲に木霊していた。
静かになった森は心地好く、木漏れ日からなる日差しがエマたちを照らして良好な視界と共に過ぎ去って行く。
エマにとっては木漏れ日といえど命に関わる驚異的な光であるが、傘によって日差しは遮断出来ているので無問題だった。
「音が止んだな。さっき、今までで一番巨大な轟音が鳴って周囲を真っ赤な光が包んだが……一瞬で消え去った」
「ええ、そうみたいですね。自然ではあんな音、鳴る訳が御座いません。木々が切り倒されようと、もう少し静かな筈です。もしも誰かが戦闘を行っていたのなら、それに決着が付いたという事でしょうか……」
静かな森を進み、周囲の音に耳を傾けて何も聞こえないのを確認した後で話すエマ。なんの騒動も無かったので、エマたちは向こうで行われていたであろう戦闘が終わったと推測する。
ニュンフェも同意するように頷き、その声が風に巻かれて消え去り再び周囲に閑散とした空気が立ち込める。どうやらその推測は正しいみたいだ。何も聞こえないのがその証拠だろう。
「さて、これからどうする? 気になるならライたちの方へ向かってみるか、このまま兵士たちの捜索を続行するか。リーダーは多分アスワド、お前だ。どうするかはリーダーが決めてくれ」
暫く静かに歩いていたが音は聞こえなかった。なのでエマがアスワドに訊ねる。気になるのならばライたちの方へ向かうのも良し。このまま進み続けるのも良し。全ての判断はこのチームのリーダー格であるアスワドが委ねる事だ。
「ふふ、リーダーですか。エマさんの方がリーダーの貫禄はありそうですけど……そのエマさんがそう言うのならリーダーになりましょう。──では、その意見についてですが、このまま先を急ぎ兵士たちの捜索を優先します」
「……。それに二言は無いのだな?」
「ええ、決めました。エマさんの言うように、心配するにしてもそれだけでは無意味。ならば先に進むだけです」
キッパリと言い切り、改めてエマを見るアスワド。それならばとエマは笑い、アスワドの言葉に賛同する。ニュンフェたちも同じようだ。
本人はリーダーという言葉に少し疑問を感じていたが、それはそれで良いらしい。リーダーの判断ならば、エマたちも従うだけである。
「ハハ、先に進む。それは良い事だね。なら僕という障害を乗り越えてみなよ、君達?」
「……!」
──何処からともなく声が掛かり、一斉に警戒を高めるエマたち七人。
そこに姿は見えず、声だけが反響するように木霊する。その声から誰かは理解したが、未だに姿を見せない。恐らく不可視の移動術を用いて話しているのだろう。それならば姿が見えず、声のみが聞こえていてもおかしくない。
「やれやれ。一々隠れずに姿を見せたらどうだ、カオス。どうせ狙いはライなのだろうが、残念ながらハズレ……此処に居るのは私たち脇役だけだ」
「ハハ、そうみたいだね。けど、簡単にカオスって言う名前を発するのは止めて欲しいな。君達は前に戦場に居なかった人も含めて僕がカオスである事は全員が知っているみたいだけど、特別視される事があるからあまり好きじゃないんだ。ちやほやされて喜ぶのは小物って相場が決まっているからね。原初の神ってだけで、僕は君達と変わらない生き物なんだよ?」
空間の裂け目から姿を見せるカオス。グラオ・カオス。この世の全てを創造した原初の神である者。現すと同時に空間から降り、地に立った。
カオスというのは元の意が大口を開けた空の空間というものなので、裂け目から姿を現すのは強ち間違っていない。しかしこの空の空間と不可視の移動術では根本的なものが違うので差違点が多いだろう。
「ふっ、普通の生き物が数百億年も生きるかマヌケ。化け物……それか馬鹿。それが一番正しい貴様の表現だ」
「馬鹿ってただの悪口じゃん。まあそれは置いといて、数千年生きている君が年齢を言うかな。そこに居る斉天大聖みたいに神や仏に昇格した訳じゃない、普通のヴァンパイアである君がね?」
「ああ、私は普通だ。だから日に長時間当たれば死んでしまう。リスク無しで不老不死の貴様とは大きく違うだろう?」
そんなグラオに向けて話す言葉は他愛の無いもの。両者共に生物の領域から逸脱した存在なので、こういう人外同士の会話では馬が合うのかもしれない。
「それで、狙いはライのようだが……私たちと戦うか? ライを狙うなら構わず貴様を相手するが、狙わないのなら帰っても良い。私たちと戦闘を行うつもりでも相手はしてやるがな」
「それって、どっちに転んでも君達が相手するって事じゃないか。僕には戦闘から逃げるっていう選択肢は無いからね」
「今まで何度も逃亡していたではないか」
「ハハ、あれは違うよ。ヴァイスからのお願いだったからね。自由に戦える場合を除いて僕の意思で帰る事は無いとみても良いよ」
軽薄に笑い、エマに返すグラオ。しかし選択肢が限られているのなら、当然グラオもそのつもりでいるらしい。
それならば選択する答えは一つ。エマ、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空、アスワド、ラビア、ジャバルの七人はそれに対抗する為に構えた。
「って事なら、私たちの相手を頼むぞ。……カオス殿?」
「ハハ、良いよ。君達を倒してからでもライたちと戦えるからね」
「なら、ライたちは無事みたいだな。良かった」
「うん、勿論無事だよ」
構えつつ話すエマ。そしてグラオの言葉から、ライたちが無事であるとも窺えた。ならば気に掛かる事も無くなり、存分に戦えるという事。
"世界樹"第一層にある森にて、エマたちは敵の主力であるグラオ・カオスと出会った。そして、そのまま戦闘へと以降するのだった。




