四百七十四話 第一層の戦い
『ハァ!』
複数の首を伸ばし、目の前に居るライたちへ仕掛けるヒュドラー。ライたちは跳躍して躱し、伸び切った首を足場に駆け抜ける。
ヒュドラーの元へ近付くのを阻止する為に、ライたちが乗らなかった残りの首が次々と襲い掛かる。上下左右、縦横無尽に襲い来る首々。ライたちとブラックたち。首を駆ける者たちはそれらを紙一重で躱し、踏み込み砕き切り裂き焼き払い打ち砕き更に粉砕させて本命の首を狙い近付く為に加速する。
「ハッ、こいつァキリがねェな。斬っても斬っても生えてきやがる」
「ああ。殴って不死身の性質を消しても直ぐ首が千切れて離れるからな。全身に打ち消す力が巡らないみたいだ」
剣魔術で複数の首を切り落とし、殴り砕いて消滅させるライとブラックの二人。斬っても砕いても消し去っても生えてくる首。その範囲の広さ故に魔王の持つ全てを無に帰す力も完全には届かない。なのでより一層面倒なのだ。
とはいっても、ライは魔王の力をまだ纏ってはいない。宇宙に存在する、存在しているのに存在していない矛盾した"暗黒物質"に干渉して能力を打ち消す力のみを使っているのだ。
無限に生えてくる首。それを更に消滅させ、本体へと直進する。背後や左右ではレイたちも複数の首を相手に力を振るっていた。やはり広範囲を消し去れる勇者の剣や魔術でも、どれが本物か分からない首を見つけ出すのは少々大変そうである。
『今回は、始めから全力に近い力を出そう……!』
百を超える複数の首。ヒュドラーはそこから更に神や英雄を殺す猛毒を吐き付ける。触れるだけで即死の猛毒。それが百を超える数。ライやリヤン、フォンセにルミエのように遠距離からの攻撃も関係無く防げる術を持つ者ならばまだしも、レイのような近接武器。魔術は魔術でも広範囲の守りを固められるという訳では無い剣魔術や矢魔術を使うブラックとサイフは少々荷が重いかもしれない。
「"風の守護"!」
「"土の壁"!」
なので広範囲に魔術を放つ事が出来、毒を防げる壁を造り出せるフォンセとルミエがレイ、ブラック、サイフを覆うように壁を造って毒を防いだ。無論自分の守護も心得ている。レイ、フォンセ、ブラック、サイフ、ルミエは吐き付かれた猛毒を防げたという事。
その近くではリヤンがバロールなどのように強い魔術を使って防いでおり、ライはその拳一つによって生じた爆風で毒を消滅させていた。
『やはり一筋縄ではいかぬな。槍を彷彿とさせる百の首。神をも殺す百の毒。それらを用いたにも拘わらず無傷で終わるとはな。以前一戦交えた時よりも力が上がっている。ほんの数週間でこれ程の成長を遂げたとは』
首と毒を放ちつつ、ライたちの成長した実力を推察するヒュドラー。ほんの数週間。長寿のヒュドラーにとってはそれだけの期間で以前のライを遥かに凌駕する成長を遂げた事が興味深そうだった。
しかしだからといって攻撃を止めてくれるという訳では無さそうだ。成長したライたちが相手ならばと、相応の力を放つ。
『──カッ!』
上を向き、一斉に放つ神殺しの猛毒。百を超える口から吐かれた百を超える猛毒が一ヶ所に纏まり、その塊が上空で破裂する。次いで降り注ぐは、数キロに渡って広がる猛毒の雨。
「……! まさか、俺の仲間や自分の兵士達を纏めて殺すつもりか……!」
そう、ヒュドラーは第一層の広範囲に大雨を降らせたのだ。触れた瞬間に即死する、死の雨を。
今近隣には魔族の国の主力とライたちの仲間。そして魔物の国の兵士達が居る。埒が明かないからと、纏めて仕留めるつもりなのだ。
それを見たブラックは数十の首を切り落とし、吐き出される猛毒を防ぐ。しかしもう既に多数の毒雨が降り続けていた。
「ルミエ!」
「ああ、フォンセ!」
それを見、互いに頷きあって空中に視線を向け、同時に魔力を込めるフォンセとルミエ。
雨がライたちや他の者たちに到達するまで数秒。本来の雨ならば上空にある雲から地に落ちるまで数分から十数分の猶予があるが、精々五〇から一〇〇メートルの範囲に作り出された雨。故に、数秒しか猶予が無いのだ。その数秒で、二人は魔力を込め終えた。
「"終わりの炎"!」
「"終わりの風"!」
同時に。いや、ルミエが一瞬遅い。そのタイミングで放たれる禁断の魔術。
一つだけ訂正を加えるのなら、ルミエは遅れたから一瞬遅かったのではない。ほぼ同時に放たれた二つの魔術。その順序は、計算した上で放たれたものだった。
『成る程、そういう事か……!』
一斉に落下していた猛毒の雨は禁断の炎魔術に焼かれ、気化して空中に漂う。そしてそれに畳み掛けるよう向かった禁断の風魔術。それが毒の空気を遥か彼方へ吹き消した。
そう、猛毒を炎魔術で蒸発させて消し去り、その残りの空気を風魔術で吹き飛ばしたのだ。
同時に放てばタイミングがズレ、吹き飛ばした後で炎によって蒸発していたかもしれない。そうなれば完全に消し去る事は出来ず、結局広範囲を地獄にしてしまう。
しかし液体よりも軽い空気になった後で吹き飛ばせば、宇宙にまでその風が向かうだろう。禁断の魔術とはそういうものだからだ。地上で害になる猛毒も、生き物の居ない宇宙空間なら別。結果として誰も猛毒の被害に合う事は無く雨を消し飛ばした。
「ナイスだ! フォンセ! ルミエ!」
ヒュドラーの首を踏み込み、ライが一気に駆け出す。同時に拳を握り締め、百を超える首が生えた九つの胴体に到達しようとしていた。気付けば身体に漆黒の渦が纏割りついており、ライの身体から黒いオーラが放出されていた。
『広範囲の雨も無効。小僧のみならず、その仲間の力も上がっているな。そして力を詳しく知らぬ魔族の者達も中々腕の立つ者が多いと来た。フッ、面白い。私の攻撃は悉く弾かれているが、奴らを打ち砕きたくなった!』
元々百を超えていた首。それが更に増え、二百、三百、四百、五百。と、数倍の数になる。
その首が音の領域を超越した速度で放たれ、複数の槍となってライ、レイ、フォンセ、リヤン、ブラック、サイフ、ルミエの七人を狙って進み行く。
「邪魔だ……!」
『……!』
それらを見たライは光の領域を突破し、一番の先頭に立つ。そのまま更に加速し、魔王の力を纏った拳を数百の首に叩き付けた。次の瞬間、それによって生じた爆風と衝撃が周囲を吹き飛ばし、木々を砕き大地を抉りながらヒュドラーへと向かう。
一瞬にも満たぬ時間。そのうちにライはヒュドラーの九つの五百を超える首と胴体を殴り付けて吹き飛ばした。飛ばされたヒュドラーは大地や木々のみならず第一層へ甚大な被害を生み出して数キロ程行き、分厚い壁に衝突して停止する。
本来ならばライの拳を受けたらその程度だけでは無く数百、数千、数万キロは容易く吹き飛ぶだろう。しかしそうならなかったとなると、やはりヒュドラーの持つ星を砕く一撃を受けても耐えられるかなり厄介な耐久力は健在のようだ。
『今の一撃で身体の一部が消滅したか。前はあのくらいの攻撃ならば何発受けても耐えられたが、本人の力が上乗せされているみたいだな。魔王だけではなく、あの少年自体が支配者並みの力に迫っているという事か……。興味深い』
「お、身体を砕けた。四割くらいしか纏わなかったけど……本当に力が上昇しているんだな、俺」
誰に言う訳でもない、推測を交えたヒュドラーの言葉。それを話している時、既にライがヒュドラーの眼前で立っていた。
不死身なので直ぐに再生するだろうが、ダメージらしいダメージを与えられたという事で自身の成長が実感となって感じられていたのだ。
『随分軽く私の身体が消滅した事を話すのだな。まあ、当然か。お主からすれば私を打ち倒すのが目的。前はダメージらしいダメージを入れるまで何度も仕掛けたが、今回は数撃で通ったのだからな』
「ああ。目的が目的ならアンタを無視して上の層を目指しているが、今回の俺たちの目的は少し違うからな。どうせアンタも、大凡の検討は付いているんだろ?」
『まあな。魔族達が拠点としていた此処、第一層。その魔族が大きく分けて二つのチームに分断して探索しているという事は、何らかの目的があると推測出来る。そしてお前達はそこから更に細かく分かれている。つまり、バラけて探した方が良いものを探しているという事。昨晩、うちの上の者たちが我ら以外の兵士達をこの世界に呼び寄せた。恐らく、細かく分かれているお前達はその者達を探しているのだろう』
「あらら。詳しい事まで知られているのね。悪魔で推測の範囲内だけど」
淡々と述べるヒュドラーの推測。それを聞いたライは感心するように言葉へ耳を貸していた。流石にライたちがマルスたちを探しているとまでは分からなかったみたいだが、殆どは答えに近いものである。それならば兵士を遣わせなくとも良かったかもしれないが、確信の為に兵士を向かわせていたのだろう。
「奴を此処まで吹き飛ばしていたか。クク、相変わらずの馬鹿力だ」
「オイオイ、それは褒めてるのか? まあ確かに俺の力は強いと自負しているけどな」
「ハッ、その身体の何処からそんな力が出るんだか気になるな」
「ハハ、まあ色々だ」
ライたちの後を追い、レイ、フォンセ、リヤン、ブラック、サイフ、ルミエの六人が姿を見せる。
始めにブラックが近付き、ライの力について気に掛かっていた。
というのも、フォンセと魔王に関わりがある事はルミエの存在から理解しているブラックだが、ライが魔王を宿している事は知らない。なので力の出所が気になっているのだろう。
ライはそれを理解しているので、適当に誤魔化す。魔王の事を誤魔化す機会が多いライは自然と誤魔化し方にも慣れていた。
「それで、多少のダメージは与えたみたいだが……本物の首は見つからないままだ。戦闘は続行するんだな?」
「ああ。相手が逃げ帰るなら、見逃してやっても良いとは考えているがな」
『フン、好き勝手に抜かすな。だが言いたい事は言えば良い。私はダメージを負ったとしても、直ぐに再生する。長期戦になる事は覚悟していた方が良いぞ』
壁から降り、瓦礫を落とすヒュドラー。砂塵粉塵が周囲に散り、視界を埋めた。ヒュドラーからすれば足元に土煙が広がっているだけだが、ライたちからすれば数メートルの土煙は中々支障となる。
「この煙……煩わしいな」
なのでライは片手を薙ぎ、特大の嵐を彷彿とさせる爆風を引き起こして全ての砂を消し飛ばす。視界が晴れ、改めてヒュドラーと相対していた。
「大変そうだね。手伝おうか?」
その時、上空から掛かる一つの女性の声。ライたちとヒュドラーはそちらを振り向き、魔力を用いて空に浮かぶ一人の女性へと視線を向けた。
『マギア殿か』
「……あー」
──その女性、マギア・セーレ。
ヴァイス達の仲間である魔術師にして、アンデッドの王であるリッチ。全知全能となる為に自身を自身の魔法・魔術で不老不死にした者だ。
ライたちはまた厄介な奴が来たとでも言いたそうな表情で苦笑を浮かべていた。その横でヒュドラーが言葉を続ける。
『フム、そうだな。私だけでは少々手間取る。相手の目的もある程度は理解した。ならば打ち倒すか捕獲するのが良さそうだ。アンデッドの王に頼むのは僭越だが、手伝って貰いたい』
「うん、良いよ。あの子達とは結構色々な因縁もあるからね。私も久々に運動したいし♪」
五百を超える首を動かし、マギアに返すヒュドラー。ライたちの実力は知っているので、ライたちと魔族の主力たちが相手にした場合一匹だけでは勝てないとも理解している。なので増援ならば快く受け入れているのだろう。
「ハッ、支配者クラスの幹部に、支配者クラスの魔術師が相手か。ちょっとした探索が大変な事になっているな」
協力するヒュドラーとマギアを見、肩を落として話すライ。第一層に置いては本来の目的である捜索。最終的な目標は"世界樹"の最上層へ向かう事であるが、過程に過ぎない第一層の捜索にてこれ程の主力と戦闘を行う事になるとは思わなかったのだろう。何はともあれ、かなり面倒な事である。
ライたちとブラックたち。そしてヒュドラーが行っていた戦闘は、マギアの加入により更に激しくなりそうであった。




