四百七十一話 偶然の出会い
──"九つの世界・世界樹・第一層"。
色鮮やかな緑が包み込む九つの世界、第一層。洞窟を抜けたライたちは、崖の上から下方に広がる森林を見下ろしながら佇んでいた。
身体全体に風を感じ、撫でる風が髪を揺らす。快晴の青空が広がるこの階層。
無論の事、ライたちは意味も無く佇んでいる訳では無い。この場所は高台であり、見晴らしが良いので敵などが来ていないかを確認しているのだ。
見続けて数分。結果、その場所から見る限りは敵もおらずライたちは歩みを進める。全体を見渡せるが、森の中を全て見通せる訳では無い。周囲に敵の気配が無かっただけで、もしかしたら森には潜んでいるかもしれない。なので警戒は解かずに進んでいた。
「良い雰囲気の場所だけど、周りが森だから敵は身を隠す場所が多そうだな。常に警戒していなきゃならないのは元々だが……簡単には進めなさそうだ」
「うん。私たちよりは敵の方がこの世界に詳しいんだろうし、木々の影。土。空。何処から攻めて来てもおかしくないね」
「ああ。しかし、敵は見つけにくくなっているが逆に、木々のお陰で私も傘無しである程度は行動出来そうだ」
崖から下方へ滑り降りつつ、森の中へと入って森を歩く一同。日差しを通さぬ程に生い茂った木々のお陰で、日差しに弱いエマも調子が良さそうだった。
木々の隙間から差し込む木漏れ日によって緑と白の光が地を照らす。本来の森は薄暗い筈なのだが、この森は明るい。木漏れ日の加減も丁度良く、それが全体的な明るさを醸し出している要因となっているのだろう。
「静かだな。確か、第一層にある国は神々の国と妖精の国だっけ。明るい理由はその国々が連なっているからか」
「そうだな。私が持っている知識は少し書庫で調べれば分かるような伝記や伝承程度だが、確かにそれらの国があった。神族の国"アースガルズ"、違う神族の国"ヴァナヘイム"、妖精の国"アルフヘイム"。九つの世界"世界樹"でも自然が豊かな国々。本来は最上層にあるからその恩恵を受けているのだろうが、逆さまの"世界樹"ではその恩恵も無い。何れ自然に滅びるだろう。第一層のみならず、この偽りの"世界樹"その物がな」
第一層にある国。それらは明るい国が多い。それによって全体が明るくなっているのだろうと理解出来る。
しかし本来ならば最上層である第一層だが、此処は逆さまの世界。なので本来の形は保てず、数年経てば消え去ると推測していた。
「まあ。相手……多分グラオか。グラオは今回、"終末の日"を再現するだけの為に九つの世界と"世界樹"を創ったみたいだからな。数十年や数百年。数千年も保たせる気は無いんだろうさ」
「暇潰しの為に宇宙一つ分くらいの世界を創っちゃうなんてね。神様は規模も大きいや」
「まあ、前に戦ったシヴァも銀河系サイズの星を創ったし、最終的に宇宙を滅ぼそうとしていたし……支配者クラスや神クラスの実力者にとっては、狭い世界だけじゃ足りないんだろうな。一挙一動で世界が崩壊し兼ねない力を秘めているんだ。そんな規模には、惑星・恒星程度じゃなくて銀河系や宇宙規模でようやく全力に近い力を出せるんだろ」
神や支配者のクラスの実力者は暇潰しであっても宇宙級の舞台が必要である。と、それを改めて実感するライたち。
その気になれば一瞬にして多元宇宙を含めた全宇宙を崩壊させる事が可能な魔王(元)を連れているライだからこそ、文字通り身を持って実感していた。実際、光の速度で動けば星が大打撃を受ける。
ライは魔王(元)を宿しているので、魔王特有の自分に都合の良い事ばかり起きるという概念すら捻曲げる力によって自分の住む星にはあまり影響を与えていないが、魔王を宿していない支配者や神ではそうもいかない。なので彼らにとっては相応の舞台が必要不可欠なのだろう。
「考えれば考える程、馬鹿げた力だな。支配者や魔王ってのは。小さな世界では表現し切れない程の力を秘めているし」
「ふふ、今ではその魔王と、世界を創った神。そしてそれらを倒した勇者の子孫が共に行動しているんだ。その小さな世界だからこそ私たちは出会えたのだろう」
暖かな空気と木々の感覚を身体に感じつつ、規模の大きさに感嘆の声を上げるライ。隣ではフォンセが笑っていた。偶然か否か、神話の主役たちが同じ仲間で行動しているという事がおかしかったのだろう。
それに加え、神々に単体で喧嘩を吹っ掛けた斉天大聖や世界的に見ても稀少で力の強いヴァンパイア。自然と共に生きているエルフと神話には必ず出てくる龍が居る。
それらの巡り合わせというものは、改めて考えれば大変珍しい事。数千年の時を隔て、訪れた世界がこれなのだ。不思議な存在の多いライたちだが、最も不思議なのは先祖の敵や仇とも仲間になれるという事だろう。
「……! 誰か来るな……!」
「うん。感じた。結構強い気配……!」
「やれやれ、休息も終わりか?」
「さて、どうだろうな。この世界に私たちしか居ない以上、敵という線が一番高いが果たして……」
「……。…………」
「ええ。中々強い気配です。実力者みたいですね」
「さて、人化を解くべきかどうか……」
『ハッ、敵なら叩くまでだ』
会話の途中、それなりに強い気配を感じたライたちは警戒を高めつつ気配を消して構える。ライたち以外の人物は今のところ敵しかみていない。なのでライたちは、近付いてくる気配は敵と判断したのだ。
警戒する中、上空から一つの声が掛かる。
「"剣の雨"!」
その声と共に、上空から降り注ぐ大量の光の刃。その声の発した名が示す雨のように降る光の剣は、ライたちを的確に狙っていた。
空気を切り裂く音が耳まで聞こえ、音速を容易く凌駕する刃が全て迫る。
「……! この剣は……! ──そらっ!」
その剣を見、何かの反応を示しつつ身体を捻り、勢いを付けて放った回し蹴りで吹き飛ばすライ。吹き飛ばされた剣。或いは砕け、或いは近くの木々に突き刺さり、突き刺さった木を斬り倒す。それと共に、何れの剣も光の粒子となって消滅した。
「魔術の無効化? いや、吹き飛ばしただけか。だが、何処かで聞いた声だな……」
「……やっぱりか」
木々の影から聞こえる、先程剣を降らせた者と同じ声。ライはその事から誰が先程の剣を嗾けたのか理解した。
続いて同様に理解したレイたちも警戒を解き、声の聞こえた木の方へ視線を向ける。その声の主も何かに気付いたのか、葉の影から飛び出すようにライたちの前へ降り立った。
「テメェ。いや、テメェら。テメェらもこの世界に来ていたのか。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、エルフ……ええと、赤い大男? と、斉天大聖」
「それは此方のセリフだ、ブラックさんよ。まさか、アンタとこんな所で再会するとはな。ああ、あと。赤い長髪の大男はドラゴンの血縁者、ドレイクだ。幻獣の国で最後にチラッと会っていた筈だろ?」
声の主、魔族の国"マレカ・アースィマ"にて幹部を努める実力者──ブラック。
ブラックの方もライたちだと完全に気付いたらしく、警戒を解いてライたちを見渡す。
「んだよ。俺たち以外のデケェ気配が近付いてくるから敵と思ったが、テメェらだったのか」
「ハハ。だから仕掛けてきたのか。俺たちを敵と勘違いしていたって訳ね。まあ、俺たちもアンタを敵と思っていたから文句は言えないけどな」
ブラックがライたちに向けて剣魔術を放った理由、それはライたちが居る事を知らなかったので敵と勘違いしたらしい。
しかしライたちも自分たち以外の者がこの世界に来ていると知らなかったので、仕掛けて来たブラックを普通に敵と見なしていた。つまりお互い様という訳である。
「ブラックさん。何かの気配があったと言っていましたが、見つかったんで?」
「何か物音が聞こえ、周囲の木々も倒れているが、本当に敵だったのか?」
そして茂みの奥から、ブラックの後を追う二人の姿が現れる。ブラックに対して敬意を示すような態度の者と、腰に二つの刀を携えた者。
──ブラックの側近であるサイフと魔族の国"シャハル・カラズ"にて幹部を努めているモバーレズだ。
ブラックの様子が気になり、後を追って来たといったところだろう。
「ああ、問題無い。知った顔が居たくらいだ。どうやら俺たちや敵以外にもこの世界に来ている者が居たみたいだ」
「……! 成る程、ライたちが居たのか。まさか、テメェらも来ているとはな。つまり俺たちを連れて来た敵は、誰彼と見境無く連れて来たって訳か? いや、聞いた話じゃライたちは元々魔物の国に向かっていたと聞く。連れて来られたって言っても、俺たちとは少し違いそうだな」
ブラックがモバーレズたちに話、ライたちを指す。その事から、初めて自分たち魔族の国の主力と敵以外にも他の者が来ていると知った。
「フム、俺は知らない者も多いな。幻獣の国で起こった戦争に参加していた者たちは分かるが、それ以外が分からぬ」
モバーレズの姿を見、小首を傾げる人化したドレイク。直接的な戦争には参加せずに終わったが、その後の話し合いなどで一日程度なら顔見知りの者も居るのだ。なので知らない顔も多いのだろう。
「ああ、俺も知らねェな。ブラックやサイフとは知り合いみたいだが、どンな奴だ?」
「さあ、分かりません。幻獣の国でこの男とは会っていないような……」
「ああ。コイツはドレイクだ。人化してこの姿になったらしい。モバーレズは会ってねェだろうが、サイフは会った筈だ」
モバーレズを気に掛けるドレイクに対し、同じく気に掛けるサイフとモバーレズ。ドレイクの姿が人化したままである以上、サイフも見た事が無い。
なのでブラックは、先程ライに教えられた事をサイフに話す。それによってサイフも目の前に居るのがドレイクと理解した。
「成る程。ドラゴンの血族であるドレイク殿ッスか。確かに会った事あるッスね」
「ドラゴンの血族? ほう、支配者の中にも家庭を持つ者が居るたァな。年齢的にもおかしくはねェが、支配者の血族と会うのは初めてだ」
「ああ。改めて名乗ろう。俺の名はドレイク。幻獣の国、支配者であるドラゴンの子息だ。以後お見知り置きを。モバーレズ殿、サイフ殿」
手を差し出し、モバーレズとサイフに握手を求めるドレイク。二人は差し出された手に応え、その手を取った。
これにて自己紹介が終わるドレイクとモバーレズ、サイフの三人。ブラックは視線をライたちの方に向け、訊ねるような言葉を発した。
「んで、何でテメェらはこの層に? 俺たちは連れて来られた時、偶々居合わせた層が此処だったんだが、お前たちはこの層に居たのか、上から降りてきたのか下から上ってきたのかどっちだ?」
「ああ、俺たちは最下層に居た。最下層から此処の階層へ上って来たんだ」
「成る程な」
ブラックの訊ねた言葉は、ライたちが何処から来たのかという事。その結果、最下層から来た事が伝わった。
そして納得したブラックに向け、次は逆にライが訊ねる。
「アンタらの言葉からするに、この"世界樹"は逆さまって事をもう知っていそうだな。此処から先は下へ続く洞窟しかない。先に向かっても無駄だぞ? あと、何でアンタらが此処に居るんだ。此処に居るのはブラックたちだけか?」
「そうか。次いでに上への道があれば良いと思っていたが、そういう訳じゃなさそうだな。……そして質問に返そう。此処に居るのは俺とサイフ、モバーレズだけだが、当然、支配者さんや他の幹部たちも全員居る。魔族の国の者が兵士を含め、全員連れて来られたんだ。んで、兵士たちが全員同じ場所に居るっ言ー事じゃ無いんで、一部の主力は探索隊としてバラけてるって訳だな」
「成る程ね。敵さんもそれなりの本気で戦争を起こしているんだな。そして数が多いからバラけているって訳。となると、俺たち以外にも他の国の者たちも居るかもしれないな。サンキュ」
ライが聞いた事はブラックたちが此処に居る理由と、他のメンバーについて。それに対する返答を聞いたライは納得しつつ他の可能性を考えていた。
元々魔族たちが居る事自体知らなかったライたち。なので、この様な事があるのなら他にも主力クラスの者が召集されているかもしれないと考えるのは当然だろう。
第一層に上り、偶然居合わせた魔族の幹部二人と側近一人。他にも訊ねたい事は色々あるので、一時的に歩みを止めるライたち。
ライたちと魔族の主力の一部が、自然豊かな明るい第一層の世界にて出会ったのだった。




