四百六十六話 早朝の刺客
『開始』
未完成品の一言と共に、三体の未完成品全てが"テレポート"や"空間移動"の魔法・魔術を用いてライたちの視界から消え去った。
刹那に背後へと回り込んでおり、片手に何やら奇妙な力を纏う。恐らく超能力である"念力"の一種だろう。
魔法・魔術と超能力。生物兵器の完成品はそれらを扱う事が出来る。しかし今回現れた生物兵器達は、全てを扱える訳では無いらしい。その証拠に、念力を纏っているのは一体だけ。他のモノが纏っているのは感覚的に魔力だった。
「成る程な。同じ生物兵器と言っても個体差がある訳か。万能に近い超能力と魔法・魔術のみを一つずつ覚えさせて、俺たちのデータを回収した後更に強化するって事か」
『『『…………!』』』
ライは背後へ回し蹴りを放ち、空中に浮かぶ三体の未完成品を蹴り飛ばす。
空中にて飛ばされた未完成品達は壁に激突してその壁を粉砕する。亀裂の入った壁は亀裂から砕け、周囲を巻き込むように崩壊した。
「ギリギリで身を捻って躱したみたいだな。闇雲に攻めているように見えるけど、それなりの武術も備わっているらしい」
「ああ。その様だな。しかしまあ、ライが即座に蹴り飛ばしてくれたお陰で朝食は無事みたいだ。まだ下準備を終えた段階だが、一から作り直すよりは良い」
「アハハ……悪魔で朝食の心配なんだ……」
回し蹴りを受けた未完成品。しかし蹴りを放ったライ曰く、ギリギリの所で躱されたらしい。
直撃は避けられたので、未完成品は吹き飛びながらも身体その物が崩れる事は無かったのだろう。
その方向から何かが崩れるような音が響いた。恐らく瓦礫の下から生物兵器達が高速で移動したか、もしくは"空間移動"か"テレポート"で消えたのだろう。
「となると、大抵は死角に現れるもんだよな」
『……!』
ライの死角に移っていた、一体の未完成品。ライはその顔に蹴りを入れ、突き飛ばす。未完成品は二回転半程回って地に頭が着き、そのまま粉塵を巻き上げる。ライは同時に踏み込んで駆け出し、軽く跳躍して上に移り、空気を蹴って加速しつつ落下と共に未完成品の顔に拳を打ち付けた。
殴られた未完成品は更に拉げ、大地を割ると同時に土塊を巻き上げる。そのまま背後に進み、未完成品の近くに立つ。
「私たちもやらなきゃね」
「ああ。そうみたいだな」
『……!』
そんなやり取りを横に、もう一体の未完成品に視線を向けるレイとフォンセ。
レイは勇者の剣を構えて横に薙ぎ、二人の死角に移っていた未完成品を斬り付ける。フォンセは魔力を込め、炎魔術を放出した。それらの攻撃が魔力を込めていた未完成品に直撃し、炎の爆発が周囲を包み込む。
「それなら私たちも……!」
「うん……!」
『……!』
レイピアを突き刺し、未完成品の脳天を貫くニュンフェ。そこにリヤンが畳み掛けるよう、幻獣・魔物。主に幻獣の力を込めた拳を打ち付ける。そのまま吹き飛ばし、ライたちと同じように距離を離させた。
「どうやら私たちの出番は無さそうだな」
『うむ。ニュンフェから聞いていたよりも弱いらしい。やはり未完成品という訳だ』
『だが、全てをギリギリで躱して致命傷は避けている。悪魔でデータ集めが目的のようだな』
未完成品達を相手するライたちを見、暇そうに話し合うエマ、ドレイク、孫悟空。
まだ未完成な存在故に力もそれ程強くは無い。誰か一人だけでも十分に戦えそうである。
しかしそれは、相手がまだ発展途上だからこそだろう。進化をする為にデータを集め、より上のレベルに到達するのが未完成品達の目的。致命傷にならない程度に躱している理由も、ダメージのデータを集めているように見える。
『魔族ノ蹴リト拳。収集完了』
『勇者ノ剣ト魔族ノ魔術。収集完了』
『エルフノ剣。神ノ幻獣ヲ身ニ付ケル才能。収集完了。魔王ノ力、肉体魔力共ニ収集失敗。戦闘ヲ続行スル』
ダメージから再生し、何やら片言で述べる未完成品。やはり孫悟空の推測通り、ダメージのデータを集めるのが目的のようだ。魔王の力と魔力が失敗という事は、まだまだこの戦いが終わらないという事だった。
そう、ライは魔王の力を纏わず、フォンセは魔王の魔術を使っていない。それだけで十分と判断し、実際そうだったので使わなかったのだ。
受けたダメージを元に成長し、相手を分析しているという事は先ず確定らしい。
「にしても、わざとらしい片言だな。生物兵器は悪魔で生物ではあるけど、コイツらはまるで無機物の絡繰りだ」
そんな未完成品達の話し方が気に掛かるライ。言葉を覚えたてだとしても、聞き慣れた言葉の差違点のあるニュアンスや言い方というものは少々気になるものだ。
それを未完成品に言っても意味は無いのだろうが、相手に言葉を覚えて貰ってもう少し聞き取りやすくする為に敢えて話しているのだろう。
相手の目的は進化する事。言葉を詳しく聞き取る事が出来るようになれば、それだけでヴァイス達の情報が読み取れるかもしれないからだ。
『戦闘続行。再開』
『『了解』』
短い言葉で交わし、ライたち目掛けて瞬間移動をする未完成品。先程とは相手する者が変わり、ライの相手は魔術師。レイとフォンセの相手は超能力者。リヤンとニュンフェの相手は魔法使いとなった。
因みに補足だが、先程のライの相手はリーダー格らしき超能力者。そしてレイとフォンセの相手が魔法使い。リヤンとニュンフェの相手が魔術師である。
「魔術も何も、魔王を纏わなくても効かねえよ!」
『……!』
現れた瞬間に素の力で未完成品の側頭部を蹴り、弾くライ。続いて回転を生かしつつ身体のバネを利用して拳を顔面に打ち付けた。
それを受けた魔術師の未完成品は成す術無く吹き飛び、地を転がるように進んで数百メートル先の壁へ激突する。そして再び崩落し、魔術師の未完成品を下敷きにした。
「超能力者か。キュリテを思い出すな」
「うん。けど、超能力の精度はキュリテの方が何倍も上だね」
『……!』
"サイコキネシス"の塊を放ち、二人を狙っていた超能力者の未完成品。しかしキュリテの力を目の当たりにした事のあるレイとフォンセは容易く躱し、両脇から斬撃と魔術を叩き込んだ。
そのまま二人が正面に構え、レイは勇者の剣の剣尖を。フォンセは雷魔術を指に纏って手刀の形で貫く。鋭利な刃物よりも更に鋭利な二つの一撃は未完成品の強靭な肉体を容易く貫通し、そのまま壁の方へ吹き飛ばした。
「魔法ならば負けませんよ!」
「私も……魔術なら使える……!」
『……!』
レイピアに炎魔法を纏い、炎の剣で未完成品を貫くニュンフェと、バロールの炎魔術を放って焼き払うリヤン。
未完成品は瞬く間に燃え上がり、肉体の一部が蒸発しつつ片膝を着いた。そこに風魔法と風魔術を放ち、更にダメージを与える。それらの攻撃によって此方の未完成品も壁際へ吹き飛んだ。
『魔王ノ力、再ビ収集失敗』
『魔王ノ魔術、再ビ収集失敗』
『エルフノ魔法、神ノ宿ス魔物の力、収集成功。戦闘ヲ続行スル』
三体が集い、再び互いに得た情報を共有する。一撃を与える度にこうも戦闘を中断されるというものは中々にやりにくさがある。共有中に仕掛けてみるが、此方が動いた瞬間に"空間移動"の魔法・魔術や"テレポート"を使って逃げられるので捕まえる事が出来ないのだ。
『戦闘続行、再開』
『『了解』』
共有が終わり、再び再開させる未完成品。かなり回りくどく、大変面倒臭そうなものである。
因みに今回の相手はライが魔法使い。レイとフォンセの相手が魔術師。リヤンとニュンフェの相手が超能力者だ。どうやら一度の攻撃で情報を得られなかった場合、ローテーションで交代しながらデータ収集を行っているらしい。
「面倒だな。データ収集されるかどうかの懸けになりそうだし、朝っぱらからあまり使いたくないけど、魔王を纏って一気に消すか?」
【クク、俺的にはその方が有り難いけどな。お前、最近俺と話してくれねェじゃねェか。こんなに無視されると俺ァ拗ねちまうぜ、オイ】
生物兵器を容易く倒せる力を宿す魔王。だが、その分大きな負担を身体に掛けているのも事実。それを踏まえて悩んでいると、魔王(元)が話し掛けてくる。
最近は会話する機会もあまりなかったので魔王(元)も暇していたのだろう。そんな魔王(元)に対し、ライは笑って返す。
(ハハ。悪いな、魔王。連戦がほぼ確実なこの戦争。そんなにホイホイ使えないんだ。俺の身体の問題でな)
【まあ、俺はお前じゃねェからな。だが、俺を使えるだけの力量は確かにあるんだ。案外問題無いかも知れねェだろ?】
身体の負担が大きければ、その分次に力を解放する時にも影響が現れる。それが理由で魔王の力をあまり使わずに逃げ続けて最上層を目指していたのだ。
だが、魔王(元)が言うにライの力量ならば連続して使っても問題無いとの事。悪魔で"かもしれない"ではあるが、その"かもしれない"をライは今までに幾度と無く実行してきた。今回も、試す価値はある。問題は多数あるが、何はともあれ試さなくては意味が無いだろう。
(じゃ、二割纏う。データを取られる前に何とか消さなくちゃならないからな)
【おう! その言葉を待ってたぜ! うだうだグダグダ考えんのは面倒なだけだからな!】
漆黒の渦が纏い、ライの力が大幅に増幅する。魔王(元)との会話時間は何時ものように一秒にも満たぬ程短い。ライと魔王(元)の空間のみで行ったからこそ、それで済んだのだ。
そして既に、ライの死角には魔法使いの未完成品が姿を見せていた。
「さて、一撃で仕留めなきゃ……データを取られちまうな」
『……!』
刹那、魔王の力を二割纏った拳。ライの力を上乗せして実質五割の力を生物兵器の未完成品へと放つ。次の瞬間、直撃した未完成品は不死身の性質が魔王によって無効化され、粉微塵に消し飛んで二度と再生しなかった。
「これなら、データを取られずに済んだかな……っと」
『『…………』』
続いて軽く手を払い、余波で残りの欠片を消滅させる。これにて魔法使いの未完成品は完全に消滅した。
三体中一体を消し去ったライ。レイとフォンセ。リヤンとニュンフェの方に居た未完成品は反応を示し、四人から離れてライに狙いを定める。
『一体破壊確認。データ収集失敗確認』
『狙イ、勇者ノ子孫ト魔王ノ子孫。神ノ子孫トエルフカラ変更』
味方が消滅させられた事によって、データを集める前に全滅するかもしれない可能性が生じる。故に先ずは危険人物に指定されたライを打ち倒そうという考えに至ったらしい。
生物とは少し差違点があり、機械的な感じなので悪魔で生物のような思考が出来るルーチンというものが一番適切な表現だろう。
「ハッ。俺の方に来るのか。丁度良いや。まとめて吹き飛ばせば、データを回収される心配はほぼ無くなるからな」
魔王の力を込め、ニヤリと笑うライ。相手が掛かってくるのなら、それはそれで都合が良い。二割を纏っていれば、未完成品を一撃で倒す事が証明された。なので魔王の力を温存しつつも何とかなりそうだからだ。
『データ回収。勇者の剣と魔族の魔術』
『データ回収。エルフの魔法と神の宿す魔物の力』
消滅した魔法使いの未完成品。それが集め、共有したデータを分散させる。それによって学習し、言葉が流暢なものへ変化した。これならば相手が何を話しているのか聞き取りやすい。多少は手強くもなっていそうだが、それは大した問題では無いだろう。
「レイ! フォンセ! リヤン! ニュンフェ! 四人は少し休んでいてくれ! コイツらは俺が後始末をしておく!」
「うん! 分かった! 気を付けて!」
「ああ。任せたぞ、ライ」
「うん……。了解……」
「ええ。承知しました。では、ライさんに任せておきます」
標的がレイたちから自分に移った。ならば、これ以上レイたちが相手をする必要も無いと、ライは判断してライ自身が残り二体の未完成品を相手取る。
一体が消えた事で学習して強化された未完成品達とライの織り成す朝っぱらから行われる戦闘は、ライが二体を相手取る事で次の段階に進んだ。
そして未完成品も、次の段階へと進んでいた。




