四百六十五話 ラグナロク・二日目の朝
──"九つの世界・世界樹・最下層・泉地帯"。
翌日、日が昇り始めた朝焼けと共にライは微睡みから目覚めた。
開けて同時に光の差し込む視界。周囲は土魔術の壁で囲まれており、まだ眠りに就いているレイたちの小さな寝息が耳元に届く。
柔らかな毛布の感覚から惜しみながらも別れを告げ、立ち上がって伸びをした。
周囲を見渡して明るさと空気から時刻を感覚で確認。恐らく今は午前四時半頃だろう。土魔術の隙間から差し込む光の感覚で大凡の時間は推測出来た。
ふと隣を見ると、エマも眠りに就いている。やはり昨日の夕焼けがかなりのダメージとなったらしく、数週間振りの睡眠を取ったらしい。
その隣ではエルフにして 朝が早いニュンフェすら眠っている。どうやら今日は本当の意味でライが一番の早起きだったみたいだ。
それからライは、外の空気を吸う為に土魔術の壁を出る。吹き込む風は温かく、秋だった魔物の国とは逆に春や夏のような気候らしい。残暑の可能性もあるが、詳しいところ季節が何なのか分からないのが現状である。
「お目覚めか、ライ殿。おはよう」
「……? ああ。おはようさん、ドレイク」
外に出ると、木の上に座る二メートル近い鍛えられた身体と赤い長髪を持つ男性が話し掛けてきた。赤を主張とした服装をしたその男性。無論、人化したドレイクである。
ドレイクの見慣れない姿に一瞬間を開けたライだが、直ぐにドレイクだと気付いたので普通に挨拶をした。
どうやらドレイクは目立たぬよう、昨日からずっと人化していた状態だったらしい。そしてどうやら、眠らずに見張りをしてくれていたみたいだ。
「そういや、昨晩はドレイクが一人だけで見張っていたんだな。悪かった、俺たちが交代でも見張れば良かったのに」
「ふふ、気にする事は無い。今までも何度か言った事だが、俺には自国を護って貰ったという返し切れない恩があるからな。お前たちの旅が終わるまで、毎日夜通しの見張りをしても良いくらいだ」
「ハハ。有り難いけど、同時に心配でもある。睡眠が要らなくても、見ている方からすれば気になるんだ。程々にしてくれよ」
「フム、そうか。俺的には気にならないが、相手の気持ちも理解すべきという事か……?」
木から飛び降り、ライの前に着地する人化したドレイク。自然とライを見下ろす形となるが、その状態から少し屈んでライに視線を合わせながら小首を傾げていた。
ライは軽く笑って少し進み、身体に朝の日差しを浴びながらもう一度伸びをする。
「あら。ライさん。今日は早くに目が覚めたのですか。お早う御座います。ドレイクさんも、毎朝御苦労様です。お早う御座います」
「ああ。おはよう、ニュンフェ」
「うむ。おはよう。ニュンフェ殿。毎朝早くの目覚めだ。昨晩は良く眠れたようだな」
暫くライと人化したドレイクが談笑をしていた時、レイたちの中で一番早くに起きるニュンフェが土魔術の拠点から外に出てライたちに挨拶をする。
現在の時刻は五時頃。ニュンフェにしてはそれなりに遅い方かもしれないが、何はともあれ目が覚めたようだ。
ドレイクとニュンフェ。それにエマを加えたメンバーが、何時もライたちが目覚めるよりも朝早くに集まっているメンバー。このニュンフェとドレイクが朝早くに挨拶するのは、既に習慣となっている事らしい。
「では、少々木々の元に行きます。ライさんとドレイクさんは歓談をお続け下さい」
「おう。また後でな、ニュンフェ」
「うむ。毎朝頑張っているな」
魔力を込めたレイピアを片手に、近くの木へ近付くニュンフェ。ドレイクの言葉から、毎朝目覚めたら直ぐ植物の世話をしているらしい。
会話するのも良いが、ニュンフェがどのようにして植物の世話をしているのかも少々気になるライは、興味深そうにニュンフェの様子を見ていた。それを察したドレイクは無理に会話へ進めず、ライと共にニュンフェの様子を窺う。
「────」
そして、言語とは少々違う言葉を口に出しながらレイピアを振るうニュンフェ。魔力の込められたレイピアから水と風が作られ、近くの木を通り抜ける。それにて作業は終わり、木の皮を撫でて何かを話す。
エルフ族は植物と心を通わせる事が出来るという。恐らく今のニュンフェは、植物に言葉を干渉させて話し掛けているのだろう。その言葉は分からないが、感覚で何かを話しているのだなという事は読み取れた。
少し話した後で立ち上がり、隣の木へ移動して同じような行動を繰り返す。木に、葉に、花に、一定の手順で少量の魔力と共に植物の栄養となりうる物質を創造して放つ。この行動を毎朝やるとは、かなりのものだなとライは感心していた。
無論植物のみを贔屓しているという訳では無い。健康的ではあるが育ち過ぎて迷惑を掛けぬ為の配分で木々に魔法を使っているのだ。定かでは無いが、ライは何となくでその事を理解した。
次いでニュンフェはライとドレイクの間に行き、土魔術の壁の方を見て軽く笑う。
「ふふ。レイさんたち、まだ目覚めませんね」
「ああ、そうだな。まあ、連戦続きだったんだ。この世界に来てからだけじゃなくて、魔物の国に来た時からな。疲労も蓄積しているだろうさね」
「フッ。最も疲れているのはライ殿の方だと思うがな。仲間を信頼しているが、信頼しているからこそ仲間が心配となって相手の最も強大な主力と戦っているではないか。支配者クラスの実力を秘めている俺や斉天大聖殿を差し置いてな」
「ハハ……。やっぱ、心配になっちゃうんだよな。本当ならドレイクやニュンフェにももう少し休んで欲しいんだ」
「フフ。休むべき存在はライ殿の方だと思うがな」
「アハハ。そりゃごもっともだ」
ドレイクの言葉を聞き、否定出来ず誤魔化すように軽く笑うライ。
確かにライは敵の主力の中でも幹部や最強の存在と戦闘を行っている。リーダーである自分が戦うべきだと考えているからだ。
しかしそれは、見方を変えればただの自己満足に過ぎない。結果としてはレイたちやニュンフェたちの負担を減らせているが、仲間である彼女たちからすればライの事も心配なのだろう。
「そう言えば、斉天大聖は何処行ったんだ? 今朝から姿が見えないけど……」
会話をする中、ふと斉天大聖。つまり孫悟空の事が気に掛かるライ。ライが目覚めた時、近くに居たのはレイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェの五人。外に居たドレイクはさておき、孫悟空の姿が見えなかったのだ。
疑問に思うような表情を浮かべて小首を傾げるライに対し、ニュンフェは軽く笑ってライに説明した。
「ふふ。孫悟空さんは元より睡眠を必要としていないので、天界へ報告しているらしいですよ。この世界では基本世界の天界へ行けないので、同じ最下層でも数千キロ程離れた場所で報告しているようです」
「へえ。意外と大変なんだな、斉天大聖も。まあ、神や仏に仕えているから当然って言えば当然だな」
ニュンフェの言葉に、他人事のように苦笑を浮かべて返すライ。実際他人事である事は変わらないのだが、共に旅をする仲間なので苦労している様子を想像するだけで思うところがあるようだ。
『ハッ。好き勝手言ってくれるじゃねえか。俺だって苦労してんだぜ? 目立つと敵に居場所がバレちまうから、数千キロ程度しか離れていない距離も往復数時間掛けて行かなきゃならないからな。本来なら往復数秒だぜ?』
「悪いな、色々と迷惑掛けて」
『おう。感謝し尽くせよ』
──そして、何時の間にか孫悟空がライの前。ドレイクの隣に姿を見せていた。それに気配だけで気付いていたライは簡単に返し、同じく気配を感じ取っていたニュンフェとドレイクは苦笑を浮かべている。
何時戻ってきたのかは分からないが、本来ならば数千キロ離れていようが直ぐに往復出来る。しかし今回は舞台が舞台なので敵を警戒し、報告場所を往復するのに一晩掛かってしまったようだ。
それでも常人からすればかなりの速度だが、孫悟空的にはそれが面倒臭いらしい。
「けど、俺たちの世界の天界には数千キロ離れた何処かに行けば報告出来るのか。此処は悪魔で別世界だけど、確かに俺たちの世界とは繋がっているみたいだな」
数千キロ離れた何処か。そこからならば孫悟空が天界に報告する事が出来た。つまり、"空間移動"の魔法・魔術が使えなくとも一定の場所ならば使えるかもしれないという事だ。
この九つの世界と"世界樹"はライたちの世界から完全に隔離されたという訳では無いらしい。
「これは中々の収穫だな」
『……? ああ、成る程。どうやら俺の行動が役に立ったみたいだな?』
「ああ。本当に感謝するよ」
孫悟空が行った、天界の仕いとしての仕事。それは、思わぬ形でライたちの世界とこの世界が繋がっているという事を正面するのに役立った。可能性が見出だせたので、今後の行動にも良い方向で影響するだろう。
何はともあれ、これにて話が一段落する。まだ至らぬ点は多いが、0よりはマシという結論になった。
「朝っぱらから騒がしいな。ライ、ニュンフェ、ドレイク、斉天大聖。ふふ、おはよう」
丁度話の一区切りが付いた時、土魔術の壁から外に出るのは傘を差した金髪に紅い眼を持つ幼い少女──エマ。
朝から賑やかなライたちを微笑ましく見ており、そのまま挨拶をした。
「ああ、おはよう。エマ」
「お早う御座います、エマさん。ふふ、貴女に私から挨拶をするのは久し振りですね」
「おはよう。エマ殿。良き眠りを取れたようで何よりだ」
『おーっすヴァンパイア。身体の方はもう良さそうだな。安心したぜ』
その挨拶に返すライたち四人。その四人は、各々の言葉でしかと挨拶を告げた。
ライは普通に。ニュンフェは普段はあまり睡眠を取らないエマへの挨拶を久し振りと告げ、ドレイクは眠りを。孫悟空は体調を気に掛ける。何はともあれ、朝の五時数分にしてライたちの五人が目覚めた事になる。
エマはライの隣へ行き、右からエマ、ライ、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空の陣形が作られる。特にする事も無いので休憩も兼ねた談笑を続ける事一時間と数十分。土魔術の壁からレイ、フォンセ、リヤンの三人が姿を見せる。
「やあ、おはよう。レイ、フォンセ、リヤン」
「良く眠れたか、レイ、フォンセ、リヤン」
「お早う御座います。レイさん、フォンセさん、リヤンさん」
「おはよう。レイ殿、フォンセ殿、リヤン殿」
『おーっす。勇者の子孫。魔王の子孫。神の子孫』
「おはよー……。ライ、エマ、ニュンフェ……。ドレイクさん……。孫悟空さん……」
「挨拶……ご苦労ぉ……」
「おは……よう……ライたち……」
外に出るや否や、ライ、エマ、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空の四人が挨拶を交わし、それに返すレイたち三人。
まだ朝も早い時間帯だが、ライたち全員は目覚めた。しかしゆっくりとしていられないのも事実なので遅い時間帯に起きるよりは良いだろう。一応この世界は敵地なのだから。
「取り敢えず支度が終わったら朝食の用意をしようか。もう少し休みたいけど、敵地でのんびりはしていられないからな」
「うん。動けば眠気も覚めそうだもんね……」
欠伸をし、銀髪の髪を揺らして行動に移るレイ。腰には剣が携えてあり、既に服装は普段の物となっていた。フォンセとリヤンも同じだ。
ライたちは既に洗顔などの作業を終わらせている。レイたちの支度が終わったら朝食の準備に取り掛かろうとしているのだ。
それから数分。諸々の作業を終えたレイたちとライたちは朝食の準備に取り掛かる。サクサクと下準備を終わらせ、早速取り掛かろうとした、その時──
「……。朝から騒がしいな」
──空から無数の矢が降り注いできた。
それを見たライは呟きながらも拳を握って軽く放ち、その風圧のみで矢を払う。全ての矢は消し飛び、壁が崩れて隠れていた者の姿が明らかとなった。
『『『…………』』』
「……。生物兵器の兵士達だけか。いや、少し雰囲気が違う。数も三人だけ……成る程なリヤンとニュンフェが言っていた生物兵器の完成品か……」
そこに居たのは、たった三体の生物兵器達。しかし漂う雰囲気が通常の生物兵器とは大きく掛け離れており、その事からいつぞやにリヤンとニュンフェが相対した生物兵器の完成品と見受けた。
話には聞いていたので、たった三体しか送られて来なかった理由も納得が行く。しかしそれと同時に、この完成品が三体創られるまでどれ程の犠牲者が必要になったのか。考える事は出来るが考えたくない心情だった。
『データ回収。狙イ、勇者ノ子孫と魔王ノ子孫。ソシテ神ノ子孫。魔王ヲ連レタ少年』
『ヴァンパイア。エルフ。龍。斉天大聖』
『確認』
ライたちを見、片言で話す完成品達。その事から、完成品の狙いはライたち全員という事が窺えられる。他に主力の姿は見えず、気配も感じられないので生物兵器の完成品だけでこの襲撃をしたようだ。
無数の矢は話に聞いていた超能力で操った物を放ったのだろう。矢とは違うが、超能力での攻撃ならばかつて共に旅をした魔族のキュリテがいるのである程度の事は心得られる。
「前はもう少し流暢に話していたのですけど……完成品としてもまだ未完に近い完成品という事ですか。矛盾していますね」
「成る程な。未完の完成品。中々面白い言い回しだ。じゃあ、朝飯前に軽く片付けるとするか」
ニュンフェの言葉に返し、構えるライ。
ニュンフェが以前見た時は流暢に話しており、それなりの知能を秘めていた。しかしそうでは無いなら、ライの言うようにまだ本当の意味での完成品では無いという事だろう。
まだ朝食の準備をしたところ。寝起き早々に攻めてくるとは、礼儀知らずも良いところだ。敵地なので、ある意味ではこれが礼儀なのかもしれない。
そして恐らく、データ回収と言っていたのでライたちと戦って完成品になろうとしているのだろう。それならば逃げたとしても無駄。逃走のデータから完成する可能性もあるので逃げずに戦う事にした。
九つの世界、"世界樹"の最下層にて迎えた二日目。その始まりは、生物兵器の完成品。いや、未完成品と戦闘を行う事で始まりを告げた。




