四百六十三話 "ヴァナヘイム"
──"九つの世界・世界樹・第一層・ヴァナヘイム"
此処は神の国、ヴァナヘイム。かつては繁栄していたが絶え間無い戦争が続き、神話からは消え去ってしまった国である。
当然"終末の日"にも大きく関与している国だが、そこに住んでいた者がどうなったのかを知る者は少ない。
そんな、忘れ去られた国の入り口付近にて集まっているのは魔族の国の主力たち。支配者のシヴァを始めとした、シヴァの側近であるシュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドの一人と四人。
魔族の国"レイル・マディーナ"の幹部ダークと、側近であるキュリテ、ザラーム、オスクロの一人と三人。
同じく魔族の国にある街、"イルム・アスリー"の幹部ゼッル。そして側近のシャバハ、ジュヌード、スキアー、チエーニの一人と四人。
"タウィーザ・バラド"の幹部アスワド。側近のナール、ハワー、マイ、ラムルの一人と四人。
"シャハル・カラズ"の幹部モバーレズ。側近のファーレス、ラサース、サリーア、ロムフの一人と四人。
"ウェフダー・マカーン"の幹部シャドウ。側近のルミエ、ジャバル、バハル、アルフの一人と四人。
"マレカ・アースィマ"の幹部ブラック。側近のサイフ、ラビア、シターの一人と三人。
その数の合計、三十三人。本来の魔族の国ならば主力たちは三十五人居たのだが、ゾフルとハリーフが裏切ったのでこのように半端な人数となっている。それはさておき、全員は"ヴァナヘイム"にて街の様子を興味深そうに眺めていた。
「此処が"世界樹"に多数住んでいた神の国の一つか。その神々が居ないのを見ると、必要以上の生き物は創ってねェんだな」
「その様ですね。それにしても、先程の戦闘場所からたったの数時間歩くだけでこの国に着けるとは……かなりの近場に呼ばれていたみたいですね。数十キロも無かったようです」
"ヴァナヘイム"の様子を見、感想を述べるズハルとシュタラ。この世界に来て、相手の主力や兵士を除いた生き物は今のところ見ていない。つまり、この世界には他の生き物が作られていないと推測出来る。
そして、数時間歩いただけで一つの街に到達した事から魔族の国の主力たちが召喚された場所は"ヴァナヘイム"とかなり近かったのだろうと推測出来ていた。
「ま、取り敢えずキュリテ。それと空間移動の魔法・魔術を使える奴らは此処の景観をしっかりと覚えておけよ。俺は無いが、お前たちの誰かが負傷して戦線離脱する機会があるかもしれないからな。拠点として使うのも悪くねェ」
次いで話すのは支配者のシヴァ。ちゃっかり自分はこの戦争に置いて退く事は無いと告げるがそれはさておき、いざという時の為に幹部や側近たちへこの場所の詳しい位置を把握しておくように話した。
例えば敵の主力によって幹部や側近たちが致命傷になりうる可能性の秘めたダメージを負った時、即座に戦線離脱出来るようにこの場所の詳しい位置を把握する事で戦況を有利に運べるのだ。
「うん。分かったよ支配者さん」
「ええ。実際問題、覚えておけば損ではありませんからね」
「支配者さんが逃げる時の為にも必要だしな」
そんなシヴァに返したのはキュリテ、アスワド、ゼッルの三人。
魔法ならばアスワド。魔術ならばゼッルが一番適しているので答えたのだろう。そして、魔法・魔術のように様々な力を使える超能力者のキュリテである。
この三人と、他に魔法・魔術に長けている者たちが頷いて返す。何はともあれ、国や街を見つけたらそこを拠点にするのが良いと考えるのは良い事だろう。どの道生き物や住んでいる者が居ないのなら迷惑にもならないからだ。
最も、既にシヴァたちの居場所が特定されている可能性もある。確実な安全が存在しているという訳では無いのが気に掛かるところである。
「俺は逃げねェよ。まあ、それはさておきだ。そんじゃ、街の探索に行くか。もしもの時の為に、見つかりにくい場所を探すのも悪くねェからな」
シヴァの提案に乗る幹部と側近たち。
何はともあれ、行動を移すのならば早い方が良い。それが敵地ならば尚更だ。まだ此処は"ヴァナヘイム"の入り口付近でしかない。なので街の方を詳しく見てみるとの事。
魔族の国の主力たちは、到着した九つの世界にて神々が住んでいた国、"ヴァナヘイム"の中へ入って行く。
*****
──そして辿り着いた"ヴァナヘイム"。その街並みは、一見すれば魔族の国にある普通の街と変わらなかった。
建物は淡い黄色の煉瓦から造られており、複数の柱からなる白亜の神殿のような物が遠方に見えた。確かに神々の国だった場所なので、神殿があっても特に何かがおかしいという事はない。
道は平均的な石畳の道で、街路樹や美しい花も植えられている。手入れする者が居るのかは定かでは無いが、昨日今日に創られた世界ならば自然が豊富でも何ら不思議ではない。多分それだろう。
夕刻なので空からは柑子色の光が差し込んでおり、淡い黄色の煉瓦造りである建物や青々と茂る木々に反射していた。木々の隙間から覗く木漏れ日が黄色と合わさり神の住む国らしい神々しさを醸し出していた。
「美しい街ですね。神々の国だった場所。その名残というべきか、再現された世界なので名残とはまた違ったものなのか定かではありませんが……しかし、この延々と続く明るい黄色の石畳からなる道を歩いているだけで心が満たされて行く気分です」
「ああ、そうだな。まあ、本来は九つの世界の中でも神聖な場所なんだろうよ。仮に此処を創ったのがカオスなら、ある程度の神格は漂っているだろうぜ。一番神聖だったのは主神の居た"アースガルズ"だろうけどな」
街の雰囲気を眺め、素直な感想を述べるシュタラ。それに同調して返すシヴァは、九つの世界と"世界樹"については文献程度でしか知らないが、何処の国に最も強大な神が居たのかは知っている。なので同調したのだ。
俗にいう主神は、九つの世界では"アースガルズ"という国に居たのだ。"終末の日"の神話ではそこと"ヴァナヘイム"が戦争を起こし、最終的にその戦争は収まったがそれによって"ヴァナヘイム"という国が終わりを告げた。
それが九つの世界で起こった出来事の一つ。九つの世界で起こった事はまだまだ多数ある。この九つの世界にある国は全てが何らかの逸話があるのだ。
街の景観を眺めつつ、急がずに歩を進める支配者を含めた魔族の主力たち。夕刻という事もあって静かな場所。淡色の黄が夕刻の柑子色に包まれ、それはさながら黄金の建物が連なるよう。この国が狙われた理由も納得の行く美しさだった。
「さて、今日はこの"ヴァナヘイム"で休むとするか。だが、あまり目立つ場所ってのも問題だな。だからと言って忍ぶのも俺たちの主義に反する」
「私はくノ一だから忍ぶのが仕事ですけどね」
「ハッ。オイオイ、折角の戦争だ。仕事なんか忘れてパーっとやろうぜサリーア」
「支配者さんからすれば戦争は休暇なのか……。まあ、一理あるが」
周囲を見渡し、休むのに適していそうな場所を探すシヴァ。その言葉に反応を示すサリーアと、続いて話すブラック。戦闘好きの魔族からすれば、"終末の日"は楽しい休日のようなもの。一部には違う者も居るが、基本的にこの状況を楽しんでいる者が多いのも事実である。
「クク。そうだろ?」
談笑しつつ、石畳の道を歩く魔族たち。そこは静かな道中。魔族の主力たち以外の放つ音は無い、静かな静かな道中。
──の筈だった。
「……! オイ、今なんか聞こえなかったか?」
「……?」
何かの音。いや、声が聞こえてピクリと反応を示すシヴァ。他の主力たちは小首を傾げて歩みを止める。そして静かになり、耳を澄ませる主力たち。
木に風が通って揺れ、葉と葉の擦れる音と共に魔族たち全員の耳元に声が聞こえてきた。
「此処は何処だ!?」
「何故こんなところに!?」
「我々は一体……!?」
「なんだ、この街は……!?」
その声は困惑しているような、そんな声。しかもそれらの声が一つや二つだけでは無く複数聞こえていた。
察しの良い魔族たちは、それだけで何があったのかを理解し、声の聞こえる方へと少し駆け足で向かう。
「テメェらァ! テメェらもこの世界に来たのか!」
「「「…………!!?」」」
到着するや否や、誰なのかを確認もせずに大声でその者たちに話し掛けるシヴァ。その者たちは大きな反応を示すと同時に一斉に振り向き、慌てつつ安堵したような表情でシヴァたちに駆けて行く。
「シヴァ様!」
「幹部方様!」
「側近方様!」
──そう、魔族の国にて兵士を努めている複数の者たちがシヴァ率いる主力たちと同じ世界に居たのだ。
困惑している兵士たちは全員がシヴァと幹部、側近を囲んで各々が口々にこの状況を訪ねようとした時、シヴァは掌を兵士たちに向けて制する。
「おっと待ちな。俺たちもこの世界については詳しくは知らねェ。此処が"世界樹"っ言ー事と戦闘……"終末の日"の真っ只中っ言ー事だけしか与えられる情報はねェぞ。後は敵の情報だな。敵は前に幻獣の国で戦争していた奴らと、俺たちの国の、"シャハル・カラズ"に攻め込んで来た百鬼夜行だ。妖怪兵士も居たからな」
「「「…………」」」
質問しようとした兵士たちを牽制するよう、シヴァはそそくさと返答した。簡単に言えばギャーギャー騒がれるのと一々一つ一つの質問に答えるのが面倒なので予め知っている事は教えておいたのだ。
敵の主力達に会ったという訳では無いが、"ヴァナヘイム"に来るまでの道中で生物兵器の兵士達や魔物の国の兵士達。そして妖怪兵士達の姿を見た事から敵の主戦力を推測したのである。
「な、成る程。ならばこの戦争に、アナタ様方は無理矢理連れて来られたと……?」
「ああ、そうだ。んじゃ次は俺が逆に聞くが、テメェらはどうやってこの世界に?」
「ええと。灰髪の男が突然現れて、気が付いたらこの世界です」
「成る程。テメェらが連れて来られたのもカオスの仕業か。俺もだ。他の幹部たちは姿を見せずに連れて来られたみたいだがな。此処に居ねェ事から、残りの兵士たちは別の場所辺りに送られたみてェだな」
行われる情報交換。兵士の言葉から兵士たちもカオス──グラオ・カオスの手によって連れられたと推測するシヴァ。
そして、この場に居る兵士は三〇〇人前後しか居ないという事から残りの兵士たちは第一層か、第二層。または第三層の何処かに居ると考えていた。
「ああ、あと。俺たちは上を目指して進んでいる。何となくな。此処は第一層で本当なら最上層なんだが、数時間移動しながら調べてみたところどうやら逆に最下層になってるみてェだ。だからまだまだ上へ行く必要があるって事を覚えていてくれ」
「「「はっ!」」」
敬礼し、シヴァの言葉に返す兵士たち。基本的に自由な性格であるシヴァだが、決めるところはしっかりと決めており、部下兵士たちの心配もする。今回の探索もただ歩くだけでは無く、進みながら様子を調べこの"世界樹"が逆さまになっている事にも気付いたらしい。
やるべき事はしっかりと終わらせる性格なので兵士からの信頼も厚く、支配者として信用もされているのだ。
神々の国だった場所"ヴァナヘイム"。そこを今日の拠点とする魔族の国の主力たちは、強制的に送られてきた部下兵士と邂逅した。これならば今後の戦争に置いても手段が増えるだろう。
部下たちと合流しつつ拠点を決めたシヴァたちのそれなりに疲労した一日は、これにて終わりを告げたのだった。




